表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界行商譚  作者: あさ
斯く為すべき者
86/90

終着の地へ

 部屋に飛び込んで来た男。その正体の一端を優斗が知ったのは、その後ろから現れた小さな影によるところが大きい。


『お久しぶりです、優斗さん』

「おぉ、シャオジー、ひさ、じゃない『久しぶり』」

『はい』

 引きつった笑みを浮かべるシャオジーと、彼女との間に居る男に視線を向けながら、優斗は視線で疑問をぶつける。


 カクスの街で拾い、王国まで届ける事になった連邦に所属する商人の娘、シャオジー。

 今は彼女自身が商会の主であり、優斗は男の事を護衛かお付きだと判断した。優斗がそう勘違いする程には、目の前の男はガタイの良い方だった。


『俺を無視するな!』

『失礼しました。初めまして、私は行商人の優斗と言います』

『知っている。お嬢に付いた悪い虫だろ』

 挑発的な態度に、優斗は状況の説明を求め、シャオジーへと向き直る。


 するとシャオジーは申し訳なさそうな、それでいて恥ずかしそうな表情を浮かべると、軽く頭を下げる。


『失礼な事を言う人で、ごめんなさい』

『お嬢! なんで謝るんですか!』

『ラン兄は黙ってて!』

 仲がいいな、と眺めていた優斗の視線に、シャオジーが赤面する。


 その隙を縫うようにアロウズが部屋を出て行ったのだが、誰もそれを気にする事なく、会話は続いていく。


『お兄さん?』

『いえ、兄みたいな人、です』

『そして今は婚約者候補でもある』

『ラン兄!』

 こんなに元気に叫ぶシャオジーは初めて見たな、と言う感想を抱きながら優斗はなんと言葉をかけるべきか悩む。


 数日前、結婚祝いを求める相手に祝辞を告げようとして、実際に口に出すより早くそれを察知したフレイに止められると言う事態があった事もあり、優斗はついそれが望んだ結果であるのか、などとと考えてしまう。

 若くして商会主になったシャオジーは、その若さゆえに信頼を得ることが難しい場面も多い。故に、伴侶を得て共に商売をする事でその不利を帳消しにする事、すなわち有能な商人と婚姻を結ぶ事は妥当な判断だ。そんな理由も相まって、優斗はランと言うらしい男を値踏みする様な眼で見てしまう。


『なんだよ、何か文句あんのか、コラ』

『ラン兄! ごめんなさい、優斗さん。普段は優しい人なんですけど』

『それはいいんだけど、大丈夫なの?』

『はい』

 何も心配する事は無い、と言う程に嬉しそうに微笑むシャオジーの姿に、優斗は自分の思考が杞憂であった事を理解する。


 とは言え、目の前の男は優斗と同じか、少し下くらいの年齢に見える。その容姿から有力な商会の息子あたりかと予想していた優斗は、そうで無いなら逆に、商売人としての実力的に大丈夫なのかと心配になる。

 孫を持った身として、孫であるクシャーナと同年代であるシャオジーにも保護者的な思考が働いているのだが、本人は一時期保護していた子供の安否を気遣っている、くらいに考えていた。


『家族同然に育った、本当のお兄ちゃん見たいな人ですから』

『そっか。ちなみに彼も商人?』

『はい。お父さんが、仕込みがいがある、って褒めてました。さすが俺の息子だ、って』

『息子?』

『誰が何と言おうとおやっさんは俺の親父だ!』

 何か思うところがあったのか、もしくは無視されていた事に腹を立てたのか。


 突然、優斗に掴みかからんとする勢いで迫って来たランに、優斗は更に2歩後退する。

 それを逃げと取ったランは、優斗をそれ以上追う事はせず、シャオジーを振り向くと切実、と言う形容詞が付きそうなほど必死な声で話しかける。


『お嬢、あんな奴に攫われるくらいなら、やっぱ俺が貰います!』

『え、えっと』

『おやっさんから頼まれたからってのは否定しない。でもな、誰よりもお前を幸せにする自信はある!』

 若者がなんか熱く語っているな、と思いながら、優斗はこの部屋から逃げ出す算段を立てていた。


 愛する人に思いのたけをぶちまける、何ていう事はもう二度と出来ないと思っている優斗にとって、目の前の光景は目に毒だ。シャオジーが幸せになる事は掛け値なしに祝福するが、いちゃつくのは他でお願いします、と優斗は半ば本気で思っていた。


『さぁ、お嬢。選んでください。俺か、アイツか』

『どうしてそんな話になるの!?』

『と言うか、なんでそこで俺が入る』

『てめぇは黙ってろ、この変態童女趣味野郎』

『……その言葉、そっくりそのままお返しする』

『俺は童女趣味じゃねぇ。ただ、お嬢が大事で、誰よりも愛してるだけだ』


 ダメだこりゃ、と優斗は話が通じない相手との会話を打ち切って、シャオジーに視線を投げる。

 すると彼女は再び申し訳なさそうな表情を浮かべながらも、真っ赤な顔で恥ずかしそうに事情を語っていく。


『その、ちょっと話の流れで、私が優斗さんに求婚した事を』

『あぁ、なるほど』

 そこで初めて、優斗はランの気持ちを少しだけ理解する。


 大事な妹分が、異国の地から両親を失いながらも、命からがら生き延びたと言う体で戻って来た。と、思ったら再び自分から異国へ行くと言い出し、追い打ちにあちらで求婚したと言う話を聞いたのだろう。ならばその行動は、その相手に会う為だと勘違いしても、不思議ではない。

 優斗に妹はいないが、妹分の様な後輩は居た。だから心配になる気持ちと、相手を確認したくなる気持ちは判らないでもなかった。


『だからと言って、その年齢差で求婚するのもどうかと思うぞ?』

『幸せになって欲しい相手を、自分の手で幸せにしようと思うのは、悪い事か?』

『いや、それ以前にアンタ、幾つ?』

『19だ!』

 見た目から立てた予想よりちょっと若いな、と考える優斗は、自分も同類である事を完全に失念している。


 さすがに、相応しくない相手と結婚するくらいなら自分と、とまで考えてはいないが、ランがシャオジーに相応しくない相手なら、彼女にそう助言しようと考えているあたり、2人は似た者同士であると言える。

 そんな似た者同士の話に決着を付けるのは、当然その中心に居る人物の言葉だ。


『7つ差。まぁ、ぎりぎり許容範囲内か。12歳相手って言うのは十分犯罪な気もするけど』

『てめぇが言うな!』

『で、シャオジー自身はどうなの?』

『へ?』

 唐突に話を振られ、シャオジーはわたわたと慌てる。


 その仕草に和みながら、優斗は彼女の出す答えを半ば確信していた。

 シャオジーがランと言う男を十分以上に信頼している事は、見て居れば判る。兄代わりだったと言う立場から、信頼がそう言った感情とは別の意味を持つ可能性も考えたが、照れて恥ずかしそうな表情から、きちんとそう言った種類の好きも混ざっているのだろうと優斗は予想していた。


 残念な事にこの時点で自分が求婚された相手である事を失念していた優斗は、シャオジーの感情にそう言った種類の羞恥も混ざっている事に、まったく気づいていない。


『えっと、その、私は。どうすれば良いのか判らなくて』

 二対の瞳に見つめられ、シャオジーは戸惑う。


 ランにはそんな彼女の幼い心を守る為に、そして迷い選択する時間を作るために、婚約者候補と言う露払いの立場を買って出たと言う思惑があるのだが、悪い虫である優斗にそんな事情を説明する訳もなく、シャオジーの方もそれを口に出来ずにいる。


 もちろん、そんな状態で優斗が納得するはずは無いとシャオジーは考えた。彼女達にとって優斗は絶対に納得させなければいけない相手ではなかったが、優斗を恩人であり、またランとは違った意味で信じられる人だと考えているシャオジーは、己の心を誤解される事は避けたいとも考えていた。既に、十分誤解されているのだが。


『でも、ラン兄なら信じられるから』

『そっか』

 その言葉は真実だろうと直感的に感じ取った優斗は、言葉と共に笑みを浮かべる。


 手段や方向性はどうであれ、ランがシャオジーを大事にしている事は、今までのやり取りを見ていた優斗にもなんとなく理解出来た。そしてシャオジーがそれを受け入れている事も。

 ならば己が口にすべき言葉は1つだと、優斗は考える。とは言え、先程まで口論の様なやり取りをしていただけに、普通に口にするのは気恥ずかしい。そんな捻くれた事を考えている優斗は、口元に苦笑を浮かべてシャオジーに話しかける。


『とりあえず、シャオジーは内弁慶だって事が判った』

『え? えぇ!?』

『そんなシャオジーが信じる相手なら、いいんじゃない? おめでとう』


 その言葉は、ランとの婚約を正式に決めた訳ではないシャオジーにとって、どう返答すべきか困るものだった。全て暴露してしまおうかとも考えたシャオジーだったが、それを雰囲気の変化で感じ取ったランがいつの間にか隣まで来ており、話し始めれば無理にでも止められそうな気がして、シャオジーは少し残念に思いながらも仕方なく曖昧な笑みを浮かべる。


『何か困ったらおいで。一時的な保護者くらいなら、またなってあげるから』

『はい、その時はよろしくお願いします』

『ちょ、お嬢! ってかてめぇ、俺がお嬢に何するってんだ!』

『とりあえず、婚約者をお嬢呼びはどうかと思う』

『そーですよねー』


 シャオジーと優斗が目を合わせて笑うと、ランが不機嫌そうに口を尖らせる。

 優斗はシャオジーの内心など知らず、中々良いカップルなんじゃないかな、と考えながら、改めて再会を祝いあった。


 その後、シャオジーが拗ねるランを宥めつつ、なんとか交易の契約を正式に交わすと、王との謁見結果を連邦に報告しなければならないと言うシャオジーは、長居せず部屋を辞すと、そのまま馬車に乗り込み、関を去った。

 シーア公との謁見が終わっている以上、この正式契約書の出番がある可能性は低いが、忙しい中、合間を縫ってシャオジーが会いに来てくれた事は優斗の心には十分にプラスに働いていた。騙し、利用する形になっている相手とは言え、情が移るくらいの時間を共にした相手でもあるのだ。幸せになってくれるに、越した事は無い。


 余談だが、優斗がシャオジーの連れ帰った奴隷2人の事を聞き忘れた事に気付くのは、眠る為に寝台に横たわった後だった。


 シャオジー達が去った後、優斗はのんびり1人の時間を過ごした後に夕食を摂り、翌朝の出発に備えて早くに眠った。優斗がひさしぶりに1人を満喫出来た裏にはアロウズの暗躍、もとい活躍があったのだが、それは優斗の知るところではない。


 翌朝、日が昇ってすぐに出発する優斗達を見送ってくれたのは、アロウズとチャイの2人だけだった。

 ちなみに、チャイは文字の勉強を頑張ると言う約束と引き換えに早朝の仕事を免除され、この場に居る。


「ヴィス、気をつけて」

「うん」

「じゃあ、またね」

「また。勉強、がんばって」

「うぅ。勉強ヤダ」

 まるで本当の姉妹の様に仲睦まじい2人は、御者台の方で別れを交わしている。


 逆方向では優斗が後方のホロを開けてアロウズと別れの言葉を交わしており、何故か不機嫌なフレイは何度目かの荷物確認をしている。


「じゃあ、アロウズ。また」

「えぇ。また」


 程なくしてチャイとの別れを終えたヴィスが荷馬車を発進させる。

 優斗達の次の目的地は北、正確に言えば帝国との境にある関だ。そこまでの間、再び村々を周り、補給した商品を売り、必要な物を買い集める行商を行う事になる。


 北へ向かう旅路が約6日。

 さすがに疲労の色が見え始めた3人が到着した2つ目の補給地点は、帝国との国境にある関だ。


 そこには主に、傭兵たちが何をするでもなくたむろしていた。

 ちなみに彼らがここに滞在している理由は、戦争が起こりそうな場所だから、だ。ユーシアが攻め込まれれば、帝国は助けを出すはずだ。しかし同盟国に直接自国の騎士団をぶつける訳にはいかない。ならば、傭兵の出番、と言うのが彼らの論法だ。それ以外にも、優斗の依頼でライガットが昔馴染みに声をかけ、それに応えて駆けつけてくれた者も少数存在する。


 ここで補給物資の手配をしてくれていたのは、ライガットの隊に所属する騎士達だ。彼らは優斗の指示で、集まって来た傭兵に先んじて声をかけ、戦争が始まるまでの間、有事のみここの守りを手伝って欲しいと依頼をかけている。戦争が起こるまで暇な傭兵たちは、待機中の報酬は微々たるものだが、何かあれば臨時収入が出ると聞いて、上手く行けば稼げると、この依頼にそこそこ乗り気で、ライガットの知り合いが率先して受け始めたのを切っ掛けに、ほとんどがその依頼を受け入れている。

 彼らを上手く使えば、交渉が決裂してもやや強引に物事が進められる。そう説明してある程度の資金をばらまいた優斗だが、その用途はまったく考慮せずに計画を立てていた。


 優斗に、武器を相手を傷つけるモノとして使用するつもりはない。武力の最も効率の良い運用方法は威嚇であり、使わず、見せつける事で相手を退かせる事こそ最善と言うのが優斗の持論だ。

 もちろん、この程度の武力では帝国どころかユーシア相手にすら、その効力を発揮できない。それでも、使い方次第では大きな効果を発揮する。


「ここはあまり長居したくないですね」

「ん、そっか。そうだね。幸いまだ昼前だし、荷物積み替えたらすぐ出発しよう」


 いかに優斗が雇っている状態とは言え、傭兵とは基本的に荒くれ者の集まりだ。

 今はライガットの知り合いが彼の隊から派遣された数名の騎士と協力して監視してくれているので無茶な事をしないと思われるが、夜になれば人目も避けやすくなり、何か妙な行動を起さないとも限らない。優斗の連れはどちらも女性だと言う事を考えれば、それは妥当な判断だった。


 そこから西進する事11日、ユーシア内の主要街道に突き当たる。

 今回、優斗が準備した補給地点は3つ。王国との国境にある関、帝国との国境にある関、そして公国内の別領地へと繋がる西側の関だ。しかし強行軍すぎた事が災いして行商速度が落ちてしまった為、時間の都合により3つ目の補給地点とその南部にある村への訪問を断念して、優斗一行はそのまま東進を開始する。


 こうしてユーシア内に存在する多くの村を回った優斗は、出発から1か月と少しかけて、ユーシア領内唯一の都市である、ユーシアの街の付近までやって来た。


「ご機嫌麗しゅう、ご主人様。お久しぶりです、ヴィスお姉さま」

「うん」

「とりあえず、ご主人様は止めてくれると嬉しい」

「そして相変わらず、私は無視なんですね」


 ユーシアから少し離れた場所で合流したチャイは、キャリー商会の面々と共に商隊に偽装して野宿を行っていた。

 街道の付近でそんな事をすれば目立つ事この上ないので、彼女達は少し森に入った場所にある、開けた土地に拠点を張っていた。そこにはアロウズの姿は無いが、代わりにシャーリーの姿があった。


「久しぶり、優斗。飛んでいい?」

「まだダメです」

「ちっ。優斗のいけず」

 すっかり気球を気に入ったらしいシャーリーは、優斗と顔を合わせるたびにこんな様子だ。


 1台目の気球をシーア公に売ったと言えば大声で抗議し、2台目の制作をしていると告げればまだ出来ないのかと急かし、出来たと思えば試験飛行だと言ってヴィスの到着も待たず飛び立つ。幸い、地面に繋いだロープを外し忘れていたので事なきを得たが、国家機密レベルの品に乗って流されて行った、などとなれば笑い話では済まない。


「じゃあ、悪いけど早速出発の準備をして貰えるかな?」


 後方でヴィスにじゃれついているチャイの声が聞こえるが、極力気にしない様にしながら優斗は全体に声をかける。


 これから優斗は、キャリー商会から借りた面々と共に、商隊に偽装してユーシアの街へ入り込む予定だ。

 それ以外のメンバーはシャーリーを筆頭とした気球の運用要員として再びこの場で待機となる。


 待機メンバーにはチャイの名前があり、逆にヴィスの名前は無い。普通に考えれば待機組のヴィスだが、敵地に乗り込む優斗の同伴を強く申し出た事と、偶然キャリー商会に風操作のギフト持ちが居た為、ヴィスに押し切られる形で優斗はしぶしぶ許可を出した。その裏に、技術を盗みたいと画策しているキャリスの後押しがあった事に気付いていた優斗だが、舵の方なら特に問題は無いだろうと、あえて触れずに居た。むしろ、少しくらい隙を見せる方が、今後色々とやり易いかもしれない、とさえ考えていた。


 もちろん、その結果を受けてチャイもユーシア突入組への参加を申し出たが、優斗かヴィス、チャイの誰かが残らなければノルによるやり取りが上手くいかないと言う理由で却下された。かなり食らいついたのだが、ヴィスに頭を下げて頼まれた事で、しぶしぶながらチャイは待機組、しかも気球の乗員役を引き受ける事となった。


「街に入ったら、手筈通りよろしく」

「はい」

「お任せ下さい」

「いけるいける」

「おっまかせー」


 姦しいキャリー商会の面々と共にユーシアへと向かい、正面から堂々と市壁を潜った優斗一行は、街に入ると各自目的を果たす為に別れて行き、少しずつ数を減らして行く。

 そして優斗の目的地である本日の宿に到着する頃には、荷馬車1台のみとなっていた。


「んじゃ、明日の準備をしますか」

「はい、優斗さん」

「うん」

 今回の部屋割りは、優斗が1人部屋で、女性2人が相部屋だ。


 部屋に案内されると、フレイは部屋でのり込む際に持ち込む荷物の最終確認を始め、ヴィスは失敗して逃げ出す場合の逃走路の確認と気球が着陸可能な場所の選定の為に街に繰り出す。

 優斗はフード付きの外套を被り、顔を隠しながらヴィスの案内役を務める為にその後を追っている。


「と言うか、案内はフレイでも良かったんじゃ?」

「敵地で1人は危険」

 その言葉に、優斗は今の自分の状況なら仕方ないと納得するしかない。


 フレイは目立ちにくい容姿をしているし、そもそも元奴隷なのでルエインを筆頭にユーシア家の面々が顔を覚えている可能性は低い。ヴィスに関しては、この街で彼女の顔を知っている者がいるかどうかも怪しい。それに比べて優斗は、この街では顔が売れすぎている。


「敵地って言っても、見つかったから殺される訳じゃないんだけどさ」

「念の為」

 バックにロード商会が付いている以上、警戒するに越した事は無い。


 優斗はそう考え、ヴィスの言う通りだと今度はきちんと納得すると、彼女の望み通り、ユーシア家の屋敷の付近を案内し始める。

 ただ練り歩くだけでは不自然なので、当然、偵察中の行動にも偽装も行う。幸いにして男女2人なので、逢引中と言う設定で食べ物や小物を買ったり、店を冷やかしたりしながら案内は進んでいく。


 店の中にまで入るのは裏口を抜けたり出来ないかの確認であり、買い物はむしろ情報収集の対価と言う側面が強い。だが、そんな事情に関係なく、傍から見れば間違いなく2人は男女の仲に見え、逢引中にしか見えない事だろう。そう見える様に振舞っているので当然と言えば当然の事だが、贈り物選びはきちんとヴィスに似合いそうなモノをチョイスしている辺り、優斗の性格が垣間見える。もちろん、フレイやチャイへのお土産を買う事も忘れない。


「屋敷の窓の位置までは確認出来ないけど、どうする?」

「ノルも一緒に行く」

「許可されるといいけど」


 優斗とフレイ、そしてアロウズの記憶を元に、ユーシア家の屋敷の内部図は作成済みだが、戦争の名残で修復や改築が施されているらしいので配置が変わっている可能性もあり、それ以外にも対決場所がどこになるのか正確には判らない、と言う問題もある。

 ヴィスの案ならばノルが自分の飛び立った窓を覚える事で、緊急時に素早く合流する事が叶わず、連絡が取れないと言う状況を回避できる。ノルにそんな事が出来るのならば、だが。


「ノルは賢い」

「と、言うか賢すぎだと思うけど」

 自慢げなヴィスの声に、優斗はフードを少し上げ、目の前の少女へと視線を向ける。


 さすがに騎士服と侍女服で街に入る訳にはいかず、合流地点で2人は着替えを済ませている。


 今のヴィスはお気に入りらしい短めのスカートに要所要所をフリルで飾ったブラウスとポンチョ風の上着と言うシンプルな格好をしている。

 ポンチョは先程購入した物で、それまではシンプルな格好故にその体型が目立っていた為、主に上半身に視線を集めていたヴィスだが、それをポンチョで隠してしまった今は、むき出しの白い脚に視線が集まっている。もちろん、男どもの。


 そんな視線に晒されながらも気にする様子の無いヴィスに、少しくらい羞恥心が芽生え無いてくれないモノかと優斗は嘆息する。


「そろそろ戻る?」

「もう少し」

「そう? じゃあ、他にどこを見る」


 優斗はヴィスの言葉を、まだ偵察したりないのだと解釈した。

 しかし、自分の質問に中々返答が無い事に、優斗は他に意図があるのではないかと気づき、質問を重ねる。


「何か欲しい物があるとか?」

「……」

「行きたい場所か、見たいモノでも?」

「……戻る」


 そう言って踵を返すヴィスの姿を見ながら、優斗は、最近、ずっと一緒に居るにも関わらずあまりヴィスの相手をしていなかった事を思い出す。

 それは主にフレイの相手をしていたせいではあるが、ヴィスが何も言わないのを良い事に、少々甘え過ぎていたかもしれないと反省し、優斗はヴィスを呼びとめると、その頭を撫でる。


「この1か月、色々とお疲れ様。すごく助かった」

「……うん」

 褒める時は頭を撫でる。それは、優斗が自分で決めた事だった。


 それすらもここ1か月程は忘れていた優斗は、忘れていた分に利子までつけて払う勢いで、ヴィスを褒めちぎり、頭を撫で続ける。


「ヴィスがいなかったら、ここまで来れなかったかもしれない。ありがとう」

 右手で頭を撫で、左手で髪先を弄ると、ヴィスがくすぐったそうに目を細める。


 幸いにしてここは人気の少ない場所ではあるが、天下の往来のど真ん中でもある。しかしそんな事を気にする様子も無く、優斗とヴィスは2人きりの世界に浸っていた。


「ありがとう。それと、明日も、その後も、よろしく」

「任せて」


 その後、雰囲気の良い場所を探して歩くカップルが現れる事で優斗が我に返るまで、それは続いた。


 その結果、帰りが遅くなったのは必然であり、優斗は部屋で待ち構えていたフレイに、疑惑と嫉妬の混じった視線を向けられる事になる。

ひさしぶりの行商が、ついに終点へとたどり着きました。


次回から、ようやくユーシア奪還戦が始まる、のかもしれません。


そしてひさびさ登場のシャオジーは、残念な事にそのまま退場となりました。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ