*何も知らない“カノジョ”
*『天青』について
本作で[天青という名の石がある]
という記述で紹介されております『天青石』
英名は、セレスタイトという石です。
画像検索でもすれば、
きっと私の思い描く通りの色を見ることができると思います。
其の名の通り、透き通る空の青のような色をした石です。
興味があれば是非に。
火の気もない家の戸口をそっと開く。天青がいなくなるとは思わなかったが、あまりにも気配がない。
「どこだ・・・・・・?」
「ハルさん!」
「!?」
襖を開けたところで、背後から声がした。
振り向きながら、思わず腰に手をやって身構えたが、刀を持たずに出たことを思い出す。ぼんやり見える姿を確認して、春隆は肩の力を抜いた。
「・・・天青。なんでそんなところにいる」
気配を感じる前に声をかけられた事に、冷や汗が出る。天青は庭に立っていた。
「・・・ええと、お部屋が真っ暗になってしまって。ここなら少しは明るいですから・・・」
春隆の危惧も知らず、大真面目に話す目につかの間、見とれてしまった。
「・・・灯りをつければ良いだろう・・・?火種は置いておいたのだが」
「灯り・・・ですか?」
「点け方。わからないか?」
小首を傾げる天青を見て、春隆は笑って彼女を招き寄せる。
「いいかい、囲炉裏の火はなかなか消えないようにしてあるからね。明るくなくなってもほら、掻き回せば」
いいながら春隆が引っかき棒で突くと、白い灰の中から小さな赤い塊が顔を出した。
「ここに籾殻を入れてやって火を大きくしてから、隅に置いてある木炭か枝を足してやれば・・・暫くしたら、・・・・・・ほら。こうやって育つ」
ちりちりといっていた欠片が消えて、小さく火柱がたった。それに伴い、部屋が少しずつ明るくなっていく。
「すごい・・・・・・すごいですっ、ハルさん!お部屋がとっても明るくなりました!」
手をたたいて喜ぶ姿は小さい子供のようでもあり、春隆は目を細めてそれを見た。
(まるで、囲炉裏どころか、火すらも珍しいような振る舞いだ。よっぽど扱いが悪いところにいたのか・・・・・・あるいは)
「ほら天青、冷えるからはやく中においで」
「はいっ」
素直に頷いて部屋にあがる彼女の表情に、暗い過去は見られない。強がっているだけなのか、・・・それに、さっきの気配の無さ。もし、彼女が刺客であれば春隆はいつ殺されてもおかしくない。
「・・・・・・もう、無為に刀を振るわなくて良いはずなんだがな」
「え・・・?」
独り言が聞こえたらしい。天青は不思議そうに春隆を見ている。
「いいや、なんでもない。それより、少しこちらにおいで」
「はい。・・・?」
寄ってきた彼女をひょいと抱き上げ、膝の上に横座りさせた。
「!」
動揺して逃げようとする天青を腕に閉じ込め、少し高いところにある顔を、覗き込むように眺める。
色の薄い、青い瞳。同じ色をした、光の加減で銀にも見える髪。
「綺麗な目と髪をしている。・・・ただ、普通に生活するにはちょっと目立つな」
春隆はさらりと流れる髪に触れ、一束を取ると、そっと口づけた。
「・・・ハルさん・・・・・?」
「天青、君は、寂しくはないのか」
「寂しい、ですか・・・?」
「そうだ。その・・・・・・帰りたいところとか。行かなくてはならないところは、ないのか」
「かえりたいところ・・・・・・いきたい・・・」
言葉そのものを理解していないかのように復唱して、天青はぼんやり遠くを見て動きを止めた。
「・・・ハルさん。わたし、何処にいたんでしょう・・・」
「ここに来る前か?」
「はい」
「覚えてないのか。・・・そうだな・・・・・・それなら明日、行ってみるか?今日はもう暗いから、今から行くのは危ないだろう」
「良いのですか?」
「ああ。それくらいの甲斐性はあるさ。それから、多分暫く行くあてもないんだろ?」
「・・・・・・はい」
「だったら、ここにいればいい。一人増えたくらいで困る生活はしていない。少なくとも、君の行く先が決まるまで、居てもらって構わないよ」
「でも・・・・・・」
「今日はもう暗いと云ったろう。今から行くところがあるのか?」
「いいえ。ですけど・・・」
「君が聞き分けないなら、刀を抜かなきゃならないな」
そういって壁にたてかけてあった刀に手を伸ばす。少しだけ鞘から刃を出すと、天青は怯えたような目でそれをみた。
「・・・それは」
「コレは、あんまり使いたくはないんだがな。勝手に出て行かないように足を・・・ね」
天青の目を見つめたまま、鞘の先端で足首をつつ、と撫でる。
「・・・っ!・・・よろしく、お願い・・・します・・・」
察したらしい天青は、慌てて春隆に頭を下げた。
「いい子だ。・・・じゃあ、夕餉にしようか」
「ゆうげ?」
「飯の事。君は病み上がりみたいなもんだから、もう少しおとなしく寝てなさい。まだ冷たい身体をしてるじゃないか」
「!!でも」
「駄目だ。炊事場には入れないぞ。風呂なら入っていても良い」
「すいじば・・・?ふろ?」
「まさか、わからないのか・・・」
「すみません・・・」
「頼む、少し待ってくれ」
春隆は天青を下ろして頭を抱えた。ここまでものを知らないとは考えていなかった。拾った責任もある。知らない事は少しずつ教えてやろうと考えていたが、
「風呂は、無理だ・・・」
「??」
にこやかに首を傾げる天青に、何を言う気もなくなった。はぁ、と長いため息をつく。
「・・・やめだ。風呂もなし。良いから寝ていろ」
「いやです!」
「!」
「わたし、ハルさんのお手伝いがしたいです!」
一転真剣な顔になった天青に気圧される。
(しかしだ、あの様子ではきっと・・・包丁なんか持たせたら、惨事が起こるのは目に見えている・・・・・・)
春隆は頭部に鈍い痛みを感じてこめかみを押さえた。
(どうすれば良い。どれが最善の選択だ・・・?)
「・・・天青」
「はいっ!何でも言ってくださいっ!」
はりきって両手を拳に見上げる顔に眩暈がする。
(しかしこれが、僕にとってもこの娘にとっても最善の選択。面倒ごとを抱え込むのは性に合わない。やはりここで・・・・・・悪く思わないでくれよ)
春隆はすらりと刀を抜き、両手で構えて天青に向き直った。
【小話:布団騒動】
天青を寝かせて、風呂を上がった春隆は、縁側に立って考え込んでいた。
目下の問題は布団である。
「昼間に干しとくの、忘れてたな」
つまり、天青が寝ている春隆の布団以外に使える布団が無い。
「参ったな・・・」
ガシガシと頭を掻きながら、静かに襖を開けて部屋に入った。
天青は死んでいないかと心配になるほど静かに眠っていた。そっと端から手を入れてみる。
「温くない・・・」
天青が寝ているというのに、ほとんど温もりを感じない。
(元気なように振る舞っていたが、やはり本調子ではなかったか)
元から体温が低いにしても、冷た過ぎる。
(布団は、ない。天青は、冷たい。ふむ。)
囲炉裏に薪を焼べながら考えた。ちらちらと揺らぐ炎に眠気を誘われる。
(あまりに無知な幼子のようだが、まだ天青を信用し切ったわけじゃない。気配の無さは熟練の刺客だ。とは言え、真横にいてわからない事はない。それほど落ちぶれてもいない。とりあえず今日は・・・と)
春隆はするりと天青の隣に潜りこんだ。
そうしてどっと押し寄せてきた波にさらわれ、深い眠りに落ちたのだった。




