脇役人生始まります
光が収まり、目をあけると、見たことのある校門の前に立っていた。
星ヶ丘高校という名前の横に、入学式という立て看板があった。
どうやら、本当に私が前やってた恋愛ゲームの中に入ったらしい。
確かゲームに出てくる高校も星ヶ丘という名前だった。
目線を奥に移すと、立派な校舎が見えた。
公立のはずなのに、立派な校舎という違和感は、あのゲームのままだ。
立ち尽くしている私を、周りの生徒が、不思議そうに見ながら歩いていく。
流石、入学式。
人がいっぱいだ。
そろそろ歩き出した方がいいだろうか。
しかし、門を通り過ぎた時、私は肝心なことに気づいた。
今からどこに行けばいいか分からないのだ。
ゲームでは主人公が勝手に歩いてくれていたからどう行けばいいか分からない。
……どうしよう?
また立ち尽くした私を、新入生らしき人達が不思議そうに見ながら流れていく。
私は誰か助けてくれないかと眺めていたら、ふと思いついた。
このまま人の流れについて行けば、たどり着けるかも。
また私は歩き出した。
人を追い抜かさないように、ゆっくりと。
しかし、置いて行かれないようにしながら。
人の流れについて行き、校舎に入ると、皆は靴を袋に入れ、上靴に履き替えた。
懐かしいな、上靴って。
いや、ちょっと待て。
私、上靴なんて持ってないよ!?
焦って見渡すと、私の格好は、見たことあるが知らない制服に着替えていて、黒い革鞄を持っていた。
その鞄の中に、靴を入れる袋と上靴が入っていた。
――流石、神様。
用意万端ね。
このゲームの世界に相応しい服と用意はされているみたい。
私は何事もなかったように、上靴に履き替え、歩き始めた。
新入生の教室らしき所にたどり着き、教室の外に張り出してある紙に名前がある教室に入った。
席に座ると、思わず安堵のため息が出た。
なんとかなった。
あとは先生の指示に従って、入学式に参加するだけだ。
そうして、教室に入って来た先生に従って、出席番号順に並び、体育館へと向かう。拍手で迎えられ、床に座る。
そうして、入学式が始まった。
校長先生の挨拶というには長い話から始まり、様々な人の祝いの言葉が話される。
真面目に聞いている人もいれば、つまらなさそうに聞いている人もいて、中には堂々と眠りこけている人もいた。私はというと、懐かしいとは思いつつ、話半分で聞いていた。
真面目に聞いてたら疲れるもん。
生徒会長の挨拶が始まった。
「新入生の皆さん、入学おめでとうございます。生徒会長の円城寺祐月です」
低いバリトンの美声で当たり障りない挨拶を続けた。
生徒会長って、こんな声してるんだ。
ゲームでは、文字だけだもんなぁ。
そう、彼はこのゲームの攻略対象である。
私の記憶では俺様生徒会長というキャラだった。
生徒には爽やかで優しい生徒会長で通しているけど、生徒会員になると、途端に俺様を発揮し出すキャラだった。
彼を選ぶと、生徒会長に役員としてこき使われることになる。
今回の主人公が誰を選ぶか知らないが、生徒会長を選ぶなら、負けずに頑張ってと言いたい。
私なら嫌だけど。
ただ、弱気な一面や弱音を時折見せられ、普段とのギャップに胸キュンしたいなら、いいんじゃないだろうか。
ちなみに、これは他の利用者の感想だ。
私はあくまで物語のキャラとして楽しんでいた。
そんなこと考えている内に、生徒会長の挨拶が終わり、入学式も終わった。
後ろの人から順番に退場していく。
また拍手で見送られながら、退場した。教室まで来ると、皆は列を崩し、ざわめき出す。
先生がいないことをいいことに、友達同士で騒ぎ出す。
まぁ、すぐ来ると思うけどね。
私はもちろんゲームの中に友人どころか知り合いすらいない。
大人しく教室に戻って、席についた。
教室には少しずつ人が戻りつつあったが、廊下に比べると、少なかった。
「でも、海斗が一緒のクラスで良かったー。知らない人ばっかりだと困ってたよ」
「僕も、亜美が一緒のクラスで嬉しいよ」
教室に入ってきた男女の会話が耳に入った。
扉に一番近い席にした特典だね。
女の子はこのゲームの主人公、桜庭亜美だ。男の子は、彼女の幼なじみの稲垣海斗だ。
ちなみに彼もゲームの攻略対象だ。
彼は幼なじみ故に小さな頃から主人公のことが好きな一途な純情キャラだった。
こき使われない分、生徒会長に比べ、刺激が少ない。
大人しい性格もあるだろうけど。
まぁ、甘酸っぱい青春を経験したいなら、海斗がオススメだ。
幼なじみ故のじれじれ甘々体験ができる。
私は飽きて、途中で投げ出したけど。
「格好いい!」
「まぁ、それほどでも。君の方が可愛いよ。今度デートしない?」
開いた扉から途切れ途切れ聞こえた。
開いた扉から顔が見えた。
これも、扉に一番近い席にした特典だね。
女の子の方は知らない顔だけど、男の子は知ってる。
彼もゲームの攻略対象で名前は、真城遼一。
明るい性格だけど、小悪魔キャラだった。
女たらしなところもあるので、彼を選べば翻弄されるけど、本当に好きなのか分からないというドキドキ感が味わえる。
生徒会長に比べれば、刺激は少ないが、海斗に比べれば、刺激は多い。
言うなれば、中ぐらいだ。
実際に、恋愛ゲームをする相手として、私は一番オススメする。
それなりにドキドキできて、でも、振り回されすぎない、ちょうど良い相手だし。
まぁ、今回の主人公が誰を選ぶか分からないけどね。
とにかく、私のすることは誰であろうと、主人公の恋の後押しをするのみだ。
それ以上もそれ以下もない。
そんなこと考えているうちに、とうとう先生達がやってきた。
「こら!君達、教室に入りなさい!」
先生に追い立てられて、廊下の生徒が教室に流れ込んできた。
真城遼一も女の子の口説きが失敗したのか、先生のせいで終わったのか、不満そうな顔で入ってきた。
入り口に一番近い席にいた私は、彼と偶然目があった。
そして何故か睨まれた。
いや、私にやつ当たりしないで。
困るだけだし。
私じゃなくて、主人公に接触してください。
そうすれば、私が助けてあげられるし。
まもなく、教室の担任教師が入ってきた。
短い黒髪が清潔感のある若い先生だった。
「俺がこのクラスの担任だ。よろしく。お前ら出席番号順に席に着けよー」
なんかやる気を感じられない。
「先生の名前はー?」
女子の一人が黄色い歓声に似た声をあげた。
まぁ、ちょっと格好いいかも?
「俺の名前はどうでもいいから。お前ら、早く出席番号順に座り直せー」
先生の返答はつれない。更にやっぱりやる気が感じられない。
「教えてくれないのー?」
「先生のケチー」
「いいから、早くしろー」
つれない先生の返答にあきらめたみんなは、出席番号順に席についた。
「しばらくはこの席のままだからなー。文句は聞かん」
生徒から不満な声があがるが、宣言通りに先生は無視した。
「じゃあ、入学おめでとう。俺の名前は関だ。以上」
関先生ね。
そういえば、ゲームにもいたね。
先生の割に、妙にやる気のなさそうな先生が。
『ねぇ、先生に興味あるの? 攻略対象にしたら主人公になる?』
突然、神様の声が聞こえた。
なるわけないでしょ!と心の中で思い切り否定すると、未練がましい神様の声が聞こえた。
『だって……彼に怒られたし。私だって、主人公にしたかったのに……』
神様が誰に怒られるというのだろうか。
神様の上……?神様の神様とか?
『主人公になってくれるなら、好きな相手を対象にしてあげるよ?』
しつこい!
私は脇役になって、主人公を支える決意したところなんだから!
私の心の底からの叫び(もちろん、心の中で。声に出したかったけど)にようやく神様はあきらめたようだった。
神様の声が聞こえなくなり、無事一日目を終えた。
よし、明日から主人公と友人になって、恋のフォローを頑張るぞ!
今回は登場人物紹介する回でしたので、説明的な回でした。
次から物語が動き始めます。