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08

「それでですねっ、お祖父様も最初は素知らぬ顔で帰ったぞ、なんて言ってたんだけど、部屋に入ったらお土産が山盛りになってて! でもここで素直にありがとうと言うと怒るんです。だからお祖父様の大好きな肉じゃがを腕によりをかけて作って――」


 朝日差し込むサロンにて、僕は先日温泉旅行から帰ってきたお祖父様の話題をアズサさんに話していた。テーブルの上には、僕の淹れた温かい紅茶とお菓子。お菓子はお土産からいいのを持ってきた。

 少し離れた所でミホさんは読書をしていて、シズクちゃんは窓越しに外の景色を眺めている。梅雨を超えてから徐々に暖かくなり、今では庭が緑で一杯だ。でも、蝉が鳴き始めるにはまだちょっと早い。

 春と夏の境目に、僕らは休日を共にしていた。


 あの日二人が親友になってから、僕は何も無い時でもアズサさんと会うことが増えた。時にはコースケやアオイさんを交えて。二人からは変に勘ぐられるけど、僕たちは親友同士で、恋人関係じゃない。何度も説明して納得はしてもらえたけど、時折思い出したように突っつかれた。

 そろそろ期末テストも迫っているから、学校は違うけど、一緒に勉強会をしようかなんて話もある。


 そんな中、アズサさんがやや真剣な表情で僕に告げてきた。


『ミホがさ……こないだの遊園地で私達が一緒だったこととか、最近二人で一緒なのをミュウから聞いたらしくて…………結構マズイことになってきてるんだよね』


 友情限定で肉食系らしいミホさんは、僕という友達を得てから、どうやって仲良くなろうかいろんな計画を立てていたらしい。けど僕は女装バレを怖れて積極的には関わらなかったし、逆にアズサさんとは色んな経緯で何度も会っていた。

 そこに嫉妬したミホさんが、僕の歓迎会を開こうと運営委員会の設置を思案し始めたのが先週。それはなんとかアズサさんが押し留めてくれたんだけど、やっぱりいつまでも距離を置いているのは難しいと判断して、僕は今日ここに来た。


 のだが、素知らぬ顔で「あらいらっしゃい。ゆっくりしていってね」なんて言ったミホさんは本を広げて自分の世界へ。

 僕らも最初は気遣っていたけど、次第に気持ちが乗ってきて、二人で喋り倒すことになっていた。


「普段は感想なんて言ってくれないお祖父様も、そういう時だけは美味いな、って言ってくれるんです」

「気難しいお祖父さんだけど、上手くやってるんだねぇ」

「はいっ」


 空になったアズサさんのカップへ紅茶を注ぐ。

 彼女は砂糖を二杯、ミルクを三杯入れるから、それを近くへ寄せた。サンキューと受け取るアズサさん。


 自分の話を聞いてもらえるのは楽しい。

 僕は自分の頬が緩んでいるのにも気付きながら、それでも止まらない想いで語り続けた。


 一時間くらい話していたかな?

 僕は中身の無くなったポットを手に紅茶を淹れ直してきますと立ち上がった。そこに、ミホさんの本を閉じる音が重なった。


「私もご一緒します。構いませんか?」

「はい。といいますか、ミホさんのおウチですから、こちらが伺うべきでしたね」

「いいのよ。ツバサさんは私のお友達ですから、ここは自由に使ってね」

「ありがとうございますっ」

「じゃあ行きましょうか」


 いってらっしゃーい、というアズサさんに手を振り返し、僕らはサロンを出た。

 横を歩くミホさんの格好は、暖かくなってきた気候に合わせた薄手のワンピースだ。白と黒のボーダーに、首元からリボンの装飾が広がっていて、落ち着いているけれど華のある格好。黒一色のスカートも、きっととても質のいいものだろう。


 因みに僕は先日買った普段着を着ている。

 レースの入った肌着に、オリーブベージュのチュニックを重ねて、下は色を合わせて乳白色のレイヤードスカート。腰元まで伸びる黒髪は今、左右に分けて垂れている。革紐のある首飾りにも合わせられ、胸の無さがそんなに目立たない、けれどもザ・女の子といったスタイルだ。

 コーディネートはアズサさん。

 いや、僕自身危ないなとは思ってるんだけど、いつまでもドレス姿で会うのはどうかなと言われてしまい、押し切られた。目が怖かった。

 あれだけスカート押しだったアズサさんが相変わらずパンツ姿なのは、まあいつものことだ。


 二人きりになってもミホさんから話しかけてくる様子はなく、かといって気まずそうにはしていなかったから、僕ものんびり食堂で紅茶の用意をした。

 お嬢様というから全て使用人任せかと思えば、ミホさんの手際は非常によく、あくまで僕に動きを合わせながらも、必要なものを予め用意しておいてくれる。ほら、今も温度計を僕の脇に置きつつ、カップとポットを機械に入れて温めてくれている。

 僕も甘えてはいられないな、と少なくなっていた砂糖とミルクを補充した。温度計を見ると、程よい温度まであとちょっとだ。


 と、そこで僕に並んで温度計を確認するミホさんに気付いた。

 彼女は慌てて身を離すと、キョロキョロと周囲を見回し、別の作業に移っていく。温度管理を放置は出来ないので、僕は取り出したポットに茶葉を入れ、適温になったお湯を注ぐ。茶切り網の上でホッピングするのを確認すると一安心。

 目を離さないようにしながら、僕はミホさんに話し掛けた。


「ミホさんはテスト対策、どうしてますか?」

「テスト対策、ですか?」

「はい。もうじき期末テストですよね?」

「あ、はい、そうでしたね」


 うわの空というより、本当に気にしていなかったような口調。


「やるべきこと、なんでしょうか?」

「やったことないんですか?」

「はい。授業を聞いていれば答えられる問題ばかりですから」


 なんと。

 多少そういうイメージはあったけど、ミホさんは本当に頭が良いらしい。僕も成績は悪くないけど、ちゃんと勉強はしないと上位に食い込めない。因みにアズサさんは英語と現代史が得意だけど、数字には悪魔が見えるとかなんとか。


「予習なんかはしているんですか?」

「いいえ。私は普段、主にこの組織の運営を行っていますから、勉学に裂く時間は学校だけです」


 そうか、あまり考えたことなかったけど、お金だって無尽蔵に湧いてくる訳じゃないんだ。自発的に参加している僕らは別としても、人が動けばお金も動く。この屋敷一つとってもそうだ。その全てを、彼女のお小遣いで賄えるかというと疑問だ。

 なにせ相手はあのマジカル科学。エネルギー源も不明ながら、なにがどうなっているのか理論からして意味不明だ。

 ただ、そうなると単純な金銭だけじゃあダメなのか。

 なんらかのキーポイントがある筈だ。


 あ、ホッピングが終わった。茶切り網を上げて蓋をする。


「戻りましょうか」

「はい」


 それきり話が途切れてしまい、僕らはポットを持ってサロンへ戻った。

 ミホさんは何故か上機嫌で、厨房を出る間際に、隠しておいたらしい桜のロールケーキを取り出した。季節限定の品らしく、またしばらくは食べられなくなるという。


 戻ってからもミホさんは今まで通り本を広げ、紅茶を嗜みながら桜のロールケーキを食べた。時折こちらの会話に耳を傾けてはいたみたいだけど、会話には加わってこなかった。

 それでも、彼女はとても楽しそうだった。


   ※  ※  ※


ごろん、と転がった布団の上で、僕はケータイを握っている。

 明日の仕込みも終えてお風呂に入った後だから、今は浴衣を着ている。髪は片側で纏めてあって、仰向けに転がっても気にならない。

 ケータイ電話から声がする。

 アズサさんだ。


『私も基本的にはそんな感じだよ~?』

「そうなんですか?」

『ミホは元々口数少ない方だしね。人の話を聞けない訳じゃないけど、同じ空間に居て同じ時間を過ごしてるだけで嬉しい、みたいな感じじゃないかな?』


 今日、ミホさんの不満を知ってあのお屋敷に行ったにも関わらず、結局アズサさんと終始盛り上がってしまった。ミホさんがどうぞどうぞという様子で促してくれていたのもあるけど、やっぱり気を使わなさ過ぎたんじゃないかと不安になって、僕はアズサさんに電話をしている。

 因みに電話中だとアズサさんは僕をツバサ扱いする。ツカサくんだって、ツバサと同じくらい親友のアズサさんを大切に想ってるんですよ!


『シズクもべらべら喋るタイプじゃないし、ツバサが来るまでは結構静かだったね。私はお茶とお菓子目当てで漫画持って行って読んだりしてたよ』


 そういえば洋風ど真ん中のお洒落なサロンに、結構な量の漫画本が置いてあった。非常に雰囲気を壊すあれらはアズサさんのものでしたか。


「漫画、明日行ったらちゃんと整理しましょう」


 持ち主不明だったから変に突っ込まなかったけど、それなら遠慮は要らない。

 アズサさんは情けない声で任せる~と。仕方ないですね。といいますか、その様子だと自室も結構散らかってそうだ。収入の不安定なお父さんに変わって、お母さんもパートで働いているというし、食べる専門のアズサさんはきっと、家事をほとんどやらない。


『あーごめん、私、明日は用事があって行けないんだ』


 新たな使命感に燃えていた僕は、アズサさんの言葉に戸惑った。

 明日は日曜日。元々今日の約束しかしてなかったから当然なんだけど、僕は一緒にいくのが決定のように考えてしまっていた。


「聞いても大丈夫ですか?」

『学校の友達と水着見に行くの。まあ買うのはテスト明けになるから、品定めと冷やかしになるのかな』

「ほおほお、アオイさんも一緒に?」

『ん~、アオイも誘ったんだけど、あの子、そういうのは苦手らしくてさ。別に肌見られるのが嫌とかじゃないみたいだけど、授業の水泳も休んでるしねぇ』


 意外な一面だ。

 いつも堂々としているアオイさんだから、周囲の視線を受ける水着姿でも平然としている印象があったのに。


『今、アオイの水着姿を思い浮かべたでしょ……』


 すぐさま頭の中を上書きした。


「いえ、アズサさんにはどういうのが似合うかなぁと考えていました」

『うっ、藪蛇』

「やっぱり色は赤ですか?」

『いやそこ系統分け拘らなくてもいいんじゃない。私今までワンピースタイプしか着たことないし、上下分かれてるのなんて絶対嫌……って、この話は終了! なんだー、今はツカサなのかー!』


 どっちも僕です。


「ではいずれアズサさんの赤ビキニに期待するとしまして」

『着ないよ? そんな恥ずかしい水着買わないよ?』

「明日は改めて、お二人との時間を大切にしてみますね」

『分かった。まあ私としては、明日、ツカサが混じっても面白そうなんだけどね』

「ツカサくんは男の子です」

『ツバサだと皆テスト前に自信喪失しちゃうからなぁ』

「同じ人です」


 格好が違うだけです。

 最後にアズサさんは、明日も絶対にスカートで行けと念押しして電話を切った。まあそもそも、彼女と買いに行った女物の服にパンツスタイルなんて皆無なんですけどね。

 さて、明日はどれにしようかなー、なんて服を並べだして一時間。


 な、なにやってんだ僕!


 あまりに自然な流れでウキウキ女装用の服を選んでいた自分に絶望した。





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