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春のうたかた  作者: 四季
16/39

*記憶:弍

『ほう、そなたらが最強と謳われる自然流の生き残りか』


城に呼び付けられた氷蔵ひょうぞう平助へいすけは、揃って頭を下げた。名ばかり有名で見たものはないとされる幻の奥義、自然流じねんりゅうは何しろ後継者が少ない。初対面でこの反応は珍しくもなかった。しかしこう続けるものは奇異であった。


『どうだ。我にその剣術、授けてほしい』

『自然流を・・・ですか』


思わず聞き返した氷蔵に、氏は踏ん反り返りながら応えた。


『そうだ』


高い位置にある目をまじまじとみる。氷蔵の目で見て、直感でこの剣を振るう才はないと思った。それは平助も同じらしい。少し顔を伏せたまま、二人は互いに目配せをする。


『・・・自然流が幻とされるのは、その習得が難しいからでございます。時間もかかりますし、持っていなくては何ともならぬ資質も必要なのです』


平助ができるだけ丁寧に頭を下げて言う。


『その資質とやらが、下位のそなたらにあって我にはないと申すのか』

『そうではございません。政で忙しい身であろう貴方様が、得る物の少ない剣の為に動く程の価値は無いと存じあげているのです』


不機嫌そうに見える氏に冷や汗が流れる。下手を掻いて手打ちにされてはたまらない。


『・・・そなたらが未熟で教えに時間がかかるという事だな』

『・・・ええ』


拳わ握りしめながら、平助が答えた。


『それでは最強の自然流と名乗るべきではなかろう』

『それはっ・・・』


思わず身を乗り出した氷蔵を抑え、平助が続けた。


『・・・師範が、免許皆伝だと告げてくれました故』

『ほう。ずいぶん甘い師範だったとみえる。よかろう。この際はっきりと決めようではないか』

『決める・・・?』

『ぬしら、真剣で対決せよ。勝者こそ真の自然流と認め、我の元で使うてしんぜよう』

『なっ・・・』

『未熟なぬしらの勝負、さぞ見応えがあるのだろうなあ』


呆然とする氷蔵の隣で平助がすっと顔をあげる。


『承知』

『へ、平助』


竹刀の時と同じだ。膝をつかせれば勝ち。師範の元で何度手合わせしてきたろうか。平助がこの顔になったら、後には引かない事を氷蔵は知っている。


『・・・承知、しました』

『よろしい。では今日は下がるが良い』


こうして、二人はようやく城下に戻されたのだった。









『あの馬鹿氏め』

『まぁまぁ、そう言うな、平助』

『師範を馬鹿にするからだ。あんな奴に仕えるなんてごめんだぞ』

『僕も嫌だな、あの下は。あの目、口調。思い出しただけで虫酸が走る。塩を撒きたいくらいだ』


はは、と空笑いする氷蔵を見て平助が目を丸くする。


『・・・お前、言葉。直したのか』

『・・・別に、話せなかったわけじゃない。師範があれでいいと言ったからそのままでいたんだ。田舎言葉で仕事はできないからな』

『お前の言葉、鈍りが酷かったもんなあ。いや、しかしないとなると寂しくも思うが』

『しょこしい!』

『それは・・・うるさい!だな?』

『はっ・・・』


はは、とそのまま二人で笑い転げる。


『良い、良い。続きは呑みながらにしようか』

『ああ』

『行こう。道すがら、よさ気な酒屋を見つけたんだ』

『任せるよ』


肩を並べて歩く二人は、数年分の出来事を片っ端から並べて夜中まで酒の肴にしたのだった。


『じゃあ氷蔵は、薬を売って生活してるんだな』

『師範のおかげだ。みなしごの僕に学問を授け、生きる術も下さった。平助は?』

『俺はな・・・家督を継いだは良いが、あまり良い生活はできていない。武家といっても上位ではないからな。俺が外へ出て、何とか暮らしているというところか』

『互いに楽な暮らし向きではないな』

『今更だ。昔と大差ない』

『まったくだ』


酒のせいか、話題に比例して暗くはならない。悪い知らせはそのさらに参刻程後に届いた。



“真の自然流を決める戦、一方が一方の首をおさめたら、その位を最上位にし、城で仕える事を許可する。逃げた場合、その命、家共に幸は無いと思え”



『命をかけるのか・・・』

『駄目だ、自然流は殺さずの・・・』


ガシャン。

氷蔵の目の前でとっくりが砕け散った。


『抜けよ、氷蔵』

『平助』

『勝てば最上の位だぞ。ほしくはないか』

『そんなもの、僕は』

『俺は欲しいなあ。これで代々続いてきた家が守れるというものだ』


目の据わった平助を見据えながら、氷蔵はゆっくりと刀を抜いた。


『僕の刀の性質は、君なら知っていたはずだ。わざわざ抜かせるなど・・・よほど自信があるのだね』

『他より長い刀、だろう。だから何だと言うんだ。要は実力勝負っ!!』


店の外に出て、構えた氷蔵に平助は一気に踏み込んだ。身体も大きく、重さのある平助の剣は真っ向から受けていては身が持たない。


『忘れるな、平助。僕は、竹刀の打ち込み稽古でさえ・・・・・・』


キンッ

聞こえているのかいないのか、何度も斬りかかってくる平助の刀をいなしながら氷蔵は続けた。


『一度たりとも!』


ガッ


『負けた事は、ないっ!!』

『うるさい!あれから何年が過ぎた!?いつまでもお前に負けてばかりいるわけなかろう、今回ばかりは、俺が勝つっ・・・!』


1番重い一撃を流し、氷蔵は走り出した。もうすっかり夜も更けている。大方の店は畳んでいるし、幸いにも新月だ。うまく行けば逃げられる。


『“逃げた場合、その命、家共に幸は無いと思え”だろうっ・・・僕に帰る家はない、守る家族もない。・・・ならば、命くらいは賭けてやるっ・・・』

『待てっ!』


痩せているが、背は高い氷蔵は足が早かった。一気に引き離して暗闇へ駆け込む。


『殺さずの自然流、命の取り合いをする刀じゃないんだ・・・忘れたか、平助』


町の外れで、氷蔵は肩で息をしながら呟いた。随分と走ったから、暫くは追いつかれまい。


『さて、ここからどう逃げるか、だ・・・・・・ぐっ』


突然、肩に衝撃を感じて反射で刀を抜く。


『き・・・さ、ま・・・』

『自然流の氷蔵とは、お前だな』


手ぬぐいで顔を隠した男が血濡れた刀を握って立っていた。


『誰だ・・・』

『平助様の命で探していた。城の者だ』

『城・・・だと・・・?』


氷蔵は片眉を上げて尋ねた。その間にも、肩から染み出た液体で着物が重くなってゆく。


『逃げた者に幸はない、だ。生きて逃げられると思いなさるな、氷蔵殿よ』

『・・・・・・あさぁこそ、こそじょうがいになんじゃろなあ!?』

『今、何と・・・あっ』

『よっぽど腕に自信があるんだな!という意味だっ!』

『こら、待て!』


相手が言葉に驚いている隙に走り出した氷蔵は、直ぐさま暗闇に紛れ込み、今度は用心しながら少しずつ川へ向かって移動した。

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