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 目の前が光ったと思ったら、僕の身体は宙を舞って水の中へ沈んでいった。


 あぁ、これはマズい。

 諦めるように考えた。


 思ったより衝撃は無かったのに、沈む勢いが凄くて浮かび上がる気配がない。どんどんと沈み込んでいきながら、僕はこの、水族館の隣接する湖がそれなりに深かったことを知った。ぼんやりと湖面を、そのキラキラとした輝きや、水の中へ差し込んだ光のカーテンを眺めていたのに、徐々に遠い景色となって消えていく。

 それが嫌だった。

 この綺麗な景色を見ていられるならとも思ったのに、光も届かないような暗闇で死ぬのは嫌だ。それまで意識していなかった息苦しさや受けた痛みが一気に溢れ出す。


 痛い。


 痛みは僕の生存本能を刺激して、諦めと怠惰を吹き飛ばした。

 さっきから耳の奥で雑音が響いてる。それが何かも分からぬまま、僕は消えていく光へと手を伸ばした。


『――認識しました。姓名の登録をお願いします』


 水の中なのに澄んだ女性の声が聞こえた。

 さっき聞こえていた雑音が、それと意識したことで意味を成したんだ。


 あれ?という疑問。


「呼吸、出来る……」

『湖水から酸素を抽出し、貴女の周りに固定しています。ミス――お名前は?』

「御影ツバサといいます。因みに僕はオ――」

『登録されました。ミス御影ツバサ。身体データをスキャン――完了。適合可能を確認』


 よく分からない言葉の羅列に僕は混乱した。

 なんなの、この人さっきから何言ってるの?


『現在、第二種緊急事態発生により、新たな戦力の補充が提案されています』

「緊急事態? 戦力って、どういうことですか?」

『私の仲間が死にかけています。救援に来れる者が居ない為、現地での調達が最適と判断されました。ミス御影ツバサ、私の仲間を救ってくれませんか?』

「でも僕、もうじき溺れて死んじゃいそうなんですけど」


 酸素を抽出、なんて言っていたけど、それも徐々に減ってきている。声の人も僕を引き上げることまでは出来なさそうだ。

 余裕が出来たから、またさっきまでみたいに差し込む光を眺めた。


『取り引きと言ってしまうのは心外ですが、要請を受けて頂ければ、貴女にそこから抜け出す力を与えられます』

「ほんと? 良かった。それなら夕方のタイムセールに行けます」

『……こんな時に、買い物の心配ですか』

「お祖父様に今晩は生姜焼きって言ってあるから。約束破ると拗ねるんですよ」

 他人にとってはどうでも良さそうでも、僕にとっては大きな理由。

 それだけがあればいい。まあ、本当にそれだけだとちょっと寂しいけど。

 遅れて僕は、そういえば自分自身の生き死にに関わる話だったことを思い出した。どうでもいい訳じゃないけど、そこの思考は僕にとって重要じゃないんだ。


『了解しました。それでは、受諾と捉えてよろしいでしょうか?』


 助けて、と言われたから。

 幾つかの可能性と疑問を、まあいいかと押し流した。


 光を眺める。


「うん、分かった」


『緊急事態の為、付与する情報は現戦域の情報に限定』


 言われた途端、頭の中についさっきまで僕が居た水族館の景色が浮かぶ。それなりに大きな所で、館内を抜けると様々な施設に分かれていてちょっとした行楽園みたいな場所。僕がさっきまで居たのは湖面へ突き出した水上庭園だ。それを眺めていて浮かび上がりかけたものを、情報の波が押し流した。

 負傷した味方が一人と、遠くからそれを見ている敵が一人。問題となっているのは、味方の周りにうようよと居るぬいぐるみのお化けと、一際大きなタコの怪物。どちらも水族館のシンボルやお土産にありそうなものばかりで、それが何故か意志を持って動いている。

 ちょっと怖い。

 だけど彼女は、仲間を救ってくれと言った。だから、


『――ユーミルの卵を起動。豊穣神フレイヤのドレス、孵ります』

「いきます!」


 水中から飛び出した僕が手にしていたのは、黒の長剣。

 戦場を見渡すと、遠く離れた位置で味方が戦っているのが見える。それから落下を意識するより早く僕の背中から黒の翼が広がった。風に包まれるような感覚の中、ゆっくりと地上へ降りていき、足を付ける。まるで地上を歩いていたかのような柔らかな感触。翼は役目を終えたとばかりに霧散し、影を散らした。

 残り風が頬を撫で、ふと、結んでいた黒髪が解けて腰元まで垂れ下がっているのに気付いた。

 視線を下へ向ければ、今まで着ていた衣服とは違うシルエットが見える。


 夜を纏ったかのような漆黒のドレス。

 首元を彩るのは黄金に煌く首飾り。黒のドレスを彩るのは、金糸で施された刺繍だ。繊細なラインを描く金色は、より高貴な印象を僕に与えてくれる。決して地味ではないが、華美にも感じない。まるで月明かりのよう。

 ありのままの夜、あるいは影。


 とても綺麗なドレスだ。

 普通なら声を上げて喜ぶのかもしれない。けど、 


「…………………………………………え?」


 僕にあったのは、ただただ困惑だった。


『イム・アラムールの魔法少女システム、正常稼働を確認しました。ミス御影ツバサ、いけます』

「いやいやいやいやいやいやいけないムリダメだって!!」

『……なにか問題がありましたか?」


 誤解を、もっと早く解いておくべきだった。


「だから――僕は男なんですってば!!」





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