でも俺ら触手じゃん
春先。好天。風はさわやか
草原を突っ切る一本の街道
ごろごろところがる緑の球体4つ
並びは菱形
先頭の一つがぽんとジャンプ
頂点で名状しがたく変形。あえて言うなればご立派
『しょっくしゅ、ぬめぬめー♪』
思念波を発する。着地寸前に球体に戻りごろごろ
ついで後続の3つがジャンプ。変形。ご立派
『『『ぬめぬめっ』』』
こたえるように思念波。変形。球体。着地
間髪入れず先頭が再びジャンプ
『しょくしゅ、ぬらぬらー♪』
『『『ぬらぬらっ』』』
『おれたちゃ触手♪』
『『『超セクシーっ』』』
さて、もう賢明な諸兄はお気づきであろう
この謎の集団、その右側。今一ご立派のポーズが甘い一体
ええ、その通りそいつが俺です
さて、ちょっと身の上話を聞いてほしい
おれは異世界の転生者だ
あれは二か月前、3限目の古文の授業中
ありおりはべりいまそかり系の誘眠の呪文に辛くも耐えた俺も
古文教師のどうでもいい豆知識の披露には耐えられず、ほんの一瞬意識を手放してしまった
おっと、あぶねえあぶねえ、と黒板に目を戻せば。黒板がない
代わりに視界いっぱいの石壁である
当然教師も居なければ生徒もおらず、椅子机の類もない
というか、床も天井も石でできた5mほどの部屋に閉じ込められている
唯一の出入り口は頑丈な鉄扉のみ
これで鉄格子さえあれば何処に出しても恥ずかしくない立派な牢獄といえよう
『……投獄されてね?』
授業中居眠りのかどで投獄というのはアンチゆとり教育にもほどがある
PTAも教育委員会も黙ってはいまい。温厚な両親も隠しボス級のモンスターペアレンツに変身してくれることだろう
普通に考えて夢だ。自覚があるなら明晰夢って奴か
それならそれでさあ。もうちょっとこうさ。あるじゃん。ほら俺も健康な一男子な訳でさ。こう
『エロい夢とか!』
夢の中ならあんなことやこんなことやそんなことも全部合ほ……いや、そんなことはまずくね? 夢の中とは言え流石に人間には越えちゃならない一線ってあるくね?
……というか、俺、声、おかしいか?
『あ、あ、あー。……ん、んー?』
なんだこれ。録音した自分の声を聴く感じに近いか?
声を出す瞬間内から鼓膜を振動させてる分と出した後に外から鼓膜を振るわせる分のうち
録音した声は外から分しか聞こえず、今の状態はその逆、内から分しか聞こえてない……ような気がする
耳を触ってみる
『うおうっ』
何故か目測を誤ってぬとっとしたものに触れた
嫌悪感は無いが、なにこれ?
手を見ると触手があった
『……ん? あれ?』
暗い緑色。腕くらいの太さ。先端は5本に分かれ、さらにその先端はご丁寧にご立派な形状をしてらっしゃる
イソギンチャクや実在の生物と違い……いや、まあ、ぶっちゃけよう。エロゲのあれだ
俺の眼前にエロ触手がある
人差し指を動かす。触手の一本が動いた
中指を動かす。隣の触手のみが動いた
拳を握る。5本の触手が折りたたまれた。ぬとっとしている
そのまま変な方向に力が入れられそうだったので、入れてみると5本の触手が融合した。勿論、先端はご立派である
俺の手がエロ触手になっておられる
『これはエロい夢、ということでいいのか』
触手ものかー。うーん。人体改造はエロ関係なくあんまなー。うーん
『まあ、エロければ細かいことはいいか!』
細かい事考えると石造りの監獄に入れられた挙句手が触手になる夢って
フロイト先生がちょっと真顔になるような精神状態じゃなかろうかとかそういう疑念とむきあわなきゃならんしな
ともかく一度起き上がろうと
逆側の腕を床についてぬとってした
嫌な予感を覚え、そちらを見ると、やはりエロ触手
手、エロ触手。腕、エロ触手。肩、エロ触手。胴体、エロ触手。足、エロ触手
全 身 エ ロ 触 手
『なんじゃこりゃああああああああああああ!!!!』
無人の監獄に俺の絶叫が木霊した
『説明しよう!!!!!!!』
と思ったら答えがあった
『うおぉおおおおおおおおおおうっ!!?』
超びっくりして叫んでしまった
『落ち着け!!!』
最初の声に続き
『……っ!?』
『……ッ!?』
二つほど小さな声が遠くで聞こえるが何を言ってるかまではわからない
『……っ!!』
最初の声が別の二つにやはり小さな声で何事か答えている
遠くにいる3人くらいの集団が壁越しに声をかけてきたという状況らしい
いや、言ってて自分でも意味わからんけど
『……なんなんだ、あんたら!!!!』
聞いてみた
3人が一瞬息をのむ気配を感じた
『『『エロ触手だ!!!!!!』』』
嬉々として彼らは答えた
さて、どうも、この世界、100年くらい前まで魔法があったらしい
メルヘンや、ファンタジーじゃないんだから?
うん、俺もそうおもっただろうね。自分がエロ触手でさえなかったら
話を戻す
この世界の住民はその生活のかなりの部分を魔法に影響されていた
魔法文明、という話だけでなく、魔物と呼ばれる魔法の使用ありきで生存していた生物が生態系の一端を担っていたというレベルである
ある日突然、その魔法がなくなった
魔王だか勇者だか光だか闇だか、まあそんなようなもの達の決戦存在がはっちゃけすぎた結果らしい
大災害である。文明と生態系が仲良く崩壊した
そんな状況、常識的に考えればエロ触手なんて非常識なものは真っ先に消滅すべきであるが
どうも、このエロ触手
異世界の邪神の端末を召喚して魔法的な縛りでこの世界に固定した存在だそうで
魔法的な縛りがなくなったからむしろ前よりフリーダム、とのことだ
『色々突っ込み所はあるけど、あんたら、そのフリーダム触手ライフをどういう風に満喫してるんだ?』
『うむ、使い魔的な扱いから解放された我々はより文化的な生活を送ろうとだな。ロリ巨乳くん、そのレバーはやばくないか?』
『あっちこっちの街や魔王軍の拠点を渡り歩いて仲間を集めてですね。確かに髑髏マークは趣味やばいですね。導師(がちゃん』
『あ、床が…な…い……? にぎゃああああああああああああああああああああああっ!!!!』
『ネトラレくぅぅぅぅぅぅぅんっ!!!!!』
『く、一体、だれがこんなひどい罠をっ!?』
作った奴は知らんが、不用意にレバー引いて発動させたのはあんただろ、ロリ巨乳
『ひぎぃぃぃっ! 底に剣山的なものがっ。ものがっ!!』
『いかん。急いで助けなくては!』
『待ってください、導師。そして、大丈夫です。だって僕たち』
一瞬のため
『『『エロ触手ですから』』』
全員ではもった
『『『HAHAHAHAHAHAHAHA!!!』』』
大昔のホームドラマのアメリカ人みたいに笑う触手ども
触手ジョークですか、そうですか
どうも俺たちエロ触手は魔法的な縛りのなくなった今
仮にも一応邪神の端末らしくよっぽどのことがない限り死なないらしい
飢えも乾きも刃物も熱も雷も効かない
ただ、存在は不安定になっている
あくまで魔法的な縛りがあったからこちらの世界に固定されているだけで
それがなくなったら何時元の世界に戻されても不思議はない、とのことだ
『導師、あの扉じゃないですか?』
『うむ、君たち、少し離れていたまえ』
『はっ、導師、もしやあの技をっ!』
茶番と一緒にごろごろと重いものが転がる音がする
鉄球的なもので扉を破壊するのだろうか。一応、壁際にはなれておく
『おおおおおおおっ、テンタクルピッキングっ!!!!』
かちかちかちがりかち、かちかちゃん。ぎぃぃぃぃっ
扉が開いた
『ただのピッキングじゃねえかっ!!!』
思わず突っ込んだ
離れる意味ねえよ。あと手際いいな、おい。ルパンか
『精密動作はともかく、一定以上の触手の硬化には気合が必要でね』
ようやく声の主、導師と対面する
床に球体。球体から一本の触手が伸びている。球根っぽい
するすると触手を回収
どうも基本形態は球体らしい
効率を考えるとそれが最善なのだろう
『まずは名乗ろう。私の名は導師。年を経た触手だ。若き触手よ。君のことを聞かせてほしい』
聞かせた
俺が異世界の学生である事
目を覚ましたら、ここで触手やってた事
最初は夢だと思っていたが、どうもそうではならしいと思い始めていること
導師をはじめ、触手たちは黙って聞いた
聞き終わると、導師は一つ頷き
『異世界から客人がこの世界に訪れるという話はなくもない。我々自身もそうだと言える』
ただ、と続ける
『転生という概念こそあるものの、その実証がなされたことはない』
だから、もしかすると
『君は世界を渡る反動で触手になってしまったのかもしれない』
あるいは
『世界を渡った何者かが、その記憶の一部を君に転写したのかもしれない』
どちらにせよ
『私に言えることがあるとすれば、それは』
溜めた
『『『でも俺ら触手じゃん』』』
はもった
『という事だ。うむ、我々、所詮エロ触手だしな。エロく頭悪く生きていく以外になかろうよ』
慰められた、のだろうか
だとしたなら最悪の部類だろう
気づいたら触手とカフカの変身級の変事を気にせず生きろ、というのは助言とは言わない。暴言だ
だが、まあ、エロ触手とはそういう生き物なのか
何だかちょっと笑ってしまった
そういうのも悪くないんじゃないか、と思ってしまった
『君も我々と来たまえ。捜索には人手があった方がいい』
『捜索?』
思わず問い返したが、そういえば仲間を集めて文化的な生活するとかなんとか
『うむ、人類はしぶとい。こんな世界でもきっと絶滅せずに何処かでか細く生を紡いでいるはずだ。そこに赴き』
ああ、人類と手に手を取って文
『エロスの限りを尽くそうかと。だって私たちエロ触手だから!!!』
『イエスロリータ ゴータッチ!』
『ネトラレたい!』
『……』
『エルフとかに最低の屑ねって言われたい!!!』
『触手のお兄ちゃんって呼ばれたい!!!』
『ネトラレさん、ごめんなさい。見ないで、って言われたい!!!』
『……』
かくてエロ触手達は新しい仲間を獲得し、今日も元気にゴロゴロと転がっている
居るかどうかも分からん人類とエロい事をするために
あ、すいません。エロとかないです