ビスの草の海編01
12/11/2 本文を微修正しました
天には遮るものなく青々とした広大な空があり、下に広がる大地は柔らかく生命力にあふれた草原が地平線までのびていた。時折吹き付ける風が草原を揺らし、サワサワと耳障りのよい細やかな音を立てる以外にはその場所は静寂に包まれていた。草原は優しい陽光に照らされ、その場所だけはまるで現実味のない、平和で穏やかな草の海のようだった。
◇◆◇
ガサガサと胸辺りまで生い茂る草をかき分け、一人の男がやってきた。男は体のあちこちに泥やら何やらをくっつけて、おまけに大小様々な傷まで負っている。どうやらひどく疲れているらしく、その足どりはフラフラと危うげだ。しかし彼の目には眼前に広がる壮大な景色しか映っておらず、その足を止めることはなかった。
しばらくしてようやく彼は立ち止まり、感動で潤んだ目で落ち着きなくきょろきょろと辺りを見渡した。そしてフウーッとゆっくり息を吐き出すと、背負っていたボロボロの革のリュックを放り出してその場に仰向けにゴロンと寝転んだ。
ボスッとリュックは大きめの音を立てて草原に沈んだが、彼はそれに頓着せずに体を大の字に広げて目を閉じる。
サラリと風が彼の頬を撫でる。涼やかな草の香りがフワリと匂う。サワサワと草の海が優しい音を立てる。陽光が彼の体を照らし、ポカポカと温かくする。
彼はひどく満ち足りた気分になって、ゆっくりと穏やかな笑みを浮かべた。
◇◆◇
彼の名はノボル。まあまあな腕の冒険者で、現在は好奇心を糧にひとつところに定住することなく一人でぶらぶら旅して回っている。目につく重厚な鎧やギラつく大振りの武器などは身につけておらず、その装備だけを見るならば冒険者というよりは旅人という方が似合っている男だ。
一人旅をするくらいの腕はある彼だが、それは専ら「ある~日~、魔物に出会ったら~あ、即逃げろ~」と全力で逃げの一手をとるからであり、それが通じるのはせいぜい下級の魔物までなので、それ以上の、例えば中級の魔物などに遭遇すればいくら全力で逃げたとしても生き残れる確率は低い。
実は今回、彼はビスの森の中で先程例えた中級の魔物にものの見事に出くわしたのだ。ビスの森は通常なら冒険者になりたてのGランクでも入れるくらい危険度の低い場所なのだが、最近になって低級どころか中級のモンスターまでその姿が確認されるようになった。彼も冒険者ギルドでビスの森について職員に尋ねた際にそのことは聞き及んでいたため、念入りに準備をし、周囲の警戒を怠ることはしなかった。元々常日頃から魔物の放つ殺気に気を払っていたのが幸いしてか、比較的すぐに魔物の存在に気づけたのが彼の命運を分けた。
魔物の殺気に気づいた瞬間、彼は自らの呼吸を絶って気配を極限まで抑え、あるいはビスの森が自然に放っている気配に同化させると、今度は魔物の殺気の鋭さを息を殺して伺う。まさか噂の中級じゃないだろうな、という彼の懸念は大当りで、魔物の放つ殺気は低級のそれを圧倒的に上回る鋭さだった。途端に彼の顔は青ざめ心臓がコサックダンスをおどりだす。気づくな、気づくなよ、よしよ~しその調子だよ、いいペースだ、うんうん、絶対気づくなよ~、まだだからな~などと頭の中でまくし立てながらソロリソロリと慎重に魔物から距離をとる。一刻も速くアイツから逃げ出したいという焦燥感と、今にも押し潰されそうなプレッシャーで全身がガタガタと震えている。もう十分距離をとれたと感じた瞬間、彼はようやく極限までたわめていた両足の筋肉を解放した。土を巻き上げながら、全力、それも死に物狂いで自身の二本の足だけを頼りになりふり構わず逃げに逃げた。相手がオークと呼ばれるパワー型の愚鈍な魔物だったのもあいまって、彼はなんとか五体満足で運よく逃げ切ることができた。がむしゃらに逃げた先、そして辿りついたのがこの草の海が広がる場所だったのだ。
・冒険者について
簡単に言えば冒険者とは冒険者ギルドに登録した者のこと。冒険者になるとギルドに依頼されるクエストが受けられる他に、登録した際にもらえる冒険者カードでささやかながら身分証明が行えるようになる、他国への入国がささやかながらスムーズになるなどの恩恵が得られる。その代わりにこと大規模な魔物の討伐にはほぼ強制的に参加しなければならないなど一部ギルドに縛られる面もある。
・ランクについて
うっかり内容を忘れてしまった。
※ギルドの受付嬢にもう一度聞き直す。
→今この行動は選択できません
→今この行動は選択できません
→諦めて続きの話を読む
・お金の単位について
何の因果か、ルクス、カロリー、ジュール硬貨と呼ばれる三種類の硬貨がある。1ルクスは日本円に換算すると約10円で、1000ルクスで1カロリー(約10000円)、100カロリーで1ジュール(約1000000円)となる。なお、全体的に異世界の物価は低いため、ジャラジャラと大量のルクス硬貨を持ち歩くハメにはならない。また、ジュール硬貨は素材自体が高いため、王侯貴族以外では滅多に出回ることはない。宝石と同じかそれ以上の価値を持つ硬貨なのである。
なお本作の主人公であるノボルがジュール硬貨を手にすることはおそらくほっとんど限りなくありませんので悪しからず。ノボルは一山当てたり成り上がれたりしません。ドンマイ。
(12/10/01)
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次回はもっとノボルを活躍させてやりたいと思うけどノボル無双や恋愛フラグや王道展開などは期待しない方がよろしいかと……。