着物と稽古の音色
預けられた天青は、千代に連れられて家の裏の川にきていた。
「その着物」
「え?」
突如話しかけられて、天青は勢いよく顔をあげた。
「昨日先生が買っていったんだよ。目の色と同じ帯なんやね。よく似合うてる」
「あ、ありがとうございます・・・」
先刻春隆が言っていた事を思い出して顔を綻ばせる。
「今日は、よろしくお願いしますねっ」
「うん。さてと。まずは、洗濯かな」
「せんたく、ですか」
「ウチは布が洗濯に沢山出るからね!ほら、行こう」
にかっと笑って千代が走り出す。天青はパタパタと裾をはためかせながら、慌ててその背中を追って走った。
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春隆は縁側に竹刀と木刀を用意して並べていた。真剣は使わない予定だが、万が一の為に差したままだ。
「せんせぇっ!!」
勝手口から響いた声に軽く応答し、結局総ての刀を持って表へ出た。
「せんせぇ、おらんか!」
「煩いな、僕ならここだ」
「先生おったぞっ。りゃあ!」
出会い頭に悪戯を仕掛ける子供に片足で地面を拝ませてやる。
「僕に勝とうなんて生意気な。・・・ふっ」
「くそぉ・・・」
悔しそうな少年の手をとり、立たせてから春隆は来た子供の数を数えた。
「今日は打ち込み稽古をしよう。皆竹刀は持ってるか?」
「あるぞ、先生!」
「あります、だ吉之助。・・・よし、みんなあるな。じゃあ川の方へ行こうか」
春隆の家を少し離れたところに川があり、川辺には小さな石が集まってできた瀬がある。上流は半次郎の構える風呂屋だ。建物が見えるくらいの距離のところに陣を敷くと、竹刀だけ持って子供達を集めた。
「まずは素振り、五百回だ。最後に打ち込みをやるから手を抜いたら痛い目を見るぞ。慎太郎、数えられるな?」
春隆の“学舎”には齢五つから十六程の子供達が来ているが、中でも年長の男子を指名して見遣った。
「はい先生。みんな、間を空けて並んで」
名指された少年は一礼して仲間に指示を出した。
「先生、始めますか?」
「頼む」
「はい。・・・構え!イチ!」
『エイ!』
「ニ!」
『エイ!』
「サン!」
まだ小高い声が響く様を端から見て全員の動きを確認する。
「百!」
『エイッ!』
「吉之助、脇が甘いぞ。一蔵は踏み込みが甘い」
五回目の「百!」が聞こえたところでひとりひとりに細かい指示を出す。
「慎太郎は動けていたな。良く鍛練しているから今後も精進するように」
「はい」
「では、少し休憩しようか。めいめい休め」
『ハイ、ありがとうございました!』
子供達は一斉に一礼してから姿勢を崩した。川へ飛び込む者もいる。
「川は浅瀬だけにしろよ。あの岩を越えたら刀に物言わせてやる」
一応の注意を出してから、春隆は小ぶりの岩の上に座った。
「先生」
聞こえた声に、視線を落とした。
「慎太郎。どうした?」
「いえ・・・・・・今日は女性を連れていると聞いたものですから、放っておいて良いのかと思いまして」
その内容に春隆は思わず顔をしかめた。もう話が回っているとは、小さな村は恐ろしい。
「千代だな?」
「・・・はい」
大方、半次郎が猪を持ち帰る為に人集めをし、軽く口走ったのだろう。半次郎の娘である千代だって噂を知らないはずはなく、その千代と慎太郎が良い雰囲気で並んで歩いているのは、春隆も何度か見かけた事がある。話が回るのも時間の問題だろうとは考えられるものの、やはり早すぎる。
「おれも知ってるぞ!」
苦笑いを浮かべていると、後ろから岩をよじ登りながらやってきた吉之助が叫んだ。
「先生のイロじゃあて噂じゃあ」
「・・・おい吉之助、そんな言葉何処で覚えた」
「父ちゃん達が言うてたんだ!で?いろってどういう意味だ?」
純粋に質問している吉之助を見て春隆は深くためいきをついた。
「吉之助くん、それはあんまり良い言葉じゃないから知らなくていいよ」
春隆の様子を悟った慎太郎が横から助け舟を出す。
「じゃあ、慎太兄ちゃんにはいるもんか?」
「・・・いない、かな」
「なら、慎太兄ちゃんよりでかくなったら覚えるぞ!いろ!」
「わかったわかった、そんなに大きい声で何回も言わない」
「はーい」
春隆は上手い事丸めた慎太郎を見て下を巻いた。
「上手いものだな」
「慣れてますから」
「そうか。・・・それで、その彼女だが、今は千代のところに預けてある」
「千代に?」
「歳の割と近い娘さんなら話しやすいかと思ってね」
「なるほど」
「先生が好きなら、きっと可愛い姉さなんやろうな!」
「こら、馬鹿吉め。誰が誰を好きだって?おい、全員素振り百回追加!!」
春隆は吉之助を岩から落とし、竹刀を振り回して叫んだ。
「ええっ!?」
方々から一斉に非難の声があがる。
「・・・更に百足すぞ」
「遠慮します!」
慎太郎が慌てて竹刀を握る。
「ほらみんな、並んで!」
「はい!」
ただならぬ慎太郎の様子に、子供達が直ぐに竹刀を構えなおす。
「はは。今の動きに免じて後は打ち込みにしてやろう。二人一組になって」
「はいっ」
「いいか、狙っていいのは肩から下だけだ。一本取れたらこっち、負けたら向こう。集まった中でまた組んで続けなさい。はじめ!」
「はいっ!よろしくお願いしますっ!!」
竹刀を構えた子供達の元気な声が響く。
その日川辺は、夕刻までカンカンと竹刀を打ち合う音が途絶える事はなかった。




