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春のうたかた  作者: 四季
34/39

**桜と春一番

『天青』を拾った時に、春隆は彼女が師範の言う『春』ではないかと確信に近い思いを持った。

それを、今まで一度も口にしないできたのには、春隆だけが知る理由がある。

細かい事はわからないが、春隆は、彼女をどこかで気に入っていたのだ。師範を慕う気持ちとも、橘や半次郎一家、そして幼なじみの平助とも違う。何か・・・


もし、師範から聞いた話が本当ならば、すぐに彼女と離れなければならない時が来る。


そんな時が来ずに、近くに居られたら良いのに。


そう思うほど、気に入っていた。


だが・・・


今来ている客を思う。あれが家族で、在るべきところがあるというのなら、帰してやらねばなるまい。帰る家があるというのは良い。実父実母を知らぬ春隆だからこそ、強くそうも思った。それなら・・・

















「はる・・・・・・」


それまで黙ったままだった春隆が、優しい声音で春を呼んだ。


「それが何かわからないなら、とりあえずはいい。ひとつ頼みを聞いてはくれないか」

「頼み・・・?」


春隆はそっと春の手をとって両手で包みこんだ。


「僕のために、花を呼んでくれた事があったね」

「・・・はい」

「また、頼める?」


庭いっぱいの花。なかなか起きない春隆が、疲れていると決め込んで、笑顔になってほしくて呼び寄せた。


あれは失敗したと思ったのに・・・。


「ここに、ですか?」

「いや。どうなるかはわからないが、頼みたい花があるんだ」

「何ですか?」

「春を代表する花だよ。・・・・・・さくら」

「桜を・・・?」


春隆が手を見つめたまま頷く。その口元は優しい形を保ったままだ。日々の失敗を減らし、呆れられる事も少なくなった最近は、よくこんな表情を見られるようになった気がする。この顔を見ていると、不思議と春も穏やかな気持ちになった。


迷惑ばかりかけて、きっと嫌われているに違いない。


そう思っていたのも初めのうちだけだ。町に行った夜に聞いた話を思い出す。何かを護るために使う力は、彼に教えてもらった。そうする事で喜ぶなら、いくらだって・・・・・・


「・・・・・・きゃっ」


心で強く桜を呼んだ瞬間、一際強い風が辺りを吹き抜けた。


「春!?」


近くで春隆の声がする。


「は、はるさん・・・」

「今の風は・・・」


『おーーいっ』


「!?」


突然、家の表で大きな声がした。


「行こう」

「はいっ」


急いで表へ戻る。そこには町で一度会った男が立っていた。


「清秋さん?」

「お、いたいた。・・・む?わざわざ家の裏で逢い引きか?」

「違う!・・・何の用だ」

「野暮用だから後で良い。それより、この桜は何だ・・・?」


春は清秋に言われて初めて辺りを見渡した。


「桜・・・」

「春、何かわからないか」


春隆の声にはっとする。その表情を見て彼は確信したように頷いた。


「春?」

「清秋・・・・・・いや、平助。彼女だったよ」

「ん?」

「師範の数珠の、あれは彼女だった」

「!!・・・やはり。ではさっきの風は、春一番というところか」

「まったく、季節はずれな」


二人の会話も耳に入らない。

春には、同じ風景にいながら、二人とは別の景色が見ていた。























『この桜は君達の象徴みたいな花なんだね。本当に美しい。季節外れにこんな素晴らしい花が見られるなんて、思いもしなかった』


いつも静かな彼が、少年のような表情で野を駆け回る。


『春、陽までが君みたいだ。優しくて暖かい。僕のために、こんな・・・』

『楠木様、そんなに走ったらお身体にさわります』

『構うものか。こんな素晴らしい景色を見て、黙って座っているなんて出来るわけがない。それに君と居られて夢みたいだ・・・』














「楠木、様」


ぽつりと春は呟いた。


「くすのき?」

「春望様とは、髪を後で結いておられましたか」

「そうだな。結いていた」

「背たけは、これくらい・・・顔立ちは・・・・・・っ」


今見えたままに身振りをつけて特徴を挙げていく。


「うん、それが春望師範だ。思い出した?」


総てに頷いて、春隆がほっとしたような、困ったような表情で春を覗いた。


「思い出しました、全部・・・・・・」


昔、ここで出会い、記憶を共にした青年を。そして、その時の温かな心も。今、その心の源になっている青年を見つめる。


「楠木様とお呼びしておりました。名前が違うなんて・・・・・・」

「あー、それな」


清秋ががしがしと頭を書いて言う。


「先生は、国を越えて北に行く時に名前を変えているから」

「よほど君に会いたかったんだろう。自分の病を治すという名目で、各地を旅をして回っていた。今思えば、名前からもそれが伺えるな」


二人の門下生は、揃って似たような苦笑いを浮かべた。


「春を望む、だ」

「あの色恋に関してはことにカタブツぶりを発揮していた師範が?」

「くっ・・・ふ、はははは・・・」

「あははは・・・」


そのまま大笑いし始める二人に、春は戸惑った。


「あ、あの」

「いや、すまん。あまりに可笑しくて」

「・・・はあ。僕もその名を貰えばよかったな」

「え?」


春隆の小さな呟きは、最後まで聞こえない。


「なんでもない。さ、中へ入ろうか。客人を待たせたままではいけない」

「俺も上がらせてもらうよ」

「春もはやくおいで」

「はい・・・」


上の空で返事をして、春は、今こそはっきりと懐かしさを感じる家を、二人が見えなくなってもしばらく眺め続けていたのだった。

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