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異世界行商譚  作者: あさ
難敵との遭遇
78/90

不意の再会

 シーア公への面会を求めて行動する事2日。ついにアロウズの元へと返答がやって来た。


「優斗くん、どう? 大丈夫そう?」

「いや、十分、と言うか十分すぎ」

 優斗は書状に目を落としながら、今後の方針を頭の中で微調整して行く。


 書状に書かれていたのは、このままでは謁見の許可が下りないと言う内容だ。ただし、条件付きでなら許可する、とも書かれている。


 その条件と言うのが、各爵位の当主ないしその代理人の署名を得る事。

 具体的には、侯爵・伯爵・男爵・子爵の家から各1人ずつ、計4名の署名を手に入れれば謁見許可が下りると言う事だ。


「ちなみに、当てはあります?」

「……多分、優斗くんと同じ」

 アロウズは貴族よりも領主の知り合いが多い。しかし今回、領主の許可は必要ない。


 それでもまったく当てがない訳ではなく、優斗は急いで手紙を書き、あえてユーシア家の封筒に入れると、急いでその当て先へと届ける様、ヴィスに指示を出す。


「ちょっと不安かも」

「何が?」

「ヴィス」

「あら、過保護ね。でも、届けるだけで、使者として行った訳じゃないんだから、平気でしょ」

 それもそうか、と優斗はアロウズと笑いあう。


 しばらくそうして居ると、不意に部屋の扉が静かに叩かれる。

 隣室にいるチャイならばもっと乱暴な叩き方をすると考えられ、キャリスならば同時に声もかけてくるだはず。そんな風に考えた優斗は、少し警戒して扉の正面から身を外すと、どうぞ、と声をかける。


「突然申し訳ありませんが、これを。では」

「いや、ちょっと」

 引き止める優斗を一瞥すると、男は部屋の中へ封書を置いて立ち去る。


 何事かと慌てた優斗だが、すぐに気を取り直して立ち上がると、ゆっくりと封書へと近づき、慎重に手を取る。


 そして引っ繰り返した封書に書かれている差出人の名前を見て、目を見開く。



 手紙に書かれていた場所である南ルナール、その中でも治安が悪いとされるスラム街の様な場所へと足を踏み入れた優斗は、真っ直ぐに指定の場所へと向かう。


「よう、ひさしぶりだな優斗殿」

「おひさしぶりです、ライガットさん」

 手紙の主が現れ、優斗は破顔する。


 商隊の護衛として出会い、大怪我をしたところを助けた縁でしばらくの間共に旅をしていた男との再会に、優斗は準備してきた酒瓶を差し出す。するとライガットはがははと笑い、遠慮なくそれを受け取った。


「にしても、その恰好は?」

「おめぇのせいだろうが」

 ライガットの恰好に、優斗は見覚えがあった。


 それはユーシア騎士団の騎士服で、従騎士以上の人間でなければ身に着ける事を許されないものだ。見習いであるトーラスが羨ましがっていた姿を何度か目にしていた事を優斗は記憶していた。


「仕事を斡旋しろっつったのに、騎士団への入団希望者だとか書きやがって」

「えーっと、雇ってあげて欲しい、って書いただけの気が」

「奴らはそう取ったんだから、そう言う事だろうが」

「それは、まぁ。でも、嫌なら断れば良かったのでは?」

 優斗の至極真っ当な意見に、ライガットは、うっ、とうめき声を上げて狼狽する。


 ライガットがそう言った反応をしそうな理由を、そして己の意見を曲げる原因に、優斗は1つだけ心当たりがあった。


「ユーリスですか?」

「あぁ。命の恩人の好意を無碍にするなんて言わないわよね、だとさ」

 笑顔でライガットに迫るユーリスを思い浮べ、腕利きの護衛も娘の前では形無しだと優斗は笑う。


 そんな優斗の反応に、少しむすっとした表情を浮かべるライガットだが、それは照れ隠しの意味合いが強く、実際には心の底から彼に感謝していた。

 今までに腕を買われ、ここで働かないかと請われた事が無かった訳ではない。しかしそのほとんどがライガット、もしくはユーリスのみへの誘いであった。セットでも良いと言うところもあったが、大体が腕だけを基準に集められた荒くれ者の集団であり、断じて可愛い娘を働かせる環境ではなかった為、ライガットは全て断って来た。


「それはそれとして、聞いてもいいですか?」

「何だよ?」

「その服、今のルナールじゃ目立つし、危ないと思うんですけど」

 ルナールにおけるユーシアの立場を考えれば、スパイとして捕まってもおかしくない。


 そんな優斗の心配を、ライガットはあごをしゃくって優斗の後方にある扉を指し示す事で返答する。


「アロウズ、入って来て」

「大丈夫なの?」

 ライガットの意図を正しく汲み取った優斗の言葉を受け、アロウズが扉を開けて入って来る。


 次の瞬間、ライガットが靴で地面を叩き、姿勢を正すと共に、その靴音で合図を放つ。

 すると彼の背後の扉が開いて数名の騎士らしき男が現れ、ライガットのやや後方からアロウズに向かって一斉に膝を付く。


「へ? え?」

「ライガットさん?」

「こいつらが、領主様の姉に会うんだから正式な格好しろってうるさいんだよ」

「隊長、騎士団を抜けてもなお、我々は騎士なのです。主と連なる方々に礼は失せません」

「わーったって。そんな訳だ」

「そんな、ってどんなですか? って言うか、隊長?」


 優斗の指摘に、ライガットが苦虫を噛み潰したような表情で騎士の1人を見下ろす。

 しかし見下ろされた彼はそんな視線を気にする事なく、それどころか完全無視して立ち上がると颯爽とアロウズに近づき、腰を折る。


「まず、こんな薄汚れた場所に招いた事を謝罪します。奥にお茶も準備しておりますので、どうぞ中へ。アロウズ様」

「あー、確かエスコくんだっけ?」

「覚えてくださっていたとは、光栄です」

 アロウズはエスコと言う名の騎士に手を引かれながら優斗に振り返る。


 顔見知りなら大丈夫だろうと優斗は頷く事で返答し、自身はライガットへと向き直る。


「どういう事か、詳しく説明して貰えますか?」

「あー、そうだな。とりあえず、傷が大分治った俺は、ユーリスを連れてユーシアに向かったんだがな」


 優斗が聞く体勢を作っている間にも、ライガットは胸の前で腕を組みながら説明を続けて行く。

 その背後には既に先ほどの騎士達の姿は無く、隊長などと呼んでいた割に扱いが酷い様な、と思いながら優斗は視線をライガットへと戻す。


「そこで、優斗殿から預かった手紙を見せたらよく判らんうちに入団試験を受ける事になってな。あれやこれやとあって、新人共の実技指導をやらされる事になった」


 現在のユーシアは、騎士団員が激減して猫の手も借りたい状況だ。そこに現れた腕利きの元傭兵。しかも、ユーシア当主の信任厚い人間の紹介状付きとくれば、重用されても不思議ではない。

 優斗にしてもライガットにしてもそこまで気が付いておらず、お互いがお互い、相手がユーシアで高い評価を得たのが原因だろうと少しズレた認識をしながらも、話は続いていく。


「で、気が付けば革命っつーか独立宣言なんてあったんでな。ユーリスを内部に残して、俺は騎士団から独立の反対派を募ってここまでやって来た、と言う訳だ」

「……ライガットさん」

 優斗はライガットの素晴らしい判断力と、自分への献身に心打たれ、涙がこみ上げて来そうな程に感激した。


 しかしここで涙を零してはなるものかと堪え、全身全霊をかけて感謝を告げようとした瞬間、ライガットの後ろに新たな人影が現れる。


「嘘は感心しないよ、ライガット」

「って、シャーリー!?」

 フード付きのローブを身に纏った女性は、ある山に住む薬師で、元火竜を自称する人物だ。


 数か月前に1年後の約束を交わした相手が何故ここに居るのかとライガットに視線をぶつける事で問えば、ちっ、と舌打ちをしているライガットが、行動とは裏腹に楽しそうに説明する。


「戦争が起こるにしても、起こらないにしても薬師様は必要だろうと思ってな。途中で拾ってきた」

「恩を返したいと言う熱意に絆されたんだよ。決して、甘い物に釣られた訳じゃない。ところで、噂の砂糖は見つかったの?」

「あー、うん。これ」

 そう言って持ち歩いていた予備のクッキーを取り出すと、優斗はシャーリーの鼻先へと差し出す。


 するとシャーリーは目を輝かせてそれを受け取り、待てを言い渡された子犬の様な視線を優斗に向ける。優斗が苦笑しながら頷く事でそれに応えると、シャーリーは麻袋を開け、幸せそうにクッキーを頬張り始める。


「まぁ、薬師様はそんな具合だ」

「大体判りました。で、隊長って言うのは?」

「あー、それなぁ。

 号令をかけた責任を取れってエスコのヤツが言うんで、仕方なくと言うか、なんと言うか」

「はぁ、そんな理由ですか」

「肩書があると面倒だったんだが、拒否しすぎても不自然だしな」

「不自然、ですか?」

「あぁ。

 実のところ、お前があのお嬢ちゃん、じゃなかった、当主様側の人間なのか、それともルエインって男側の人間なのかか判らんかったからな。ユーリスと2手に別れて、お前を見つけたら連絡し合って、片方は内部工作に回るつもりだったんだよ」


 ライガットの説明によれば、独立宣言前にもクシャーナ派とルエイン派で一悶着あり、その時点でユーリスと2手に別れ、お互いに優斗の動向を探っていたそうだ。そうしている内に独立宣言が行われ、クシャーナ派は駆逐されるかと思いきや、アロウズと言う姉が首都に居ると言う噂を聞き、公国帰属への旗印にと言う話が持ち上がり始めた為、ライガットはそれに乗じて人を集め、ユーシアを抜け出したと言う事だ。


「で、だ。優斗殿は実際、どちら側の人間で、どう動くつもりなんだ?」

「ルエインからユーシアを取り戻すつもりです」

 きっぱりと、自信ありげにそう告げる姿に、ライガットは感嘆する。


 そして、結果的に敵軍の只中に放置する事となってしまった娘に早急に報告をしなければと考えながら、己の今後の身の振り方について考え始める。


「じゃあ、あれか。俺らは公国の正規兵に合流すりゃいいのか?」

「へ? 何故ですか?」

「取り戻すんだろう? なら、俺たちだけじゃ戦争にもならねーぞ」

「あぁ、そういう事ですか。戦争はしませんので、大丈夫です」

「は? じゃあ、どうやって取り戻す気だ?」

「俺は商人ですから、商人らしい方法で」

 優斗の発言に、ライガットはぽりぽりと頬をかく。


 戦争ならば、怪我から完全に復帰していないとは言え、元傭兵の自分も、引き連れて来た騎士団の連中も役に立つ事が出来る。しかし、商売を行う事で取り返すと言われても、ライガットには何をして良いのかさっぱり見当がつかなかった。


「じゃあ、俺らはどうすりゃいいんだ?」

「んー。ちなみに、何人くらいいるんですか?」

「ルナールの中に入って来てるのが、俺も入れて6人。外で待機しているのが1個小隊。ユーシア内部に何人か残してきてるが、そっちはあんま当てにすんな」

「1個小隊……?」

「あぁ、すまん。合わせて20人くらいだと思ってくれりゃいい」

「なるほど」

 優斗は、今までずっと不足していた人材が補給された事で、取れる戦略の幅が広がったと考え、笑みが零れる。


 人数が揃えば工作や流言はもちろん、局地的な力押しも実行可能だ。無論、それは最終手段ではあるが。


「しばらくは待機になると思います。ちなみに、どのくらいの間、滞在出来る資金がありますか?」

「その辺は、エスコの実家から支援があるから、問題ない」

「エスコさんの実家、ですか?」

「奴は商家の出だ。つーか俺が隊長やってける様な集団だぞ。正式な騎士はいねぇよ。全員、従騎士だ」


 その後、定期的に連絡を入れ、情報と交換と状況の報告を行う事を決めると、優斗はアロウズとシャーリーを連れて宿へと戻る事になる。シャーリーが付いてきたのは、男ばかりのところに若い娘を長く滞在させるのは良くないと言う事と、単純にお菓子目当てだ。とは言え、取引に使う上、決して備蓄の多くない砂糖菓子は安易に振舞えないので、主に蜂蜜菓子を与えておく予定だ。


「遅い」

「あー、ごめん。どうだった?」

「返事」

 宿に戻ると、部屋には既にヴィスが戻っていた。


 戻ってすぐに彼女が差し出す封書を受け取った優斗は、中身を読むと再び宿を出る。


 ヴィスにシャーリーを紹介し、お互いに無言で牽制しあう姿に不安を感じながらも、優斗はアロウズを連れ、2人を残して宿を出る。


 出来るだけ早く来るようにと言う文面通り、急ぎ、慌てていたであろう手紙の主は、優斗が応接間に通されると、既にそこに座っていた。


「お久しぶりです、ライグル様」

「再びお目にかかれて光栄です。そしてこの度は、我がユーシア家が多大なご迷惑を―――」

「前口上は良い。それよりも、商人。いや、優斗だったか。話を聞かせてくれ」

「かしこまりました」


 優斗がヴィスに持たせた手紙には、ユーシアの独立に関してカートン家が被る被害について書かれていた。


 それに対して、手紙を受け取ったカートン侯爵家の次期当主、ライグル・カートンはすぐさま優斗を呼び出す事で応えた。

 彼は以前、絹の大暴落をかなり早い段階で言い当てた優斗の能力を、過大評価している。カートン家お抱えの商人はその気配すら感じていなかったにも関わらず、だ。


「ユーシア復興の資金援助。あれはルナール公国、ユーシア領の領主との契約であり、一度取り潰され、自治領として再興したユーシアに支払い義務はありません。そこまでは良いですか?」

「あぁ」


 苛立ちを隠せず、急かすような口調のライグルに対し、優斗はあくまでゆっくりと、落ち着いた声色で言葉を続ける。


「このままでは、カートン家は多大な損害を被る事になります。それでどうにかなる侯爵家では無いとは思いますが」

「世辞も社交辞令も不要だ。俺も正直に言おう。このままでは、俺の次期当主としての地位が危うい」

「それは、困った事になりましたね」

「それで、お前はそんな俺に何をしてくれるんだ?」

「契約を交わしたのは、私とクシャーナ様。名目はルナール公国、ユーシア領主、で間違いないですよね?」

「あぁ」

「ですから、ユーシアが公国領に戻れば、万事解決です」

「それがお前には出来る、と?」

「もちろん」


 ごく当たり前の様に言い放った優斗は、自身に満ちた笑みを浮かべ、当然でしょうと言う雰囲気を漂わせている。そんな優斗に気圧され、ライグルは思わず乗りだしていた体を引っ込めてソファーに沈める。

 そして、まだ立ったままだった優斗とアロウズに着席を促すと、目を瞑って優斗の言葉を吟味する。


「で、その代償にお前は俺に何を求める?」

「ひとまず、署名を頂けますか」

 そう告げると、優斗は例の書状をライグルへと差し出す。


 そこに書かれた内容に、ライグルは驚き、同時に目の前の商人が恐ろしい人物だと再確認する。

 何せ、反逆者とも言えるユーシアの名目で、条件付きとは言えシーア公との謁見許可をもぎ取っているのだから。


「わかった。俺を含む適当な4家を集め、交渉の場を設けよう」

「ありがとうございます」

 予想以上の収穫に、優斗は内心でガッツポーズを決めながらも、表面は平静を保ち続ける。


 そしてライグルの中で自分がどう言った評価をされているのかを予想し、最も効果的な言い回しを選んで言葉を続ける。


「手回しもお願いして構いませんか?」

「他に何か手配する物があるのか?」

「ライグル様。交渉と言うのは、始まった時には決着しているものなのですよ」

「それが理想である事くらい、知っている」


 侮られたと感じ、ライグルは不満そうな表情を浮かべるが、優斗はそれを気にする様子も無く、しかし深々と頭を下げる。


「これは失礼しました。ただ、私も微力ながらお力になれるかと考えた次第でして」

「む、そうだったか」

「では、日時が決まりましたらご連絡をお願いします」

「あぁ、わかった。が、もう少し話を詰めておかないのか?」

「その辺りはライグル様にお任せします。私は、他の準備がありますので」


 そう言って意味深に笑って見せると、優斗はアロウズを伴なって退室する。

 真偽のギフトを警戒して極力嘘は吐いていない優斗だが、長居をすればボロが出ないとも限らない。そう考え、引き止められる前にすぐに屋敷を後にする。


「あー、優斗くん?」

「何?」

「私、付いて来る意味あったの?」

「もちろん」

 アロウズの疑問に即答した優斗の言葉を、彼女はあまり納得していない様だった。


 実際、アロウズは何もしていない。挨拶を遮られた後は、お人形の様に優斗の隣に腰かけ、話が終わるのを待っていただけだ。

 しかし優斗にとって、彼女を連れている事は重要な意味を持つ。何せ、彼女はユーシアの人間なのだ。現在のルナールで連れ歩ける事自体、何らかの権力が働いていると考えられる。


 それ自体は優斗の手柄ではない。しかし、身内の我儘を通した事を侯爵家が喧伝する事は無く、例え漏れ聞いてもそう言った建前であると誤解させる事が出来る。

 虎の威を借る狐の状態ではあるが、今の優斗にとっては、数少ない武器の1つだ。


「カートン家なら明日にでも約束を取り付けてきそうだ。とりあえず、説得用のお菓子作りをしないと」

「手伝う?」

「よろしく」


 優斗の予想通り、夕方には明日の午後から会合が開かれる事が決まった旨を伝える書簡が届けられ、優斗は出来上がった菓子を目の前に、どうやって彼らを説得するか悩む事になる。隣に、物欲しそうな表情のシャーリーを据えた状態で。



 次の日の午後、護衛として騎士服から傭兵の装いへと着替えたライガットと付添の侍女に扮したヴィスを従えた優斗は、会合の開かれるカートン家の屋敷へと向かっていた。


 ちなみにシャーリーは、優斗から貰ったお小遣いで食べ歩きに出かけるのだと嬉々として留守番役を引き受け、同じく留守番のアロウズはその案内役を引き受けてくれた。それはユーシア騎士団の護衛もセットで付いて来ると言う意味であり、心配する要素はないはずなのだが、優斗には一抹の不安が残る。


「護衛の方々は、こちらでお待ちください」

「ライガットさん。すいませんけど」

「あぁ」

 ヴィスに視線を向けながらの言葉に、ライガットはにやりと笑う。


 主人が戦地に出かける。今回の件をそう解釈したヴィスは、当然の様に同行を申し出た。さすがに貴族と会う場に連れて行くには不安があり、シャーリーと共に留守番を命ずる心算だった優斗だが、ライガットが同行してくれる事になり、歯止め役が居るならばと最終的には許可を出した。無論、事前にライガットに事情を話して色々とお願いしてある。


「それでな、優斗殿。実は伝言がある」

「はぁ。伝言ですか」

「嬢ちゃんからの伝言だ。私は私で行動します、だそうだ」

「あー、うん。判りました」


 伝言を受け取った優斗は、先導する侍女に急かされ、ライガットが告げた事の意味を深く考える事無く、それに関しては後で考えようと決め、ライグルの待つ部屋へと向かう。


「あぁ、来たか」

「はい。さすがライグル様。昨日の今日でとは、さすがの手際です」

「とは言え、急いだ分だけ各家の説得は不完全だ。ダメなら他をあたるつもりだが、ヤード伯爵家だけはなんとしてでも説得してくれ」

「ヤード伯爵家、ですか?」

「今、ルナールに滞在している伯爵家は、あそこだけだ。既に使者は出してあるが、早くとも10日はかかるだろう」

「わかりました。微力を尽くして説得にあたらせて頂きます」

「他の者は我が家に借りがあったり、縁が深かったりする相手ばかりだ。説得は難しくないだろう」

「なるほど。私は楽をさせて頂けそうですね」

「っと、言ってる間に1人目の到着だ」


 カートン家の侍女たちによって開かれた扉から入って来たのは、恰幅の良い中年男性だった。

 男はライグルを見つけるとすぐさま近づき、頭を下げて挨拶を始める。


「此度はこのような重要な席にお招き頂き、ありがとうございます」

「急な招集に応えてくれた事、感謝するぞエーカー子爵」

「カートン家。いえ、ライグル様のお誘いであれば、何時でも何処にでも馳せ参じますとも。ところで、そちらが例の?」

「あぁ。シーア公に謁見を申し入れた身の程知らずだ」

「どうも初めまして、エーカー卿。此度は私の我儘にお付き合いいただき、ありがとうございます」

「ほっほ。若いのに、弁えておられる。ライグル様の躾の賜物ですかな?」

「そんなところだ。っと、次が来たな」


 再び開かれた扉から、今度は気の弱そうな初老の男が入って来る。

 男はライグルに一礼すると、己に割り振られた席に腰かけ、優斗の方を見つめる。


「マイル男爵、よく来てくれた」

「儂の様な老人を名指しで呼んで下さったのじゃ。こん訳には行くまい?」

「マイル男爵、もう少しお言葉を選ぶべきかと思いますが?」

「エーカー子爵か」

「良い。無理を言ったのは私だ。それよりもマイル男爵、こちらが今回集まって貰った原因の商人で、優斗だ」

「初めましてマイル卿。お目にかかれて光栄です」

「若造が、などと言う気はないがな。面倒事はごめんだぞ」

「はい。肝に命じさせて頂きます」

「そうか」


 そう言って男爵は、用意されたお茶に口を付けると、以降は会話に参加する事なく静かに座っている。

 そんな男爵から視線を逸らし、隣でライグルにおべっかを使い続けている子爵を視界に捉えながら、優斗は2人の性格を分析して行く。


 男爵は上昇志向もあまりなく、現状維持を望む性格に見える。ならば、多数決に持ち込んでしまえば多数派に付く可能性が高い。もしくは、男爵に何も面倒をかけないと言う風体で説得を行うのが最善だろう。


 逆に野心に溢れている子爵相手は、国外貿易による公国の発展を餌にすれば説得し易いだろう、と考えられる。利権か、もしくはこの件で手柄を立てられる役割を与えれば、嬉々として乗って来る可能性さえある。


 優斗がそんな風に考えていると、三度扉が開かれ、今度は女性が部屋へと入って来る。

 豪奢なドレスに身を包んだ女性は、一目で高い身分である事が伺える。恐らくまだ十代後半と言った風体で、薄めの化粧が良く似合っている。


「ん?」

「初めまして、ライグル様。わたくし、ヤード伯爵家、第二夫人のメリルと申します」

「あぁ、最近輿入れしたと言う、領主の娘、だったか?」

「あら、次期侯爵様に知っていて頂けたなんて、光栄ですわ」

 開いたままの扉の前で、メリルと名乗った女性は、スカートの端を手に淑女の礼でもって応える。


 今回の件で優斗に必要なものは、貴族の家に連なる者の署名だ。故に、夫人であっても問題は無いはずなのだが、優斗の胸には嫌な予感と、それに伴う焦燥が生まれていた。


「そちらが例の商人さんですの?」

「えぇ。ところでメリル夫人。貴方はヤード伯爵の代理と考えてよろしいですか?」

「えぇ、そうなの。ねぇ、聞いてくださる?」

 頬を膨らましたメリルの仕草は、童女の様に可愛らしい。


 そんな彼女に、男爵は孫を見る様な、子爵は娘を見る様な和んだ表情を浮かべ、場の空気が彼女の支配下となる。

 それに気づいた優斗だが、今は発言権が無い為、仕方なくライグルの反応を見守る。


「何か事情がおありかな?」

「えぇ、えぇ。そうなの。

 私には幼い頃からずっと仕えてくれていた、いわゆる幼馴染の侍女が居たんですの。ですが、わたくしの様な領主の娘が伯爵様に嫁ぐに際して、侍女を連れて行く事は出来ませんでしょう?」


 同意を求められたライグルは、思わず頷いてからしまったと気付く。

 しかし既に遅く、彼女の語り口は止まらない。


「ですから、嫁いだ後でその子をわたくしの侍女として雇い入れて欲しいと願ったのです。

 そうしたらあの人、使えない人材は伯爵家にいらない、なんて言うんですのよ。ですからわたくし、あの子は十分に優秀だと告げたのです。そしたらあの人、なんて言ったと思います?」

「さ、さぁ?」

「あの人ったら、だったら商人の1人くらい黙らせてみろ、出来ないなら雇う事は許さん、ってこの場をわたくしとその子に任せて、書斎に籠ってしまったんですの。酷いでしょう?」


 同意すべきか迷っているライグルの横顔を見ながら、優斗はマズい事になったと歯噛みする。

 貴族本人相手であれば、国の利益や各人の手柄、最悪賄賂などで対応可能だ。しかし、相手が代理人、しかも働き口がかかった相手となれば、話は別だ。


 何せ、雇用条件は商人を黙らせてみろ、なのだ。その言葉が正確であったと仮定すれば、代理人はひたすら拒否の姿勢を取り続ければ事足りる。説得に応じない限り、負ける事は無いのだから。


「そうそう。それで、商人さん。そんな訳で、わたくしは代理人を立てて話し合いに参加したいと思うのです。構わないですわよね?」

「あー、いや。それは、ちょっと」

「商人、それはお前の決める事ではないぞ」

 ライグルは矛先が逸れた事を幸いに、長話を中断させる意味も込めて優斗を叱責する。


 その目は任せろと告げており、優斗は、あまり仲よくしている姿を見せない様にしようと言う事前の取り決め通りに進んでいるなと思いながら、深々と謝罪する。


 この場に召集をかけた3人には、今回の件をライグルがシーア公の手紙を受け、その指示通りに会を催す事になったと告げている。

 故に3人は、この会はシーア公の命令で催されており、ライグルも巻き込まれた者の1人だと認識していた。無論、優斗とある程度の取り決め、ないし裏取引があった事は、誰もが察してはいる。


「メリル夫人のお話はよく判った。しかしだな――」

「あら、そう言えばまだあの子を紹介しておりませんでしたわね。

 入ってきて、自己紹介なさい」

「はい、メリル様」

 ライグルの言葉を遮ったメリルに促され、1人の少女が部屋へと入って来る。


 入って来たのは、公国では珍しくない金髪碧眼の少女だった。

 メリルと同じく豪奢なドレスと薄い化粧が良く似合っているが、とびきりの美少女と言う訳ではなく、しかし不細工と言う事もない。


「お初にお目にかかります。ライグル様。マイル男爵様。エーカー子爵様」


 背は低めで、容貌はメリルの幼馴染と紹介された割には幼い。平凡な容姿故に、そうと知らなければあまり特徴の無い子供に見え、印象に残り辛いかもしれない。強いて言えば人より少しだけ肌が白く、その点に置いては綺麗と評価出来るだろう。


「ご紹介頂きました通り、メリル様に幼少より仕えさせて頂いておりました侍女で、名を」


 そんな一見して平凡な少女が微笑みながら佇んでいる姿に、優斗は心臓が止まりそうなくらいの衝撃を受けていた。


「フレイと申します」


 あまりに予想外な人物の登場に、優斗は唖然と彼女を見つめる事しか出来なかった。

不敵な笑みを引っ提げて、皆様待望のファーストヒロイン様が再登場しました。


彼女は一体、どの様な思惑で現れ、優斗くんはどう対処するんでしょうか。


その前に出来る男もといライガットさんもかなり久しぶりに登場していますので、お忘れなく。

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