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春のうたかた  作者: 四季
21/39

記憶:漆

城にいる間、橘は春隆に褒美として位を与え、町に住まわせようとしたが彼は断った。何かあっては足がつく。それに、自然流の使い手としては山里に居る方が心も休まった。町で暮らすには、春隆には色んな“音”が聞こえすぎる。


『では、春隆殿。貴方は表向きは薬師という事で通すとしよう。村で子供達に学問を教えてやってほしい。それからあの山には薬草が沢山あるだろう。時々薬を作って、この城に届けてくれるか』

『薬をですか』

『私が買い取る。それを生活の足しにしなさい。下手に足も付かんだろう。それに』

『・・・?』

『春望が育てた子なら、私の身内だ。時には顔を見せてほしい。困った時には頼りなさい。必ずだ。良いね』

『!・・・ありがとう、ございます・・・っ』


そのやり取りをにこにこと見ていた半次郎は、膝をパンッと叩いて立ち上がった。


『・・・んじゃ、先生はウチに来たらええな!』


彼の村には、春望が幼少期育った家がまだあるのだという。


『ちと手入れして使ったらええでしょうや。道場も付いてる。住めるようになるまではウチに居れば良い。人手は貸しやしょう』


そういって半次郎は村人を集め、一週間程で古屋を住めるようにしてしまった。

一人で住むには大きすぎる程の家だが、橘より学問所の命を受けている事を考えればちょうどいい。覗いた道場も、使い勝手が良さそうだった。


『気に入ったかいね』


春隆はやってきた半次郎に大きく頷く。そして家に向かって深々とお辞儀した。


『またお世話になります、師範』








それからひと月が過ぎ、春隆の肩の傷はもうすっかり塞がった。村にも慣れ、時々は橘の元へ行き、春望の薬の知識を伝えてくる。

山への入り方を半次郎に教わり、完全に冬に入る前に山菜や茸を集めておく事もできた。


かの男がやってきたは、その更に一ヶ月後だった。


『平、助・・・?』


すっかり窶れた風貌で、ボロボロの見なりで川辺に現れた彼は、恐ろしく冷たい目をして春隆を見つめた。


『ここにいたんだな』

『・・・』

『お前が逃げたせいで、俺が罰を下されたよ・・・。地位も家族も!いつ何処で殺されるか・・・。常に背後に剣気を感じる。毎晩刀を抱いて寝るんだ、お前にこの苦悩がわかるか・・・?』

『・・・平助、あれは悪い夢だ。酒を飲み過ぎたんだよ。だから平助もあの氏から逃げ・・・』

『逃げる、だと・・・?』


春隆は、ゆっくり頷いた。


『なあ氷蔵。お前は先生に拾われて育てられた子だ、家族はいないだろう。・・・俺は家を守らねばならないし、今度また人数が増える事になってる』

『・・・・・・そうか』

『お前は賢いから、わかるだろ。・・・俺が無事でも、あの馬鹿殿様は家ごと皆殺しにするだろう。だから俺は、お前を斬らなきゃいけないんだ』

『・・・残念だ、平助』


酒のせいだと思いたかった・・・。くらい目をかつての友を前に、春隆したは重い刀を抜き放つ。


『打ち合いとは懐かしい。なあ、平助』

『今度こそ俺が勝つっ!!』


いきなりの重い剣筋をいなして、春隆は小さく笑った。


『・・・どうかな。余裕がないぞ、平助』

『うるさい、あんなものを見た後だ。少し動揺していたまでっ!!』

『あんなもの・・・?』

『お前もあの山を超えたんだろう、見なかったのか?恐ろしく美しい、女の姿をっ!』

『・・・・まどっているのか?』

『違う……!!美しいが恐ろしい、あれは妖だ・・・・!!』

『平助、お前、何か悪い薬でも・・・・』

『煩い!本当に見たんだ!しかし、その煩い口も、数刻後には開かなくなると思うと気分がいいなあ、氷蔵!え?』


いつも以上に饒舌な平助に、氷蔵は戸惑う。

危機感からか、ただでさえ力のある平助は、その腕録を何倍にも増幅させたような勢いであった。

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