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春のうたかた  作者: 四季
18/39

*記憶:四

『お侍さぁ、お侍さー』


いつの間にか寝ていたらしい。ゆさゆさと揺さぶられ、氷蔵は薄く目をあけた。突如薄れていた感覚が戻ってくる。


『い、痛っ・・・・・・!!傷がっ・・・』

『ああ、すまん!そうだった』

『何かありましたか・・・』


寝ぼけた頭で記憶をたどりながら尋ねた。


『治ったんだ!』

『え?』

『千歳の熱がひいたんだ!』

『!効きましたか』


急に頭が冴えてきて、氷蔵はほっと胸を撫で下ろした。


『でもまだ治ったわけじゃないと思います。引き続き二、三日は安静にして、それから同じ薬を何度か・・・』

『わかった、わかった。千代に任せておく。俺らの先生じゃあ。ほんにおおきにのう、先生』


頭を地べたに擦り付けて言う半次郎の肩を掴んで顔を上げさせ、氷蔵は静かに首を振った。


『僕はあなたに命を救われた。そのお返しだといったはずです。頭を上げてください。せんせい、なんて呼ばないでください』

『いや、呼ばせてくれや。名前を知らないからと、何時までもお侍さーと呼んどるわけにもいかんしょう。名前代わりですさ。それより先生。ちとついて来て欲しいところがある』

『・・・何ですか』

『少し出歩けるかね。血の気は戻ったか?』

『多少は大丈夫だと思いますが・・・』

『ならいい。町へ行きまさあ』

『町、ですか』

『会うて欲しい人がおるけよう』


にっこりと笑って半次郎が立ち上がり、氷蔵に片手を差し出した。暫くその手を見つめ、迷った挙げ句取って立つ。


『な・・・』

『どうかしましたか』


立ち上がらせておいて驚いた顔の半次郎を見下ろして尋ねる。


『いんや・・・おまえさー、こうしてみると、でっかいんだなあ!』

『はは。これで目立っていけませんよ。さて』

『おう。行くかね。馬を借りてあるから、ふた時で着く』

『はい』


氷蔵が片手でなんとか馬に乗る間、半次郎は沢山籠を背に積み込んだ。ようやく走り出した道すがら、気になっている事をいくつか尋ねてみる。

1番聞きたかったのは、ここが何処かという事だ。半次郎によると、氷蔵が目指したとおり隣国へたどり着いていた事がわかったが、詳しい地理はわからなかった。

半次郎は、氷蔵が“霞山”を越えてきたと知ると驚いたような、怯えたような表情になった。


『あの山に行って、無事戻ってきたモンはいねぇ。狂っちまうか、魂が抜けたみたいになっちまうかどっちかなんだ。おれがあそこで風呂屋をやってるのは、上の命でね。もちろん旅人を癒すのもあるけんど、1番はあの山に人が入ってしまわんように見張る為なんでさあ』

『はぁ・・・』

『先生はどうして無事だったんだろうな。・・・千歳さ救うために神さんがよこしたんかね。にしし』

『半次郎さん・・・ふっ』


可笑しそうに笑う半次郎を見て、釣られて氷蔵も小さく笑った。


『先生、ちゃんと笑うじゃないか』

『え?』

『なかなか笑わんからよ。笑ったらいい顔になんや、笑ってたらええ』

『・・・そうですね』


古い友人に命を狙われ、やっとの事で国を越えてやってきた。一命を取り留めたと思えば薬を作り、息をつく暇がなかったとは言え硬い顔をしていた自覚がある。


『無理はせんと。今からいく相手はちと、お偉いさんやしよ』

『偉い?』

『この辺りを治めとるお人じゃあ。先生にはこの国を救ってもらいてえ』

『国をだなんて、一体何を・・・』

『薬じゃ、町には千歳と同じ病で倒れとるのが沢山おるしよう。若いもんも沢山死んだ。ここらで食い止めねばならん。あの草なら、こん籠にぎょうさん入てきやしゃ。朝千代と集めたんだ』


大量の籠は、昨日の薬草だったらしい。氷蔵は納得して頷いた。


『あれの作り方さ、町で教えてやってくなしょ』

『・・・僕にできる事なら、手伝いましょう』

『頼みますや』


半次郎の告げた時間通り、町に着いた氷蔵は彼に連れられて大きな屋敷に入り込んだ。この国の階級には詳しくないが、一農民の身分であろう彼がこの場にいるのは酷く場違いに思える。しかし各門番、役人と親しげに会話を交わしては、半次郎は飄々と最奥部にたどり着いてしまった。

そこで初めて両手をつき、深く頭を下げる半次郎に合わせ、氷蔵も頭を下げる。


『痛っ・・・』


手をついた拍子に肩に痛みが走り、氷蔵は思わず顔をしかめた。


『無理はするなや。話のわかる方だから、大丈夫だ。・・・でしょう、橘様』


にやりと笑った半次郎がスッと顔を上げて正面を見た。

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