ゲームの物語が進み始めました②
それから、1ヶ月は何事もなく、平和に暮らした。
ここが、他の恋愛ゲームと違って、変わっているところだ。
大体は話数の関係上、すぐキャラクター別に分岐した話になるか、全てのキャラクターとの共通ストーリーになるかのどっちかだ。
共通ストーリーで、攻略対象キャラクターの若干ハーレムになるわけでもなく、接触してくるわけでもない。
ただ、ごく普通の高校生活を過ごしただけだ。
ゲームでも、『それから1ヶ月が過ぎた』とあっさり流れている。
共通ストーリーを作ろうとして、面倒くさくなって断念した、名残な気がする。
なんとなく。
そんな感じで、高校生活を懐かしみながら過ごして、大体、学校生活に慣れた頃だった。
いつものように、私と亜美と海斗君の3人で、昼ご飯を食べていると、海斗君にある一人の女子が話しかけた。
「稲垣海斗君だよね?」
「はい、そうですけど」
「その、ちょっと話があるから。放課後、二年二組の教室に来てもらってもいい?」
「話だったら、今聞きますよ?」
「できれば、誰にも聞かれたくないの。ダメかしら?」
「……分かりました。いいですよ。放課後、二年二組に行けばいいんですね」
不思議そうにしながらも海斗君がうなずくと、彼女は嬉しそうに笑った。
「ありがとう。じゃあ、放課後、よろしくね」
彼女はそう言って、教室を去っていった。
「何だったのかな?」
亜美は不思議そうに、女子生徒が出て行ったドアを見つめながら、言った。
「さぁ……?」
海斗君も亜美と同じ方を見つめながら、首を傾げた。
私も不思議そうな振りをしながら、内心ニヤニヤしていた。
ようやくゲームの物語が動き出したようだ。
少し待ちくたびれた感じもするけど、ワクワクする気持ちが強かった。
「葵ちゃんはどう思う?」
「さぁねぇ?」
「あー!葵ちゃん何か知ってるの?」
ニヤニヤしながら、亜美の問いに答えてしまったため、彼女に詰め寄られた。
「知らないよ!知り合いでもないし。ただ……」
「ただ?」
「なんとなく、検討はつくかなぁって」
「検討って?」
「秘密」
私が黙ってしまうと、亜美は不満そうに顔をふくらました。
「えーっ!教えてよ!」
「ま、亜美にはそのうちね」
「えっ、僕には教えてくれないの?」
今まで大人しく黙っていた海斗君が、尋ねてきた。
「海斗君は私の考えを聞かなくても、そのうち分かるでしょ。呼び出されたんだし」
「そうだけど」
「じゃあ、本人に聞いてよ。いや、聞く前に教えてくれるだろうけど」
私の言葉に、しぶしぶ海斗君はうなずいた。
「絶対教えてね!」
亜美は期待に満ちた目で私を見てきた。
私がうなずくと、亜美は嬉しそうに笑った。
こんなこと話しているうちに、昼休みは終わった。
放課後になり、海斗君は私達に「先に帰っていいからね」と言い残し、教室を出て行った。
「教えて!約束でしょ!」
海斗君が去って、早速、亜美は私に詰め寄ってきた。
「はいはい。多分、告白だと思うんだよねー」
「告白ー!? あの海斗がー?」
私の答えに、亜美は怪訝そうに叫んだ。
「うん。告白。ねぇ、見に行ってみない?」
「えー?でも……」
私の誘いに、亜美は乗り気じゃなさそうに言葉を濁す。
しかし、私だってこれが仕事の一つだから、あきらめるわけにはいかないのだ。
「本当に告白かどうか確認しに行こうよ。それに気にならない? 海斗君に告白する相手がどういう人か」
「気になる……けど」
「だったらさ、ちょっと確認しに行くだけだし。見に行こうよ!」
「分かった。……でも、葵ちゃんって、こういうの見に行くタイプなんだね。興味ないかと思ってた」
亜美はうなずいた後、意外そうに言った。
「あー、まぁね」
正直、亜美の言うとおり海斗君が誰に告白されようが関係ないし、興味もない。
でも、あくまでも、私は主人公の親友だから、ゲームを進めるために、仕事をしなくてはいけないのだ。
まぁ、これが終わったら後は楽なものだけど。
「とにかく行こうよ。告白終わっちゃう」
「そうだね」
私達が教室を出ようと、扉に向かった時、声をかけられた。
「ねぇ、待って」
「えっ?」
私達が振り返ると、そこには真城遼一がいた。
イベントその二が来た。
私は黙っていればいいはずだ。
「あの、あなたは?」
「俺は真城遼一。よろしく。亜美ちゃん」
亜美の問いに、真城遼一は馴れ馴れしく答えた。
「どうして、私の名前を?」
「だって、さっき君の友達が名前呼んでたし?葵ちゃんだっけ?」
「えっ、あ、はい」
まさか、私が呼ばれるとは思っておらず、慌てて答えた。
「それで、亜美ちゃん、可愛いね」
「はい?」
真城遼一は一瞬だけ私を見た後、亜美に視線を戻して、口説き始めた。
もう、私に関わらないでください。
「だから、亜美ちゃんは可愛いなーって。今週の日曜日、暇?」
「えぇ、まぁ」
「暇なら、俺とカラオケ行かない? 楽しいよー」
「えー、でも……」
亜美は困ったように、私を見た。
どうやら、真城遼一は彼女のタイプの男性ではなかったらしい。
私が口を開いたその前に意外にも、真城遼一が口を開いた。
「あ、なんだったら、友達の葵ちゃんも一緒でもいいよ?」
何だってー!?
思わず口に出して叫んでしまうところだった。
真城遼一、何を言っているんだ。
君は親友の私には目もくれず、主人公である亜美を口説くキャラだったでしょ!
私を巻き込んで、亜美を口説こうとしないでー!
「えー……でも、葵ちゃんも困るだろうし」
また亜美は困ったように私を見た。
ようやく、私は亜美の助け舟を出すことができた。
「うん。……それに、亜美、そろそろ行かなきゃいけないんじゃない?あれ、終わっちゃう」
海斗の告白のことは言わなくても、亜美は分かったようだった。
「そうだね。ごめん、真城君だったよね? また今度!」
「真城で合ってるよ。じゃあ、気が向いたら、電話して。これ、俺の携帯の電話番号だから。じゃあね」
真城遼一は一枚の紙を亜美に押し付けた後、去っていった。
亜美はしばらく呆然と、紙切れと真城遼一が去っていった方向を交互に眺めていた。
「これ、どうしよう?」
「一応、持ってたらいいじゃない。気が向いたら電話してもいいし。しなくてもいいし」
少しは真城遼一のフォローをしておく。
「そっか。まぁ一応、持っておこうかな」
「ほら、行こうよ。早くしないと終わっちゃう!」
「うん、そうだね!」
私達は走り出した。
二年二組に着くと、ちょうど告白している最中だった。
「私は、海斗君が好きです。海斗君は私を知らないかもしれないけど、ずっと見ていました」
「その、ごめんなさい。僕、他に好きな人がいるんです」
「……そうなんだ」
「はい。すみません」
「ううん。伝えたかっただけなの。あきらめ切れなくて。呼び出してごめんね。ありがとう」
「いえ、大丈夫です。それでは失礼します」
「うん」
海斗君が盗み見ていた私達の方にやってきたので慌てて、隣の教室に逃げ込んだ。
海斗君の足音が聞こえなくなった時、開いた扉から隣の教室の叫び声が聞こえた。
「あーぁ!振られちゃった!」
「……残念だったね」
「もう、ほんとに……」
さっきの女子生徒とその友達の会話が少し聞こえた。
最後の方は女子生徒の泣き声でかすれていた。
「もう帰ろうか」
これ以上は聞いてはいけない感じだったので、私そう言うと、亜美もうなずいた。
教室を出ると、亜美がつぶやいた。
「海斗って、案外モテるんだねー」
「まぁ、かっこいい顔してるからね」
彼だって、恋愛ゲームの攻略対象キャラになるくらいだから、それなりにかっこいい。
「えー、そんなかっこいい?」
「亜美は幼なじみだからあんまり分からないかもね」
「そんなもんかなぁー」
「そんなもんだよ、きっと」
私の言葉に亜美は終始首を傾げていたが、結局私の言葉に納得することにしたらしい。
「まぁ、いいか!賢い葵ちゃんの言うことだし」
「えっ、私、そんなに賢くないよ?」
亜美の思いがけない言葉に、私は驚いて否定した。
「だって、海斗の告白を――」
亜美の言葉は男子生徒の声に遮られた。
「二年一組の葉山香織か?」
「えっ?」
慌てて二人で振り返るとそこには生徒会長がいた。
とうとう最後のゲームキャライベントがやってきたようだ。
「えーと、生徒会長ですよね?」
「そうだ。生徒会長の円城寺祐月だ。君は二年一組の葉山香織か?」
「いえ、違いますけど」
生徒会長の視線が、大人しく亜美とのやり取りを見ていた私へと移る。
「私も違いますよ。第一私達は一年生ですから」
「ならば、何故二年一組から出てきた?」
怪訝そうな顔で生徒会長は尋ねてきた。
あら、見られてたみたい。
私は亜美と顔を見合わせた後、私が口を開いた。
「ちょっと用事があったんです」
「用事?」
「はい、知り合いに似た人がいまして。間違っていたら嫌なんで、隠れて確認しようかと思って、教室に隠れてたんです。結局間違ってたんですけど」
すらすらと私の口から出た真っ赤な嘘に、生徒会長は納得したらしい。
海斗君の告白はプライベートなことだし、盗み聞きしていたなんて彼に知れたら大変だし。
「そうか。……まぁいいだろう。で、君」
生徒会長は亜美に視線を戻した。
「人違いして悪かった。しかし、これも何かの縁だ。生徒会で手伝ってくれないか? 新入生歓迎とかで忙しく、人が足りなくてだな」
「えぇ!私ですか!?」
「大丈夫だ。一から教えるし、そんな難しい仕事はない。もし良かったら生徒会へ来てくれ。二回職員室側の塔の一番端にある部屋だ。そういえば君の名前は?」
「桜庭亜美です」
「桜庭亜美、だな。覚えた。待っている」
そう言い残すと、生徒会長は去っていった。
「生徒会長に話しかけられちゃった。かっこいいね、やっぱり」
「そうだね」
「行こうかどうしようかな?」
「いいんじゃない? 生徒会を手伝うとなると、忙しくなるかもしれないけど」
「だよねー。どうしようかなー」
私の言葉にうなずいて、亜美はうなりだした。
迷ってるみたい。
「今日のこと、家帰ってゆっくり考えなよ。色々あったけど、亜美が決めればいい」
「色々って、例えば、真城君の遊びの誘いとか?」
「あとは、海斗君の告白とか」
「それもかー。考えすぎて頭パンクしそう」
「どうするにしても、私は亜美の味方だから」
「うん。ありがとう、葵ちゃん。ゆっくり考えてみるよ」
亜美は笑顔で私に言った。
そして、楽しく話しながら、下校したのだった。
よし、私の仕事の大部分は終わった。
亜美が誰を選ぶのか分からないけど、あとは応援するのみ。
できれば、私を巻き込まない真城遼一以外がいいな。




