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春のうたかた  作者: 四季
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母の気配

山に、“母”の気配を感じる。


(冷たく寂しい、孤独なお母様の気配・・・・・・)


何故だろう、右も左もわからないのに、今、母という存在は意識している。


自分がどこからやって来たかは定かではない。


しかし


行かなくてはならない場所がある気がする。


(一体私は・・・)


考え始めたところで、周りの木々が囁く。


『行っては駄目。

あなたでは、負けてしまうよ。』


(わかってる・・・。多分わたしは前もこの先に行った事がある。そして、失った。)


ゆっくり目の前の男を見上げる。


「君は・・・どこから来た?そして、何者、なんだ?」


探る眼差し。


(怖い物を持っている人。話し方はちょっと堅くて恐ろしい雰囲気もあるけど、わたしに居場所と、名前をくれた、多分、とても優しい人・・・

この人の名前を呼ぶと、何故かあたたかくて懐かしい気持ちになる。この人が何か、わたしの大切な物を持っているような。そんな気がする・・・。何故だろう?)



「ハル、さん・・・」


そっと呟いてみた。


「ん?」


聞こえたらしい春隆が反応する。


「ハルさん」

「なんだ」

「改めて、昨日は助けていただいてありがとうございました。何も覚えていないけど・・・・・・ハルさんがいなかったら、わたし、今どうなっていたか」

「礼なんてされるような事はしていない。気にするな」

「なら、わたしの独り言という事にします。ハルさんも気になさらないでください」

「・・・ああ」


小さく返事をして、春隆は体重を右足から左足へ移した。


「どこから来たかという話でしたね。わたし、多分、あの山に入った事があります。今日来てわかりました」

「霞山にだと?」

「そう呼ばれているのですか?」

「ああ。あれに入ったら、無事には戻ってこれん・・・ここいらでは有名な山なんだ」

「無事には・・・」

「魂抜きと言ってな、呆けた人形みたいになるんだ。とすると、天青がなんともない・・・いや、問題は沢山あるが、動けて話せる事が疑問だな。山で何があった?何を見た?」


春隆が矢継ぎ早に質問を並べる。


「山での事はわからないですけど・・・・・・。あそこに居るモノが何か、くらいは・・・わかりそうです。でも、信じてもらえないかも。わたしもまだよくわかっていないですから・・・」


振り返って山を見る。

“母”の気配は何モノなのか、その、きっと大切な記憶がない。


「じゃあ、おれを苦しめに来たんじゃ、ないんだな・・・」


考え込んでいる後ろで春隆が呟いた。


「え?」

「なんでもない。では、これからどうするか考えないといけないな」

「そうですね・・・」

「居たいか?」

「はい?」

「僕の家に居たいなら、置いてやらなくもない。もちろん、沢山覚えてもらう事はあるが・・・」

「良いんですか?」


この申し出は有り難い。

生活もよくわからなければ、行く宛もない。

唯一の手がかりを持っていそうなこの山に近いところで世話になれるなど願ってもない話だ。


「僕は構わないよ。拾った手前、最後まで面倒を見るさ」


ふっと春隆が笑う。


「あ・・・」

「どうした?」

「いえ・・・」


優しい顔をしていた、などと言ったら怒るだろうか?

作った笑顔や怒ったような表情はよく見るけれど。

ああいう顔をまた見られたら・・・


改めて春隆に向き直った。


「ご迷惑ばかりおかけしてしまうかも知れません、・・・宜しくお願い・・・できますか?」


深くお辞儀をしてから様子を疑う。


「ああ。じゃあ、帰ろうか」


春隆は快く承諾して頷いた。


「では、行こうか」

「はい」


そうして来た道を辿って帰路についたのだった。


「そうだ」


林を抜けて家が見えた頃、急に春隆が振り返った。


「さっきの男・・・半次郎と言うんだが、今日は君をあの家に預けようと思う」

「預ける、ですか?」

「ああ。あの家で普通に生活するための基礎事項を修業してもらおうと思ってな・・・娘さんがいるから、うまくやれると思う」

「娘さんですか」

「困った事があったら言え。要る物があるなら揃えてやる。僕の仕事が終わって、日が暮れたら迎えに行こう」

「ハルさんのお仕事?」

「村の餓鬼に時々学問をつけていてな。今日は家に子供が沢山くるんだ」

「なるほど」


それなら、天青横にいたら邪魔になりそうだ。


「わたしは、大人しくしていますね」

「頼むよ。半次郎には昨日少し話してあるんだ。悪いようにはさせないさ。その着物を用意したのもあそこだから」

「そうだったんですか。じゃあ、きちんとお礼を言わなくてはですねっ」

「そうだな。では、日中は精進するように」

「はいっ」


歩きながら、昨日の“おふろ”や“すいじば”についても教わろう、と天青は軽やかに足を進めたのだった。

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