26 白の魔法少女 / 黒の魔法少女 / そして、彼女
白の魔法少女の場合
月明かりに照らされた屋上で、黒の魔法少女と切り結ぶ。
これまで戦いでこうも武器を打合せたことなんてなかった。肉体面で不安のある私は、力任せの攻撃はまず出来ない。ドレスによる能力向上はお互い様で、本来の差異を埋めるには至らないからだ。
私のドレス、ヘイムダルは謎の多い神だ。
トールやオーディンのように戦いの記録は少なく、ラグナロクの時までほとんどをビフレストの頂で過ごす。ただただそれを監視しているだけの神。来歴も不明確で、端役も端役。
せめてフレイヤのように数多くの記録があれば、解釈による能力の拡大も望めた。
実際、ギャラルホルンを始めとしてかなり強引に力を運用してもいたが、扱いは難しく、信頼性は低い。
今知る魔法少女の中で、最も私のドレスが劣っているだろう。
だからこそ誰よりも練り上げた。戦闘の術を学び、技を磨いた。知識任せの相手には決して負けないという自負を持てるだけの鍛錬を積んだ。
今、力任せに打ち合う私にそれはない。
なぜだ。
なぜ今更になって放棄した。
頭の中を霞めるのは、ここへ来る途中、黒の魔法少女から渡された手紙だ。
「っ……は、っ!」
打ち合わせた黒剣は思っていたよりずっと重い。
単純な質量は魔法少女同士の戦いに大きな意味を成さないのか、鉄球が棒きれのように打ち返される。今私は涼しい顔を維持出来ているだろうか。劣っていることを知られぬ為にポーカーフェイスを磨いた。長期戦になればなるほど戦っていること事態が身体を痛めつけるからだ。
この相手は容赦しない。
勝つ為に最大効率の手を打ってくる。
気に入らないというのが正直なところだ。
なぜ真っ向勝負に応じない。今こうして打ち合っているのも、普段の私を見て肉体面での不安があると読まれているからかもしれないんだ。
だが見方を変えれば、そういう姿勢こそ、勝負に大して真摯であると言えるのかもしれない。
負けて被害を負うのは当人だけに留まらない。
ただ待ちを選択していれば、いずれこちらに勝機が回ってきた筈だ。こんな形でぶち壊しにしたら、きっとスズカは呆れる。ただ、怒りはしないだろうなと思った。
「はは」
弾かれたモーニングスターを腰だめに構え、数歩下がる。
そういえばアイツはよく泣く。
昔からそうだった。泣き虫だと散々からかった。
とっくに地球へ移り住み、確かな地位を築いていた彼女の両親から支援を受け、私たちは二人で戦いを始めたんだ。
イムアラムールから盗み出した技術をこちらに転用したことで一気に状況が改善した。けれど、当時の力関係は正直言って劣勢だった。それでもなんとかスズカが持ち堪え、その間に私は己を磨きあげた。
マリナの加入で随分と楽にもなった。アレの能力は強力だ。九人の神の総称とされるヴァルキュリアが持つ伝承は数多く、マリナ自身も非常に優れた力を持っていた。
相手を、どんな手を使ってでも追い詰める。
そういう所は、目の前のコイツに似ているかもしれない。
今回はそれを学ばせてもらう。
勝つ理由があるからだ。己の信念を曲げてでも勝ちたいと思っている。
だから、
気付けばいくつもの傷が出来ていた。
すべて避けきっていたつもりだったが、思った以上に相手の剣は鋭いらしい。ただ、血に濡れていくドレスを心地よく思ってもいた。頭がおかしくなったのかもしれないな。
全く、少し前は相手にもならないと笑っていられたくせに。
コイツも自分を鍛え上げたんだろう。
あの時仕留めていれば……。
「っは!」
屋上の床を沈ませるように鉄球を打ち付け、鉄鎖を伸ばしながら後方へ跳ぶ。
安易に追ってくれば噴射と鉄鎖の捻りで絡め取れたが、やはり読んでくる。その上で、突破できると判断すれば向かってくるのだから、厄介極まりない。
担ぎあげたモーニングスターを揺らしながら、貯水タンクの上から黒の魔法少女を見下ろした。
「足りないな」
今のコイツなら、あの連中にも負けないかもしれない。
嗤ってみせた。
「その程度じゃ私には勝てないぞっ!」
だが、簡単に負けてやるつもりはない。
跳ぶ。
一直線に相手へ跳んだ。
そして――
※ ※ ※
黒の魔法少女の場合
不用意に突っ込んできた白の魔法少女が、忽然と姿を消した。
動揺は僅かだ。
前に一度見た、そして今では仕組みも予測出来ている動き。
背後に風を感じ、踊るようにステップを踏んで鉄球を回避する。
噴射に煽られることもなく床を踏みしめた。
黒剣が薄闇の中、月明かりを受けて浮かび上がった。
彼女のコレは、ビフレストの解釈を用いた移動術だ。
影響範囲外での捕捉は桜井マリナの精神感応で、そして、ミュウにも察知出来ない接近の原因はコレだ。
虹の橋ビフレストを見張るヘイムダルとして、そこを通して彼女が認めた者を瞬時に神界へ転送。そしてそこから新たに橋を掛け、人間界へ戻す。ギャラルホルン同様に強引な解釈だったけど、これを用いればテレポートじみた移動が可能になる。
でも、これには致命的とも言える弱点がある。
たかが移動に、神の作った橋を掛け、更にもう一つかけ直す。神界と人間界なんてものがどう分かれているかは不明だけど、その移動だって簡単なものとは思えない。
この移動術は、膨大に力を消耗するものだ。
だからこの白の魔法少女も頻繁に使っては来ない。
ここぞという時に、必殺を狙って行使してくる。
今最大の破壊力を持つ攻撃は放たれた。鎖に繋がった鉄球は校舎を大きく破壊し、運動場側へと飛び出してしまった。
排出され続けていた鉄鎖が止まる。
遅い。今から戻しても間に合わない。
ビフレストによる移動後で力が弱体化している状態なら、未だ正門で受けた傷が完治していない僕でも制圧出来る。度重なる打ち合いで身体の中はぼろぼろだったけど、力一杯床を踏みつけて白の魔法少女に肉薄する。
ざわり、と首筋に違和感が流れた。
鉄鎖の吸い込まれていく音が聞こえる。違う。今更戻しても間に合わない。だからこれは、鉄球を戻すためのものじゃなく――
白の魔法少女の手にあの長い柄は無かった。
視界の端を何かが捉える。反応する間は無かった。
鉄の擦過音が足元を通過した。
直後、床を踏んでいた右足に強烈な痛みを感じて転倒する。勢いのまま二転三転と転がるなか、崩れた屋上部分へ落下していく棒状の物を見た。
「っつ……! ぁ、っ」
右足の骨が折れた。
立ち上がれもしない。
彼女は移動術が読まれることを読んでいた。
屋上を態々破壊してまで鉄球を隠したのは、どこかに引っ掛けるのを僕に知られない為だ。その状態で鉄鎖を引き込めば、柄は猛烈な勢いで飛ぶ。その時に大きく左右に振ってやれば、ムチのように僕を襲ってくる。
必殺さえ誘いとした白の魔法少女に、改めて僕は凄いと思った。
転倒時に手放した黒剣を拾っている時間はない。
彼女は駆け寄ってくる。
「っ!」
手には刃物。
魔法少女としての武器じゃない。
ただのナイフだ。
けど、互いに武器を手放した今、それがどれほど強力か、彼女も分かっている筈だ。
最初からここまでを読んでいた……?
なんて相手だ!
距離を取ろうとして、右足の激痛に姿勢が揺らぐ。
「終わりだ!」
「まだっ」
負けたくない!
この人に勝ちたい!
勝って、それで、もう一度!
左手を晒す。歯を食いしばって右足の痛みに耐え、しゃがんだまま地面を踏みしめる。弓のように身体を引き絞り、突進の構えをとった。
右手を握り、狙いをつけた。
痛みへの怖れは薄かった。
構えを取れたこちらを警戒しながらも、彼女は冷静に僕を射抜いてくる。鋭い切っ先が左腕を裂き、痛みに震える。けどあくまで威嚇の攻撃だ。前に出した左手をこれからもっと斬り付けるぞという意思表示。引けば、防ぐ手を失った内側を攻撃される。
その時ふと、目の前の相手が何かに目を奪われているのが分かった。
あろうことか手を伸ばし、掴み取ろうとする。
放たれた矢のように、僕は激痛を訴える右足で自分を押し出した。
遅れて、驚愕の表情でこちらに気付いた淡雪さんが何かを言おうとし、
「――――」
「――」
二人して倒れこんだ。
荒い呼吸が聞こえる。
僕のものと、下敷きになった彼女のもの。
布越しに触れ合った彼女の身体は驚くほど細く、柔らかい。
力を抜いて真っ白な髪に顔を埋めると、汗の匂いに混じって甘い香りがした。あぁ、この人は女の子なんだな、なんて、改めて思った。
「…………私の負けか」
最後の瞬間、僕は握っていた拳を解き、その手で彼女を押した。
でもそのままいけば、今頃彼女は無事じゃいられなかった。
力を抜いた彼女の身体が、一層柔らかく感じられた。
そういえば、こんな風に人と触れ合ったのは初めてかもしれない。
冗談の範疇ではあっても、相手の身体を感じたことはなかった。そうする事そのものを嫌っていたからか。
でも今は、あまり躊躇が無くなってる。
ほら、今もなんだか顔を赤くして、ちょっと可愛い。
「一つ……聞いてもいいですか」
「構わない。なんだ?」
「なぜ僕を誘おうと思ったんですか」
最初のやりとりにかこつけて、こんなことも聞いてみる。
あれは、初対面の時の焼き増しだ。
そんなことをした理由は、ここにあるような気がした。
こちらに来いと、手を差し伸べてきた理由は、きっと一つじゃない。
問い掛けに白の魔法少女、淡雪さんが笑った。
力無く、それでいて意志を感じさせる声で、
「そんなの、お前が好きだからに決まってるだろ」
正面から言われた。
呆然とする僕を引き寄せ、頬に口付けをする。
顔を離した彼女は、真っ赤になったままじっと僕を見る。
「あ……えと…………?」
混乱して頭が纏まらない。
あれ?
好き?
好きって言った?
いや今ほっぺにキスされたよね!?
ちゃ、ちゃんと考えないと!
えっと、淡雪さんは白の魔法少女で、敵で、でも今勝って、でもでも同じ学校に通う同級生で、何度も勝負して、ズルして勝って、えっと……えっと!?
「……返事が聞きたいんだが」
待って!
お願いだからもう少し待って!?
頭の中がいっぱいいっぱいで同じ所をひたすら回ってる!
だめだ考えられそうにない!
「あ、あの!」
「お、おう……」
もじもじと目を逸らした淡雪さんに何故かドキッとする。
不安そうで、目が潤んでいて、顔なんかとっくに真っ赤で。いやそもそも僕、今そんな人を組み敷いてた!
「わ、あっ痛! わあ!?」
慌てて立とうとしたら右足が痛すぎてまた同じ姿勢に。
て、違う! 変に身体を捩った分位置がズレて右手が淡雪さんの胸に!
「~~~~っ!」
「ごめんなさい!」
慌てて手を離して両手をつく。
僕の暴挙に彼女は恥ずかしそうに身を震わせるだけで怒りはしない。
まるで何もなかったかのように、いやそれは失礼だ確かに何もないような状態だったけど何かがあって、でも彼女の態度はなにもなかったみたいで、あわわわわわわわ!
というか斬られた左腕が物凄く痛い……けど今外したらまた覆いかぶさることに!
「無理をするな」
察したのだろう淡雪さんが、僕の頭に手を回して抱き寄せる。
「だ、駄目だよそんなことしたらっ」
抗議も虚しく胸元に抱かれた。
それでも抵抗しようとしたんだけど、
「私がこうしたいんだ」
そんなことを言われてしまい、大人しくするしかなくなった。
「……全く」
淡雪さんは左手であるものを翳すと、感慨深げに吐息を漏らした。
頭を抱く一つが外れた僕は顔を上げてソレを見る。
来る途中に拾ったボタンだ。
そして、彼女に左腕を袖口にかけて斬られた時にこぼれ落ちたもので、あの場面で淡雪さんの目を奪い、あまつさえ手まで伸ばさせた、ちっぽけなもの。お守り代わりに袖口に込めていたのを思い出す。
「戦いの途中に、こんなものに気を取られるとはな……どうかしてる」
敵同士。
ラビアンローズとイムアラムール。
魔法少女。
そういった役割から外れた、個人としての衝動。
なんとなく分かる。
僕も結局、最後の瞬間に腕を振りぬけなかった。拳を解き、ただ、淡雪さんを押した。それだけしか出来なかった。
「お互いの立場は言い訳だったのかもしれません」
「そう……か」
彼女は力無く笑った。
「そうだな」
そして、何かに納得したようだった。
頭を抱く腕に力が込められた。
不安そうに、淡雪さんは僕を抱く。
変わってしまった自分が、これから何を支えにしていくべきか。
僕もきっとそう。今まで明確に区分されていた物事を、改めて見なおしていくことになるんだ。何かに名前をつけるということは、理解を早めると同時に、思考の停止を招く。それはとても楽だった。思い悩んで苦しむ必要もなく、決定された事実が僕らを支えてくれた。
なんとか身を起こせるほどには回復した頃、崩れた屋上へ立ち入ってくる足音があった。
「スズカ……?」
水樹さんだ。
暗闇に表情を隠した彼女は一度立ち止まり、僕らの様子を確認した。そして、歩き始める。
青い光が弾け、鎧の上に外套を羽織った、オーディンの名を冠するドレスが彼女を包む。その右手には神槍グングニールを象った巨大なドリルが握られて、
「お、おいスズカっ、待て!」
淡雪さんが慌ててる。
「違う……この勝負は誰にも話してないっ」
言われ、そんな可能性があったことを今更ながらに思った。
ちょっと嬉しい。
薄く笑った僕に何を思ったのか、淡雪さんが一層不安そうな顔で立ち上がり、水樹さんへ詰め寄る。
「勝負は終わった。お前の出る幕はない」
「敗者は下がりなさい」
近づくことも許さず、向けられた矛先に淡雪さんの身体が震える。
一歩。
二歩。
水樹さんが進むに合わせて彼女も後ろへ下がる。
仲間から向けられた冷たい態度に、淡雪さんはきっと怯えてる。
それでも、彼女は自分の筋を通そうとした。
「私たちの戦いだっ、口出しは許さない……!」
「そう、これはアナタと私で始めた戦いよ。アナタが日和ってしまったのなら、私がやるしかないわ」
押しのけ、前へ進む。
淡々と歩く水樹さん。
振り払うようにドリルを持った手を広げ、屋上の床に突き立てた。
立ち上がれもせず、座り込んでいる僕の前に、沈むような動きで青の魔法少女は跪いた。
頭を垂れ、震える唇で言葉を紡ぐ。
「ラビアンローズの魔法少女を代表し、イムアラムールの魔法少女へ、降伏を申し入れます」
告げた彼女の後ろで、淡雪さんが崩れ落ちるのを見た。
僕は震える身体で大きく深呼吸をし、応じた。
「降伏を受け入れます」
「ありがとうございます」
これで、一つの流れが終わった。
イムアラムールとラビアンローズ。淡雪さんと水樹さんが始め、シズクちゃんとミュウが立ちはだかった魔法少女の戦いが、終決したんだ。
水樹さんも、淡雪さんも、じっとこの瞬間に耐えていた。
舞台袖から唐突に現れただけの僕が言えることは何一つなく、ただ呆然と満月を見上げた。
※ ※ ※
そして、彼女の場合
階段を緩やかに登っていく傍ら、私は花壇から摘んできた紫君子蘭の花びらを、一つひとつ千切っては捨てていく。
「他人の学校というのは居心地が悪いな」
男じみた口調で言うと、後ろから続く内の一人が口を開いた。
「あれ、ここの生徒じゃないんスか?」
「私は違うよ。ここに通ってるのは、後ろの二人さ」
「でも用務員さんと親しげだったスよね?」
「ほんの少しだけ通っていたんだ。すぐ転校したけどね」
「理由が気になる所ッスね」
容赦の無い子だ、と思わず笑みが漏れる。
「ちょっとした仲違いだよ」
「へー」
納得したようなしていないような返答だ。
まあ、普段から嘘が多いから、話半分にしか聞いてもらえないんだろうな。
と、足を止める。
階段の踊り場で立つ一人の少女を見て取った。
赤い髪、右腕には人が身につけるにしては随分と巨大な杭打ち機がある。左腕はこれまた大きな手甲に包まれており、物々しさを体現したかのような格好だ。
遅れて、背後に桃色の光が湧き上がる。
「さぁて、にがさなぃょ?」
箒、ゴミ箱、ロッカー。学校にあるような物たちが意志を持つかのように階段下の通路を塞いだ。これで逃げ場は廊下だけだが、と思った所で灰色の少女が呟いた。
「狙われてる」
「だろうな」
狙撃の得意な敵が居る。
踊り場の赤い髪の女は右腕を構え、腰を落とした。
「どうして……」
聞き慣れた声。
私たちは距離を取るようにじりじりと後退し、そして、月明かりにその顔を晒した。
「奇遇だな、アズサ」
「……アオイ、なんだね」
その通り、私は君の親友だよ。
そして、かつてイムアラムールに所属していた、ロキの力を持つ、紫陽花色の魔法少女でもある。
「さあ……子どもの時間を終わらせよう」
悪神として知られるロキは、非常にトールと仲が良く、頻繁に二人で旅へ出る話なんかがあります。
閑話休題、終了です。




