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ナデシコの花

作者: おだアール

   ナデシコの花


 モミジ山の遊歩道では、人が散歩したりベンチで休けいしたりしている姿をよく見かける。頂上まで行くと町全体が見わたせる展望台にたどり着くが、ぼくの目的地は頂上ではない。ひみつ基地は遊歩道をはずれた林の中、大人の人はめったに来ない場所にあるのだ。


 数日前、ぼくらが見つけたひみつ基地で、タッくんはぼくに言った。

「シンちゃん、ここは、ふたりだけの秘密だからね」

「うん、ぜったい人には教えない。どんなことがあってもだよ。1年2組の仲良しにだって」

 ぼくらは、うでを組んで固くちかい合ったのだ。


 今日もぼくはモミジ山に向かった。クネクネマンのマンガを持って。

 ひみつ基地に行くときは、絶対に人に見られてはならない。ぼくは遊歩道から林に入る分岐点に立って、素知らぬ顔で道行く人をやり過ごす。そして、通行人がとぎれたときを見はからって、いそいでわき道に入るのだ。ときおり後ろをふり返りながら木立の中を進み、急な斜面にやってくる。ひみつ基地はこの斜面の中ほどにあるのだ。ぼくはもう一度まわりを見わたし、だれもいないことを確かめてから、下の方に向かって合い言葉をとなえた。

「ほんだらホイのホーイ」

 ひみつ基地の入り口から木の枝でピンクの花をゆすっているのが見えた。タッくんからOKの合図だ。

 ぼくは坂を下りて横穴に入った。そう、ここがひみつ基地。子供二人がぎりぎり入れる穴の中で、ぼくらは、外から入ってくる光をたよりに、頭を寄せてマンガを読んだ。


 次の日も、学校から帰るとランドセルを置いて、ひみつ基地に向かった。今日はオセロゲームをする約束だ。

 斜面までやってきて下をのぞきこむと、ひみつ基地よりずっと下の方で、タッくんがすわりこんでいるのが見えた。どこかのおばあさんといっしょだ。

「タッくーん、どうしたのーっ」

「おばあちゃん、そっからすべり落ちたんだって。動けないって。骨が折れたかも知れないって」

 おばあさんはしきりに足をさすっている。

 たいへんだ!

「人、呼んでくるから――。待ってて」

 ぼくはそう言って、いそいで林の中をもどっていった。


 あそこは、あのひみつ基地は――。なにがあっても、人にばらしちゃいけない場所。タッくんと固く秘密をちかった場所だ。

 でも今は、そんなこと言ってはいられない。だれか大人の人に知らせなきゃ。早く、早く知らせなきゃ。


 遊歩道までもどった。向こうの方から、若い男の人がジョギングしてくるのが見えた。ぼくは男の人の前に立ちふさがって言った。

「助けてあげて! おばあさん、けがしたの」

 ぼくは、男の人を連れて斜面にもどってきた。タッくんは、おばあさんといっしょにいた。ずっとつきそっていたようだ。男の人はそのようすを見て、タタッと斜面をかけおりていった。そして、おばあさんの足のぐあいを見て、タッくんになにやら声をかけた。タッくんは大きくうなずいた。おばあさんは、笑ってタッくんの頭をなでた。

 男の人がおばあさんを背負って登ってきた。タッくんはおばあさんのサンダルを持ってついてきている。


 ひみつ基地のあたりまで登って来て、おばあさんが言った。

「ほら、あそこにさいてるナデシコの花。あれ取ろうとして、すべっちゃったのよ」

 基地の入り口のピンクの花。ぼくらが合図に使っている花だ。

 男の人は穴の方に向けて、からだをかたむけた。おばあさんは手をのばして花をつんだ。


 そのとき、男の人が言った。

「おやっ、あんなところにオセロばんが……」

 男の人は、ぼくとタッくんを交互に見、にやっと笑って続けた。

「ははーん。おもしろいところに、かくれ家つくったな」


 ぼくとタッくんは顔を見合わせた。あーあ、ばれちゃった。


 ナデシコの花がゆれた。笑ったように見えた。

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