告白大作戦決行です。
「何で海斗君がここにいるの?」
「えーと、葵ちゃんが俺に話があるんじゃないの?」
「え?」
「え?」
関先生に呼び出されたはずなのに、屋上にいた海斗君に、何故か私が話することになっていた。
訳分からないこの状況に、しばらく私は、ぽかんと海斗君の顔を見つめていた。
呆けた顔でただ見つめられて、海斗君は困ったように頭をかいた。
何ですか? この状況。
関先生に相談した時は、海斗君の名前なんて一切出してない。
簡単に言えば、親友である亜美の好きな人、真城遼一に、私は迫られて困ってるって、相談だったはずだ。
いや、はずじゃなくて、絶対にそういう相談をした。
だというのに、私は海斗君に何を話せと。
亜美なことを好きな海斗君に、関先生と同じ相談するのは酷だと思うんだけど。
だってねぇ、自分の好きな人にもう他に好きな男がいて、なおかつ、その男は別の人に迫っているなんて相談されても、彼の気持ち的には複雑すぎて困るだけだろう。
流石に、そんなこと言うほど私は薄情でもないし、所詮ゲームだからって、割りきれないし。
たとえ、これがゲームの世界とはいえ、今の私にとってこの世界が現実な訳で。
下手なこと言って、誰かに憎まれたり、嫌われたりしたくない。
そこまでいかなくても、気まずくなりそうだし、それも勘弁したい。
これからこの世界で生きていくことも考えるとさ。
というか、私が何故こんなに悩まなければいけないのだろうか。
これは乙女ゲームの主人公、亜美の役目だろう。
あくまで、私は主人公の親友であって、彼女の恋を後押しするだけの存在だったはずだ。
彼女の恋愛事情に巻き込まれて、何故こんなに悩まなければいけないのか。
そう。
元はといえば、真城遼一が私まで巻き込んで、亜美を口説こうとするから、悪いんだ。
しかも、何故か私に目移りしやがるし。
海斗君みたいに、一途に亜美のことを想っていれば、迫っていれば、良かったんだ。
なら、私は素直に応援したというのに!
――ん?
私の思考がいつものように、真城遼一の不可解な行動への怒りに推移した時、何かに引っ掛かった。
私はその違和感の原因を、もう一度同じことを考えることで、気がついた。
「海斗君は、亜美のことが好きなのよね」
「え、えぇ!? いきなり何!?」
百面相しながら考えこんでいた私の突然の発言に、海斗君は顔を真っ赤にして狼狽えた。
「好きなんでしょ」
「あ、えーと、その、なんで知ってるの?」
私の更なる質問に――いや、もう知ってるから断定してるけど――海斗君はぼそぼそと質問を返した。
このヘタレめ。
「だって、見てればすぐ分かるし」
「そんな分かりやすい顔してる?」
「当たり前。海斗君、顔にかいてあるもん」
まぁ、この世界に来る前から知ってたけど、たとえ、知らなかったとしても、すぐ気づくほど海斗の亜美への想いは顔に出てる。
よく、亜美のことを視線で追ってるし、亜美には特別優しいし、話する時も一番嬉しそうだし。
飼い主構ってもらって、喜んでる犬にちょっと似てる。
「そっかあ……」
しばらく照れた顔で、海斗君は絶句していた。
「まさか、話ってそれ?」
気を取り戻した海斗は私の顔をじっと見た。
まだ顔は赤かったけど。
「まあね」
実際は話なんてなかったけど。
もう、私は真城遼一と亜美をくっつけることをあきらめた。
ただし、乙女ゲームの世界なんだから、亜美は誰かと恋人になる必要がある。
選択肢は三人。
俺様生徒会長の円城寺祐月、幼なじみの海斗君、そして、同級生の真城遼一。
三人とも、最終的には亜美にベタ惚れで、誰を選んでも幸せにしてくれるだろう。
このゲームをやってた私が言うんだから、間違いない。
確かに、亜美が誰かと恋人になってもらわないと、私の新しい人生は始まらないが。
亜美のことは親友だと思ってるし、幸せになってほしいと思ってる。
だからこそ、亜美の意思に任せていたんだけど、真城遼一はもう無理。
もう、面倒見きれない。
なら、亜美を幸せにしてくれるだろう他の人にするしかない。
俺様タイプの男はゲームではいいけど、実際は疲れるからお勧めしない。
第一、私と生徒会長は接点がないので、亜美とくっつけることは無理がある。
その点、海斗君なら若干ヘタレだけど、一途だし、優しいし、私も二人をくっつけやすい。
亜美を任せても安心だ。
真城遼一のことが好きな亜美には悪いけど、私と仲良くなる真城遼一をのほほんと見てるだけで、積極的に動かないから、そこまで好きになってないと思う。
だから、海斗君でもいいはず。
彼女の中で気になる男としては一番順位が低かったけど。
「私が、手助けしてあげる。海斗君が亜美に告白できるように」
そんなことを素早く考えた後、私は笑顔で宣言した。
「亜美と海斗君が二人っきりになるように、お膳立てしてあげるから。その代わり、海斗君はしっかり告白しなさいよ?」
海斗君は驚いたように、私の顔をじっと、じぃぃっと見た後、力強くうなづいた。
「分かった。ありがとう、葵ちゃん。俺、亜美に頑張って告白するよ」
よし、これで第一段階完了。
あとは亜美の気持ちを海斗君に向かせるだけ。
告白の準備もしなくちゃ。
真城遼一のことは後で考えよう。
まあ、私一人の問題なら、あいつをこっぴどく振っても何も問題はないだろう。
「ねえ、葵ちゃん」
忙しくこれからのことを考えていると、海斗君に呼び止められた。
「何?」
「なんでここまでしてくれるの?」
私は言葉に詰まってしまった。
本当のことは話せないし、悩んだ挙げ句、無難な答えに落ち着いた。
「親友の幸せのためよ。亜美も、海斗君も、私の大事な友人だから」
嘘でもないが、本当のことは言ってない。
ただし、私は笑顔で言い切った。
「やっぱり、関先生の言葉は本当だったんだ」
海斗君はぼそぼそとつぶやいた。
「何か言った?」
「別に、なんでもないよ。もう帰ろうよ」
聞き返したけど、彼は答えてくれなかった。
ひとりごとなんて、そんなものだろうけど。
でも、関先生がどうとか言ってなかった?
なんか気になる。
「まあ、いいけど。あ、告白作戦は明後日からね。明日は亜美に海斗君への気持ちを向かせるために、色々話するから」
「分かった」
そうして、次の日、私は海斗君の話を亜美に浴びせかけた。
やれ、誰々に優しくしてたとか、やれ、誰々が格好いいとか言ってたとか、それはもう本人が困るほど色々話した。
亜美にはそれでもあんまり効かなかったみたいだけど、海斗って案外モテるんだって認識はしたみたいだし、多少は海斗君のことを意識しただろう。
真城遼一のことは総無視した。
まあ、真城遼一も、急に私がしたことの意味が分からないのか、比較的大人しくしてたけど。
そうして、告白当日。
屋上でお昼ご飯を食べることにして、私は忘れ物をしたとか言って、真城遼一を連れて、教室に戻ることにした。
その時、海斗君に目配せをしたら、彼はうなづいたので、私の意図は通じたと思う。
「で、忘れ物って?」
「んーとね」
教室に着く前、人気のない階段で、真城遼一は私を見た。
その顔は疑いに満ちている。
いつものように、二人っきりになると人懐っこい笑顔が簡単に消える変なやつだ。
ただ、流石に海斗君の告白のことは言えないので、言葉を濁す。
「そういえば、昨日から様子がおかしかったよな」
「え? そう?」
「ああ。亜美に稲垣海斗の話をやたらとしてたし。今日だって、突然屋上でお昼ご飯食べようとか言い出すし。忘れ物したって、俺を連れ出すし?」
ごまかそうとしたが、真城遼一は簡単にはごまかされてはくれないようで、怪訝そうに私の顔をじろじろと眺めた。
「それにいつもだったら、一人に忘れ物ぐらい取りに行くのにな。俺に話があるのかと思ったら、何も話さないし」
だって、用があるのは、あんたじゃないもの。
むしろ、あんたが海斗君の告白の邪魔だったから。
「そう、まるで、亜美と稲垣海斗を二人っきりにしたかったような」
真城遼一はそこまで言って、考え込んだ。
おお。案外、鋭い。
「まさか!」
真城遼一は顔色を変えて、きびすを返して、階段を駆け上がった。
どうやら、海斗君が亜美に告白することを気づいたようだ。
今、屋上に真城遼一が行くと、修羅場になるんじゃないかな。
そう思いながらも、止めなかった私は悪いやつかもしれない。
でも、これで真城遼一が目移りしていた私ではなく、亜美に好意が戻るならいいかと安心したのは、仕方ないと思う。
――私の考えは甘かったと知るのはまだ先のことである。