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異世界行商譚  作者: あさ
難敵との遭遇
80/90

思いの所在

 向き合った2人は、表面上では笑みを交わし合いながら対峙する。


 何とかフレイの攻め手を止め、仕切り直しとなった場には当然ながらホスト側の優斗に先手を取る権利が戻っているのだが、彼は言葉を発する事なく笑みを浮かべ続けている。


「優斗様、どうかされましたか?」

「どうか、とは?」

 痺れを切らせたフレイの言葉に、優斗は不思議そうな表情を浮かべて問い返す。


 仕切り直したからには優位を保つために先手を取りに行くのが定石。なのにそれをしないと言う事は、何か意図があっての事だろう。例えば、予想外の状況を避ける為に、まずは情報を引き出す為だとか。

 そんな風に考えていたフレイは、自分から次の題材を口にするのではなく、優斗の発言を促すと言う行為に出た。それが優斗の思惑通りとは気付かずに。


「優斗様がシーア公様に謁見するに足る人物であると、証明して下さるのでしょう?」

「えぇ、そうですね。では、もうよろしいのですか?」

「もう、とは何の事でしょうか」

「ユーシアへと攻め込むべきだというお話です」

 優斗の発言に、フレイは眉を潜めて困惑顔になる。


 当然ながら、フレイのこれまでの発言にはそんな意図は存在しない。ユーシアとクシャーナに付いて言及してはいたが、それはあくまで話の流れであり、フレイが知らないと思われているはずの情報を使って優斗を翻弄する為の一環に過ぎなかった。


 しかしそんなフレイの意図とは無関係に、優斗はそれに対して後付の理由を付与して行く。


「そんなお話はしていないはずですが」

「ユーシアを敵視している様な発言を繰り返している事は事実ですよね?」

「それは、えぇ。そうなってしまった事は否めませんね。ですが、攻め込むなどと言う突拍子もない発言は、如何かと思います」

「メリル様はクロース領のご出身でしたね」

「それがどうかされましたか?」

 問い返しながら、フレイはちらりとメリルを振り返る。


 目のあったメリルが目を細めた事で何か問題があるのだと言う事を察したフレイだが、詳細な理由までは瞬時に思いつく事が出来ず、その理由を考える事に思考を割く羽目になる。


「そしてヤード伯爵家にも、お付きの商人や懇意な商家はあるはずです」

 その時点で、エーカー子爵が、あっ、と声を上げる。


 そして必要があれば口を挟むべきかとライグルの動向を更に子細に観察し始めた。


「伯爵家の代表。そしてメリル様の代理にして従者としてこの場にいるフレイさんは、当然ながら主に最も利益となる選択をされるつもりでいらっしゃいますよね?」

「もちろんです」

「そう言う事です」

 聞き流す様に舌戦を観察して居たマイル男爵もまたそれに気づき、しかし年の功かエーカー子爵の様に声は上げず、目を見開くに留まる。


 特に大きな野心を持たない彼であっても、公国の今後、すなわち自分の地位の基盤に関する事柄を聞き流し続ける程、耄碌はしていないようだ。


 優斗が暗に提示しているのは、平和的に解決を行った場合と、戦争が起こった場合に後者の方が利益になると考えれば、そちらを選択するのですねと言うだけの事だ。

 そして、フレイの発言が既に後者に寄っていると言う事は、戦争を行う方が利益がある、すなわちそれを見越しての仕入れを、懇意の商会や首都からユーシアまでの道中にあるクロース領で手配済みなのではと言う疑惑だ。


 戦争に必要な物。すなわち武器を含む物資や、戦力の要である人材を既に抱え込んでいるのであれば、是が非でも戦争を起こす方向性で話を進める事になると言う事だ。例えそれが、公国に多少の不利益をもたらそうとも。

 もし平和的に解決された場合であっても、余った物資が売られて行く先も問題だ。王国や帝国にと言う事になれば、これもまた公国の不利益となる可能性がある。


 フレイと、そしてライグル以外の全ての人間がその意図を察した事で、場に緊張が走る。


 この話し合いにおいてフレイが優位を保ってきた最大の理由は、優斗の心理と感情の機微を読み取り、最大効果を発揮するタイミングに手持ちの情報を叩きつけて来た事にある。多少は自分の有利な話題へ誘導も行ったが、議題の結論や行きつく先は、彼女にとって重要な項目ではなかった。


 故に優斗は、ソレを最大利用すべく、複雑化する方向性に話を展開して行く。


「私はユーシアを平和的に帰属させる方法があると言いました。ですが貴方は、それを否定した。そうですよね?」

「え、えぇ。結果的にそうなりましたが、元々は優斗様がその方法を口にする事を渋ったせいではありませんか?」


 責任の押し付け合いの様な会話は、優斗にとって不利に働くものだ。

 何故なら、優斗は己の有用さを示す必要があるのに対して、フレイ側は自分の評価が幾ら下がろうが関係ない。最終的に彼女は、優斗の信用を失墜させれば、この舌戦の勝者となる事が出来るのだから。


「では何故、クシャーナ様の行動まで悪しざまに解釈されるのですか?」

「公国を裏切った領主様であっても、その行動は好意的に受け取るべきだと、優斗様はそうおっしゃるのですか?」


 先ほどからクシャーナを庇う発言が続いている事に、フレイはそこに更なる攻めを差し込む事が出来るはずだ、と思考する。

 ユーシアが裏切ったのは明白であり、同時期に失踪したクシャーナが式典を無断で放棄した事も事実である。堂々と公国の敵に肩入れするこの発言は、フレイにとって格好の的になる。


「えぇ、その通りです」

「理由をお聞かせ願えますか?」

「独立宣言を行ったのは、自称ユーシア独立領の領主、ルエイン・ユーシア。

 何故クシャーナ様でないのか、とはお考えにならないのですか?」


 クシャーナ・ユーシアはまだ幼い少女だ。領主になったのも公国の都合であり、本来ならば適齢であるルエインが領主になる方が自然だ。故に、公国を離脱するユーシアがルエインを領主に据えるのは当然である、と言うのは間違った連想ではない。公国から離脱するのだから、公国の都合で無理やり据えられた者が領主を続ける必要は無いのだ。

 そう言った内容を口にしようとしたフレイだが、それもまた優斗が発した言葉と同じ、単なる予想であると気づき、喉まで出ていた言葉を飲み込む。そうしなければ、また水掛け論だとこの話題を止められる事になり、そんな事が続けば優斗は、フレイがわざとそうなるように仕向け、時間を稼いでいる様に見える様に誘導してくる可能性が高い。


 ならばそれを逆手に取れる時までそう言った発言は控えるべきだ。そう判断したフレイは、優斗の言葉を否定する事なく、反論を行う。


「仮にクシャーナ様がそうお考えだとしても、領地の管理が出来ていない点は責められるべきだと、私は思います」

「そうですね。でも、そうだとすれば彼女は失敗を犯しただけの領主であり、その身分に変わりはない。そうですよね」


 優斗のクシャーナに関する論議は、そのほとんどが私事だった。

 クシャーナが全ての元凶であり、諸悪の根源である様なフレイの言葉。優斗にとって、それは許容できるものではなかった。だからこそ、水掛け論と断じた論争の延長になる事が判って居ようとも、誤解を解く機会を作った。多少強引な舵取りであっても。


「その失敗を償わせる為にも、私はユーシアを平和的に公国へと帰属させるべきだと考えています」

「償いをさせるだけならば、平和的な手段にこだわる必要はないのではないですか?」

「再びあの地で戦争が行われれば、間違いなくそんな余力はなくなると思うのですが、フレイさんはどう思われますか?」


 優斗の言葉は、フレイに向けられている様で実際には貴族達に向けられていた。それは今の言葉だけではなく、クシャーナに関する擁護、全てに言える事だ。

 そんな場合ではない事は、優斗も判っていた。それでも大切な女の子を悪しざまに言われ続けた事に、そしてそう誤解されてしまう事が優斗には我慢出来なかった。


「それに、戦争で取り返したユーシアは、きっとクシャーナ様以外の、更に言えばユーシア家以外から領主が立てられると、私は思うのですが、いかがでしょうか」

「それは当然かと」

「私はクシャーナ様に、きっちりと償いをして頂き、その上で必要とあらば領主の立場から退いて頂きたいと考えています」


 心にもない言葉を口にしながら、優斗はそうならない方法を考える必要があるな、と頭の隅で考える。

 そして言いたい事をほとんど言い終わった優斗は、少し満足げに笑みを浮かべると、フレイの反論を待たずに話題転換を図る。


「ところで、ロード商会のハリスさんが私に会いに来た件なのですが」

 優斗の突然な話題転換に、フレイが声を上げる事無く驚嘆する。


 しかし驚いたのは話題転換自体にではなく、ほとんどその内容に対してだ。何故ならそれは、優斗にとって不利に働く内容であるとフレイは考えていたからだ。


「私は、異国の技術を幾つも持っています」

「っ!?」

 それは優斗にとって、切り札とも言えるものの1つだった。


 フレイはそれが、公国でも王国でも帝国でも、更には連邦でもない異国の技術である事を知っている。そしてそれは、優斗の足場を崩す事が出来る、弱点足り得る情報である、と思っていた。

 そんな諸刃の剣をあえて場に出したと言う事は何か方策があるのだろうと考えたフレイだが、念の為、頭の中から対抗手段として使っても問題の無い情報を検索する。


「例えば、現在市場を荒らしている絹の暴落。あれの原因となった新型機織り機もその1つです」

「なにっ!?」


 思わず叫んでしまったのは、エーカー子爵だ。

 彼は今回の暴落で被害を受けた者の1人だ。上昇志向の強い彼は、根回しや説得、賄賂に大量の資金を投入している。それを行うには当然ながら財源が必要であり、今回も式典の開催に合わせて子爵家の資産で様々なモノを買付け、時期を見て売捌く様にお抱えの商人や懇意にしている商会に指示を出していた。その結果、資産の一部を失った。


「それはどういう事だ、商人!」

「そのままの意味です。エーカー卿」

「今回の仕掛け人はお前だったと、そう言う訳か!?」

「いいえ、それは違います」


 闖入者の登場に、優斗は体の向きを変えて軽く頭を下げて応対する。

 少しだけ顔を上げるとライグルから何かを問いかける様な視線が向けられており、優斗はそれに対して首を小さく横に振る事で応える。


「ルナール公国、ユーシア領にて様々な技術の実践を行っていたところ、王国が攻め込んで来たのです。そしてその技術を、帝国兵に便乗して戻って来たロード商会が掠め取って行った」


 言葉を止める事無く、優斗はライグルにだけ見える様に指を三本立てて見せる。するとライグルは執事に指示を出し、貴族達の前に1枚ずつ紙が配られて行く。


「狙われたのは、私の命と飛び杼と言う、機織り機の生産性を3倍にする技術です。彼らはそれを独占し、公国で一儲けした結果が、今回の騒動です」


 エーカー子爵は配られた紙に書かれた略図を睨みつけ、マイル男爵はそれに目もくれず優斗の方を見つめており、メリルは表面的には笑みを浮かべ、フレイと優斗を交互に見つめている。


「ロード商会は私にとって敵です。彼らにとっても、私は邪魔な存在でしょう。故に、あの場で出会った本当の理由は、宣戦布告か、脅しか。そんなところでしょう。

 その証拠に、私が逃げ出す際、追手が放たれました。そしてその直前まで一緒だったクシャーナ様が攫われた」


 フレイは己を無視して他方を向いている優斗を睨みつけ、優斗はそんなフレイを一瞥もせず、貴族達に向かって話し続ける。


 話半分にしか聞いていないライグルを除く2人の貴族の当主は、優斗が発した言葉により、迷っていた。

 優斗の話が真実であると仮定すれば、彼はユーシア領の独立を脅かす情報か、或いはユーシア領の独立を維持させる事が出来るに足る技術を手にしていると予想出来る。


 話し合いが始まる前に優斗が考えていた通り、フレイはひたすら否定し、優斗の謁見を頑なに拒否する事でも勝利を得る事が可能だ。それを実行された場合、果たして優斗はその情報を公国の為に差し出してくれるのか、怪しい。強制的に吐かせると言う方法もあるが、誤った情報や嘘の技術を申告される可能性が高まる。それ以外にも、表面上は従った振りをしたり、長引かせて多量の資金を吸い取られる、と言う事も考えられる。


「私は、シーア公様に私の持つ異国の技術を献上し、代わりにある事を懇願したいと考えています」

「懇願、ですか?」


 フレイがそう呟くと、優斗はようやく彼女の方へと視線を向ける。

 向かい合った優斗は真剣な表情を浮かべており、フレイも釣られて真顔になる。


「私のせいで攫われたかもしれないクシャーナ様の救出。その為に、ユーシアを平和的に取り返す許可を頂きたいのです」


 そう言い切った優斗は、フレイの次なる反撃に備え、迎撃態勢を取るが、何時まで経ってもそれがやって来る事はなく、拍子抜けしてしまう。しかしすぐに、それが狙いかと一度ゆるめた気を引き締めるが、やはり反論はやって来なかった。


 優斗はフレイが、貴族が勘違いしている異国の技術の出先が連邦で無い事を指摘し、優斗がその第三国の密偵であり、ユーシア独立を影から仕組んだ。もしくはクシャーナと恋仲であり、対抗勢力の内部に潜入する密偵である、と反論するだろうと考えていた。しかし現実にはそのどちらも口にせず、押し黙っている。


「どうでしょう、フレイさん」

「そうですね。1つ、お聞きしたいのですがよろしいですか?」

「何なりと」

「クシャーナ様は、貴方にとってどんな存在なのですか?」


 そら来た、と優斗は予想が的中した事に感嘆する。

 ここで小細工を行えば、間違いなくフレイは穴を見つけ、突き崩しにかかる。そう確信している優斗は、ただ正直に己の内にある思いを口にする。


「私の家族で、とても大切な女の子、ですね。あぁ、領主様を女の子と称するのは不適切ですね。女性、とすべきでした」

「はぁ、そうでしたか」


 やはり優斗様はユーシアと繋がっていたのですね。

 最低でもそのくらいの事は言われるだろうと予想していた優斗だが、今回もまた予想は外れ、フレイは何かを悩んでいるかの様に俯いている。


 しばらくそうした後、フレイはメリルへと視線を送り、頷き合うと静かに椅子から立ち上がって貴族3人、主にライグルへと向き直る。


「お手数をおかけして申し訳ないのですが、ライグル様に今一度ご確認させて頂きたい事がございます」

「ん。なんだ?」

「この場の決定権。言い換えれば、どの様にして決定を行うかを、私に判断させて頂けると考えてよろしいですか?」

「あぁ、最初にそう言ったと思うが」

「ありがとうございます。そして、同じ事を二度に渡って確認させて頂く形になってしまい、申し訳ありませんでした」


 舌戦の相手を放置して話を進める。そんな直前の優斗と似た行動を取ったフレイが告げた言葉に、優斗は口を挟む事が出来なかった。

 それは先程の優斗が仕掛けた時にフレイが口を出さなかった理由と同じく、貴族が会話しているところに無暗に横入りすると色々と不利になると考えたからだ。


「では、優斗様に謁見許可を下ろすべきか否か、決めさせて頂きたいと思います」


 フレイが舌戦の終了を示唆し、優斗はそれを止めるべきか迷ってしまう。

 優斗は貴族達に対して、この件を認めなかった場合の不利益を吹き込む事に成功している。このままの状態で不許可とした場合、その決定を行ったに等しい伯爵家は、子爵家と男爵家から少なからず睨まれる事になる。それを回避するには、認めるか、優斗の言葉をきっちりと否定する必要がある。


 以上の理由から、この状態でフレイが判決を出すならば、許可すると言う選択肢しか存在しない。仮に不許可とした場合、穏便に伯爵家に仕える事が出来るとは到底思えない。そしてそれが判らない程、フレイは馬鹿ではない。


 ならばここは止めるべきではない。優斗はそう判断し、勝利を確信しながら、フレイが路頭に迷わない様、伯爵に認められる程度の成果を引き渡すべきか、等と考えていた。


「ライグル様。エーカー子爵様。マイル男爵様。メリル様。そして私、フレイの5人で多数決を取り、その結果を答えとしたいと思います」


 フレイが宣言した内容を1秒かけて咀嚼した優斗は、はっとする。

 このまま多数決に突入した場合、優斗が確実に得られると確信出来るのはライグルの一票のみ。対して、フレイはメリルを含む2票は確実に獲得するだろう。


 優斗とライグルは、子爵と男爵への完全な根回しを行えていないにも関わらず、その両方から支持を得なければならないのに対して、フレイはどちらか1人が支持すれば勝利となる。この状況で多数決を言い出す事を加味すれば、既にどちらかに対して根回しを終えている可能性が高い、と考えた優斗は、焦り、立ち上がる。


 優斗は最悪、フレイが結論を発表しても食い下がる事で続行させる事も考えていた。しかし決定に貴族が大きく絡んでしまうと、遮る事が難しくなってしまう。

 この展開はマズイ。そう考えた優斗は、ライグルに視線を向けると、慌てて――当然、表面は落ち着いたままの表情でなんとか阻止しようと抗弁する。


「それはライグル様より与えられた決定権を放棄する行為です。絶対に承諾する訳にはいきません」

「私はきちんと、どのように決定を行うかを判断する許可を頂いております。ねぇ、ライグル様?」

 フレイがしなを作り、甘い声でライグルに微笑みかける。


 ライグルはもちろん、それに対しても中々良い演技をすると考えながら、もう少し肉付きが、などとあさっての方向へと思考を飛ばしていた。今回に限っては演技と言うのは正しいが、相変わらず色々と誤解したままのライグルは、大仰に頷いて肯定する。


「ライグル様。お考え直しを」

「なんだ、商人。多数決では勝ち目がないと、そう思っているのか?」

「そうは申しておりません。ただ、これはライグル様の沽券に係わる――」

「あー、もう面倒だ。お前の意見は却下だ。フレイ、さっさと多数決を取れ」


 事実がどうであれ、既に勝負が決まっていると思い込んでいるライグルにとって、目の前で起こっている全ての事柄は茶番だ。最初こそ優斗の真に迫った素晴らしい演技を楽しめていたライグルも、多少とは言え酒が入った事もあり、徐々に意味の無いやり取りに時間を浪費する事を、面倒臭いと感じていた。


「畏まりました。では、僭越ながら私が仕切らせて頂きます」

「まっ!」

「優斗様に謁見の許可を出すべきではないと考えている方は、挙手願います」


 ミスを挽回出来ぬまま審判の時を迎えてしまった優斗は、己の力不足を呪いながら、反射的に歯を食いしばり、固く目を瞑る。


 しかしこの格好でフレイの勝利宣言を聞くのは、あまりに情けなく、格好が悪い。

 そう考えた優斗は、顔を上げると貴族達を極力視界から外し、フレイの顔だけをじっと見つめ、彼女が言葉を発するのを待った。


「全会一致ですね」


 フレイの言葉も姿も、優斗にとって予想外のものばかりだった。

 全会一致で敗北は、味方だと思っていたライグルが裏切った事を示す。しかし、唯一視界に納めているフレイは挙手していない。


「おめでとうございます、優斗様」

「え、あ、うん。ありがとう?」


 思わずお礼の言葉を返してしまった優斗は、ぽかんとしながらも視線を動かして辺りを見渡す。すると誰1人として挙手していないと言う、予想だにしなかった光景がそこにはあった。


「うむ。では、別室にて連名の推薦書を書くとしよう。エーカー子爵、マイル男爵、それにメリル夫人。部屋を移動するぞ」


 ライグルの号令に、各自が思い思いに返答し、立ち上がる。

 優斗は未だに状況について行けず、目の前に座っていたはずのフレイに視線を向けるが、彼女はいつの間にかメリルに続くべく席を立っており、その姿は既にそこにはなかった。


「ライグル様のおっしゃる通り、面白い勝負となりましたな。さすがの御慧眼」

「そんなたいそうなものではないぞ、エーカー子爵」

「そんな事は御座いません。ねぇ、メリル夫人」

「そうですわね、と私が言ってしまうと身内自慢になってしまいますの。ねぇ、フレイ」

「伯爵様の命を違え、醜態を晒してしまい、お恥ずかしい限りです」

「最後は良い判断じゃったぞ。一時はどうなる事かと肝を冷やしたがな」

「お褒め頂き、恐悦至極で御座います、マイル男爵様」

「はっはっは。しかしあれだな。良いモノを見せて貰ったからには褒美をやらんといかんな。

 おぉ、そうだフレイ、もし伯爵家を追い出される様なら我がカートン侯爵家へ来い。俺が直々に身請けしてやるぞ」

「ありがとうございます。その折には、是非」

「あら、ライグル様。わたくしの幼馴染を誘惑するおつもりですの?」

「嫌なら、きっちりと捕まえて置く事だな」

「それもそうですわね。はぁ、夫を説得する良い手段があれば教えて欲しいですの」


 5人は賑やかにその場を去り、扉が閉まった事で声はほとんど聞こえなくなる。

 そしてその場には、この会の主役であるはずの優斗が1人残された。


「……どうなってんだ、おい」


 そう呟きながら、優斗は訳も判らぬまま、しばらくの間その場に立ち尽くしていた。

肩すかしな決着となる話でした。


舌戦の勝負的には優斗くんが、試合結果的にはフレイさんが優勢と言ったところでしょうか。


そしてライグルは、最後まで役に立ちませんでした。

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