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春のうたかた  作者: 四季
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ひろいモノ:参

ラブコメ的展開。

“彼女”は見知らぬ場所で寝かされていた。薄ぼんやりした頭で少しだけ周りを見る。

かけられた大きな布団に、枕元の急須。近くでぱちぱちと爆ぜる枝、吊り下げられた大鍋と、香しい匂い。状況が理解できずに、周りをよく見ようと身じろぎしたら声がかけられた。


「・・・起きたか」


反射で視線を泳がせる。声の主は、足元の方で壁を背に座っていた。


「・・・起きられるか?」


持っていた不思議な棒を端に置き、男は彼女の横にやってきた。そのまま片手を使って抱き起こしてくれる。


「・・・言葉は、わかるか」


ゆっくりと区切るように尋ねられる声に不思議と安堵を覚えた。


「・・・はい」

「・・・とりあえず、生きててよかったな。君は、なんであんなとこにいたんだ・・・・・・いや、まずは飯にしよう。腹、減ったろう?それに、身体が暖まる。こっちに来な」


男が移動したのを見届けてから、そろそろと膝で移動して近寄っていく。


「ちょっ・・・君、おい!」

「?」

「そんな移動の仕方したら・・・・・・・・・着物、開けてしまうだろう・・・。ほら、こっちに寄って」


彼女は手招きされる方へ、恐る恐る寄っていく。ふっと手が伸びてきて、首もとに当たる。


「・・・!」


思わず身を竦めたところを捕まえられて、崩れかけていた襟を直された。


「・・・ありがとう、ございます・・・」

「・・・ん」


直された襟元を触って確かめていると、目の前にずいと椀が差し出される。


「薬粥だ。薬と云っても苦くはないから、少しでも食いなさい」


彼女は受けとった椀をまじまじと見つめて固まった。食べるという事に慣れていない。そもそも自分に、食事は必要だったか。それすらよくわからない。


「たべる・・・?」

「?どうした」

「いえ・・・・・・あまり、たべるということが・・・その」

「・・・遠慮しなくて良いんだ」

「・・・・・・でも」


小首を傾げて困ったように粥を見つめたままの彼女を、男は暫く見ていたが、勢いよく立ち上がって彼女の隣にやってきた。ドカッと腰を下ろして匙を構える。

・・・・・・・・・構える?


「・・・口、開けて」

「え?・・・・・・んっ!」

「・・・ほら、次」


掻き回して程よく冷ました粥を、半ば強引に口に押し込んでくる。

あまりの事態に逃げ出そうにも、背中を手足で捕らえられていて下がれない。


「・・・美味いか?」


こくこくと頷いて、もう大丈夫だから自分でと喋ろうと口を開けば、すぐに次が押し込まれる。

そうして一椀分食べさせられてから、彼女はようやく解放された。


「・・・痩せすぎだから、ちゃんと食べなきゃいけないよ。それにまだ身体が冷たいし・・・・・・、食欲ないかもしれないけど、ダメだ。食べなきゃね」


そんで、せっかく可愛いんだから、笑ってればいい。と小声で付け足して、男は自分の分の粥を食べ始めた。


「・・・ご馳走さまでした」


しっかり手を合わせて、男は茶を啜った。


「・・・君は、町の子か」

「町・・・?」

「・・・違うみたいだな。どっから来た。名前は?」

「あの・・・ええと」


正直なところ、何もわからない。ここが何処かも・・・名前も。いつか呼ばれていた名があったような気もしたが、・・・何だったか。

困ってちらりと見上げる。


「あぁ、僕が名乗らずにすまなかったね。僕は春隆はるたかと云う。武内春隆。近所にゃ、先生だの師匠だの呼ばれてるな。この辺じゃ、変わり者の春隆って言えば結構有名だ」

「たけうちさま・・・?」

「春隆でいい」

「・・・はるたか、さま」


苦笑した春隆が、ハルでいい、と呟く。


「ハル・・・さん」

「・・・君は、結構強情なんだな」


くく、とひとしきり楽しそうに笑った春隆は、で?と彼女に向き直った。


「名前は?」

「それが・・・・・・わからないんです」

「んん?」

「・・・・・・ええと」

「・・・覚えてないのか」


覚えていないわけではない。無いのである。知らないのである。自分に“名前”などというものがあるかも、わからないのだ。どう答えたら良いだろうか。困って俯いてしまった彼女に、春隆は慌てたようだった。しかし何も言わず、応えるのを待ってくれている。


「あの・・・・・・わたしの名前、無・・・・・・いえ、知らない、と言いましょうか・・・その・・・」

「・・・・・・・・・天青てんしょう

「え?てん・・・しょ、う?」

「・・・・・・君の目。天青って珍しい石に似てるから。ホントはてんせい、だけど名前っぽくないだろ。だからてんしょう。そう呼んでいい?」


ひと呼吸おいて、彼女は理解した。どうやら仮の名前をくれたらしい。


「・・・・・・はい!」


満面の笑みで春隆を見ると、彼は照れたように立ち上がって、


「・・・・・・名前、聞いてすまなかったな」


と頭をなでて、いなくなってしまった。


「?」


その意味がわからず、天青は囲炉裏の火が消えるまで考える事になった。





勢いで出てきてしまった春隆は行く宛もなく裏の空き地に腰を下ろした。魂抜きではなさそうだが、天青の素性は全く知れない。名前が無いと言ったり、食べることを躊躇ったり。


「孤児、なのだろうか・・・」


小さい独り言は空に消えた。

親を無くして拾われた子で、特に名前もつけられずにこき使われる事があるらしい。

所謂奴隷、というやつだ。

食事も満足に与えられずに使われる事もあると聞くから、食べるという事を躊躇するのもわからないでもない。

手を出せば使われる。

これは真理だ。


もしこの仮定が当たっていれば、親兄弟を探っても無駄に違いない。

名前を聞いた事で何か、悲しい記憶に触れていなければ良いが。

無理に聞くのでなかったな、と苦笑する。

しかし、孤児にしては不自然な点もある。そもそも何故あんなところに居たのかという事だ。

頭を強く打って、記憶を失ったと考えるのは簡単。しかしそうではない気がするから困っているのである。


彼女はどこから来た?何者だ?

これからどうしてやればいい。

僕に、何かできるのか・・・・・・?


「はあーっ!」


大きくためいきをついて頭をかかえた。そのままごろんと大の字になる。

そうしてそのまま、夜の帳が下りるまで考え事をしていたのだった。

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