*記憶:四
『お侍さぁ、お侍さー』
いつの間にか寝ていたらしい。ゆさゆさと揺さぶられ、氷蔵は薄く目をあけた。突如薄れていた感覚が戻ってくる。
『い、痛っ・・・・・・!!傷がっ・・・』
『ああ、すまん!そうだった』
『何かありましたか・・・』
寝ぼけた頭で記憶をたどりながら尋ねた。
『治ったんだ!』
『え?』
『千歳の熱がひいたんだ!』
『!効きましたか』
急に頭が冴えてきて、氷蔵はほっと胸を撫で下ろした。
『でもまだ治ったわけじゃないと思います。引き続き二、三日は安静にして、それから同じ薬を何度か・・・』
『わかった、わかった。千代に任せておく。俺らの先生じゃあ。ほんにおおきにのう、先生』
頭を地べたに擦り付けて言う半次郎の肩を掴んで顔を上げさせ、氷蔵は静かに首を振った。
『僕はあなたに命を救われた。そのお返しだといったはずです。頭を上げてください。せんせい、なんて呼ばないでください』
『いや、呼ばせてくれや。名前を知らないからと、何時までもお侍さーと呼んどるわけにもいかんしょう。名前代わりですさ。それより先生。ちとついて来て欲しいところがある』
『・・・何ですか』
『少し出歩けるかね。血の気は戻ったか?』
『多少は大丈夫だと思いますが・・・』
『ならいい。町へ行きまさあ』
『町、ですか』
『会うて欲しい人がおるけよう』
にっこりと笑って半次郎が立ち上がり、氷蔵に片手を差し出した。暫くその手を見つめ、迷った挙げ句取って立つ。
『な・・・』
『どうかしましたか』
立ち上がらせておいて驚いた顔の半次郎を見下ろして尋ねる。
『いんや・・・おまえさー、こうしてみると、でっかいんだなあ!』
『はは。これで目立っていけませんよ。さて』
『おう。行くかね。馬を借りてあるから、ふた時で着く』
『はい』
氷蔵が片手でなんとか馬に乗る間、半次郎は沢山籠を背に積み込んだ。ようやく走り出した道すがら、気になっている事をいくつか尋ねてみる。
1番聞きたかったのは、ここが何処かという事だ。半次郎によると、氷蔵が目指したとおり隣国へたどり着いていた事がわかったが、詳しい地理はわからなかった。
半次郎は、氷蔵が“霞山”を越えてきたと知ると驚いたような、怯えたような表情になった。
『あの山に行って、無事戻ってきたモンはいねぇ。狂っちまうか、魂が抜けたみたいになっちまうかどっちかなんだ。おれがあそこで風呂屋をやってるのは、上の命でね。もちろん旅人を癒すのもあるけんど、1番はあの山に人が入ってしまわんように見張る為なんでさあ』
『はぁ・・・』
『先生はどうして無事だったんだろうな。・・・千歳さ救うために神さんがよこしたんかね。にしし』
『半次郎さん・・・ふっ』
可笑しそうに笑う半次郎を見て、釣られて氷蔵も小さく笑った。
『先生、ちゃんと笑うじゃないか』
『え?』
『なかなか笑わんからよ。笑ったらいい顔になんや、笑ってたらええ』
『・・・そうですね』
古い友人に命を狙われ、やっとの事で国を越えてやってきた。一命を取り留めたと思えば薬を作り、息をつく暇がなかったとは言え硬い顔をしていた自覚がある。
『無理はせんと。今からいく相手はちと、お偉いさんやしよ』
『偉い?』
『この辺りを治めとるお人じゃあ。先生にはこの国を救ってもらいてえ』
『国をだなんて、一体何を・・・』
『薬じゃ、町には千歳と同じ病で倒れとるのが沢山おるしよう。若いもんも沢山死んだ。ここらで食い止めねばならん。あの草なら、こん籠にぎょうさん入てきやしゃ。朝千代と集めたんだ』
大量の籠は、昨日の薬草だったらしい。氷蔵は納得して頷いた。
『あれの作り方さ、町で教えてやってくなしょ』
『・・・僕にできる事なら、手伝いましょう』
『頼みますや』
半次郎の告げた時間通り、町に着いた氷蔵は彼に連れられて大きな屋敷に入り込んだ。この国の階級には詳しくないが、一農民の身分であろう彼がこの場にいるのは酷く場違いに思える。しかし各門番、役人と親しげに会話を交わしては、半次郎は飄々と最奥部にたどり着いてしまった。
そこで初めて両手をつき、深く頭を下げる半次郎に合わせ、氷蔵も頭を下げる。
『痛っ・・・』
手をついた拍子に肩に痛みが走り、氷蔵は思わず顔をしかめた。
『無理はするなや。話のわかる方だから、大丈夫だ。・・・でしょう、橘様』
にやりと笑った半次郎がスッと顔を上げて正面を見た。




