*天青石の数珠
茶を用意した天青は、面々の前にそれを置いて春隆の隣に座った。
目の前には秋と、夏と冬が鎮座している。
「僕は武内春隆といいます。あなた方は、天青とどういう関係が?」
春隆の、静かな声が耳を掠めていく。
「簡単に言えば家族です。ただ、あなたがたの言うものとは若干異なる」
秋が代表して答えた。
「お前は私達を季節だと言ったが、名前からそう言っただけか?
「存在の季節の話をしたつもりだが・・・」
「ほう。なら、何を知っている?」
「何をと言われてもだな・・・」
「夏、そんな喧嘩腰にいかないの。ええと・・・」
「天青は、・・・春はそろそろ去らなければならない。違いますか」
「え・・・」
春隆の言葉に、秋が表情を変える。
「僕の師範があなたがたに会った事があるらしい。詳しい事は知らないが、それなりに理解しているつもりだ。ただし、これにはいろんな記憶がないぞ。僕じゃなくて彼女に説明してやったほうが・・・・・・」
「それで今日きたんですよ。ね、夏」
「うむ。彼女は何らかの理由で記憶がない。そのかけらを探しにな。冬、何かわかるか」
「貴女が何か感知できるのか」
春隆が冬に目を向けた。
「我々四季は、夏が父で冬が母であるのが基本なんです。ほら、母親って、何でもお見通しなものでしょ?」
「・・・悪いが、僕には家族が無いから」
「あー・・・、それは申し訳な」
「あった」
秋の声を遮って、冬が立ち上がった。そのまま天青の前を通りすぎ、春隆の前に立つ。
「あなたが、かけら」
「僕が?」
「そう。あなたは、北から山を越えてこちらに来た。・・・の?」
表情を変えず、淡々と尋ねる冬に、春隆がたじろぐ。
「何故知っている。君は北の使いか?」
「違う。読んでるだけ」
「冬が、春隆さんの周囲にある天青ちゃんの記憶を感じとってるんです。大きな記憶のかけらを探して彼女にはやく戻さないと、面倒な事になる」
「ほう・・・・・・」
「秋。ちょっと出ても良い?」
「周りを探す?」
「うん」
「私も行こう。秋は待っていると良い」
夏も立ち上がって、冬と共に庭へでていった。
「さて、と。じゃあ今のうちに説明をしますか」
「何のだ?」
「春の事を」
秋は姿勢を正して微笑んだ。
春隆は、天青が町で彼らにされた話のほとんどを知っていた。というより、それを伝える唄を知っていた。天青はただ、彼らの会話を黙って端で聞いていた。
「命を呼ぶ声涙を誘い可憐な娘は春のうたかた・・・か。よくできてる」
「あの・・・」
「天青。君が僕らと違う事には気が付いていた。花を呼んだり、髪の色が変わったり。もしかすると、僕は君にとって何か大事な事を知っているかもしれない。ただ、何も教えなかったのは、どうしても不可解な点があったから」
「髪の色とは?」
春隆の言葉に秋が首を傾げる。
「初めに拾った時は、月光で透けると目の色のような、しかし陽の下には白い髪をしていたんだ。ところが、今はこの通り」
「なるほど、白い・・・。となると、やはり母が・・・。天青ちゃん。山に入ったなんて記憶・・・」
「ないです」
「だよねえ。覚えてるわけないよねえ」
「すみません・・・」
「いや、いいんだけど。仮説はたった。春隆さんが、山を越えて来た事も合わせると、だ。前に冬も言ってたし」
「え?」
「彼が山を越えようとして、山に住む冬に見つかった。そこに居合わせた春ちゃんが、彼を護ろうとする。それで母様の逆鱗に触れた。今年は特に力を増大してたから、冬に巻き込まれて春ちゃんは春としての力と記憶を失った、というところか」
「いや、それはおかしい」
秋の推測に、春隆が水を差す。
「僕が来たのは秋の終りがけだ。天青を拾ったのは春先だぞ?」
「うーん、そういう事態に陥った事がないからこれも仮説だけど。僕らは人間より寿命が永くてね。外見もなかなか成長しない。だから、力を回復するにも、やはり時間がかかった・・・ん、じゃ、ないかな・・・・・・」
「秋、正解らしいぞ」
「ん?」
戻ってきたらしい夏と冬が秋に並んで座った。
「春隆さん、やっぱりあなたが、春の記憶を持ってる」
冬が告げた。
「縁かな?でないと、春が危険を冒して冬に襲われるのを防ぐ理由もない。何か心当たりはありますか」
「・・・なくもない。ただ、山越えの記憶なら、僕は瀕死だったからあんまり・・・」
「もっと、前・・・」
「なんだ?」
「今より、もっと前の記憶が、ない?」
冬が静かに尋ねる。春隆は、ちらりと天青を見た。
「少し、外しても良いか」
「そんな暇は・・・」
「ええ、どうぞ。お待ちしています」
夏を遮って秋が答えた。
「天青、良いか」
「はい・・・」
促されるままに立ち上がる。春隆に連れられて、彼女は家の裏に出た。
「君が、四季の春だとは、町で聞いたのかな」
「え?」
「彼らの話は、理解できているのか」
「なんとなく・・・・・・」
困ったように眉を下げる天青に、春隆は続ける。
「天青。・・・いや、春・・・か。僕の師範が、君に会った事があるかもしれない」
「私に?」
「そうだ。だとすると、この家に居たことが、あるのではないかな」
「私が、ここに?」
「そうだよ」
改めて、春は振り返って家を見た。確かに懐かしさは感じた事があるが、やはり何もわからないままだ。答えない春に、春隆はぽつりぽつりと師範と、師範に聞いた話を天青に話し始めた。
「・・・つまり、春望様と私が」
聞いた話は信じられないが、数々の情報と彼女は見事に一致していた。
「今まで言うつもりはなかったんだ。どうしても不可解なところがあったし、昔聞いた話だから、半信半疑だったのもある」
「それなら、どうして・・・」
「さっき、秋という青年が言ってたろう。外見が成長しない、と。師範が会ったのが君というのも、有り得るかもしれないと思ったんだ」
春隆は優しく笑った。
「すまない、僕のせいだな。君にはやく渡せば良かったよ。・・・これを」
差し出された手から、小さな何かを受け取る。
「・・・石?」
「君の目から仮名にしたんだが、天青石と言う。君が師範に遺したものでは、ないのかな」
春は受けとった石を何度か手の上で転がした。しかし、何もわからない事に変わりはない。
「ハルさん、やっぱりわたしでは・・・・・・」
伺うが、春隆は何も答えない。
そのまま立ち尽くす二人の間を何度も強い風が吹き抜けていった。




