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春のうたかた  作者: 四季
7/39

*桜の下で始めよう

春隆は、山道を天青の手を引いて歩いていた。


「まったく、朝といい今といいっ・・・」


ぶつぶつ言いながら、それでも要所要所で転ばないように指示を出す

コトは朝、布団の中から始まった。





いつもより早くに目覚めた春隆は、慣れない天井と、側にある体温から昨日の記憶を断片で呼び戻そうとした。


「あのっ!!」


直後、寝ぼけた頭に大声が流し込まれて思わず耳を押さえる。


「な、なんだ・・・っ天、せ」

「なんだじゃないです!ハルさん、これっ・・・んんっ!?」


春隆は堪らず大声のままの天青を布団で抱えて顔を沈めた。部屋に天青が中でもがく音だけが残る。


「黙れ!朝から喧しい!何があったと言うんだ!?」

「何がじゃないです!ハルさんがっ!!」

「おれが何だって?」

「・・・・・・なんで、同じお布団にいらっしゃるんですか!?」

「・・・あー・・・・・・」


そういう事か、と春隆は頭を掻いた。


「あのな」

「はい」

「これ、僕の布団だから」

「はい?」

「君を寝かせて、僕が寝る場所が無くなった」

「・・・え?」

「別の布団もあるにはあるが、長く手入れしてないからすぐ使えた物じゃない」

「なるほど・・・」

「それで、これは大きいから、一緒に入る事にしたんだ。・・・それに」


合点がいったという顔で頷く天青に手を伸ばし、今度は布団の中でそっと触れた。


「っ!?」


同様する背に力を入れて、胸元に抱き寄せる。


「こうしてると、あたたかい」


もう片方の手で、ぽんぽんと頭を叩いてあやすようにすると、次第に天青の身体から力が抜けていった。


「今日は、昨日よりは温いな」

「・・・え?」

「なんでもない。それより、今日は昨日君を拾った場所に連れていく約束だったな」

「あっ、はいっ」

「行けそうか?」

「?」

「身体は辛くないかと聞いたんだ」

「だ、大丈夫ですっ」

「無理はするなよ。行こう」

「はいっ」


天青に羽織りを被せ、自分も袴を履いて支度を済ませる。






次の事件は土間で起こった。


「大変ですハルさん!」

「今度は何だ・・・」


呆れ顔で振り向くと、天青がわらじを顔の前で宙づりにして、複数ある結び紐と格闘していた。


「これ、どういうお履物なのでしょう・・・」

「わらじも知らないのか・・・」

「わらじと云うのですか?」


開きかけた扉を閉め、春隆は天青を座らせて足元にひざまづいた。


(昨日履いてたのは下駄だったか。わらじも知らないとなると、ますます怪しい。髪や目の色といい、もしや異国の密使なのか?)


「今回は僕がやる。だがな・・・・・・当分、君は下駄で動ける所しか、いや。家から出さない事にしよう。その容姿に無知さ、表を歩くにはあまりに目立つ」

「すみません・・・」

「ほらできた。行くぞ」

「はいっ」


そうして、ようやく山道に連れてきたと思ったのに、あの様だ。






3つめの事件は、竹林の中で起こった。


「今日はやけに霞が濃いな。春が来てる匂いがする」


くん、と空気を一嗅ぎした春隆は、周りの竹林に目をやった。竹の成長は速い。昨日は諦めた筍の芽を幾つか発見して、内心で密かに春の到来を喜ぶ。

一通り周りを観察した春隆は、ふと足をとめ、天青がちゃんとついて来ているかと振り返った。彼女は後ろをぱたぱたとついて来ていたはずだった。


「天・・・せ・・・っ?」


いない。


「きゃっ!!」

「!?」


少し離れた林から、小さな悲鳴が響く。


「天青!!」


すぐさま駆け付けると、彼女は岩の上にいた。


「は、ハルさんっ」

「何があった!?」

「い、猪さんがっ」

「猪ぃ?」


まだ子供の小さな猪が天青の乗った岩の周りを回っている。およそ筍を食べに来たのだろうが、天青がいたので驚いたに違いない。時折前足を引っ掛けて、襲撃の間合いを伺っているようだった。


「また面倒事を・・・っ」


すっと刀を鞘ごと抜いて一度離れた。幼い命だ。できれば大人しく引かせたい。


「天青、動くなよ」

「は、はい」


少しだけ姿勢を低くして様子を伺う。その気配を感じたのか、子猪も後ろ足に重心を置いて春隆を見据えた。


「僕らは君達の筍を採りに来たんじゃないんだ。大人しく余所へ行ってくれないか」


鞘を身体の前で振る。


「ほら、おちびさん」

「っ、先生、危ねぇっ!!」

「なっ?!」


突然背後から響いた声と気配に、春隆は反射で刀を抜いて構えをとった。


「っ!!」


そのまま視界に入った黒い大きな塊を斬り流す。


「先生っ!大丈夫かっ」

「半次郎!?」


藪から出てきた男は春隆の無事を確認すると、直ぐに矢をつがえて引き直した。


「すまん、一旦後だ!ヤツが戻ってきちまう」

「・・・ああ」


春隆が一撃を食らわせた大猪が走り抜けて体の向きを変えていた。


「いけっ」


猪の後ろ足が地を蹴るか蹴らないかの間合いで男が矢を放つ。


「・・・お見事」

「へへっ」


矢は見事に眉間に当たり、猪は声もあげずに地に倒れ込んだ。

驚く必要はない。村1番の弓の使い手、吹山半次郎ふきやまはんじろうの手にかかったのだ。彼に狙われて逃げられる者などいないに等しい。


「おし、今日の夕餉は決まりだな!先生も食いに来いよ」

「そうだな。呼ばれる事にしようか。・・・ところで、あっちはどうする」


春隆は鞘でもう一つの小さい影を示した。


「ん!こりゃぁ、でけぇのを狙ってたら・・・棚ぼたってヤツだな。若い肉のが美味えから捕まえるか」


そういって半次郎が弓を構えた時。


「駄目ですっ」

「なんだぁ!?」


岩の上にいた天青が大声を上げた。


「殺したら駄目ですっ」


そう叫んでゆっくり岩から下りる。


「おい、危な・・・」

「くないです!この子はハルさん達を襲おうとなんてしてません!」

「そんなこと、なんでわかる」

「この子がそうおっしゃってますっ」


証拠だと言わんばかりに天青は屈んで、鼻をすんすんと鳴らしている子猪の頭を撫でた。


「・・・先生、あれは先生の知り合いか?」

「・・・不本意ながら、知己ではあるな」

「ほう・・・。珍しいナリをしてなさんなあ。それに、どうやら物を知らねぇでいなさる」

「僕もそれに苦しめられているところだ。・・・おい天青」

「なんですか」


子猪を撫で続けていた天青は、キッと睨みつけるように春隆を見上げた。


「昨日“いただきます”という言葉の何たるかを話したな。命の循環に感謝するんだと」

「・・・はい」

「これも循環だ。それがないと、彼ら村人が飢えて死ぬ」


半次郎を鞘で指しながら春隆は低い声で告げた。


「え?」

「・・・と言ったらどうする?」

「嘘なんですか?」

「嘘ではない。困るのは事実だ」

「・・・」


淡々と告げる春隆に、天青は視線を落として悩み顔をする。


「でも、だからって、・・・こんな子供まで」


そういう天青の視線は、先に捕られた大猪に向けられている。春隆は一つ大きなため息をついた。


「半次郎、あれはさっきの猪の子だろうか」

「そうじゃないかね」

「秋頃には、きっとかなり大きくなるな」

「だろうねぇ」

「冬は猪の肉も皮も、牙も重宝されるな」

「・・・ああ、されるよ」


そこまで言って、春隆は大きく頷いた。


「・・・なるほど」

「それから、さっきの猪はでかい」

「ああ」

「半次郎一人では運べないだろうな。僕たちはもう少し山近くまで行かなくてはならないから手伝えない。もちろん、あの娘もだ」

「山帰しかい?」

「それをすべきか確かめに行くんだ。最悪、これもあるが」


刀を鞘に収めながら掲げてみせる。


「・・・おれは、村に戻って誰か呼んでこなきゃならねぇ。あの娘を説得するのは時間がかかる」

「そういう事だ。いいか?」

「良いも何も、先生が云うんじゃ仕方あるまいよ。あっちだけでも充分だ」

「かたじけない」

「気にせんでくれ。夜は鍋にすっから、よかったらあの娘も連れてくるといいさ先生」

「・・・呼ばれるとしよう。では」

「山は気ぃ付けて行ってこいよ!」

「ああ」


弓を手にぶんぶんと振り回す半次郎を背に、天青の腕を無理矢理掴んで歩き出した。







半次郎と別れて半刻、ようやく桜の木にたどり着く。


「ここだ。・・・昨日より咲いてないな、桜」


天青は春隆から離れて桜に近付いた。そのまま幹を触ったり周りを一周したりして眺めている。


「なにか、判ったか」

「いえ・・・」


上の空で応えて、茂みに一歩踏み込もうとしている。


「おい、茂みは気をつけ・・・」

「っ!?」


春隆が言い終わる前に、天青は何かに驚いたように出した足を引っ込めた。


「お母、さま・・・?」

「何か言ったか?」


春隆が近付くと、彼女は驚いたように振り向いた。


「・・・いいえ」

「そうか」

「・・・ハルさん。さっきはすみませんでした」

「何がだ」

「お邪魔してしまって。食べないと生きてゆかれないのは、解ってはいるんですけど。慣れなくて」

「・・・最初にハルさんが、姿も確認していなかった猪を斬ってしまわれたから・・・。子供でも容赦なく奪うのだと思って、命を奪えるものを簡単に向けられるのだと・・・」

「・・・・・・」

「それは、恐ろしい物なのだなと改めて感じました」


天青は刀を恐れるような目で見つめながら、半歩後ろへ身を引いた。そういえば、昨日脅すような真似をしたなと思い出し、鞘をにぎりしめる。


「天青、これは」

「守る事にも使えるはずだと」

「!」

「昨日おっしゃいましたよね」

「・・・開け」


責めるような目に耐え切れず、話を遮って鞘ごと刀を天青の掌に押し付けた。


「いいから、開け。少し刃をだせばわかる」

「・・・はい」


天青は恐る恐る刀を鞘から引き抜いた。


「あ・・・」


朝日を浴びた刀がきらりと白く光る。


「血がついていないだろう。峰打ちだ。僕は殺していない。身を守る為にしか使わなかった。ぼくと・・・天青を、守る為に」


どうだ、と言わんばかりに腕組みをして天青を見下ろした。刀を鞘に戻し、そのまま抱えた彼女は、顔をあげずに浅い呼吸を繰り返している。よかった、という声がそよ風のように聞こえた気がした。


「とはいえ、世の中は色んな循環で成り立ってるからな。半次郎という男にはあれが必要だったんだ。全体を見れば受け入れられるようにもなるさ。季節もそうだ」

「き・・・せつ?」

「ああ。夏があって、秋が来て、冬があるから春が来る」

「春が・・・」

「もうこれが当たり前になって、誰も気に止めやしないだろう」

「そう、ですね」

「命だってそういうものさ」



天青は考えるように桜を見上げ、唐突にそう言った。


「桜は、春の花ですね」

「そうだ」

「なら、・・・あれは?」


少し首を傾げて山の上の方の梅を指す。


「ええと・・・、う、め?」

「梅は冬と春の間だ。ちょうど今の時期。こっちの桜が少し早過ぎるな。本来なら桜はもっと後だ」


それを聞いて、天青はまた黙り込んでしまった。


(花がどうしたと云うんだ?それに。・・・花の、名前はわかるのか)


「天青・・・」

「はい?」

「聞きたい事がある・・・」


高位の家の娘は身の世話を一切しない。もし隠し子で、幽閉されてきた何処かの家の姫なら、無知さもある程度は納得できる。隙をついて逃げて来たのならば、身なりも薄く足元が不安定であった事も理解できた。

問題は外見だ。白銀の髪、それに良く似た、しかし覗くと天青石てんせいせきのような目。

この国にこのような性質はない。以前見かけた異国の人間でも、こんな容姿ナリをした者があったろうか?

彼女はいったい・・・



「・・・いったい、どこから来た?そして、何者、なんだ?」

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