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異世界行商譚  作者: あさ
斯く為すべき者
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対価と成果

 騒然とする謁見の間で、優斗は追加でその為に必要な権利を己に与えて欲しいと願った。それが無茶な内容であると判って居ながら。


「ソレを私に貸し与えて頂きたいのです」


 優斗が提示したものは、ある権利を優斗に与える事。そして、その為に必要な物を貸し与える事。

 それは一介の商人が望む様なものではない、明らかに分を超えた要求だった。


 そんな大それた要求をすればどうなるのかは、火を見るよりも明らかだ。


「私にそれを貸し与えて頂き、ユーシアの処遇を一任して頂けるのであれば、1か月以内に解決してご覧に入れます」

「そんな事が出来る訳がないだろう!」


 政務大臣が怒声を上げるのも無理はない。

 優斗自身も、ユーシア奪還に必要だからと求めたソノ権利の大きさと重要度を考えれば当然の反応だ、と考えていたが、当然引くつもりはない。


「前例が無い訳ではないと記憶しておりますが」

「それはその時代と公国の状況を踏まえ、時の大公様が必要だと判断されたからだ!」

「では、シーア公様がお認め下されば、私に預けて頂けるのですね?」


 この一か月、ユーシアを取り戻す様々な方策を考えた優斗だが、その中で最も有効な手段がソレだった。それ以外に方法が無い訳ではないが、それ以外の方法では、取り戻した後にクシャーナが領主に戻る事が困難になってしまう。彼女は反逆者の妹なのだから、当然だ。


 だからこそ、この交渉に負けるわけにはいかない。

 優斗はそう意気込むと、服の上から携帯電話に触れ、今一度気合を入れ直す。


「いかがでしょうか、シーア公様」

「上手く行く保障が無い。何より、我が国に利益が無い」

「おっしゃる通りだと、私も思います」


 にこやかに全肯定した優斗には、今も大臣2人の視線が突き刺さっている。

 それを無視しながら、今回は出し惜しみ無しだと、優斗は己の持つ手札を全て開陳すべく、大仰なアクションで語り始める。


「しかしながら、利益は無くとも損益を消す事は可能です。

 ユーシアを攻めなくて良いのであれば、戦争に必要な人手や武器、糧食を手配する費用が掛かりません」


 優斗が視線を向けると、シーア公から、それで、と続きを促すような態度を返される。

 それは、その程度の条件で釣り合うとでも思っているのかと言う意味も含まれているのだろうと考え、優斗はそれに対して微笑みで、否と返答する。


「私が失敗した場合、糧食と武器を騎士団に、必要経費以外一切請求せず、出来る限り安価で提供する事をお約束します」

「なっ!?」

「交渉の場に国から監視を派遣して頂いても結構です」

 軍務大臣がシーア公へと振り返るが、シーア公はそれに対して特に反応を返さなかった。


 己が望んでいた最善が唐突に場に現れ軍務大臣は、シーア公の反応が芳しくなかった事で、今度は政務大臣へと視線を移すと、お互いに頷き合う。


「私の成否に関係無く、まだ一月は宣戦布告も儘ならないはずであると聞き及んでおります」

 優斗の指摘通り、人員や物資の不足もあり、今の公国にユーシアへ宣戦布告する余裕は存在しない。


 国内市場が荒れ、王国とも一触即発。帝国は同盟を結んだとは言え、同盟の使者となったクシャーナが不在である為、そこに難癖を付けられる可能性がある為、迂闊に隙は見せられない。全てを解決してから宣戦布告をし、進軍するならば、開戦自体は半年近く後になる事だろう。現在の調子で物資が集まらなければ、更なる延期もあり得る。


 もちろん、実際には幾つかの問題は放置したり、圧縮したり、そうでなければ無理やり解決する事で早期に攻め込む予定ではあるが、それでもまだ、宣戦布告には2か月程度かかる事だろうと言うのが優斗達のはじき出した答えだった。

 もし、優斗の言葉通り平和的にユーシアが戻るのであれば、出費が激減する上に民への負担が減る為、内政的にはありがたい。しかし外交的には勝手に独立した相手には整然とした態度で服従させる必要がある。そうしなければ、ルナール公国の沽券に係わる。


「軍備が整うまでの、僅かな時間で構いません。その時間を私に頂きたいのです」

「時間は良い。今、問題なのはそなたが望んだ権利の方だ」


 シーア公の言葉に、優斗はその許可を得ると言う無理難題をどうにかする為に、言葉を続けて行く。


「私の望む権利を貸し与えて頂けるだけの価値あるモノを準備しております」

「ほう、ならば見せて貰おう。

 楽しみだ」


 シーア公の口元が歪む。

 それは品物自体が楽しみと言う意味も含まれているが、大半は優斗がその権利にどのくらいの価値を見出しているのかと言う部分が占めている。


 そんな楽しそうな表情は、今回の謁見で彼が見せた、数少ない個人としての感情の発露だ。

 謁見中である以上、シーア公の対応、そのほとんどは彼個人のものではなく、国の最高権力者としてのものであり、個人的な感情を見せる事は、珍しい。


「現在、私が献上しておりますのは、砂糖に飛び杼、戦の準備品手配、と言う事でよろしいでしょうか?」

「そうだな」

「私が失敗した場合、連邦との独占取引権もシーア公様に献上致したく思いますが、よろしいでしょうか?」

「担保と言う訳か。しかし、商人よ。よもやその程度で貸し与えられる程度の権利だと思ってはおるまいな?」

「もちろんです」


 優斗の提案した連邦との取引独占権は、その程度と呼ばれるほど安い物ではない。

 故にシーア公は、これを優斗が準備した決定的な切り札の1つと考えていた。


 しかし優斗はその切り札らしきモノを、その程度、と切って捨てても顔色一つ変えないどころか、焦りも見せず本当に些事であるとでも言わんかばかりの雰囲気を放っている。


 頭を下げる優斗を見つめながら、シーア公は彼の内心を推し量る。

 優斗の方はそんな風に思われているとも思わず、ゆっくりと下げた頭を、やはりゆっくりと上げ、頭部を元の位置へ戻すと、今度は左側へと視線を向ける。そしてそのままシーア公の方へと向き直る事なく、次の言葉を発する。


「次の献上品を提示させて頂く前に1つ、お願いしてもよろしいでしょうか?」

「なんだ?」

「そこの窓からの景色を見せて頂きたいのです」

「ふむ」


 隣の大臣が「無礼な」とか「謁見中に何という」と呟いているのを無視して、シーア公は優斗を見つめていた。

 優斗としてはもっと長くそうしていて貰っても良かったのだが、残念な事にあっさりと視線を逸らしたシーア公は、優斗と同じ場所に視線を向けると、瞬きをしてから優斗へ返答を伝える。


「いいだろう。許可する」

 シーア公が楽しそうな声で言葉を発すると、優斗は窓際へと移動を始める。


 その歩みはゆっくりで、それが更に大臣達の苛立ちを募らせる。

 あまり怒らせるのは本意ではない優斗だが、今は仕方がないと思いながらも窓の前まで来ると、身体ごと壇上に向けて振り返る。


「戦争を行う際、必要なものはたくさんあります」


 唐突に語りだした優斗に、謁見の間に居るほとんどの人間が、コイツは何を言っているんだ、と言う感想を抱いた。

 しかし優斗はそれを意に介す事なく、先を続ける。


「兵士の方。そして彼らが持つ武器や、腹を満たす糧食。それを捻出するにはお金が必要になりますし、その為には素晴らしい政治手腕を持つ政務大臣様が必要です。

 実際に軍を動かすには前線で戦う兵士の方だけでなく、部隊長や指揮官、参謀と言った様々な役職の方が必要になるでしょう。もちろん、全体を指揮する有能な軍務大臣様も」


 商売の域を超えて戦争を語り出した優斗に、軍務大臣が、素人が何を、と口にしようとして、シーア公に阻まれる。そのシーア公の口元には獲物を前にした獣の様な笑みが浮かんでおり、そこには先程までの静かな笑みや言葉は欠片も見当たらない。


 恐らくそれが、外交と言う手段を巧みに使い、時には武も織り交ぜてこの国を支配し、守って来た人物の本性なのだろうと優斗は考えた。

 そしてこの先のミスは命に係わる、とも。


「それ以外にも、戦争に必要なものは存在します。とても、重要度の高い物が」

「ほう、なるほどな。で、その、必要なものとは何だ?」

「情報です」


 直接ぶつかるだけでなく、外交により回避する事も得意とするシーア公にとって、それは常識と言っても良いほど当然の事だった。そしてそれを提供すると言う事は、すなわち内部に密偵でも仕込んでいるのだろうと予測する。同時に、この件でこちらの内部に潜入する気ではないかと疑いも持つ。


「今回私は、それを今まで以上に手に入れ、運用する為の道具を準備させて頂きました」

「で、何時になったらそれを見せてくれるのだ?」

 優斗が時間稼ぎをしている事に、シーア公は気づいていた。


 優斗も気づかれている事には気づいていたが、話に付き合ってくれるなら、出来るだけ付き合って貰おうと思っており、その為にも燃料と言う名の次なる話題を口にする為、振り返って窓を開く。


「失礼します」

 優斗は懐から笛を取り出すと、外に向けて鳴らす。


 優斗は目一杯息を吐き出したが、笛から出た音はさほど大きな音とは言え無い程度のモノだった。人間にとっては。


 しばらく待つと、音に釣られて窓の中に飛び込む勢いで、ヴィスの友人であるノルが現れる。

 彼が驚く者達の視線を集めながら窓枠に降り立つと、優斗はその足に括られている紙を取り、その中身を確認する。


「そ、その鳥はなんだ!」

「はい。私の雇っている従業員で御座います」

 優斗の突飛な返答に、問うた政務大臣が眉を潜める。


 シーア公の方は楽しそうに笑っており、例の笑み以前の彼と本当に同一人物なのかと疑いたくなる程に表情からは愉快さがにじみ出ている。


「ふざけているのか!」

「いいえ、滅相もございません。

 彼は正真正銘、私が雇っております。そして今は、重要物品の警護と伝令の役割を担っております」


 紙に書かれた、問題無し、の文字の下にある詳細報告は、書き辛い状況であった事を差し引いても下手なものだった。差出人の少女は字を習い始めて間もないので仕方ないと言えば仕方ないのだが、優斗はこんな状況にも関わらず、もっと練習させるべきかと反射的に考えていた。


「まさか、その鳥が献上品とは言わんよな?」

「もちろんです。如何にシーア公様とは言え、大事な従業員を連れて行かれ――」

「緊急伝令っ!」


 中から開ける事になっている謁見の間の扉が外から蹴り破らんとする勢いで叩かれた後、扉の向こうから焦った声が聞こえる

 焦って居てもさすがは宮殿の兵。実際に扉を開けて中に飛び込む愚は犯さない。


「何をそんなに慌てている。謁見中だぞ!」

「しかし、しかしながら、今すぐお耳に、入れたい事が!」


 伝令らしい兵士は息も絶え絶えに、しかし言葉だけははっきりと口にする。

 それを受けた軍務大臣は、シーア公へと視線で許可を求め、頷いた事を確認すると叫ぶような大声でそれに答えた。


「緊急な要件であると言うならば、入室を許可する」

「はっ」

 軍務大臣の言葉を受け、伝令兵が慌てて謁見の間へと転がり込む。


 そしてそのままの勢いで先ほどまで優斗が居た場所まで進むと、その場にしゃがみ込んで報告を始める


「報告します! ルナールの西から巨大な物体がこちらに向かって進行中!」

「はぁ!? 何が向かって来ていると言うのだ」

 まるで戯言を聞いているかのように呆れている軍務大臣。


 彼が想像したのは、大きな動物か、乗り物が地上を疾駆、もしくは転がる姿だ。

 それ故に、ルナールの守備兵が、そうでなくとも城壁が止めてしまう様な事案であると判断し、そんな些事も判らずにこの場に飛び込んだ伝令に罰を与えなければと考えていた。


 まさか彼らの想像を超える事態が発生しているとも気づかず。


「はい! 巨大な飛行物体が、空からルナールに向かって来ております」

「空ぁ!?」


 今度はシーア公と政務大臣も目を見開き、驚く。政務大臣に至っては、驚きすぎて声を上げてしまった程だ。

 その中で唯一、内心まで冷静なままだった優斗は、なんとか時間稼ぎには成功したようだと安堵しながら、大きな声で謝罪する。


「許可も取らず、申し訳ありません。それは私が準備しました、シーア公様への献上品です」

「は? はぁぁぁぁ!?」


 大臣2人だけでなく、その場に居た騎士たちすらどよめき始め、場に収拾がつかなくなりつつある。

 そんな状況を静めたのは、さすがとしか言いようのない貫禄を持つ、この国の最大権力者だった。その姿からは先ほどまでの楽しそうな雰囲気は存在しない。


「静まれ! 商人、説明しろ」

 豪奢な椅子から立ち上がったシーア公が一喝すると、場は一転して沈黙に包まれる。


 沈黙と視線の集中。

 優斗はそれらの圧力に潰されそうになりながらも、耐え凌ぎ、何とか平気な表情と営業スマイルを取り繕う。


「私が望む権利と釣り合う献上品として準備させて頂きました品物。その名を気球と申します」


 それが様々なヒントから優斗が一か月前に思い付き、急ピッチで作成を行っていた、空飛ぶモノ、の正体だ。

 飛行機などと違い、純然たる自然現象によって浮遊する気球は、優斗がこの国で手に入る材料のみで作る事が出来る数少ない空飛ぶ乗り物だ。


「と、その前に1つ。矢の対策はしておりますが、騎士団の方に撃たない様にお願いして頂けますか?」

「そうだな。そこの兵、各所に攻撃禁止命令を伝えよ」

「はっ! 畏まりました」


 もし伝令兵の言葉と優斗の説明が真実ならば、みすみすそんな貴重な物を失う訳にはいかない。

 そう考えたシーア公は、即座に指示を出すと、窓際に立つ優斗に視線を戻し、先をを促す。


「よろしければ、直接ご覧になって下さい」

 そう言って優斗は、鞄から単眼鏡を取り出す。


 取り出した数は3。1つは自分の手に残し、残り2つは何時の間にか隣まで来ていた侍女に手渡すと、優斗はノルに手紙を預けてから隣の窓も開き、単眼鏡で外を見る。

 豪奢な窓から覗く景色は、素晴らしいと言う言葉に尽きる。宮殿よりも高い建物は存在せず、窓が向いている西側は中小の商会が多い為、さほど大きな建物も存在しない。


 そんな風に遠くまで見渡せる条件を満たしたこの場所から、はるか遠くに何か浮いている姿が見える。ノルはそこに向かって一直線に飛んで行き、気球に釣り下がっている人が乗れるほど大きな籠へと着地する。着地の瞬間、気球が大きく揺れるが、乗員はそれを気にする様子もない。


 優斗が予め書いて置いた手紙を受け取ったのは、もちろんノルの友人であるヴィスだ。

 彼女が指示通りに宮殿に向かって手を振り始めたのを確認すると、優斗は単眼鏡から目を離し、隣の窓へと視線を移す。するとそこには、優斗にとって予想外の相手が単眼鏡を手に立っていた。


「ほう、これは」

 単眼鏡を覗き込み見ながらそう呟くのは、シーア公本人だった。


 普通に考えれば、謁見中にシーア公が壇上の下へ、しかも怪しい商人風情の真横まで無防備にやって来ると言うのは、異常事態に分類される。その証拠に、報告に驚いていた大臣2人が慌てて優斗達の方へと向かって来ている。


「シーア公様!」

「んだよ」

「軽はずみな行動はお控え下さいといつも!」

「こんな楽しそうなモンを前に、お上品になんてやってらねーっつーの」


 吐き捨てる様にそう告げる間も、シーア公の目は単眼鏡と外の光景に向けられている。

 優斗は心臓がばくばくと鳴り響いているのを自覚しながら、今以上の好機は無いとも考え、営業スマイルを全開に、シーア公へと語りかける。


「如何でしょうか?」

「いいぜ、最高だ。まぁ、本当に人が乗れるなら、だがな」


 単眼鏡で覆われていない方の目で優斗をちらりと見たシーア公の目は、愉悦と挑発がない交ぜになったものだった。

 優斗はそれを、欲しければ証明して見せろと受け取った。もちろんそれは予想していた展開の範囲内であり、返す言葉も考えてある。


「では、明日にでもどなたかを派遣して頂き、乗って頂くと言う事でよろしいでしょうか」

「いや、今すぐだ」


 その鋭い返しにも、優斗は勿論返答を準備してある。

 準備があるなどと言う言い訳でなく、その意思に沿った返答を。


「畏まりました。では、今から私と共にルナールの西側にある平原へと来て頂くと言う事で」

「いや、折角だ。あれをあそこへ持って来れないか?」

「は、はぁ」

 シーア公の指差した先には、宮殿にほど近い場所にある騎士の訓練場だ。


 分類的には北ルナール方面に存在する訓練場は、陣形の実践や模擬選を行う為に、かなり広い場所が確保されている。そこは邸宅を建てたいと考えている貴族や、貴族御用達の商会なら大金を摘んででも欲しがる程の好立地かつ広大な場所がある。


「なりません!」

「なんだ、大臣。何がダメなんだ?」

「あんなモノを由緒あるルナールの街に入れるなど、言語道断。絶対に、なりませんぞ」


 喚き散らす政務大臣。

 そんな中、シーア公の視線は彼を素通りし、その横に立つ軍務大臣へと向けられていた。そして2人が視線を交わした後、シーア公はにやりと笑う。


「商人、出来るか?」

「騎士の方を何名かお借りできるのであれば、恐らく」

「許可する。おい、誰か騎士団長を呼べ!」


 シーア公がてきぱきと指示を出す中、優斗は外に向けて再び笛を鳴らす。

 そしてノルが到着する前に紙に伝言を書きつけると、再び彼を介してヴィスへと指示を出す。




 騎士が気球から垂らしたロープを引く姿を見つめる優斗の横には、シーア公が直々に立っていた。


 いつの間にか騎士の恰好に着替え、変装をした彼曰く、己の目で確かめなければ気が済まない、との事だ。


「乗っているのは少女の様だったが、あれはお前の従者か?」

「はい、そのようなものです」

 一応、身元を隠してここにいる事になっている為、優斗はあまり畏まったしゃべり方をしない様、命令を受けている。


 シーア公と並んで気球の着地を見守ると言う奇妙な状況に、笑顔が引きつるのを必死でこらえながら、優斗は現状とこの後の事について思考を巡らせる。


 現在、気球に乗っているのはヴィスと、そしてシャーリーの2人だ。

 火に関するギフトを持つシャーリーがガスボンベ代わりで、ヴィスは風操作と言うギフトを生かして舵取りと護衛を兼任している。護衛対象は勿論気球であり、ヴィスは主に矢などの飛来物から、伝令兼護衛のノルは鳥などの飛行生物からの守護を担当している。


 優斗がチャイの言葉から制作を決めた空飛ぶ乗り物である気球――正確には熱気球――は、そのほとんどがギフトの恩恵で動いている。

 熱を生み出す炎をギフトで代用する事でガスボンベの開発が不要になり、優斗に知識の無い上空での制動は風のギフトで解決。上部の空気を貯める部分――球皮と言う――の素材も、普通ならば合成繊維であるナイロンやポリエステルを使用するのだが、これもギフトで解決。唯一乗員が収まる籠だけが、完全に手作りだ。


 ちなみに球皮に関しては、優斗が開発した訳では無く、この世界にある既製品を使用している。

 布や皮に施される、雨避け、と呼ばれる表面処理。妖精の欠片、すなわち物質操作によって布と布の隙間を埋める事で、雨がしみ込むのを防ぐと言う物だ。これを応用して、熱に強い布地に空気を通さない、かつ軽いモノをコーティングする事で、その代用とした。


 この熱気球、一番の難点は球皮の強度がそこまで高くない事だ。それ故に、優斗は浮かせた状態で接地させ、誰かを乗せてからロープを離す事で再び離陸させる予定だ。


「ところで、何方をお乗せすればよろしいですか?」

「俺が乗る」


 その言葉に、優斗は慌てる。

 万が一、シーア公が乗った気球が墜落でもしようモノなら、間違いなく大問題に発展する。普通に浮上すれば問題はほぼ無いのだが、こんな場所で、こんな状況だ。どんな妨害が入るか、分かったモノではない。


「と、言いたいところだが、今日のところは騎士団の者に任せておく」

「そうですか」


 優斗がほっとすると同時に、気球が地面へと降り立つ。

 そして誰もが遠巻きにする中、優斗と、それに付き従うように大柄な影が1つ、気球へと向かう。


 優斗は隣に付いてきた騎士――別働班として地上から気球を追っていたライガット――の手を借りて気球に乗り込むと、代わりにフードで顔を隠したシャーリーが降りるのを補助し、その身をライガットに預ける。そしてすぐさまこの場を離脱する様にと視線で指示を出すと、彼らから少しでも注目を逸らせるためにと、大声で叫ぶ。


「では、どなたかお乗りください!」


 優斗は叫んだ後、ヴィスの耳元に「どう?」と囁きかけると、次は耳を差出して「大丈夫」と言う返答を受け取る。

 大声を上げて視線を集めたと言う事は、周りを囲む騎士達がその光景に注目していると言う事であり、あるものは微笑ましげに、またあるものは憎々しげにその光景を見ていた。


 少し間をあけて前に出た、副団長と名乗る人物はかなり大きな身体をしており、籠に乗るとそれだけで半分近い場所を取られてしまった。


 優斗は仕方なく、ヴィスを守るように抱きかかえながら、地面に打たれた杭からロープを緩める様、願い出る。そして視線の一部がきつくなっている事に気付かぬまま浮上し、10分ほど上空で耐空すると、再びロープを引いて貰い、今度は同時に球皮の中に付けたロープを引いて中の空気を追い出す事で着地する。その際、球皮を開けた方の場所へ落ちる様、ヴィスに風で操作させる事も忘れない。


 ちなみ優斗がヴィスを抱きかかけている状態に無頓着なのは、テスト飛行の際に閉所でシャーリーとヴィスに挟まれると言う今以上の状況を体験した際に既に何度も慌てていたせいなのだが、周りの人間にはそれが優斗にとって自然でごく当たり前の状態だと勘違いされ、嫉妬が増しているのだが今は関係が無い。


「どうでしょうか?」

 地に降り立った優斗は、ヴィスを後ろに従え、再びシーア公の前へと立つ。


 すると騎士達の注目が球皮ごと地面に横たわる気球と優斗達に別れる

 気球を興味津々に見つめるのは、一部の騎士や軍務大臣を筆頭とする参謀たち。そして優斗達の方に視線を向けているのは、主にシーア公に視線を向けている近衛や真面目な騎士達。それ以外の視線は優斗、と言うかヴィスに向かう視線だ。


 それなりの容姿に、シーア公の前に出る可能性も考えてそれなりに良い服を来せられているヴィス。気球にぶら下がる籠の中に居た時には顔しか見えなかった上、寒さ対策に外套を羽織っていたのだが、シーア公の前に出るにあたってそれを脱いだため、地に降り立てからは彼女の全貌を見る事が出来る様になった。それにより、騎士団の男どもの視線が集まるのは、ある種仕方のない事だ。気球に乗るにあたって、特に上半身は空気を孕んで膨らむ部分の少ない服装を選択した為、布を押し上げている部分が際立ち、いつも以上に主張している様に見える上、風で髪や服装が乱れている。優斗が多少直したとは言え、その姿は騎士団の、若い男の視線を集める程度には、色っぽい。


「うむ。良いな。これを戦で使えば敵陣は丸見え、と言う訳だ?」

「はい、その通りです」


 優斗の主張したいであろう部分を口にしながらも、シーア公の心の内はそこにない事を、優斗は察していた。

 空を飛ぶのは人類共通の夢の様なものであり、何より男の浪漫だ。実用以上に、期待が募る事は、優斗にも安易に想像が付く。


「よし、条件付きでお前の望みを叶えよう」

「ありがとうございます」

「代わりに、これは置いていけ」

「かしこまりました。ただ、1つお願いがあります」

「何だ、言って見ろ」

「現在、私どもは追加生産を行っております。ですが」

「あぁ、判った。金か、現物か。必要な物を後で申請しろ」

「ありがとうございます」


 こうして、優斗のシーア公謁見は終了し、様々な条件付きではあったが望んだ権利を与えられる事となった。

 そして優斗はほぼ思惑通りの展開に喜びと、熱気球を騙すような形で献上した事への罪悪感を覚えていた。


 熱気球はその性質上、大きな火力をを必要とする。優斗はそれを、規格外のギフトで賄ったが、実際に使用する場合はガスボンベを開発する必要がある。そうでなければ、球皮を地上で熱してから浮上した後、中の空気が冷めるまでしか飛行出来ないからだ。それでは今回の様にルナールの外から宮殿付近まで飛び、着地してから再離陸などは恐らく不可能だと優斗は考えていた。そう言った意味では、あの紹介方法は詐欺行為とまで言わずとも、フェアではない。


 しかしそれを気にする余裕は優斗に存在せず、今は出来るだけの物を引出し、シーア公に対しては然るべき後にサポートと更なる技術提供で詫びと信頼回復に努めようと、優斗は考えていた。当のシーア公は、本来の性能であっても安い買い物であったと考えるのは間違いないのだが、それは優斗の知るところではない。


 シーア公と別れた後、優斗は次なる行動に移る為、協力者たちに次なる方針と指示を伝えようと、馬に乗り込む。


 ほぼ最善の状態でユーシア奪還を開始できる事に心底安堵する優斗。

 そんな彼が、当初予定していた気球の着陸地点で待機しているチャイの存在を思い出し、忘れていた事に内心で謝罪しながらノルに伝言を預けたのは、西ルナール門を出た後だった。

シーア公謁見、決着編でした。


そして相変わらずそんな役回りなチャイなのでした。

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