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ゆっくりと再スタートしましょう

 目を覚ますと、何処か見覚えがある白い天井が見えた。

「あれ?」

 ねぼけた頭では何が起きてこうなったのかさっぱり分からなかったので、慌てて体を起こした。

 周りを見渡すと、私は白いシーツが敷いてあるベットの上に寝ていて、毛布が体にかけられていた。

 さらに白いカーテンがベッドを囲んでいたので、ほかに見えるものといったら、反対側にあった窓ぐらいだった。

 窓からは夕日が差し込んできていて、そろそろ日が暮れそうになっていた。

 もう夕方であることが分かったものの、何故自分がベッドで寝ているのか、どこか見覚えがあるこの場所がどこなのか、さっぱり分からなかった。

 そっと白いカーテンを開けてみると、隣にもう一つベッドがあり、空だった。

 頭の方まで開けると、白衣を着た女性の横顔が見えた。彼女は机に座って、優しい顔でのんびりと何かを書いていた。

 そこまで観察して、ようやく私はここがどこなのかと理解した。

 ここは保健室だ。

「笹原先生……」

 私のつぶやきを聞いたらしい先生が、こちらを向いた。

「あ、水原さん。目が覚めたのね。関先生から事情は聞いているわ。落ち着いた? よく眠れた?」

 笹原先生は優しく笑いながら、こちらに歩いてきた。

「はい。ありがとうございます。すみません」

 先生の言葉を聞きながら、私はこうなった原因を思い出した。

 そうだ。

 私は亜美に振られて、変な勘違いをしているらしい海斗君に襲われそうになったんだった。

 だが、よくよく考えてみると、亜美の好きな人が他にいると知りながら、海斗君に告白の後押しをしたりとか、振られても慰めてあげるよとか、私がある意味誤解されるようなことをしていたのは事実だ。

 私としてはとにかく亜美が誰かと恋人になれるように行動して、その上で亜美の気持ちを尊重していただけなのだが、海斗君からしてみるとなんと酷なことするのか、と思われても仕方ないかもしれない。

 やっぱり私の考えが甘かった。

 ゲームの中の世界とはいえ、現実となんら変わらないのだ。

 ゲームみたいに一人一人に役割が与えられて、同じ言動を繰り返したり、ルーティンワークをしているわけじゃない。

 こっちの言動に影響されて、傷つくことも怒ることもあり得る、同じ人間なんだ。

 うつむく私の元に来ると、笹原先生はそっと私の手を取りながら、なぐさめてくれた。

「大変だったわね。怖かったでしょう? もう大丈夫よ。辛かったら、それを全部、先生に吐き出してね」

「ち、違うんです。私が色々考えが甘くて。海斗君に誤解されるようなことをしたから、なんです」

 ずっと優しい微笑みでこちらを見ている先生に、私は首を横に振った。

 海斗君だけが悪者にされてしまうのは何か違う、申し訳ないと思ったからだ。

「あら。そうなの?」

「そうなんです」

 私が力強くうなずいても、笹原先生は表情を変えなかった。

「でも、だからって、女の子を怖がらせるようなことしてもいいわけじゃないわ。泣くほど怖かったんでしょう? 水原さん」

 笹原先生は私の手を離して、頭を優しく撫でてくれた。

 直接的な言葉を避けてくれたのも、先生の優しさなのだろうな。

 笹原先生はいつものんびりとして、優しくて、でも、今は優しいだけじゃない雰囲気だった。

「男の子は女の子より力がある分、優しくしなきゃ。男の子には大したことなくても、女の子は傷ついてしまうもの。だから、水原さんはそんなに自分を責めなくてもいいの」

「笹原先生……」

 真剣に言う先生の言葉が自然に染み込んできて、ふいに泣きそうになる。

「それでも、気になるんだったら、また時間が経ってから。稲垣君が落ち着いてから、謝ったらいいのだから、大丈夫よ」

 笹原先生は優しく微笑んでくれた。

 先生の言葉が区切りがついたところで、はみ出した涙を制服の裾でぬぐった。

「泣いてもいいのよ?」

「泣き疲れた後に、また泣くわけにもいきませんから」

「スッキリするまで泣けばいいの。涙が出るなら、我慢しちゃダメよ」

 笹原先生は優しく頭を撫でてくれた。その温かさと優しさにまた泣きそうになるが、我慢した。

 これ以上泣くと、顔が大変なことになる。

「ふふふ。顔を洗いに行く? 水原さん。すぐ外に水道があるわ」

 私の内心を読んだように、笹原先生は保健室の窓側を指差す。

 保健室から外に出られる扉がそこにあるのだ。

「タオルはあとで渡すわね」

「すみません。じゃあ、ちょっと顔を洗ってきます」

「どうぞ」

 私は一言断ってベッドから降りた。

 そして上靴のまま、保健室から直接外に出て、水道に向かう。

 冷たい水でじゃぶじゃぶと思いっきり顔を洗うと、スッキリした。

 保健室に戻ると、笹原先生がタオルを差し出してくれたので、ありがたくそれを借りて顔を拭く。

「ありがとうございます、笹原先生」

「私が洗うから、そのまま返してもらって大丈夫よ。ちょっとはスッキリした?」

「はい。スッキリしました。タオル、ありがとうございます」

 笹原先生の厚意に甘えて、タオルをそのまま返すと、笑顔で受け取ってくれた。

 そこで、私は荷物がないことに気づく。

 そういえば、屋上に置きっぱなしだ。

 しかも、真城遼一もいない。

 彼は帰ったのだろうか。

 彼にお姫様抱っこ状態で泣きついてしまったので、顔が会わせづらいが、助かったのも事実なので、一言お礼でも言いたかった。

「荷物なら、真城君が取りに行ってくれているわ。彼も自分の荷物を置いてきたから、一緒に取ってくるみたい」

 キョロキョロと辺りを見渡している私を見て、笹原先生は察したらしく、そう言った。

「そうなんですか」

「えぇ。そうだ、真城君があなたのことを心配していたわよ。先生が慰めてあげてくださいって言っていたわ。私は養護教諭だから、言わなくても慰めるつもりだったけど、大切に思われているのね」

「そんなことはないとは思いますけど」

「あらそう?」

 笹原先生は楽しそうに笑ったが、私はなんだか恥ずかしくて顔が火照る。

 ああ、もう何なんだろう。

 何で私がこんな恥ずかしいんだ。

 それもこれも真城遼一が悪いんだ。うん、そういうことにしておこう。

「じゃあ、笹原先生。真城君が荷物持ってくるまで、ここにいても良いですか?」

「もちろん。水原さんの気持ちが落ち着くまで、ここにいてもらって構わないわ。今日は大変だったでしょ? 家に電話して迎えに来てもらわなくても大丈夫? それまで付いていてあげてくださいとも関先生からも頼まれているけど」

「流石にそれは大丈夫です。ちょっと迎えに来てもらうのは恥ずかしいし、大事にしたくないので」

 こっちの世界の両親は神様が調べたのか何なのか、私の両親にそっくりなので、事情を言わない限り突っ込んで聞いてくることはないだろうし、学校に苦情を言うこともないだろう。

 でも、やっぱり親に言うのは、はばかられる。

「遠慮しないで、親御さんに甘えられるうちに甘えておけばいいのよ。まだあなたは学生なんだから。でも、あなたが一人で帰れるなら、それでいいのだけれどね」

 心配そうにしながらも、先生は私の意思を尊重してくれた。

「さて、真城君が来るまで、ベッドで寝ていてもいいし、椅子に座って待っていてもいいわ。ゆっくりしていてね。それとも私が話し相手になった方がいいかしら?」

「もう少しだけ、先生と話していたいです」

「そう。なら話しましょう。椅子を用意するわね」

 じっとしていると、色々考え込みそうだったので、笹原先生と話して気を紛らせておきたかった。

 考えるべきことはたくさんあるけど、今は疲れたので、何も考えたくない。

 もう少しだけ、笹原先生の優しさに甘えたかった。

 そんな私の気持ちを汲み取ってくれた笹原先生は、椅子を用意してたわいのない話をしてくれた。

 最近見た面白かったテレビのドラマとか、休日に出かけた先にいたちょっと変わった行動をしていた人の話とか、学校すら関係ない話を選んでくれて、私は先生に感謝しつつ、穏やかな時間を過ごした。


 しばらくすると、真城遼一が荷物を持って、保健室にやってきた。

「あ、目が覚めたんだ、葵ちゃん」

 両手に私と自分のカバンを持ちながら、器用に扉を開けた彼は開口一番にそう言った。

「真城君、ありがとう。助かったよ」

「ん? ああ、いいよ。俺も荷物を置きっぱなしだったし」

 一瞬首を傾げたが、すぐに何を言っているのか分かったようで、そう答えた。まだその表情は優しい。

 いつもの人懐っこさも、人をからかうような表情でもなく、まだその表情が優しいことに戸惑いつつも、私は首を横に振った。

「それだけじゃなくて、その、助けてくれてありがとう」

「どういたしまして。でもまあ、地味に間に合ってなかったと思うけど。俺が屋上に着く前に何かがぶつかる音がしたし、稲垣が額を抑えていたし。葵ちゃん、頭突きしたんでしょ?」

「だって、もう少しで…………」

 キスされるところだったとは言いづらくて、そこで言葉に詰まってしまうが、真城遼一はすぐに察したようだった。

「色々危なかったね。大事な唇を奪われなくて――」

「うるさい!」

 恥ずかしくなって、平然と言い放つ彼が憎らしくなり、つい声を荒げてしまった。

「真城君、女の子にデリカシーのないことを平然と言っちゃダメよ。嫌われちゃうわ」

 笹原先生はそう言ったが、優しく微笑んでいるので本気でないことが丸わかりだ。

 先生、もう少し本気でたしなめてください。じゃないと効きません。

「気を付けます、笹原先生」

 ほら、真城遼一も軽くそう答えるだけで、ニヤニヤしちゃってる。

「もしかして、ファーストキスだったの? 葵ちゃん」

「うるさい! ほっといて! というか、笹原先生に注意されたところ!」

 しつこいので怒った私がキッと真城遼一を睨むが、彼は肩をすくめるだけだ。

「口喧嘩するだけの元気が戻ったようで、何よりだよ」

「誰のせいで怒っていると思っているのよ!」

「んー。俺は葵ちゃんじゃないから分からないなあ」

 真城遼一がいつもの人をからかうようなひょうひょうとした表情が戻ってきたところで、私はイライラしつつも調子を取り戻してきた。

 お礼も言ったし、いつまでも私をからかってくるようなこいつには優しくしてやる義理はない。

「ほら、荷物ちょうだい。私は帰るから。取ってきてくれてありがとう」

 真城遼一に手を差し出し、荷物を受け取ろうとするが、なかなか渡してこない。

 仕方ないので、笹原先生を振り返って、先にお礼を言うことにした。

「笹原先生、お世話になりました! お話し楽しかったです! ありがとうございました!」

「いえいえ。どういたしまして。水原さんが少しでも元気になったなら良かったわ。気を付けて帰ってね」

「はい! ありがとうございます!」

 ニコニコと笹原先生と会話を交わすと、もう一度真城遼一に向き直る。

「ほら、私は帰るから。早くカバン渡してよ」

「やだ。一緒に帰ろうよ」

 もう一度催促すると、とんでもないことを彼は言い出した。

「ええ!? 何言ってんの? 一緒に帰らないから! さっさとカバン返してよ!」

 これでも一応気を使って言葉を選んでいたというのに、コイツはそれに付け入って何を言うのか。

「あんなことが起きた後で、一人で帰りたくないでしょ。送ってあげるから。一緒に帰ろうよ」

「…………いや、一人で帰れるから! カバン返して!」

「今、言葉に一瞬詰まったでしょ。ちょっと嫌だなあって思ったってことでしょ」

「だああ、もうしつこい! さっさと返しなさいよ!」

 私は真城遼一から返してもらうことをあきらめて、自身のカバンを取り戻しに行った。

 しかし、あろうことか、真城遼一は私のカバンを持ったまま、保健室を出て行ってしまったではないか。

「笹原先生、お世話になりました! 俺が葵ちゃんを家まで送っていくので、ご心配なく!」

 そんな言葉を残して、走り去っていく真城遼一を私は慌てて追いかけていく。

「ちょっと、カバン返しなさいよ! 私は一緒に帰ることを了承してないから! あ、笹原先生、ありがとうございました! さようなら!」

「はい。二人とも廊下は走っちゃダメよー! 仲良く気を付けて帰ってねー!」

 ニコニコとどこかずれた優しい笹原先生の言葉を背中に受けつつ、私は必死に真城遼一を追いかけた。

 笹原先生、私は一緒に帰るなんて一言も言ってませんからね!

 というか、真城遼一! あんた足早い!

 カバンを早く返しなさいよ!

 ブツブツ文句を言いながらも、追いついた後でもカバンを返してくれなかったので、結局私は真城遼一と一緒に家に帰ることになったのだった。



とてもお久しぶりです。

更新がとても遅くなってしまい、申し訳ありません。

目次の上に次話投稿されない可能性がありますと書いてありますが、そんなことは絶対ありません。

忘れていませんし、完結させるつもりです。

ただちょっと忙しかったり、他のことに夢中になっていて、更新できてませんでした。

言い訳にすぎないので、この話はここまでにします。

次からはもう少し早く更新したいところですが、また長いこと放置していたら、また何かに夢中になっているんだなと、思っていてください。

呆れられても仕方ありませんが、最後まで読んでいただけたら幸いです。


活動報告にも書きましたが、小説の文体というか、書き方を少し変えました。

段落が変わるごとに、一マス開けることにしました。

パソコンで見ると、読みづらかったので、連載小説だけ変更します。

今回だけではなく、他の回も徐々に変えていきます。

よろしくお願いします。

ここまで読んでくださって、ありがとうございました。

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