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春のうたかた  作者: 四季
38/39

***終幕

一朶の雲に光が差し込んでいた。風はまだ冷たい。

春隆は囲炉裏を掻き回して木を焼べた。


「おはよう、シキ」

「なァ」


そばで丸まっている彼女の頭を撫でる。鳴いただけで動かない彼女を置いて、襖を全部開いた。


「おや」


庭の桜が蕾で枝を桃色に染めている。


「そろそろ、来るかな」


天青が去ってから、十年が過ぎていた。何度も季節は巡っている。その間、天青は一度も訪れてはいないが、三年程前に一度、夏が立ち寄った事があった。

彼は、多少背丈は変わっていたがやはり少年のままだである。違う事と言えば、冬と連れだっていない事くらいであった。



『ある山を越えたところで逸れてしまったので、探しているところなのだ。ああ・・・・・・私は冬がいなければ、町にも降りて菓子も食べられないというのに・・・』



そう言って悲観にくれる夏は、数分でその場を立ち去った。


『私や冬が一人で地上に長く滞在するのは、その場の破滅を意味する。この姿でいても、強い影響が出るようになってきたからな。長居はできん。また会おう!!』


夏が塀の上から飛び降りたと思うと、たちまち消えてしまった。相変わらず慌ただしい、と思ったものだ。


違った事と言えば、もうひとつある。

千代と慎太郎が夫婦になり、二人の子供を連れだって共によく遊びに来る様は、天青が見たらどう思うだろう?千代とは随分親しかったから、きっと喜ぶに違いない。


「今年は来ると思う?シキ」

「なーぅ」


肯定とも否定とも取れる声音に、春隆は苦笑した。


「猫は春が好きだから、お前も気に入ると思うけど」

「なうっ」


今度は肯定に聞こえたので、満足して大きくため息をつく。


「出かけるよ」


誰に言うでもなく呟いて、春隆はそっと家を出た。


村や町の人口が増えたので、林もいくらか切り開かれてしまった。しかしまだあの場所はある。

竹林を抜けて、小さく開けた丘に着いた。一本だけある桜の木。


「また、これだけがもう咲いているな」


春隆は、七分ほどの桜を足を止めて見上げた。


「さてと」


ひと瓶だけ持ってきた酒と、青いびいどろの器を二つ取り出す。その両方に酒を注ぎ込んで、片方を空に掲げた。花びらがひとひら水面に落ちる。




ハルさん





何処かで風が呼んだ気がして、春隆はひとり小さく笑った。





「今年も、春に乾杯」

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