花を呼ぶ
ずいぶんと懐かしく、長い夢を見ていた。
むくりと身体を起こし、ぼんやりと足先を見つめる。昨日は異変を起こした天青を連れ帰り、そのまま寝てしまった。陽は随分と高く上っていて、春隆が深く寝入ってしまっていた事を教えてくれる。
「しかし、どうして今こんな夢を・・・・・・」
両の手を開いたり閉じたりしてみる。
「・・・そうだ」
天青を運びながら、北から山越えをした時に触れた何か暖かい雰囲気を感じたのだ。あの山中の熱泉。ぬるい水だけでないあたたかさが・・・。
「・・・天青?」
そういえば、隣に敷いた布団が平たい。随分と長寝をしてしまったから、出かけたのかもしれない。
・・・どこに?
「行くところなど・・・。あ」
天青が好きな場所にひとつだけ、心当たりがある。
春隆は立ち上がって、そっと縁側の襖を開けた。
「天青」
「ハルさん」
やはり、庭にいた。
「お疲れなんですか?なかなか起きないから・・・・・・昨日のお稽古、大変そうでしたものね。そうだ!私、今日は朝ごはんを・・・」
「天青?」
春隆は突然勢い込んで話しはじめた天青をまじまじと見た。やはり、髪は黒いままだ。
「君は、辛くはないのか」
「つらい?」
「突然倒れたんだ。それに、その髪」
「え・・・」
言われて初めて気が付いたように天青は髪に触れた。
「身体、辛くはないのか」
「はい・・・」
不思議そうに髪をいじる彼女は無理をしているようには見えない。
それに、この匂いはどこから来るのだろう。春の野のような。
春隆は視線を少しずらして気がついた。
「なっ・・・」
「え?」
「花・・・?」
庭が花でうめつくされている。蒲公英に菫・・・草花に詳しい春隆でも知らない花もある。
「この花はどうした?」
「お花ですか?」
「摘んできた・・・わけではないな。根がある」
「お呼びしたんです!ハルさんがお疲れみたいだから、癒して差し上げようと・・・」
「呼んだ?」
「はい。お花があったら喜んでもらえるかと思って!どうですか?」
にこにこと話す天青を余所に、春隆は手近な蒲公英に手を伸ばした。幻ではない。いったい、短時間でどう生やしたというのだ。
「手妻か・・・・・・いや、あれには仕掛けがあるものだから違うな」
春隆の知る限りでこのような事ができるのは、妖術以外に有り得ない。
「タンポポさんに、ノゲシさん、ニガナさんにハハコグサさん、チチコグサさん、トキワハゼさん、キランソウさん、アザミさん、スミレさん・・・あ、あっちはホトケノザさんにキュウリグサさん、ヤエムグラさんにサクラソウさんがとっても可愛いお花ですねっ!それから、シロツメクサさんにレンゲさんにエンドウさんにナズナさん、ショカツサイさん、クサノオウさんにナノハナさん、フジさんとハナミズキさん、ヤマブキさん、クサイチゴさん・・・」
呪文のように唱えられる花の名に、春隆は呆然と天青を眺めるばかりだった。
「それから向こうには、カタクリさんと、ゼンマイさん、ソテツさんにツクシさん、アケビさんにウドさんにマユミさんにアカザさんに・・・」
「わかった、わかった。天青、もういい」
「そうですか?」
「ああ。花の名、詳しいんだな」
声を遮って、彼女の隣に腰掛けた。
「みなさんがどう呼ばれているか、教えてくださるんです。今日はお客様がたくさんですね、ハルさん」
「・・・ああ」
天青は縁側を離れ、楽しそうに野花の間を歩き回る。春隆はその様子を目を細めて眺めた。
“呼ぶ”とは、“教えてくれる”とは、どういう事だろう。髪の事といい、彼女はあやかしなのだろうか。
「そうだっ」
「な、なんだ?」
突然大きな声を出した天青に、意識を引き戻される。
「朝ごはんにしましょう、ハルさん。お腹、すきませんか?」
「え?・・・ああ。すまない、今から作っ」
「違うんです、さっき私が作ったんです」
「作った?」
「昨日千代ちゃんから教わって、それで」
「ひとりで?」
「はい。・・・美味しいと、良いのですけど」
あれだけものを知らなかったのに、昨日の今日のでできるようになるのだろうか?
「食材とかは」
「それはお借りしました。千代ちゃんが、どの家にも『蔵』というものの中にあるとおっしゃって・・・だめでしたか?」
「いや、それは構わないが・・・」
「じゃあ!!食べてくださいっ。今持ってきますねっ」
「あ・・・」
春隆は、たたっと駆けていってしまう天青を動けないままに見送った。
茶碗を洗いながら、天青は考え込むような姿を見せていた春隆を思い出していた。天青が作った山菜粥を美味いと言って食してくれたが、なかなか笑ってはくれない。
「やっぱり、私がいてはお邪魔でしょうか・・・」
迷惑ばかりかけている自覚はある。あるからこそ、役にはたてねどせめて、何か恩返しをしたいと思うのだ。
「わたしは、どうすれば・・・」
はあ、とひといきためいきをつき、天青は残りの椀に手を伸ばした。
今日は町に行く、と天青を着替えにやっている。髪が黒くなれば、目はともかく少しは目立ずに連れ立てる。
「お待たせしました、ハルさん」
降る声に振り返った。微笑みをたたえたような表情をして、艶やかな黒髪に桜の着物はよく似合う。始めは髪に合わせて藤を着せたが、どうも雰囲気と合わずに気になっていた。先程庭に大量に咲かせた花のような・・・春のような雰囲気が、彼女にはよく合うのだ。
「よし、行こうか」
「はいっ」
春隆は天青に合わせてのんびりと歩きはじめた。




