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異世界行商譚  作者: あさ
斯く為すべき者
83/90

各々の尽力

 方針が決まってからの一か月間、優斗はひたすら"ソレ"の作成に奔走し続けた。


 物資や人手の手配や連邦との取引、ユーシア奪還の下準備は優斗以外にも適任な者が居る。むしろ、優斗でない方が捗る部分も多い。

 唯一、ユーシア奪還の下準備だけは優斗の指示によりライガットが脱走騎士団を動かす形になっているが、最初の方針と指示だけを出してその後はほとんど任せっぱなしだ。


 光陰矢のごとし。忙しい時間は異常な程早く過ぎて行く。

 クシャーナがまだ無事、むしろギフトの有用性から丁重に扱われていると言う情報のおかげで優斗は憂いなくソレに集中する事が出来た事もその一因だろう。


 連邦との取引も問題無く終了した旨が早馬で知らされており、王国の王と会談があると言うシャオジーはすぐにこちらには来れないが、フレイは商品と共に既に公国に向かっているそうだ。アロウズは、ユーシア奪還の工作を行う為に王国内に居残っている。


 金策の方は優斗の手持ちで何とかなった為、メリルは資金提供の代わりにその立場による優位と伝手を提供してくれた。おかげでキャリスが担当する資材や人手、場所の手配がスムーズに進み、結果的に資金の節約にもなった。新たなコネクションを得られる上に、伯爵家と懇意になる好機だとキャリスが張り切っているので、そう言った意味でも作成準備班は異常な速さで仕事を熟して行った。


 作成班本隊は優斗指揮の元で大人数を抱えて急ピッチでの作業に追われた。作成自体にシャーリーは非協力的だった、と言うか出番がほとんど無かったが、意外と器用だったチャイはノートPCの充電以外にも大人数相手の炊事や洗濯に奔走し、地味ながら重要な働きをしている。ちなみにそう言った方向での器用さが低いヴィスは、食材調達と警備・護衛を担っている。


 そして各々が最大の尽力を見せた一か月が過ぎ、シーア公への謁見日を迎える事となる。



 謁見日当日、この国の正装に身を包んだ優斗は、1人、シーア公の住む宮殿へとやって来た。


 チャイは奴隷な上に礼儀作法が壊滅的なので論外。キャリスは表立った行動に巻き込むわけにいかず、メリルはもっとマズい。微妙だがまだ連れていける可能性が高いフレイとアロウズは王国から戻っていない。そしてヴィスにシャーリー、ライガットは別働隊として他の仕事がある為、必然的に優斗は1人で来る事になったと言う訳だ。


「どうも、おはようございます」

「あぁ」

 宮殿の門兵に謁見許可証を手渡すと、胡散臭そうな表情で見つめられ、優斗は愛想笑いを返す。


 胡散臭そうなのは自分の顔か、それとも背中に背負っている大きな鞄か。そんな風に考えながら、優斗は背負い鞄を地面に下ろすと門兵の方へと押し出す。


「どうぞ、検めて下さい」

「ん、あぁ」

「献上品ですので、丁寧に扱って下さいね」

「わかっている」

 余計な事を言ったかな、と思いながら優斗は検閲が終わるのをのんびりと待つ。


 途中、何度か「これは何だ」と尋ねられたが、正直に答えたり、適当にはぐらかしたりしているうちに、長い検閲が終わる。

 荷物を受け取ると、待合室らしい大きな部屋に通され、手持無沙汰になった優斗は緊張から来る震えを誤魔化す為に、鞄の中身を確認し始める。


 ユーシアを取り戻すに際して、ここが最初の山場だ。

 例えルエインを排し、クシャーナをたてる事が出来たとしても、公国が攻めて来ては意味がない。だからまず、公国を止める必要がある。


 柔らかいソファーに腰かけた優斗は、足が震えている事に気付き、膝を叩く事でそれを強制的に止める。

 たくさんの協力者の尽力で、十分に準備を行う事が出来た。だからこそこの程度の条件、引き出せないはずがない。覚悟を決め、威風堂々と振舞えば、今の自分に出来ない事などない。己のそう言い聞かせながら、お守り代わりの携帯電話を取り出す。


 あれから一度も動く事の無い携帯電話の真っ黒な画面には、優斗の顔が写るのみ。しかし目を瞑れば、僅かな時間だけ表示された愛する人と、我が子の写真が思い出せる。

 彼女から託されたモノを守れるのは、自分しかいない。彼女の加護を得た自分が、負けるはずがない。優斗は再び己に言い聞かせる為の言葉を呟く。


 しばらくそうしていると、扉が上品に叩かれ、優斗は立ち上がり「はい」と答える。


「お待たせいたしました」

「はい」

「どうぞこちらへ」

 高級そうなお仕着せに身を包んだ侍女は、それ以外何も口にせず歩き出す。


 優斗は背負い鞄を右肩にかけると、同じく口を閉ざしてその後を追う。

 長い廊下に足音が響き、優斗の不安を膨らませて行く。言葉を吐く事で空気を抜きたいところだが、息を抜けばもう戻せない様な気がして、優斗はそうする事が出来なかった。


「こちらです」

 そう言って振り向くと、侍女は扉をゆっくりと叩き、中からの返事を待つ事なくその場を離れる。


 そのまま優斗とすれ違い、去って行く侍女の後姿を思わず振り返った優斗は、また不安と孤独を覚えたが、それでも拳をきつく握ると前を向き、扉へと一歩踏み出す。


 次の瞬間、扉が内側から開かれ、優斗は思わず足を止め、その内部に魅入ってしまう。

 正面には小さくシーア公らしい人物が座る装飾椅子が存在する。優斗の立っている場所よりも高い場所にあり、更にかなり距離が離れているのは狙撃対策だろうかとずれた事を考えた優斗は、自分の思考が変な方向に暴走していると気づき、小さく深呼吸をする。


「入れ」

「はい」

 丁度深呼吸を終えた瞬間に声がかけられ、声が上ずる事も、慌てる事もなく返答出来た優斗は、また一歩踏み出す。


 入り口付近の左右に並ぶ騎士は槍を手にしており、腰には剣も据えられている。

 進めと言う視線に誘導されるように少しずつ奥へ移動して行く優斗は、段差になっている手前で騎士達が軍靴を鳴らした事で、反射的に立ち止まり、頭を下げる。


「良く着た。商人優斗」

「お目にかかれて光栄で御座います、シーア大公様」

「公で良い」

「畏まりました」

 定型句らしいやり取りを終えると、優斗は顔を上げ、真っ直ぐにシーア公を見据える。


 シーア公を前と相対した優斗は、直前までに感じていた緊張をほとんど意識できない状態にあった。

 無論、緊張していない訳ではない。ただ単に許容量をオーバーし、吹っ切れて開き直っているだけだ。


 それでも思考がクリアな状態で回っていると言う意味で、優斗にとって良いコンディションになったと言える。


「今回は何用だ?」

「はい。

 この度私は、シーア公様に異国の品を献上する為に謁見を所望致しました」


 その言葉に、シーア公とその隣に控える2人の男の視線が、優斗の背負い鞄へと向けられる。

 優斗はまず一手目にと、砂糖の入った袋を取り出し、膝を付いて掲げ上げる。


 すると優斗の真横あたりに控えていた、先程とはまた別の侍女がそれを受け取り、檀上へと登って行く。


「これは?」

「砂糖と言う、甘味でございます。

 シーア公様におかれましては、姪御様よりお耳にされており、既に存じ上げておられるのではと考えております」


 微妙に言葉遣いがおかしい気がする、そして面倒臭い。

 優斗はそんな風に考えながら、時間を見つけてメリルから学んだシーア公謁見対策の1つである、公国貴族式の言葉遣いを実践する為にいつも以上に頭を働かせる。


「うむ、聞いておる」

「左様でございますか。

 では、私がその砂糖の交易を始めるつもりであると言う事も、ご存じでしたでしょうか?」

「いや、それは聞いておらんな」


 相手が国の最高権力者であっても、いや、むしろ最高権力者であるからこそ、根回しと言うのは重要だ。

 しかし優斗のそんな当ても伝手もあるはずがなく、今回はシーア公の姪御にさりげなく砂糖の話と、それをもっと手に入れて美味しいお菓子を作らせたいと伝えて貰う程度の事しかしていない。


 そう言う意味では、これは優斗の手札の中で唯一シーア公の興味を確実に引く事が出来るモノであり、だからこそ最初に切る事を決めていた。


「相手は王国か、それとも帝国か?」

「ズウェイバー連邦と言う名の、海を越えた遥か東の国で御座います。

 その国を代表する商会と、縁が御座いまして」


 そう言って次は、ズウェイバー連邦との交易契約書を差出す。これは、フレイとアロウズの献身により、先日早馬により届いたものだ。

 同じ様に侍女によって運ばれた契約書を目にしたシーア公は、ふむ、と呟いただけだった。しかし、その隣にいた2人は訝しげな表情を浮かべる。


「大公様、私も商人に問うてよろしいか?」

「許す」

「おい、お前」

「はい、なんでございましょうか」

「何故この書類に、王国の商会の名が書かれている」

「それは、王国の商会に仲介をお願いしたからで御座います」


 優斗の言葉に、もう一方の男の視線が厳しいモノとなる。

 大方、王国の珍しい品を遠い異国の品と偽って売りつけようとしているとでも勘違いしているのだろうと予想した優斗は、そちらが軍務の大臣で、話しかけてきた方が政務の大臣なのだろうとあたりを付ける。


「そうするとだ、商人。既に連邦とやらは王国と取引をしていると言う事ではないか?」

「その通りで御座います」


 優斗の言葉を受け、政務大臣が眉間に人差し指を当て、目を瞑って考え事を始める。

 しかしその体勢は長くは続かず、すぐに優斗の方を向き直ると、厳しい目つきで睨みつける。


「商人。王国と結託していないと言う証拠はあるか?」

「御座いません」

 優斗のあっさりとした返答に、政務大臣が眉を潜める。


 軍務大臣はこう言った用向きの話に自分の出番が無い事を自覚しているので口は挟まないが、それでも睨みは効かせており、シーア公の方も優斗を観察する様にじっと見つめている。

 そんな状況であるにも関わらず、優斗は真剣な面持ちを解き、いつも以上に深みを増した営業スマイルを浮かべると、シーア公に向かって言葉をかける。


「ですが、私は王国と結託などしておりません」

「証拠が無いにも関わらず、か?」

「はい。ですので、私はシーア公様に、そしてルナール公国に貢献する事でそれを証明したいと考えております」

「貢献、か。申して見よ」

「まず、まだ王国が手にしていない技術を献上させて頂きます」


 そう言って、今度は袋から飛び杼を取り出すと、再び侍女に手渡し、檀上へと届ける。

 これは革新的な技術であり、その証明も十分に行われている。しかし、同時に優斗を危機に追い込むかもしれない、諸刃の剣でもあった。


「そちらは飛び杼と言う物でして、この度の絹相場暴落の立役者で御座います」

「なっ!?」

 シーア公は、ほう、と軽く驚いただけなのに対し、政務大臣は目を見開いて驚いている。


 このまま放置すれば、優斗は公国の絹市場を荒らした犯人にされかねない。だからこそ、相手が驚いている間に畳み掛けるべし、と優斗は矢継ぎ早に言葉を放つ。


「私はこれをなんとか公国のお役にたてる様にと苦心して完成させたのですが、それを掠め取った者達がおりまして」

「なっ、ならばお前は、お前から奪い取ったこれを使って、あの商会が絹の大暴落を引き起こしたとでも言う気かっ!?」

「さすが大臣様。ご慧眼、感服致します」

 思わず出た言葉に、皮肉に聞こえたらマズいなと考えながらも、優斗は袋から紙束を取り出す。


 取り出したのは、飛び杼の設計図だ。しかし今回は侍女に手渡す事無く、図面を壇上へと向けて掲げると、再びシーア公へと視線を向ける。


「こちらがその図面となっております。これを使う事で、布の生産効率が3倍になるのですが」

「さんっ!? おい、それを早く見せよ!」

「私がロード商会の手の者であれば、こんな重要な書類をお渡しする事はありません」

「あぁ、そうだな。それが本当にそなたの言葉通りの物であれば、今回の件に関してお前に責は無いと私が保障しよう」


 政務大臣の言葉に負けた訳ではないが、優斗は素直に書類を侍女に手渡す。

 そして政務大臣がそれに見入っている間に、優斗は彼を置き去りにして次の話を始める。


「ところでそちらのお方は軍務大臣様とお見受けしますが、お間違いありませんでしょうか」

「あぁ、そうだが、それがどうした」

「ユーシアとの戦が近く、お忙しい中で時間を取って頂き、ありがとうございます」

「あぁ。いや、これも務めだ。私よりもシーア公様に礼を言う事だな」


 今までのほとんど無視されるような状況から、一転して感謝を向けられた軍務大臣は、強引な話題転換であるにも関わらず、少しだけ上機嫌となる。

 そんな上機嫌な軍務大臣と、その隣で相変わらず優斗を見つめ続けているシーア公に頭下げると、優斗は再度口を開く。


「この度の戦、私にもそのお手伝いが出来るのではないかと考えておりますが、どうで御座いましょうか」

「ん、あぁ。そうだな。折角の申し出だ。武器やら糧食を納品できると言うなら、騎士団の担当者に会い、私の名を出すと良い」

「ありがとうございます」

 やはり、と優斗は頭を下げていて顔が見えない事を幸いにと、にやりを口元を歪める。


 一か月前、キャリスは食糧や鉄が不足気味だと教えてくれた。その場では、それは確実に戦争が起こると判っているのならば安定した先物買いとして起こった事なのだと納得したのだが、後から考えて、もう1つの可能性に思い当たった。

 ある日、作成班に指示を飛ばし、疲れ切って眠る前にふと思いついた仮説。その裏付けも、ある程度キャリスが取ってくれてはいたが、さすがに公国の内部事情まで正確に把握できなかった。


 普通に考えれば、騎士団の品物は国と懇意の商会が仕入れを行う。入札制度の無いこの国ではそれが当然の事であり、例え優斗の事を気に入ったのだとしても、初対面の商人相手に安易なお墨付きを与えるのは不自然だ。普段であれば、一度見てやる、と言う言質が取れれば御の字だろう。


 その事から、優斗は騎士団がまだ十分な物資を手に入れていないどころか、目途すら立っていない可能性もあると考える。


「私は慎ましやかに商売をしているしがない商人ですので、騎士団の方に使って頂けるほどの物は取り扱っておりませんが、王国から仕入れる伝手でよろしければ、ご紹介させて頂きます」

「王国、だと。本当か?」

「えぇ、もちろんで御座います」

 軍務大臣の顔に浮かび上がったのは、純粋な驚きだった。


 王国と公国は停戦中とは言え、一触即発の状態である事には違い無い。

 そんな二国の間で武器をやり取りすると言う事は、己の戦力を敵国に奪われるも同然であり、普通であれば関で止められる。


 そうならない方法を優斗が持っていると言うのは本当だ。

 その方法はとても単純で、シャオジーと言う第三勢力を介し、海路を経由する事で王国の目を掻い潜り、公国へと荷を運び込むと言うモノだ。


 しかし、優斗は今この場でその方法を口にする気はない。それでもこの場に審判のギフトを持つ、嘘を見抜く人間がいるのであれば、本当である事は相手に伝わる。そしてこのような重要な場に、有益な能力を持つ人材を配置しない理由は無い。

 説明しない事により、少し前に問われた王国との結託について言及される可能性はあるが、こちらも実際にはギフトにより真実だと判明している事は確実であり、軍備を購入できる伝手を捨ててまであえて指摘はしないだろうと優斗は踏んでいた。


「ご用命の際は、是非お声をお掛け下さい」

「うむ、その時はよろしく頼む」

 既に軍務大臣は、如何にして吹っかけられないようにするか、もしくはこの場の交渉で仕入れを確定できないかと言うところまで思考が進んでおり、優斗が己の言葉とは違う提案を返すと言う無礼を働いている事にすら気づいていない。


 大臣2人の反応に、十分な感心を得られたと実感した優斗は、まず最初のハードルを越える為のお膳立ては整ったと、小さく息を吸う。そして、吸った息と共に次の言葉を吐きだす。


「現在、ルナール公国で起っている物資の不足は、ロード商会の手によるものです」

 集まった3人分の視線と向き合いながら、優斗は再び真剣な表情を浮かべる。


 まず軍務大臣、次に政務大臣に視線を向けた後、シーア公へと向き直った優斗は、その瞳から目を逸らさず、言葉を続ける。


「ロード商会がユーシアの独立に際して、後ろ盾となっている事は、周知の事実です」

「ふむ」

 シーア公が肯定も否定もしないのは、それが優斗の言葉が示す通り、公になって居る情報では無いからだ。


 落ち着き払った態度を崩さないシーア公。それは国の頂点に立つ者として正しい振る舞いだ。

 そんな彼の風貌は三十代半ばから四十代と言った程度に見え、相対している優斗は、威圧感よりも威厳と落ち着いた印象を感じていた。遠目からでは詳しい容姿は不明だが、少なくとも不細工ではなく、むしろ美丈夫であると言える程度には渋く整っている。


 2人の大臣の方は、政務大臣はそれっぽく小太りで、軍務大臣は痩せ型だ。筋肉質な感じがしないのは、彼が参謀方面の人間だからだろう、と優斗は予想していた。


「現在彼らは、帝国金貨と帝国銀貨を使って、物資をかき集めているものと思われます」

「それで?」

「ここからは私の予想になりますが、よろしいですか?」

「構わん」


 シーア公の即答に、優斗は一拍置いて大きく息を吸うと、再び口を開いて言葉を放つ。


「もう少ししたら、大量の物資購入の打診があると思われます。恐らく、全額公国金貨での支払いと言う条件で」

「ふむ。何故、そう思う?」

「ロード商会は、公国金貨を、そして公国銀貨を集めているからです」


 事前に告げた通り、これは完全に予想であり、事実ではない。

 より正確に言えば、現在の状況から考え得る、最も優斗の都合の良い仮説だ。


「表だって支援はしていませんが、ロード商会の後ろ盾が帝国である事もほぼ確実です。そして彼らは、経済的に公国に攻撃を仕掛けているのです」

 優斗の突飛な発言に、大臣2人が顔を見合わせる。


 シーア公の方はさすがの貫禄で優斗を見下ろしており、その視線が続きを促していると判断した優斗は、更に言葉を続ける。


「金貨に銀貨。そして銅貨。帝国なら青銅貨もでしょうか。

 いわゆる、通貨と言う物は国力を反映します。その証拠に、現在公国金貨は三国間で最高価値を誇ります」


 これには純度の問題も含まれるのだが、優斗はあえてそれを指摘しなかった。

 そんな細かい事よりも、今は公国金貨や銀貨が最大の価値を持っていると言う事を伝えつつ、適度に公国を持ち上げる事の方が優先される。


「では、そんな公国金貨の流通量が減ってしまえばどうなってしまうのでしょうか?」

「価値は上がるだろうな。今の様に」

 何が言いたい、と言う疑問と僅かな苛立ちを含んだ言葉が政務大臣から発せられる。


 彼の言う事は正しく、現在、品薄であるからこそ公国金貨は高い価値を有している。しかし、優斗はそれに対して別の解を唱える。


「現在のままであればその通りですが、仮に、仮にです。公国の通貨がほとんど手に入らなくなったら、どうなると思いますか?」

「更に価値が跳ね上がる、だろう?」

「いいえ。私は違うと思います」

 確信していた答えを否定され、政務大臣の顔が赤らむ。


 それは商人風情に己の断言を即断で否定された事に対する怒りであり、羞恥でもあった。


 調子づいてきた優斗は、言葉選びを間違ったと反省しながら、政務大臣の怒りが爆発するとこの勢いが殺されて厄介だと判断し、止まる事なく続く言葉を口にしていく。


「通貨の価値は国の信用です。流通量が減り、使い勝手が悪くなれば主流から外れ、その信用と共に価値は落ち込む事になるのではないでしょうか」

 政務大臣は、それはある意味で正しい事だと考えながらも、商人の浅知恵だとも感じていた。


 何故なら、如何に帝国金貨が流入しようとも、現存する公国金貨を駆逐する程の数になる事はないと確信しているからだ。そう考えられるほど、公国金貨の流通量は多い。


「金なんてものは巡り巡って戻って来るものだ。ずっと抱えている事など出来ん以上、何時かは溜め込んだ金貨を使う時が来るのだよ。覚えておきたまえ、商人」

「えぇ、その通りで御座います。ですが、それを覆す方法も存在するのです」


 にこりと笑う優斗の様子を、勝手に挑戦的な表情だと解釈した政務大臣は、シーア公の前である事を思い出して少し冷えた頭で優斗を睨みつけると、どう叱責してやろうかと考え始める。すぐさま幾つかの案が浮かんだ大臣だが、それが有効利用される事は無い。


「公国金貨を鋳つぶして、帝国金貨に変えるのです」

「なっ! そんな事が出来る訳が!」

「同盟や三国間での条約があるから、ですか?」

「そうだ」

 政務大臣が指摘するよりも早く己からそれを明かした優斗を訝しみながらも、大臣は己の意見は正しいと確信し、それ否定する優斗を睨む。


 そして、戯言を聞かされる事になるのだろうと、所詮は商人風情だと表情を嘲笑する。


「金貨を集めているのはロード商会。彼らがユーシアにそれを支払うか、もしくは貸し出します。そしてユーシアが鋳つぶして、金塊として帝国に売る」

「は? 誰が鋳つぶそうが、条約違反に代わりは無い」

「はい、その通りです。その結果、ユーシアは攻め滅ぼされ、帝国は金塊を手に入れて金貨を量産。多少の損を覚悟してでも止めを刺す気があるのならば、市場に残った公国金貨を徐々に回収して備蓄していけば、公国金貨はほとんど出回らなくなります」


 それが実際に起これば、帝国はユーシアに他国の金貨を鋳つぶしたと言う責任を押し付ける事が出来る。そして、市場から多くの公国金貨が抹消され、目出度く帝国金貨が流通量ナンバー1に登りつめる事が出来る。

 もちろんこれは優斗と、その相談者達によってでっち上げられた想像図である。しかし、ある程度の事実と可能性を含む、それっぽい予測なのだ。


「そんな言い訳が通るわけがないだろうが!」

「では、ユーシアが鋳つぶした金を買い取ったからと制裁を行いますか? きっと帝国は、公国が同盟を破棄したと王国に助けを求めるでしょうね」

「先に破ったのは帝国の方だ!」

「そう感じられるのも当然です。しかしながら、悪いのはユーシアであり、帝国は金塊の出先など知らなかったと主張するでしょう。帝国が慎重なら、ユーシアが更にどこかに売り、そこから買う事で出先を知らなかった、と言うくらいの演出は行うかもしれません」


 ユーシアの後ろにはロード商会がいる。そして、ロード商会の後ろには帝国がいる。表向きに公表されている訳では無いが、一部の者達にとってそれは周知の事実だ。

 仮に優斗の言葉通りの展開になったとしても、それだけの理由でユーシアの後ろに帝国がいる、と断言して同盟違反を訴えられる可能性は低い。


「そこで、それを回避する為に私から提案、と言いますかお願いが御座います。聞いて頂けますか?」


 優斗の言葉に対し、シーア公は返答せずに両隣へと順番に視線を向ける。

 それに対して、まず政務大臣が気付き、軍務大臣に近づくと小さな声で何かやり取りを始める。距離が遠い為、優斗にはその内容を聞き取る事は出来なかった。


「商人、申して見よ」

「はっ」


 政務大臣と、彼の予想を聞かされた軍務大臣は、厳しい目つきで優斗の方を見ている。シーア公の方も、今までよりも若干目元が吊り上っている様に感じる。


 政務大臣の予想。

 それは、優斗が武器や糧食を高値で売る為に偽りの仮説をでっち上げ、危機感を煽っているのだと言うものだ。そうであるならば公国内の物資が減っているのは優斗の差し金であると考えるのが妥当だ。先に仮説、予想の類であると告げる事で審判のギフトに引っかからない様にしていると言う意味でも、巧妙な手口だ。そんな風に優斗の手の内を読み切り、優位に立った事を確信している政務大臣は、それに感心する余裕すら出来ていた。


 有能な人材ならば、厳しい罰を提示してやり、罪の免除と引き換えに国に仕えると言う名目で自分の手駒にしてしまうのも良い。そうでなくとも、溜め込んでいる武器と糧食は没収できる。そんな風に考えながら、政務大臣はどの様に化けの皮を剥いでやろうかと、商魂たくましい目の前の商人へと向き直る。彼がどの様な口車で品物を売込もうとするのかと、笑みさえ浮かべて考える。


「ユーシアの奪還を私に一任して頂きたいのです。

 武器を取って戦う事のない、平和的な手段で取り戻して御覧に入れます」


 それは誰もが予想していなかった言葉だった。

 大臣2人は目を見開き、周りに騎士たちはざわめき出す。シーア公でさえも、僅かに驚いている様に見える。


「その為に、お貸し頂きたいモノが御座います」


 そんな中、優斗が考えていたのは、シーア公はあんな風に驚くのか、と言うどこかズレたものだった。

時は進み、シーア公との謁見と相成りました。


単身乗り込んだ優斗くんの運命や如何に。

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