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異世界行商譚  作者: あさ
斯く為すべき者
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行商譚の終わりに

 部屋の外が騒がしくなり始めた事を察知したヴィスは、大男2人と対峙しながら、優斗へと目配せする。

 優斗はそれを受け、扉とルエイン達、両方から離れた位置へ、じりじりと移動し始める。


「ルエイン様、騎士を中へ」

「あぁ。誰か!」

 ルエインの声に応えるように執務室の扉が開かれ、3人の騎士が部屋の中に現れる。


 乱入者を予期していた優斗たちは、そのおかげもあり背後を取られる事は避けられたが、唯一の出入り口である扉が封鎖されてしまい、退路を失った形になる。


「形勢逆転、なのですよね? 優斗さん」

「えぇ、その通りですよ、ハリスさん」


 ルエインから追加の指示は無く、対立しているらしい2人は笑いあっている様に見える。そんな状況で自分達は何をすべきか迷った騎士達は、部屋を見渡す事で現状の把握に努める。


 不安そうなクシャーナを背に庇う護衛の女従騎士。それを更に優斗とその両隣に立つ2人の少女が守っている、ように見える。すると必然、厳つい大男2人はクシャーナに、そしてそれを守る者達に襲いかかろうとしている様に見え、その後ろに居るルエイン達はそれを指示している様に見えてしまう。


 ユーシアの騎士と言う立場で考えれば、クシャーナを攫った者と取り戻そうとするルエインと言う構図になるのだが、騎士団の者達や屋敷の侍女などはユーシア家の内情に触れる機会も多く、ルエインの悪行の真実を聞き及んでいる者も多数存在する。特に侍女はおしゃべりですぐに噂が広まる。


「ルエイン様、僭越ながら私から騎士の方たちに指示を出す許可を頂きたい」

「あぁ、任せる」

「ありがとうございます。

 お前たち、そこの輩を地下牢まで丁重にお連れしろ。クシャーナお嬢様も一緒にだ」


 最後の一言に、騎士の内2人が驚き、激怒してふざけているのかとハリスを睨みつける。

 ハリスと言う部外者から示された、クシャーナの捕縛命令。それは長くユーシアに仕えており、クシャーナを幼少期から知っている2人にとって、我慢ならない内容だった。それでももしユーシア家の当主であるルエインが直接口にしていれば、納得はせずとも実行はされたかもしれない。


「早くしろ。これは当主であるルエイン様の命令だ」

「しかしながら、クシャーナ様まで地下牢に入れろと言うのは」

「以前にも似た様な事があっただろう。それと同じだ」


 それでも動き出さない騎士達に、ハリスは苛立ちを覚え始めていた。

 既に自分の勝ちは決まっていると確信している彼にとって、唯一の不安要素は優斗の行動だけだ。捕縛して身動きを封じてしまえば憂いは消え、後はルエインに、領主になれたのは誰のおかげであるのかをさりげなく伝えるだけだ。


 何故騎士たちはさっさと行動に出ないのか。その理由を考えていたハリスは、反論して来る騎士の1人に見覚えがある事に気付き、その理由を推測する。

 彼はユーシア騎士団には珍しい、他領からの出稼ぎにきた男だ。彼はユーシア独立に際して、家族と会えなくなるからと騎士団を辞して故郷へ帰ろうとしたところを、ルエインが引き止めたと言う経緯を持つ。ならば家族に対する憂いを無くしてやればと考えたハリスは、彼に最新情報を伝えてやろうと考え、口を開く。


「よく聞け。この度ルエイン様は、ルナール公国に認められ、ユーシアの領主となった。そうですな、ルエイン様」

「あぁ」

「それは違います」


 否定の言葉を吐いたのは、藍川優斗前ユーシア領主だ。

 彼はにこりと笑って二歩下がると、先程まで後ろに庇っていたユーリスからクシャーナ受け取り、肩を抱いて前に押し出す。


「現領主継承権保持者は、このクシャーナ・ユーシアです」

「ひぇ? へ? え、えぇぇぇぇぇ!?」


 クシャーナはそのギフトにより、あの契約内容が優斗にとって想定の範囲内だと知っていた。故に、変更された内容をあっさりと受けて不自然と見られない様にと形だけでも反論をしていた優斗の言葉をあえて否定する事で援護と攪乱を行ったりもしたが、その真意まで知っていた訳ではない。


 そんな訳で優斗側で唯一驚いているクシャーナの絶叫を無視し、優斗は彼女を再びユーリスに預けると、フレイとヴィスの間へと戻る。

 そしてさりげなく回収していた優斗保管分の契約書を手に持つと、それを見せつける様につき出し、語り始める。


「私が交わした契約は、領主の資格と資質を持つ者にこれを継承する、と言うものです。間違いありませんよね?」

「そうだ。だが、ユーシア家に資格を持つ者は居ない今、それはルエイン様のも――」

「資格保持者なら、ここに居ます」


 背後のクシャーナを示しながら、優斗は、何を言っているんですか、と物わかりの悪い相手を諭すように、少し呆れた様な声色でそう告げる。

 それは普段であれば不快感を覚える様な言動であったが、優斗が馬鹿な事を口にしていると考えているハリスには、負け犬の遠吠えにしか聞こえない。


「領主を継ぐ権利を持つ者の条件を、優斗さんはもちろんご存じですよね?」

「えぇ、もちろん」

「でしたら、クシャーナお嬢様が優斗さんの後を継げない理由も、ご存知ですね?」


 ユーシア公国において、領主を継承する為には幾つかの条件が存在する。

 その中の1つに、一定の血縁関係にある事、と言う項目がある。これはあくまでルナール公国が認めた家の者を領主とする為に存在する取り決めであり、養子縁組や配偶者となると言う方法で、ルナール公国の認めていない家系が領主になる事を防ぐ為の項目だ。


 それにより優斗が領主であるが故に、継承と言う言葉を使えばハリスがルエインに説明した通り継承者なしとなってしまう事になる。それを利用し、ハリスは違約事項を設け、譲渡と言う文言を使った上で、ユーシア家と言う曖昧な表現を個人名に変えた事をルエインに納得させた。優斗の指摘通り次代に告げなくなる可能性はあるが、ハリスにとってそれはあまり重要ではない。


「いいえ、クシャーナ・ユーシアにはその権利が存在します」

「優斗さん、それは貴方の勘違いです。いえ、違いますね。恐らく貴方は、ソレを知らないだけだ」


 そう断言するハリスに向けて、優斗は更に別の紙を指し示す。

 それは、優斗がユーシア領の領主を継承する事を、ルナール公国が正式に認める書類だ。ハリスは優斗が領主権の購入、すなわち新たに領主となる家として認められたのだと考えていた為、予想外の内容に目を見開いてそれを凝視する。


「なっ、ありえな――」

「私は前任のクシャーナ・ユーシアから領主の地位を受け継ぎました。当然、その逆も可能です」


 一分の隙もない営業スマイルを浮かべている優斗だが、内心では自分の発する次の言葉に、背後に庇う少女がどんな反応をするのか僅かに不安を覚えていた。同時に、申し訳なさも。


「私とクーナは、3番目に属する血縁です」


 3番目に属する血縁、すなわち2親等の間柄であり、その続柄は兄弟、もしくは祖父と孫。


「……は?」

「はぁ!?」

「やっぱり」

「へ?」

「まさか」

「……?」

「あぁ」


 優斗があえて誰にも知らせていなかった秘密が解き放たれ、場が騒然となる。

 それも当然だろう。ユーシア側からすれば、アイントの隠し子発覚と言う事態だと考えられるのだ。それ自体は珍しい事ではないが、現状を鑑みるに、国が優斗の存在を認め、領主となる権利を与えているのだから、そうはいかない。

 逆に優斗側の人間は、あまりにそっくりな特徴を持つ二人が兄妹であると言う誤解に、驚く者や納得するモノが続出している。ちなみユーリスは納得しており、クシャーナは驚き疲れたのか、驚いてはいるが反応が薄い。優斗の隣に立つヴィスは相変わらず無表情だがクシャーナを守る理由が増えたとばかりに更に気合が入っており、フレイはどこかほっとしている。


「出鱈目だ!」

「何故そう言いきれるのですか、ルエイン様?」

「我らの父、アイントは誠実な男だった! 隠し子などありえん!」


 その叫びは優斗の言葉を否定したいが為に出た悪あがきとも言えるモノではあったが、クシャーナもその意見を支持してしまう程には正しいモノでもあった。クシャーナの同意には、この年齢の少女特有の潔癖さに由来する、そうであって欲しいと言う希望も含まれている。


 アイント・ユーシアが事実誠実な男であったのか、優斗は知らない。だが、自分が不誠実な対応をされた子供でない事は知っていた。


「これが、その証明です。何でしたら、ここでもう一度確認しても構いません」


 優斗が新たに取り出したものは、公国から正式に発行された、2枚の血縁証明だ。

 1枚目はクシャーナ及びアロウズが同じ両親から生まれている事を証明する内容が書かれており、2枚目はアロウズと優斗が3番目の血縁であり、クシャーナからユーシアを継ぐ権利があると証明すると言う内容が書かれている。


 これにより、優斗が正式にクシャーナと血縁である事が示され、領主を継承した事、それを更にクシャーナに還した事が正当であると証明された事になる。


 優斗とクシャーナが血縁である可能性。それは2人の姿を見比べれば、容易に予想する事が出来たはずだ。それにも関わらずハリスがソレを考慮していなかった理由は、幾つか存在する。

 例えば、ユーシア家が公国の領主であった際の継承順位を知っていた事。当然、その中に優斗の名前はない。

 それ以外にも、クシャーナが政略結婚を蹴った際に、自分には心に決めた相手がいると彼の名前を出したと言うモノもある。ユーシアを守る為にクシャーナがルエインから領主の地位を奪い返そうとしている事をハリスは知っていた。そして濃すぎる血縁との婚姻は、子が継承者の権利を得られなくなる為、領主の地位を得る際に不利となる。


 そして何より、遺伝の法則など知らないこの世界の住人である彼は、優斗やクシャーナの中途半端に色づいた肌を、単純に帝国の黒と公国・王国の白が混ざって出来た中間色だと勘違いしていた。


「騎士の皆さん、選んで下さい。

 自称ユーシア独立領の、自称領主であるルエイン様か、ルナール公国に認められたユーシア領主であるクシャーナ・ユーシアか。どちらにつくのか」


 優斗の言葉に、まず2人の騎士が大男と優斗の間に割って入る事で答える。次の瞬間、我に返ったトーラスも同じ位置に立つべく移動したが、後ろから優斗に引き寄せられてクシャーナを護衛する位置に配置されてしまう。


「形勢逆転、だったでしょう?」

「―――っ!!」


 優斗が最後の騎士に視線を向けると、彼は扉の外へ走り去ってしまう。

 まぁいいか、と優斗が外に目を向けると、遠くから気球がやって来るのが見えた。そこにが大きな垂れ幕がかかっており、ルエインが失脚し、新領主が立ったと書かれている。そこに新領主の名前が無いのは、そう言ったパターンの交渉も考えていたからだ。


「では、お2人はどこかの部屋に見張り付きで閉じ込めて置いて下さい。そちらの2人は国外退去です。王国にでも送って行ってください」


 ルエインが喚き散らす中、ハリスと大男2人は大人しく優斗の指示に従い、部屋を辞した。状況を打破するにも独力では厳しく、ならば2人が報告を行う事で救助の手が来るのではと期待したからだ。当然、ロード商会が国を正面から相手取ってまで彼を助けに来る事はない。


「えーっと、お兄ちゃん?」

「ん、どうかした?」


 新たに数名の騎士が現れ、ルエイン達が護送されていく姿を見送った優斗は、表面上は平静を保ちながらも内心ではびくびくとしていた。

 隠していたつもりはない。それでも、結果的にそうなってしまった感は否めず、クシャーナを傷つけてしまったのならば全面的に自分が悪い。そんな風に考えていた。


「その、本当にお兄ちゃんなんですか?」

「偽物ではないかな」


 優斗がその呼び名と勘違いされているであろう続柄が同じである事に気付いたのは、返答して少し経った後だった。同時に、自分の言葉が誤解を招いている事にも気付いており、それが彼女の父親を貶める事になっていると、慌てている。とは言え、優斗の感覚で言えば3人も嫁がいる時点で誠実も何もないのだが、それは倫理観の違いなので無視しながら、優斗は否定する。


「違う違う」

「え? でも、さっき」

「あー、うん。実は、お兄ちゃんじゃなくて、おじいちゃん」


 優斗の衝撃的な告白に、しかし今回は誰も大きな反応を示さなかった。全員が、さすがに冗談だと判断したからだ。唯一、嘘を見抜けるお孫さんを除いて。


「え、い、や、え? でも、21歳って」

「それはちょっと、色々事情があって」

「おじいさまならおかあさまはおいくつのときにうまれてでもおかあさまがわたしをうんだときは」

「どう、どう。落ち着いて。深く考えたらダメ」


 頭をくらくらさせるクシャーナに、優斗はどう対処して良いかわからない。ならばと、優斗が取った行動は、問題を先送りにする事だった。


「それよりも、先にやらなきゃいけない事があるから、手伝ってくれる?」

「は、はい!」

 両肩に手をおかれたクシャーナは、目の前に迫った優斗の顔に慌てながら姿勢を正す。


 優斗の方は、周りから向けられる様々な種類の視線に冷や汗を流しながらも、勢いで誤魔化せないかなと考えながら、今、やるべき事を口にする。


「まず、ユーシア家の使用人と、ユーシア騎士団は接収と言う形で新領主が貰い受けるという筋書きにする予定。あと、ユーシア家の親族は基本的に帝国辺りに逃げて貰うって事になるけど、それで良い?」

「あ」


 裏切り者を見過ごしてくれるほど、国家と言うモノは甘くない。ならば、責任を取る者が必要になる。それを誰が担うのか、優斗は口にする事を躊躇している。それでもそれが事を起した自分の責任だと、頭を下げて絞り出すように声にする。既にクシャーナは気付いているが、それを理由に言葉にして伝える事から逃げようとはしなかった。


「申し訳ないけど、クーナの兄であるルエインの処遇は、ルナール公国が決める事になる。多分、ハリスさんも」

「それは、その。仕方のない事だと、思います」

「ホント、ごめん。でも、他の親族は名目さえ立てれば目を瞑って貰える事になってる」


 クシャーナと、彼女の親族の大多数を救う為に、首謀者である1人を生贄に捧げる。優斗が公国と交渉した末にはじき出した妥協点がそれだった。顔見知りであり、クシャーナの兄でもあるルエインや、先に騙し、裏切った形になるハリスを差出す事はそれなりに心苦しかったが、それでもクシャーナと、その約束とは比べるべくもない。


「とりあえず、全員にどうするか確認したい。行くあてや嫁ぎ先があるって言うなら、独立前に出て行った事にしたいから、至急」

「はい」


 こうしてユーシア奪還の事後処理が始まる。

 最低限、優斗が来た時には既にいなかったと言う体を保つために、家を出たい人間はその報を侍女から聞いてすぐに出て行って貰い、疑い深い人間にはクシャーナが説明と説得を行った。1つリスクが増す事になるが、本人がごねたのだから仕方のない事だと優斗は割り切って処理して行く。


 家を出る事を希望する人間のほとんどが屋敷から去った後、優斗の前には1組の男女が座っていた。彼らは番いではなく、兄妹だ。

 2人はここに残りたい者を代表して、この場にやって来た。いや、代表していると言うのは語弊がある。居残り組で唯一、優斗に直談判に来た2人組と言うのが正確なところだ。


「で、えーっと、名前を知ると色々と面倒なんで、お兄さんと妹さんと呼ばせて貰います」


 2人が揃って頷くと、優斗は頭をぽりぽりとかいて隣に助けを求める。

 現在、ユーリスはライガットとの感動の再会を演出する為に父親の元へ向かっており、ヴィスは気球に乗っているチャイと連絡を取る為に席を外している。そしてフレイは後ろに控えているので、助けを求めた先に居るのは、現・ユーシア領主であるクシャーナだ。


「私からもお願いします、お兄ちゃん。なんとかお姉さまとお兄様がここに留まれるように、お願いします」

「と、言われてもなぁ」

 ルナール公国の騎士と使節がルエインの身柄を確保しに来た時点で、親族の誰かが残って居れば一緒に連れていかれても文句は言えない。


 優斗が交わした契約はそう言うものであり、クシャーナの様に何か理由が無い限り、ここに滞在し続けるのは危険が伴う。


「俺はどうなっても構わない。コイツだけでも、頼む」

「そう言われても。と言うか、なんでまた?」


 優斗が疑問に思うのも当然だ。

 何故なら、目の前の男は騎士団で働いていた人間であり、腕は確かであるとも聞いている。ならば自分1人はもちろん、兄妹2人で暮らす程度に稼ぐことも難しくないはずなのだ。働き口に当てがないなら紹介する準備もあると伝えたのだが、彼はそれに難色をしめしている。


 もしここで、生活レベルを落とす事への不満や、平民として生きて行くなんて出来ないと口にしたならば、優斗は何としてでも追い出した事だろう。それが嫌ならどこかへ嫁ぐか養子縁組でもしろと既に告げてあり、受け入れ先も幾つか準備している。シーア公の覚えが良く、気球などと言う超技術を保有するユーシアと繋がりを持ちたい貴族や領主は、侯爵家と伯爵家のコネもあり、それなりに準備する事が出来た。


「ガ、いえ、お兄様。私はお兄様と一緒なら、どこへでも」

「ダメだ。それじゃお前が!」

「……クーナ、説明」


 茶番を見せて同情でも買おうと言うのだろうか。

 いい加減面倒になり、そんな風に考え始めていた優斗はクシャーナに説明を求め、それを聞いて己の思慮の浅さを反省する事になる。


「お姉さまは重いご病気で、お医者様のお世話にならなければ普通の生活も儘なら無いんです」

「あー、そう来たか」

「発作を抑える薬が俺の稼ぎで買えるなら、俺がコイツを守れるなら……!」


 悔しそうに俯く兄に、妹が、ごめんなさい、と頭を下げる。

 相変わらずの茶番だが、クシャーナから告げられた真実に、優斗は、それは想定していなかったと、頭をかきながらどうしようと考え始める。


 兄の方だけならば冷たくあしらう事も吝かではない優斗だが、俯き気味に、申し訳なさそうに、そして恥ずかしそうにしている妹の方を見ていると、見知らぬ男に嫁げとも、どこか見知らぬ土地で、誰とも知らぬ相手の娘になれとも言い辛い。同じ様に大量のお金が必要と言う主張なのだが、贅沢をしたいからと理由の人間にはそう言えても、生死に関わる事柄であると言われれば、それならば仕方ないかもしれないと考えてしまう程度には、優斗は甘い。


「とは言え、ここに残るのは結構危ないから」

「そう、か」


 優斗の申し訳なさそうな態度に、もとより妹を守りたいだけであり、悪意のあった訳ではない兄が項垂れる。

 そんな手詰まり、とも言える状況に救いの手をもたらしたのは、優斗の後ろに控えるフレイだった。


「優斗さん、私に良い案があります」

「え、ホント?」

「はい。この案を実行する場合、全て私の言う通りにすると誓ってくれるなら、教えてあげます」


 悪戯っぽい笑みを浮かべるフレイに、優斗はとても嫌な予感を覚えた。

 出来れば頼りたくない、でも良い手は浮かばない。優斗は仕方ないと半ば諦め気味になりながら、それでも一応と悪あがきを口にする。


「まず、話を聞かせて貰ってから決める、のはダメ?」

「いいですよ。でも、1つだけ誓って下さい。ユーシアの皆さんを助ける他の手が見つからない時は、必ず私の言った通りにすると」


 あっさりと受け入れられた事に、そして当然とも言える条件に、優斗は深く考えずに頷いた。

 それがフレイの罠であるとも気づかず。


「まず、クシャーナ様。領主の継承を一時保留して頂けますか?」

「はい。もとよりそうするつもりです」

「へ?」


 クシャーナの予想外の言葉に、優斗が唖然とする。

 唐突に領主になる事になったクシャーナは、それにも関わらず自分がユーシアを守るのだと決意表明し、優斗はそれを助けたいと思っていた。それをあっさりと、一時的にとは言え手放してしまった事に、優斗は自分の努力が否定されたような気がして、複雑な心境だ。


 ちなみに、クシャーナが望み、約束したのは優斗と共にユーシアを守る事であり、自分が領主であるのは当時の前提条件であっただけで、絶対条件ではない。ならば、優斗にその権利を保持させておく事でユーシアに繋ぎとめておこうと言うのは、合理的な判断と言える。


「そしてユーシア領主・藍川優斗さん」

「あ、うん。何?」

「後宮を作って、打ち負かした家の女性を片っ端から側室に娶って下さい」

「あー、なるほど。って、いやいや無理無理」


 ルナール公国と交わした契約は、名目無き者は処罰の対象となると言う様な内容だ。ならば、名目を作れば良い、とフレイは考えた。その名目と言うのが、側室化だ。

 優斗の商談結果は、家1つを相手取って戦争を仕掛け、勝利したと言う状況に等しい。ならば戦利品として何かを得るのは間違っておらず、既に優斗は家屋敷と使用人のほとんどを接収すると言う名目で、救っている。ならば戦利品に人間、主に女性が入って居ても、なんの問題もない。


 優斗はそこまで気づいて、慌てて代案を探し始める。領主の地位など優斗には荷が重すぎるし、何より後宮を持って複数の側室を娶るなどと言うのは、彼の抱える常識的にも倫理的にも、何より優斗の精神安定的にもありえない事柄だ。


「どうですか?」

「いや、待て。可愛い妹を、何処の誰とも知らん相手の側室になどと――」

「もちろん、側室になったからと言って無理やり、なんて事が無い様に、私がきちんと見張っていますので」

「えっと、その。いいんで、しょうか?」


 妹の方がおずおずと告げ、それに困り顔で応える優斗と目が合い、照れたように再び俯く。

 そんなまんざらでも無さそうな反応にフレイを眉を潜め、兄の方は妹を誑かす悪い虫とばかりに優斗を睨みつける。そしてクシャーナは、名案を思い付いたとばかりに立ち上がる。


「あ、じゃあ私が正妻になってお兄ちゃんがお姉さまに悪さしないよ――」

「孫で次期領主でもある人間が正妻と言うのは、問題ありではありませんか?」

「う、で、でも」

「ですので、私が正妻になります」

「は?」

「正妻も無く側室だけいると言うのも、体面が悪いでしょう?」


 別に体面が悪い位、と口にしようとした優斗だが、それが叶う事はなかった。

 何故なら、フレイの言葉はそこで終わりではなく、むしろその後の方が重要であり、優斗はあっさりと頷いた過去を後悔する事になる。


「それに、この方法を取るなら私の言う通りにしてくれるって、約束してくれましたよね?」

「……あ」

「商人が口約束とは言え、契約を反故にしたりはしませんよね?」


 追い詰められた形になる優斗だが、どう知恵を絞ってもこれ以上の案は生まれて来ず、仕方なく基本的にはフレイの提案通りにしようと覚悟を決める。

 そして、商人だからと指摘されたからと言う訳ではないが、商人らしく値切り交渉を開始する。


「わかった、けど、正妻になるのは無しで」

「そこも含めて、私の提案です。約束通り、お願いします」

「じゃあ、フレイの提案を元に、正妻を置かない方法と言う事で、別案として実行する」

「あ、ズルい」


 細かい指定まで案とするならば、一部変更により別案扱いとする。そんな優斗の主張に、フレイは自分を優斗の傍付き――秘書の様なモノ――に雇い入れると言う条件で頷き、話は決着となる。


 ちなみに、残っていた唯一の男である兄の方は、一時的にユーシアの外へ出て行き、公国の使節をやり過ごしたら戻って来ると言う事になった。それなりに危険を伴う事にはなるが、どうしても妹の傍に着いて居たいと言うシスコンっぷりを発揮し、強引にそう決めてしまった。念の為、優斗は彼を先の戦争の傷が原因で死亡と言う扱いにして、戻って来た後は別人として騎士団に入り、従騎士として働くと言う事とした。

 この件が切っ掛けで、多くの元ユーシア家の者が同じ手法でユーシア騎士団に出戻りし、色々と面倒事が発生するするのだが、優斗はそれをまだ知らない。


 こうしてユーシア奪還作戦は成功裏に終わりを迎え、優斗が下準備として各村を回っていた事もあり、順調にユーシアは彼の支配下に収まる事となった。



 全てが終わった優斗は、フレイとヴィス、そしてクシャーナの3人に囲まれていた。

 正確に言えばヴィスは囲んでいる訳ではなく、護衛として後ろに控えているだけなのだが、ソファーに座る優斗からすれば、背後に立っていると言うだけで十分に圧迫感がある。


「あー、ヴィス。ここに座って」

「護衛中」

「いいから、座る。命令。判った?」

「……うん」


 正面のソファーに並んで座る2人から冷たい視線を受けながら、優斗はヴィスを隣に座らせると、その頭を撫でる。それはヴィスに対し、ご褒美をあげる為に呼んだのだからそこで大人しくしている様にと告げる為の行為であった。そして隣に座らせた本当の理由は、正面に座るどちらかが突撃して来る事を事前に防止する為だ。そう言った意味では、ヴィスは今、間違いなく優斗を守っていた。


「色々とお疲れ」

「うん」


 羨望と叱咤の混じった視線を無視しながら、優斗はこのまま小動物的な可愛さを携える少女の頭を撫で、髪を梳きながら現実逃避をしていたい衝動に駆られるが、それでは何も解決しないと思い直し、後ろ髪を引かれながらもその手を一旦放す。


「で、なんだっけ?」

「私が孫ってどういうことですか!?」

「何時、誰と子供を作ったのか、洗いざらい白状して下さい」


 やはりそう来たか、と優斗は自分の頭を掻き毟る代わりに、隣にちょこんと座っているヴィスの髪を優しく梳いていく。その鎮静効果に癒されながら、同時に目の前の2人に対する興奮剤となっている事に、彼は気づかない振りをした。


「えーっと、ほら、フレイは知ってるだろうけど、俺には由美って言う将来を誓った女性が居たんだけど」

「その人との子が居た、と。亡くなる前に?」


 フレイが問い詰める中、クシャーナは口をぽかんとあけて驚いている。それは、自分の祖母と同じ名前だったからだ。

 そこでようやく、そう言えば何時かの山の中でもその名を聞いた事を思い出し、それは事実であるのだと、クシャーナは改めて納得する。


「で、そいつが娘にユウって名づけた。その子がクーナとアロウズの母親」

「確か、クシャーナ様を出産された時に亡くなったとか」

「はい、そう聞いてます」


 会話を続けながらも、優斗の手はヴィスの髪を触り続けている。それに我慢がならず、物申したのはクシャーナだった。


「お兄ちゃん!」

「どっちかと言うとおじいちゃんな訳だけど、何?」

「真面目な話をしている時に、女の子の髪を触るのは止めてください」

「あ、ごめん」


 半ば無意識に触れ続けていたヴィスの髪の感触を、この場において唯一の癒しだと感じていた優斗は、とても残念そうに再びその手を離す。

 そして続くクシャーナの言葉に真面目に耳を傾けるべく彼女を見つめ返す。


「触るなら私の髪にっ」

「おい、真面目な話はどうした」

「やっぱり孫と言われても納得できません! 私も正妻に立候補しますっ!」

「第一候補は私です」

「……?」

「ヴィス、頼むから君は俺の騎士で居てくれ」

「わかった」


 自分も手を上げるべきかと優斗の様子を伺うヴィスに三度癒されながら、優斗は頭をかかえる。


 側室が居るのだから正妻も持つべき。そんな2人の主張に、すぐに領主の座を譲るから不要と説明した優斗だが、ここで1つ問題が発生した。

 公国では、特別な事情が無い限り15歳を超えない者は領主を継がないと言う慣例が存在すると言うのだ。クシャーナの様に国が指名したり、その子しかいない場合などがあるので公国法には載っていないのだが、破れば非常識だと取られかねない、とはクシャーナの言葉だ。


 今すぐにクシャーナが領主になる分には、問題は無い。それは国から継承権譲渡許可が出ているからと言う訳ではなく、今回の件において表向きは優斗の継承は伏せられており、単にクシャーナが独立領からソレを取り戻したと言う事になる予定だったからだ。これは、今回の件が単なる家督争いであり、公国の管理能力に問題があった訳ではない、と言う形で納めたいと言う思惑から出た筋書だった。だからこそ、一時的にでも優斗が領主になると言う事は、家督争いの勝者が優斗である、と言う事になってしまう。


 そうなれば、クシャーナに領主の座を譲る為に、最低でも彼女が15になるまで待つ必要が出てくる。もっとも、優斗が家督争いに勝利したとされる事を鑑みれば、それでも不自然さが残る為、国に認められるかどうかは五分五分言ったところだろう。

 無理矢理押し付ける事は可能であるが、クシャーナが軽んじられる事を良しとする優斗ではなく、国に睨まれる事も出来れば避けたい。故に、そう言った理由であればしばらくの間、自分がお飾りの領主となる事も吝かではないと、優斗は既に返答している。ならば4年も正室が空位では不自然であると言うのが2人の主張だ。そして、クシャーナとフレイには側室の誰かがその座を狙って来るのではないかと言う不安もある。


「提案しておいて何なんですが」

「ん、何?」

「側室の方々は仕方なくその地位に甘んじているんですから、本当に手を出しちゃダメですよ?」

「そりゃ、まぁ、うん」


 あの妹さん以外にも、何人かやむを得ない事情で残った女性が、既に側室と言う形で処理されている。姉妹どころか母娘ごととかどんな鬼畜だよ自分、と頭の痛い事実を思い出しながら、優斗はまた自分が由美に対して不実を働いているような気がして、罪悪感を覚えていた。

 同時に、少しでも早くこの状況から抜け出す為に、どうにかシーア公に頼んで領主交代の命令書を作って貰おうと優斗は考えていた。もちろん、優斗を公国に縛り付けておきたいと考えている彼がそんな命令書を出すはずがない。


「そう言えば、チャイも後宮に入れると小耳にはさんだのですが」

「いやいや、言ったけど違うよ? 侍女として働かせるだけデスヨ?」


 戦々恐々としながら、優斗は迂闊にもそれを口にしてしまった事を思い出す。

 優斗の説得に現れた妹さん。彼女の事を心配する、一時的にとは言えユーシアを出る事になった兄に、心配なら自分の従者を付けると言ってしまったのが事の発端。兄の方に問い詰められ、クシャーナよりも年下の女の子だと告げると、何故か妹の方がとても乗り気で、いつの間にか兄が戻るまでと言う期間限定で侍女として預ける事が決まっていた。


「まぁ、とりあえず側室には手は出すな、正室を迎えろ、が2人の主張って事で良い?」

「正確には、私を正室にしてください、です」

「私はやっぱり、ずっと空位でもいいかな、って思い始めてます」


 クシャーナが突然意見を翻したのは、もちろん自分がそこに収まる事が難しいと判断したからだ。それでも今すぐにではなく、じっくりと攻めれば何か手はあるのではと考えた結果、正室がいなければ孫であり、同時に次期領主でもある自分は色々な理由を付けて優斗を独占できるのではないかと考えたからだ。


 その後も2人と色々と言い争う事となったが、その度に優斗はヴィスから癒しを受けながら「前向きに検討します」とお茶を濁す事で逃げ切った。


 優斗を取り巻く騒ぎも治まり、フレイとクシャーナをヴィスと同じ様に交代で撫でると言うイベントを終えると、部屋に静寂が訪れる。

 そして、自分の目的の中で1つの山場であるユーシア奪還を終えたのだと実感した優斗は、直前の馬鹿騒ぎすら愛おしく感じながら、想い人の事を思い出していた。


「そう言えばさ、クーナ」

「はい、なんですか?」


 彼女を忘れる事はない。

 それでも、今が楽し過ぎて彼女を思い出さない日々がやって来る事が、優斗には恐ろしかった。


「今度さ、クーナの両親のお墓参りとか、いかない?」

「……はい、是非」


 ユーシア領主、その地位を降りた後もここに残ってクシャーナをサポートし続けるつもりである優斗は、それを忘れない為にも、それは必要な事だと考え、提案する。


「それと、出来れば君の母親であるユウの母親、お婆さんの墓も」


 彼女の墓の前で、優斗は今までの事を包み隠さず報告するつもりだった。

 自分を慕ってくれる少女たちを紹介し、ついでに後宮を持つのは不可抗力であると言い訳する。

 何より偶然にも名乗る事になった、行商人・藍川優斗の歩んできた道のりと、由美との約束を果たし続けて行く誓いを捧げる為に。


「え? 御婆様が没したと言う話は聞いていませんけど」

「へ?」


 そんな彼の長い様で短かった行商物語は、ここで幕を閉じる事となる。


「領主辞める! 今すぐ辞める! ほとぼりが冷めるまで旅に出る!」

「え、お兄ちゃん、どうしたんですか?」

「優斗さん、顔が真っ青ですよ?」

「優斗、どうかした?」


 しかし、彼の物語はまだ続いていく。

 彼らが歩む道のりは、まだ半ばも過ぎていないのだから。

異世界行商譚、これにて閉幕です。


長い間お付き合いいただき、本当にありがとうございました。


ここまで読んで下さった皆様に、心より感謝の言葉を申し上げます。




後日追記:短編に少しだけ続きます。

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― 新着の感想 ―
[一言]  とある方の紹介からこちらの小説を読ませていただきました。  最初の入りから次の展開はどうなるのだろう?この人たちとの関係はどうなるの!?商談特有のワクワクやハラハラがたまらなく面白く感じま…
[良い点] 心が震えるほど面白かったです。 キャラクター、行商、主人公の奇妙な人生、誠実な愛。すべてが完璧です。 私の中では最高の作品の一つとしてずっと心の中に残り続けると思います。 [気になる点] …
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