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春のうたかた  作者: 四季
32/39

*記憶:最期の刻

稽古の合間に、春望は生徒を集めて諸国の様々な話をしてくれた。もちろん学問として与えられた知識がほとんどだが、彼の旅日記に出てくる西の大港に、南の社、北の山に東の山船の話は聞いていてとても面白い。

なかでも季節の話は氷蔵の気を引いた。1番想像を掛け離れていながら1番、現実味があったからだ。

裏付けは、師範が持っていた石と、彼の微弱ながら不思議な力だった。


「いいかい、季節というのは必ず巡る。春が来れば夏が来るし、夏が来れば秋が来る。秋の後には冬が通って、冬を追って、また春が来るんだよ。どれかが止まってもいけないし、無くてもいけないんだ」

「なしてですか?」

「物事は循環している。身近なものだと、血もそうだよ。部屋の中を抜ける風も、季節も、長いものなら命でも」

「命?」

「生死は循環だよ、それを知っていれば、無駄に永の命を得ようとしたり、命を奪ったりはできないはずなんだけどね。自然流を身につけるなら知っておかないと」

「・・・師範。僕はまだ自然流っていうものが理解できせんです・・・」

「ちゃんと使えてるけどね・・・。難しいとは思うよ。私がこれを理解できたのはそう、春に会ったからだった」


氷蔵は、稀に見ない師範の表情に目を丸くした。


「春に?季節の?」

「そうだよ。とても美しい人でね・・・・・・。この石は、彼女に貰ったんだ」

「へぇ・・・」

「これと同じ、美しい目をした女性だったよ」

「あおい目・・・」

「うん。病がわかって落ち込んでいた私の為に、庭いっぱいに花を咲かせてみせたり。彼女が知ってる世界を沢山教えてくれたんだ。私が今こうしていられるのは、彼女のおかげかもしれないね」

「そうなんですか?」

「そうだよ。ただ、彼女はずっと私とあそこにいるわけにはいかなかったから・・・・・・」


遠くを懐かしむ目になって、師範はすっと小刀を抜いた。


「私は、斬らなくてはならなかった」

「・・・その人を?」

「いや。でもそうとも言えるかもしれない」

「え・・・・・・」

「あやかしや霊は憑くものらしいよ。知ってる?」

「・・・楠木公が幽霊になってまで敵うちに現れる話は聞きました」

「そう、そう。生前の記憶かなあ、・・・僕も、死んだら君の元に現れるだろうか」

「なっ・・・」


ぎょっとする氷蔵の肩をたたいて、春望は楽しそうに笑った。


「冗談だよ。僕には心残りはないから、多分大丈夫だ。あるとすれば・・・」


そう言って石を撫でる。


「彼女に、また会いたいという事くらいかな」

「はあ・・・・・・」

「しかし私は縁を切ってしまったから、もう会えないのかもしれない」

「え?」

「妖怪や霊と同じで、彼女達季節も縁が憑くものらしい。しかしそれを作ると、正しく次の場所へ行かれない。だから、邪魔にならないように斬ったんだ」

「刀で?」

「自然流で、かな」

「・・・」

「この流派を最初に作った人もまた、季節に会った事があったらしい。いや、会ったからできた流派と言う可きか。私が剣だからそう教えているけど、実際には自然流は必ずしも剣術であるわけじゃないんだよ。故郷には弓の使い手もいてね」

「弓の自然流・・・」

「それがまた凄いんだ。どんなに遠くても必ず的に当てられる。いつか、会えたら見せてもらうと良い」

「はいっ」


春望はにっこり笑うと、小刀をしまい込んだ。


「この国の人間は季節の移り変わりを深く愛していた。今でこそ各節句しか残っていないけど、菓子にもよく現れているだろう?」

「菓子ですか?」

「春は、桜。柏の葉を使ったものもあるし、秋は紅葉を彩ったり夏も菊を象ったり、様々な菓子がある」

「はい」

「それらはすべて、季節を象徴する花や植物を使ったものなんだよ。そういえば、彼女はそんな菓子をよく好んで食べていたな。・・・春も、花を操っていた。庭に花を呼んだとは何度か話したろう。

それに、、実は私にも少し、同じ事ができると気が付いたのだよ」

「先生に?」

「うん。この石をね・・・」


そう言って、春望は数珠を掌に載せて、氷蔵の前に掲げた。


「・・・ほら」

「さくら・・・?」

「数枚の花びらだけね。彼女が去り際に咲かせたからかな、僕も時々こうやって・・・・・・・・・ごほっごほっ・・ごほっっ・・・っ! ごほっ!」

「せ、師範っ!?」


突然咳込み崩れた春望を、氷蔵は慌てて支えた。口元を押さえた手ぬぐいが、少しずつ染まってゆく。最近は喀血して伏せる事も多くなっていた。それにしても今回は異常だ。氷蔵は急いで彼を床に入れた。


失血し過ぎて意識を失っていた師範が目を覚ましたのは、夜も更けてからだった。


「氷、蔵・・・」

「師範!大丈夫ですか」

「・・・いや。私は、もう・・・永くないな」

「そな事言われんと・・・」

「私だって一端の薬師だ。それくらい・・・けほっ、・・・・・・わかる、さ」

「師範・・・」

「氷蔵、これを」

「え?」


春望は少しだけ手を伸ばして、氷蔵の手に数珠を乗せた。


「師範、これは」

「君が持っていて。それでもし、あの人に会えたら私の事を伝えてほしい」

「・・・いやです」


氷蔵は固く口を結んで首を振った。


「はは。珍しいな・・・反抗された事はなかったのに」

「師範が自分で探してください、僕は」

「無理だよ。医者に良くて一年と言われたのに、私は随分永く生きたものだ。お前が技を継いでくれて、これほどうれしかった事はない。一度だけだが大切と思える人にも出会えた」

「師範、あんまり話したら、また咳が」

「いいから。私はとても幸せな人生だったよ。お前が感情に疎くて、笑ったり泣いたりをしないのが心配だが・・・。化けたりは、しないように気をつけるから」

「師範っ!!冗談なんか」

「冗談ではない。良いか、君はこれから一人で暮らさなきゃならないんだからね。薬の作り方も教えた。剣もある。暮らしには困らないだろう。・・・君には総てを教えた。だから、きっと、氷蔵も、幸せ、に・・・・・・げほっ、ごほごほっ・・・はっ・・・」

「師範!?」


激しく咳込み、春望は息も絶え絶えに最期の言葉を口にした。


「い・・・ま、ま、で、あり、がと・・・・・・・・・」

「師範・・・・・・僕、こそ・・・」


腕の中で、徐々に力が抜けていく身体を抱きしめながら、氷蔵は、記憶にある内では初めて涙を流したのだった。

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