表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界行商譚  作者: あさ
斯く為すべき者
87/90

貫くべきエゴ

 ユーシア到着後、2日ほどゆっくりと休息を取った優斗は、次々と入って来る報告を確認しながらのんびりと過ごしていた。


 そして様々な状況確認を終えた次の日、早めの昼食を摂ると宿を後にした。

 向かう先はもちろん、自称ユーシア独立領の自称領主様が住まう屋敷だ。


「すいません。ルエイン様にお取次ぎ願えませんか」

「面会を希望するならまずは書面で、って、あんた確か」

「お久しぶりです。ご無事なようで何よりです」

 優斗の言葉に、門番は満面の笑みを浮かべる。


 彼は戦争が勃発する以前からここの門番職に就いており、当然、ここに住んでいた事もある優斗とは顔なじみである。そんな相手との久しぶりの再会は、お互いに無事生き延びていたのだと言う意味も含めてそれなりに感動的な場面だ。もっとも、優斗は先日の偵察で彼の無事を既に知っていたのだが。


「それで、取り次いで貰えませんか?」

「ん、あぁ。とは言え、さすがに無断で中には入れられんからな?」

「えぇ。むしろ、入れてくれると言ったら、門番が職務を放棄していたと報告しなきゃいけなくなります」

 優斗の冗談に、門番はそりゃそうだと大笑いする。


 一頻り共に笑うと、優斗は懐から手紙を取り出し、門番に手渡す。ルナール公国ユーシア領を担うユーシア家の紋章が刻印されている封筒に、先程から何事かとこちらを伺っている彼の相方が驚く。


「おう、新人。しばらくここ、任せていいか?」

「はい。でも、新人は止めてくださいって」

「はっは。ちらちらと後ろの別嬪さん達を見てるようじゃ、新人卒業は遠いぞ」

「なっ!?」

「バレバレだ。門番なら門番らしく、ちゃんと周囲を見張ってろ」


 そう言って門の中へと入って行く姿を見送りながら、優斗は内心で、貴方も人の事言えないでしょうが、とつっこみながら苦笑する。

 残された新人は門番の彼の言葉を実践すべく広い視野を持とうと懸命に努力しているが、注目しない様にと気を付ける事で逆に女性陣の居るあたりへの警戒が緩んでしまっている。


 そうして待たされる事20分、門番の男は執事らしい男を携えてこの場へと戻って来る。


「お会いになるとの事です。

 ところで、後ろの2人は貴方様の従者と考えてよろしいか?」

「えぇ、その通りです」


 優斗の合図で、フレイが淑女の、ヴィスが騎士の礼をとり、執事はそれに右腕を胸元で折って紳士的に返礼する。

 その姿は中々様になっており、優斗は記憶にない相手である事を頭の中で再確認すると、注意すべき人物リストに追加しておく。


「その、大変申し上げにくいのですが、そちらの女性の肩の」

「ルエイン様にもお見せしたいのですが、ダメでしょうか。お見せしたらすぐに外へ出しますので」

「危険な動物の持ち込みは、ご遠慮願います」

 きっぱりと否定され、優斗は仕方なくヴィスにノルを飛び立たせる様にと指示を出す。


 ヴィスは友人を危険扱いされて少し不機嫌そうだが、幸いにして彼女の感情は読みにくく、優斗以外に気付く者はいない。


 ノルが飛び立つと、執事は丁寧な態度で優斗達を屋敷へと招き入れた。

 そのまま屋敷の中を進み、通されたのは執務室だった。本命の応接間ではなく対抗馬の執務室に案内された事から、優斗はルエインがまだ自分を高く評価しているか、もしくはロード商会と結託して罠を張っているかのどちらかだと予想する。


「ヴィス」

「うん」

 ノルが居ない今、優先すべきは彼のルート確保を行い、最速の連絡手段を確保することだ。


 こう言った状況もきちんと予測していた優斗達は、事前の打ち合わせの、どのパターンで行くのかをこっそり確認し合う。

 そうこうしているうちに執事が扉を叩き、中に居る相手に許可を取ると扉を開いて優斗達を中へと誘導する。


「どうぞ、ごゆっくりとお過ごしください」

「ありがとうございます」

 執事に礼を言うと、優斗はフレイのみを連れて執務室へと足を踏み入れる。


 扉の外に残ったヴィスは、見張りの様に扉の前で待機しつつ、同じく残った執事の隙を見て窓を開け、ノルと居場所の確認を行う予定だ。


「ひさしぶりだな、優斗」

「お久しぶりです、ルエイン様。お元気そうで何よりです」

 優斗とフレイが深々と頭を下げると、ルエインは口元を歪め、笑う。


 何がおかしいのか一頻り笑った後、優斗が頭を上げたタイミングを見計らって顎をしゃくると、扉の外を指し示す。


「あっちの女は外でいいのか?」

「彼女は護衛でして。そんな娘を中に入れるのは失礼かと思い、外で待機させております」

「なるほど、なるほど。俺に害するつもりは無いし、信用もしていると言う訳だ」

 それは、優斗が促した誤解の内容、そのものだ。


 実際のところ、この状態で護衛として有用なのはヴィスよりもフレイの方だ。

 周囲の警戒を含む護衛任務、特に屋外においてヴィスはかなり優秀だ。反面、密閉空間で、かつ無手のところを襲われた場合、体術程度しか対応策が無いヴィスは、少女であると言う欠点もあり、あまり役に立たない。それに比べてフレイの持つ天の光と言うギフトは、室内であっても十分に機能する。


 故に、フレイが優斗を直接守り、ヴィスが扉の外で辺りを警戒する役割を担うと言うのは、理にかなった構成だ。


「で、要件はなんだ? ようやくクシャーナを嫁にする決心でもついたか」

「いいえ。ですが、似たような事をお願いに来ました」

 にやりと笑うルエインに、優斗もそれに倣ってにやりと笑って見せる。


 そんな優斗の反応から、ルエインはそれを冗談の類だと判断したのか、特に何も指摘する事なく次の言葉を口にする。


「なら、俺があててやろう」

「あてられますか?」

「当たり前だ、俺を誰だと思っている。

 お前は我がユーシア家に食糧を売りに来た。違うか?」


 自信満々なルエインに、優斗は営業スマイルと言う名のポーカーフェイスでもって答える。

 それを正解だと受け取ったルエインは、鼻を鳴らしながらつらつらと講釈を垂れ始める。


「お前たち商人の行動は判りやすいからな。こんな事は俺でなくてもわかる。

 まず、現在我が領地で食糧が不足起きている事。そこに商人が来たとなれば、その売込みだと予想するのが普通だ。

 次に、数日前に商隊が街に入って来たにも関わらず、その後の動向がつかめない事。そこにお前が現れた。あとは、判るな?」


 長々とした説明を聞きながら、優斗は予想と少し違う展開に、どう舵取りをすべきか頭を働かせていた。

 ルエインに独立を促した相談役。その存在を前提に構築した優斗の間接的伝達を、ルエインは途中までしか読み取る事が出来なかったのだ。


「確かに私は、ここ1か月の間に大量の食糧を仕入れています」

「やはりな」

 当然だと再び鼻を鳴らすルエイン。


 優斗はプライドの高いルエインに、どうすればそのプライドを傷つけて怒らせる事なく正解を伝えることが出来るのか、笑みの奥で考えながら、ゆっくりと言葉を選んでいく。


「ルエイン様がご購入を希望されると言う事でしたら、もちろんお譲りします」

「そうか。なら、ここに持って来い。どうせ、俺に見つからない様に街の中に分散させて保管してるんだろう?」

「いいえ。実はまだ、ユーシアの中には持ち込んでおりません」


 優斗はその言葉を、ルエインを騙す目的で口にした。

 クシャーナがどこかで話を聞いている可能性を考慮し、嘘を吐かない方法で。


「ほう、ではあの商隊は何を積んでいたと言うんだ?」

「それは、また後程。

 食糧の件ですが、話をつけてから運び込む方が良いと考えましたので、外で保管させております」

「ほう、何故だ?」

「税の分だけ安くお売りする事が出来ます。

 ルエイン様に売った後であれば、税なんて言うモノは、あってない様なもの、ですから」


 優斗は仕入れた食糧を、ユーシア"領"の外に保管させている。しかしルエインには、ユーシアの"街"の外にあると勘違いする様に仕向けた。

 その誤解を与えた事の意味は、ただ1つ。ルエインのプライドを刺激しない為、それだけだ。故に、この駆け引きは、優斗に何の利益ももたらさない。


「そうか。ならば、後で買付の者を向かわせるとしよう」

「かしこまりました」

 深々と頭を下げながら、優斗は1歩ずつ前に出る。


 背の高い執務椅子に座っているとは言え、立ちっぱなしの優斗と比べれば、ルエインの目線は多少低い。故に、執務机の前にまで近づく事でそれがより顕著になり、ルエインはその行動に僅かに眉を潜める。


「実は、私がルエイン様にお見せする為に持ち込んだ商品は、それだけではないのです」

「さっきもったいぶった商隊規模で持ち込んだヤツだな。聞いてやろう」

「ありがとうございます。

 実を言いますと、ユーシアの食糧不足は私が仕組んだモノなのです」


 そう告げた優斗に対し、ルエインは驚く事もなく、それがどうしたと言いたげな表情を浮かべている。

 さすがにそれは判っていたかと、先程下方修正したルエインの評価を少しだけ上昇させながら、優斗は1枚の紙を執務机の上へと差し出す。そしてルエインがそれを確認するよりも早く、次の言葉を口にする。


「ご存じかと思いますが、この1か月で買い集めたと言う食糧は、ユーシアの村々から仕入れた物です」

「だろうな。駐在の騎士から山ほど手紙が来ていたぞ。迂闊だったな」


 にやりと笑うルエインは、してやったりと言う風に口元を歪める。

 知っていたにも関わらず、指摘する事も追及する事もせずに買い取ると宣言した事を示す事で器の大きさを見せつけ、お前は自分の掌の上で踊っていたのだと、優斗の上手を行ったのだと、優越感に浸っている。


 そんな風に商人相手に駆け引きで勝利を得た事に喜んでいるルエインだが、当然ながら優斗はそれに気づいていた。

 ルエインは、気づけない。優斗が気づかれている事に気づいていたからと言って、それを馬鹿正直に報告したり、尋ねたりする訳がないのだと言う事を。


「そうですね。関税も不自然に上げ過ぎましたので、ばればれですね」

「はっは、っは? 関税だと?」

 思わぬ言葉が飛び出たことで、ルエインは驚いて優斗に視線を向ける。


 優斗がそれに対して、相変わらずの営業スマイルを浮かべたまま、再度手元の紙を差し出す事で答える。

 そしてルエインは、反射的にその紙を手に取り、内容を確認すると驚き、眼を見開いて再び優斗を見据える。


「この度、私はシーア公様からある権利を購入致しました。

 それはその1つである、クロース関の関税徴収権です」


 ルエインは賢い領主では無いが、物知らずではない。その証拠に、関税の設定権と今回の食糧不足がどう繋がっているのか、既に頭の中にその構図が浮かんでいる。

 関税徴収権を得ると言うだけならば、問題はない。しかし、ルエインが手にしている紙には、税率は権利者が設定するとも書かれている。それは優斗が、関税設定権も持っていると言う事を示す。


 では、優斗が関税の設定権を持つ事にどんな意味があるのか。

 極端な話、優斗が税率を支払不可能な額にまで引き上げれば、人通りが無くなる。何せ、人が通るにも人頭税がかかるのだ。そうなれば、ユーシアは物理的にも経済的にも封鎖されてしまう。


「まさか」

「ルエイン様は、私が関税に関する権利を得たから買い取って下さいと言ったら、信じてくれますか?」

 ルエインは必死に頭の中で状況を整理していく


 それは領主に与えられる権利であり、一介の行商人が手に入れたと口にしても、戯言だと思う事だろう。何か実効を持って証明しなければ、とても信じられるものではない。とは言え、今回の証明方法が許されるのかと言えば、別問題だが。


「この1か月、ユーシアにはほとんど人の出入りがなかったのではないですか?」

「……そうか、そうだったな。

 確かにお前は、そう言った事を考えるのが得意な商人だったな」


 ルエインが思い出しているのは、優斗と関わった最初の商談だ。

 優斗は依頼主であるロード商会が出した条件を逆手に取り、利益をあげた。最終的には大損と言って差し支えない状況を作り出す結果となったが、ルエインはそれを知らない。


 ルエインは優斗の行動を、ユーシアの食糧不足を知り、それで一儲けする為にやって来たのだと分析していた。しかしユーシアの外から持ち込めば、関税がかかる。開戦寸前の公国からは、持ち込む事さえ不可能だろう。それどころか、立ち入りすら禁止される可能性もある。故に、ユーシア内で仕入れを行うのは妥当な判断だ。食糧不足を助長出来ると言う事も含めて。

 優斗が食糧の買占めを行った結果、農村部では食糧の代わりに現金が貯蓄され、当然ながら税も現金で納める事となる。普段であれば輸送の手間などもあり歓迎すべき事態だが、食糧の無い今は、その手間以上に税収で外から食糧を購入する手間の方が大きい。


「だがな、優斗。俺も騙されてばかりじゃないぞ」

「騙す、ですか?」

「あぁ、そうだ」


 ルエインは己の立てた仮説に優斗の提示した書類と状況を踏まえ、優斗が如何に利益を引き出そうとしているのか、考えていた。そしてその結果、常識的には正しく、しかし間違った結論へと達する。


「お前は、ユーシアの食糧不足を知り、食糧を高く売りつける商売を思い付いた。

 だが、時間が経てば外から食糧が入って来る状況で、大量の食糧を高く売りつけるのは難しい」


 ルエインは足を組み直し、優斗の反応を伺うように視線を向ける。

 それは優斗の計画内容から大きくかけ離れた予想であったが、優斗は肯定も否定もせず、笑みを浮かべ続けている。


「そこで、これの出番だ。

 独立した我がユーシア領と、独立されたルナール公国との間には、今のところ交流が無い。むしろ、封鎖されていると言っても良いくらいだ。

 そんな状態であるならば、関での税収など望むべくもない。クロース領の領主に小金を握らせれば、関の税関係を期間限定で借り受ける事は難しくない」


 関に関する考察は正しく、現在のところ特別な許可が無い限り、ユーシアと公国領の境にある関を通過する事は難しい。

 とは言え、王国や帝国を経由すればユーシアへ入る事は出来る。特に帝国側は、何の名目も無しに同盟国への通行を邪魔する事は出来ず、裏で手を貸している帝国がユーシアへの通行を制限するはずがない。それが利用する為であったとしても、無用となり、関係を切るまでは表立って制限はしないはずである。


「お前はまるで、自分が全ての関を手中にしているかの様に振舞い、今後も入って来ない食糧を待ち続けるか、多少値が張っても自分から購入するか、選択を迫りたいのだろう?」


 どうだ、とルエインが口の中で呟いている時も、やはり優斗は笑みを浮かべている。

 そんな優斗の反応を、図星を刺されて反論出来ない程戸惑っていると決めつけたルエインは、再び足を組み直すと、踏ん反り返るように執務椅子に全体重を預ける。


「私は、全ての関の徴税権を持っています。これは、本当です」

「ならば、他3つの書類も出して見ろ」

「すいません。それ単独では準備しておりません」

「ふん、安い嘘だな。おい、誰か」


 ルエインが叫び、執務机の上にあった呼び鈴を鳴らす。

 すると扉の前に待機していたのだろう、侍女が挨拶をして執務室へと入って来る。その際、隙間から見えたヴィスは首を横に振っており、優斗は彼女がまだノルとのコンタクトを取っていない事を知る。


「お呼びでしょうか」

「クシャーナを呼んで来い」

「かしこまりました」

 用件を聞くと、そのまま執務室を出て行く侍女。


 彼女が退室した後、ずっと優斗の後ろに侍っていたフレイは、さりげなく一歩下がり、扉に近づくと耳を澄ませる。

 それは外の音を聞き取る為の行為だ。扉を閉めた後、何の会話もなく足音が1つ遠ざかって行く。その後、しばらくすると扉の前からもう1つの足音が発生し、続いて聞こえた小さな物音により、外に立っているヴィスが目的の為に行動しているのだと、フレイは確信した。


 恐らく、執事が居なくなった後も侍女がヴィスと共に部屋の前に待機していたのだろう、とフレイは予想する。そしてルエインが指示を出した事で彼女がそこを離れた為、ようやくそれを為す事が出来た。


「クシャーナが来る前に、もう一度聞いておこう。

 お前は俺を騙して、食糧を高く売りつける為にここに来た。そうだな?」

「いいえ、違います」


 ルエインは呆れた様な、憐れむような視線を優斗に向けると、それ以上は何も言わず、クシャーナの到着を待った。

 彼女が来れば、駆け引きなどせずとも真偽が判るのだ。無駄な労力を使うべきではない。ルエインはそう考えていた。


 クシャーナを待つ間に、優斗は執務机から離れて元の位置へと戻り、フレイは手に持つ書類の1つをわざと取り落とし、それを拾って優斗の後ろに戻ると言う一連の動作を行う内に、ヴィスがノルとの渡りを付けた様だと優斗に合図を送る。


 待つ事10分と少し。

 扉が叩かれ、クシャーナが執務室へと姿を現す。優斗に見覚えのある護衛を引き連れて。


「お呼びでしょうか、ルエインお兄様」

「あぁ、悪いなクシャーナ。ちょっと厄介な客が来ているんでな、お前の力を借りたい」

「お客様、ですか?」


 そう言って視線をルエインから2人の客人へと移したクシャーナは、見覚えのある後姿に短く息を吐き出す。

 そんなクシャーナに優斗はゆっくりと振り返ると、今まで浮かべていた物とは別種の、慈しむ様な微笑を携えて、クシャーナへと語りかける。


「久しぶり」

「おにっ」

 思わず出かかった言葉を飲み込んだクシャーナは、口を堅く閉ざす。


 それが口を尖らせて拗ねている様に見え、優斗は思わず苦笑してしまう。


「今頃、何をしにいらっしゃったのですか、優斗様」

「もちろん、約束を果たす為に」

 クシャーナと優斗が交わした約束は2つある。


 優斗にとってもっとも大切な約束はそのどちらでもないが、同じでもある。クシャーナとの約束を守る事で、それは達成されると言っても過言ではないからだ。

 発端は何であれ、クシャーナを全面的に肯定し、味方しようと考えている優斗は、クシャーナに目を細め、恨みがましい視線を向けられた事に、戸惑う。


「ユーシアで働く為に来て下さったと言う事ですか?」

「いや、そうじゃなく――」

「なら何故、今頃、やって来たんですか?」

「だからそれは」

 きつい口調で問い直され、優斗は口ごもる。


 クシャーナが攫われてから、既に2か月以上が経過している。

 それにも関わらず、優斗はクシャーナの元へやって来るどころか、手紙の1つも寄越していない。常に居場所は把握していたが、クシャーナに判る様な方法での働きかけは、一切行って無かった。


 クシャーナの望みを叶える為だから。身の安全は保障されているから。

 そんな理由で根拠なく大丈夫だと判断し、計画実行の忙しさと発覚の可能性を下げると言う言い訳を垂れ流し、気が付けばクシャーナの心を蔑ろにしてしまった。優斗はそこで初めて己の失態を理解した。それにも関わらず、でも今は、と言い訳して後回しにすると言う愚を犯してしまう。


「そんな事より、クーナ――」

「私、言いましたよね? 傍にいて下さいって。

 約束して、くれましたよね? 用事が済んだらすぐにユーシアに来てくれるって」


 俯き加減に淡々と語り続けるクシャーナが泣いている様に見えて、優斗は狼狽してしまう。自分が泣かせてしまったのだ、と。


「中々面白い事になっているな。

 だがな、クシャーナ。私事は後にしてくれ。我がユーシア領の為に尽くしてくれると言う約束だろう?」


 ルエインは、優斗とクシャーナの会話を、痴話喧嘩の類だと判断し、他でやれと言わんばかりに、面倒臭そうにそう告げる。

 それに対してクシャーナは頭を下げて返答する。


「はい、その通りです。申し訳ありません」

「なら、今は俺と優斗の商談が先だ」

「わかりました、ルエインお兄様」


 俯いたままの状態で歩き出したクシャーナは、ルエインの後ろまで移動すると顔を上げて優斗を真っ直ぐに見据える。視線に射抜かれる形になった優斗は、救うべき相手が敵対の位置に着いた事により、己の行動は正しいのか、クシャーナの思いはどこにあるのか、と心の土台が僅かに揺れてしまう。


 そんな優斗の葛藤にいち早く気付いたのは、彼の後ろに控えているフレイだった。

 フレイは呆れ、内心でため息を吐きながら一歩前に出ると、優斗と横並びになり、その腕を引く。


「拗ねてるだけです」


 腕を引かれ、腰を捻って傾けた姿勢の優斗の耳元に、彼にだけ聞こえる声量でフレイが囁きかける。

 フレイの行動に優斗は驚き、ルエインとクシャーナは憮然とした表情を浮かべている。


「格好良いところ、見せてください」


 一方的にそう告げると、フレイは腕を離して元の位置へと戻る。

 優斗は不自然な体勢のまま、クシャーナへと視線を向ける。フレイの指摘もあり、優斗には自分を射抜いている瞳は揺れている様に見え、口元は相変わらず拗ねて尖っている様に見えた。


 そんな少女の表情に、あぁ、そうだなと優斗は納得する。

 クシャーナはまだ11歳の子供だ。子供が大人に甘えるのも、そして我儘を言うのも当然の権利なのだ。ならばと、優斗は意識的に口元の笑みを不敵で自信に満ち溢れたモノへとシフトさせ、クシャーナの瞳を見つめ返す。


「クーナ。1つだけ確認させて欲しい」

「……?」

「今もまだ、気持ちは変わらない?」

「当然です」


 クシャーナの言葉とそれに付随する真っ直ぐな眼に、優斗は改めて決意する。彼女が誰の味方をしようとも、どんな行動に出ようともこの交渉では迷わず突き進むと。例え敵対するクシャーナを打倒する形になろうとも、だ。


 勘違いを正す為、優斗は己の心に刻みつける。

 自分はクシャーナの望みを叶える為にここに立っているが、クシャーナの為に行動している訳ではないのだと。由美の言葉を受け、優斗が己の都合で、自分自身の為に選び、貫いている信念なのだと。


 なれば、彼女の為になると判断した事に対しては彼女の意志を無視する形になろうとも、優斗は利己的かつ自分勝手な行動もとるのだから、彼女を全肯定する必要は無い。

 一歩間違えれば危険な思想ではあるが、全ての判断をクシャーナに依存し、責任転嫁となりかねない状態よりは良いと、優斗は考えていた。責任を取るべきは、自分なのだ、とも。


 優斗はちらりと視線を後方へと投げ、すまし顔で立つ姿を一瞬だけ確認しながら、簡単に揺らいでしまった自分を支え、背中を押してくれたフレイに感謝した。

 そして、自分がクシャーナを助けるに足る人物である事を示せば、すなわち、格好良いところを見せれば、彼女もこちらにやって来るはずだと教えてくれたのだと誤解し、それを実践すべく気合を入れ直す。


 まさかフレイ自身が優斗のそう言った姿を見たいが為につい口にしてしまった単なる応援の言葉だとも知らずに。

クシャーナも登場し、彼女を取り戻す舌戦が本格的に幕を開けました。


優斗くんはどんな手を使い、彼女の望みを叶えるのでしょうか。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ