花と約束
「まっ、ともかく!だ。大方理解したな?」
小さい夏が袖に手を入れて腕を組む。外見にそぐわぬ大仰な仕種がおかしくて、天青はくすくすと笑った。
「春が記憶を失ったのは、おそらく母のせいだ。あの山に大きな力があるな」
「消されはしなかったけど、当てられちゃったみたいだね。暫くすれば戻ってくるとは思うけど。あんまり長くひとところに滞在されるのは困るしなあ・・・」
「そもそも、何故春は冬に当てられたのだ。普通、わかるだろうが。母の居場所は・・・」
「わたし、知ってるよ」
今まで黙っていた冬が、突然口を開いた。
「あ、そうか」
「冬はあれの子であったな」
「え?」
頷く二人を前に、天青は首を傾げた。およそ彼らの言う父、母というものは理解したが、子であると何がわかるのだろう。
「春や秋は夏と冬の間で生まれるが、我々夏と冬は君達とは少々出所が違う。夏は夏から、冬は冬から生まれるのだ。どちらもとびきり暑い夏か、寒い冬にできる。つまり、力を増大させすぎた夏や冬が気を纏いきれずに道端に残したりすると、それが私たちになるわけだ。なあ?」
夏が確認するように冬見る。彼女は小さく頷いた。
「よって、その時にある程度記憶が継承される。以上だ」
「まてまて、それは流石に雑すぎる」
秋が苦笑して付け足した。
「本体の一部から新しい夏と冬が生まれるんだ。だから、親になった夏や冬からその記憶を少し貰ってるわけ。僕らと違って小さくても付近に影響力の大きな彼らは、失敗しながら自己を理解していく時間的余裕がないからね」
「私が何も知らずに野を駆ければ山火事になる。冬ならば・・・」
「生き物の命を奪ってしまう・・・・・・」
ぽつりと冬が呟いた。
「だから冬は私といるのだぞ。冬が唯一気兼ねなく触れられる存在、それが私だ!」
「逆も然りね。どう、春ちゃん?二人が仲良しな理由、わかったでしょう?」
「はい・・・・・・。それで、どうしてわたしは・・・」
小さく冬を伺う。相変わらず団子をもくもくと食べていた彼女は、串を置いて一口茶を飲み、唐突に言った。
「・・・お母様を怒らせたから」
今までと違って小さくもはっきりした声だった。
「何をしたのかは、わかる?」
秋が優しく尋ねると、冬は小さく頷く。
「山を越えようと・・・それから、お母様の食事の邪魔をしたの?それも、二人・・・」
「あらまあ」
「・・・それは、致し方ないな」
「あの、食事って」
「んー。簡単に言うと、僕らは陽から元気を分けてもらって生きてるんだよね。だけど冬はそれが少ない」
「だから私たち冬は、足りない分を生物から補う。稀に紛れ込んできた人間からちょっと気をわけてもらったりするの」
「本当は飲み食いする必要はないという事だ。しかし人間の身体でいると、空腹という感覚には襲われる。それに、食うて美味いという感覚もある。特に甘いものだな。これは素晴らしい」
夏がにっこりと嬉しそうに団子の串を振った。
「しかし、どうやらあの山にいる冬は食いしん坊みたいだな。度々山で魂を抜かれる、なんて話を耳にする」
「それは食われちゃってるねえ」
秋が少々眉を曲げて顔をしかめた。
「僕らは要らないだけに、冬の習性は時々理解しかねるな。こうやって・・・美味いお菓子でも食べればいいのに」
「一度も町に降りた事がないと知らないんだ。高い山とか、北と南の端にも大きな冬が居座ってしまっている。まあ、あれは古来からだから、いまさら秩序も何もないのだがな」
「秩序、ですか?」
夏の言葉に天青は首を傾げた。
「僕らは同じところに長くいれないようになってる。ひとつには寿命の問題があるけど」
「わたしたちは、・・・人間より・・・・・・ずっと長く生きるから・・・」
「外見の成長も遅くなる。となると、何十年もこの姿でひとところにいては、化け物として殺されるのがオチだ。その為に旅をしながら暮らすのが常だが、それにはいくらか法則がある」
「まず基本は夏と冬が動くって事。この二人はたまたま一緒にいるけど、普通は別々だからね。だいたいは、父たる夏が、母の冬を追ってるんだけど」
「異国ではそのような事をすとーかー、と言っていたぞ」
夏が言いながらけらけらと笑った。
「君だって他人事じゃないんだからね?いつ冬を追うようになるか・・・」
「私はそんな事はしないっ!それに、冬ならここにいる」
夏がしかめつらをして冬を抱き寄せた。
「・・・どうかな。あんまりしつこいと女の子には嫌われるよ、夏。逃げられちゃうかも」
「なぬっ・・・・・・し、仕方ない・・・」
渋々夏は冬を離すと、しかめつらを保ったまま腕を組んだ。
「と、まあそういうわけで、僕ら秋と春は二人に会わないように上手に逃げるわけ。近付き過ぎると力負けして消されちゃうからね」
「なるほど・・・」
「その指標はこれだぞ?」
ようやく理解してきた顔の天青の前で、夏が袖から手を出して言った。
「ほら」
ぱちんと指を鳴らして開く。
「!」
そこには一輪の花が乗っている。
「花は使いなんだ。近くで家族を巻き込んでしまわないよう、春や夏や秋はこれを呼びながら旅をする。時にこの花の名がわかるか?」
夏が真剣な顔で天青を見つめる。彼女は今朝のように名を知ろうとしたが、花は何も応えてはくれなかった。
「わからないようだな?」
「はい・・・」
「それで良い。これは向日葵と云う。私の花なのだ。季節が違うから、秋にも春にも冬にもこれの名前がわからないのは仕方がない」
「だからね、見知らぬ花が現れたら、誰かが近くにいるから去り時だよって事」
「うむ、そういう事だ」
秋の補足に満足したように夏と冬も頷いた。
「冬だけは、あまり花を持たないからわかりづらいけど・・・」
言いながら、冬が茶を持ち上げた。そのままそっと指先を茶につける。
「あっ」
みるみるうちに茶は凍って、逆さまにしても零れないようになってしまった。
「冷たいから、誰より気配はわかりやすい。だから近付かないで・・・」
「は、はい・・・」
天青はこくこくと頷いた。
「冬、せっかくの茶がそれでは飲めないではないか。貸せ」
夏が冬から器を奪って両手で包み込む。と、今度は対照に、徐々に氷が溶けて暫くしたら元通り暖かいお茶になった。
「ありがとう」
「ん」
満足げに夏が頷いて、二人は天青に向かいあった。
「さて。そろそろ頃合いだろう。さっきからこちらに人の気配を感じるが」
「上手いなあ。うまく自然に同化しててわかりづらいよ。狙いは」
「春だな。迎えか?」
「え?あっ、ハルさんっ!!」
天青は慌てて立ち上がった。辺りはすっかり茜に染まっている。
「ハル・・・・・・」
冬がぼんやり遠くを眺めながら呟いた。
「春が、どうかしたか?」
「ハルは、名前?」
夏を無視して冬が問う。
「え?」
「あなたの記憶に、名前としてのハルがあるよ。あなたの別の名前も。でもそれが何かはわからないけど」
「ほかに手がかりはあるかな?」
秋の問いに、冬は今度はふるふると首を横に振った。
「・・・落ちてはおらんだろうか」
「落ち・・・・・・ああ」
気難しい顔をして夏が呟き、秋が何かを悟ったように頷いた。
「春ちゃんは、どこに逗留してるの?」
「とうりゅ?」
「住んでる場所だ」
「あ、それは、あの山の麓の村に」
「それならちょうど良い。近々遊びに行ってやる」
「え?」
「春ちゃんの記憶のかけらがあるかもしれないからね。探してあげるってコト」
「あ、ありがとうございます」
「それから、行くならこれを持って行け」
夏がぐいと手を出し、包みを天青の手に乗せた。
「これは」
「春がさっき持っていた干菓子は食べてしまったからな。代わりだ。持っていくといい」
「!ありがとうございます」
「ん。まぁ、遊びにいってやるから、それまでに美味い菓子のひとつも作れるようになっておくんだな」
「が、頑張ります・・・」
「はは。では、また会おう」
夏が優しく笑って冬の手をひき並ぶ。
「はいっ、また!」
少し先に春隆が見える。土産の菓子を抱きながら、今わかった事をどう話そうかと考えて、天青は走り出した。




