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異世界行商譚  作者: あさ
難敵との遭遇
77/90

変わらないモノ

 翌日、午前中にキャリー商会を尋ね、荷馬車から砂糖を持ちだした優斗は、キャリー商会にお願いして紹介して貰った店の厨房で焼き菓子を作っていた。


 品目はクッキーにチーズケーキ。

 クッキーは多めに、チーズケーキは借りた容器で1ホール。クッキーは一定量、チーズケーキは1カットを個装してその3分の2をアロウズに手渡す。


「味見してみて」

「……では」

 口にしたとたん、品物を受け取りに現れたアロウズと、その護衛役として同行して来たヴィスが目を真ん丸にして驚く。


 甘いだけなら蜂蜜菓子も同じだが、こちらには独特の癖がまったくない、純粋な甘さだ。

 ついでに粉のまま嘗めさせた優斗は、更に驚く2人を横目に苦笑しながら、それも少量を袋に詰めて手渡す。


「これを持って交渉に失敗したら、私の責任ね」

「まぁ、そう気負わず。でも出来れば成功してくれればいいって」

「それ、結局は私のせいって事じゃない?」

 笑いあい、アロウズの肩の力が抜けたのを確認してから優斗は2人を見送った。


 見送る前に、ついでに作った蜂蜜菓子1包みを、幾らかの現金と共にヴィスに手渡しておく事も忘れない。


「さて、次は」

「終わった?」

「ん? あぁ、キャリスさん」

「気が変わったって聞いたんだけど、本当?」

 奴隷娘チャイを引き連れたキャリスの登場に、優斗はとりあえず椅子とクッキーを勧める。


 そしてキャリスがそれを口にした瞬間を狙い、言葉を紡ぐ。


「えぇ、ご存じの通り。ユーシアを取り戻すつもりです」

「え? いや、そんな事より、何よこれ?」

「何って、クッキーですけど?」

 しれっと言い放たれた聞きなれぬ言葉に、キャリスは驚くより呆れが先に出た。


 目の前にある焼き菓子の甘さは、キャリスの記憶にあるどの甘味にも適合しない。それ自体は驚くべき事であり、すぐにでも詰め寄るか、何とか聞き出そうとするのが商人としては正しい反応だ。だが、何度も驚かされるうちに、優斗と言う行商人がこう言った目新しい物を提示する際、何を求めているのか、キャリスには判るようになっていた。


「で、今度は私に何をさせるつもり?」

「話が早くて助かります」

「そろそろ、付き合いも長いしね。お互い」

 不敵に微笑む優斗に、キャリスは今までと違う彼の一面を見ている気分だった。


 事実、これまでの優斗には何かをやり遂げる決意も、己への自信もあまり存在しなかった。そして今の優斗には、それを形成する理念と芯が存在している。キャリスは商人として、何より女としての勘でそれを察知していた。


「公。シーア公でしたか、に会って、まずは戦争を止める予定です」

「……それ、私が手伝う余地あるの?」

「もちろん。まずは情報収集ですね。ユーシアと、シーア公の付近。それに貴族」

「何か、悪巧みしてる?」

「それは今から考えます。後で、相談にも乗って下さい」

 見切り発車だと宣言した優斗に、キャリスはため息を吐く。


 クッキー――正確には砂糖なのだが――は魅力的な商品だとキャリスは感じていた。仕入れルートも価格も不明だが、利益に繋がる事は間違いない。しかしそれは、国を敵に回してまで得たい物ではない事も確かだ。


 故にキャリスはこう考えた。

 優斗の悪巧みに乗った振りをして、不穏な気配を感じたら公に密告する。それまでの間に、仕入れルートを知る事が出来れば僥倖。これが、最も商会の利益になる選択だ、と。


「ご協力はしましょう。ただし、情報を何に、どうやって使うのかは明確にして下さい」

「んー。それを探る為の情報も欲しいんですが、それでもいいですか?」

「それも立派な、情報の使用方法かと。ただ、出来れば決まった時点でどう使うかまで教えて欲しいですね」

「了解です」

 ひとまず1人、協力者を得たと優斗は内心で喜んだ。


 もちろん裏切りの可能性も考慮している。

 積極的に国に仇名すつもりは無い優斗は、キャリー商会は成功すれば元々商会が目論んでいたユーシアの利権にも近づけるのだから、失敗に傾くか、賭け要素が高くならない限り大丈夫だろう、と考えていた。


「それは兎も角、優斗さん」

「はい?」

「この子の事、忘れてましたね?」

「……あ」

 キャリスの後ろにチャイが立っているにも関わらず、話題にすら上げなかった理由は、交渉に集中していた所以だ。


 それはすなわち、チャイの引き取りに関する事柄をすっかり忘れ去っていた事だろうと言われれば、優斗には否定出来なかった。

 かと言って、優斗にとってチャイが不要な人物かと言えば、そう言う訳ではない。


 天の光のギフトは、ノートパソコンと言うある種切り札的な存在を動かすのに必要不可欠だ。しかしながら、チャイと言う個人である必要はない。むしろ、購入した奴隷と言う身分は、優斗の精神衛生上、良くない存在であるとすら言える。それでも現在、唯一の伝手である事は確かなので、手元に置いておく方が有利だ。


「ひとまず、お渡ししてから一緒にお昼でもどうですか?」

「……それでお願いします」

 優斗が、面目ないと苦笑いで軽く頭を下げると、3人は菓子店を後にした。


 そのまま奴隷管理局に向かい、恙なくチャイは優斗の所有となった。一瞬、そのまま解放してしまおうかとも思った優斗だが、クシャーナの救出までは、人手も、ギフトも多くあるに越した事はないと考え、己の倫理観よりもそちらを優先する事に決める。


「料理はお任せがお勧めなんだけど、優斗くんもそれでいい?」

「はい」

「じゃあ、お任せを……どうする?」

「3人分で」

 優斗がそう告げると、キャリスはにやりと笑ってその旨を給仕に告げる。


 3人がやって来たのは、ハリスの襲撃があった後に駆け込んだ店の、あの時と同じ個室だった。密談もし易いだろうと選ばれた場所だが、キャリス曰く、ランチも中々いけるとの事だ。


「ところで優斗くん。折角買った奴隷に、挨拶くらいしたら?」

「あぁ、そうですね。えーっと、チャイ。私は商人の優斗です」

「チャイ……です」

 何か妙な間が、と優斗がキャリスへと顔ごと視線を向ける。


 するとキャリスはくすくすと笑っており、優斗は、その笑みは一体何に対してなのだろうと考えながら、あえて真面目な顔でチャイに向き直る。


「とりあえず、俺に対しては自由な発言をしても構わない。撤回すると宣言するまでは、それで罰する事は無いと約束する」

「わぁ、優斗くんやっさしー」

「キャリスさん、余計な茶々、入れないで下さい」

「えー、でもさ、あんな酷い仕打ちをしておいて、今更優しい言葉をかけるんだもん。気になるわよ、ねぇ?」

 楽しそうなキャリスがチャイに同意を求めるが、チャイは優斗の顔色を伺っているだけで答えない。


 その瞳から何か暗いモノを感じとった優斗は、自分の今までの行動を思い浮べ、何か酷い仕打ちをしてしまったのか、真剣に検討を始める。

 しかし思い当たる事は無く、強いて言うならば2回連続で購入を拒否した癖に、最終的に手に入れたと言うチグハグとも言える行動くらいだが、それは商品の購入と言う意味では普通の事なのではと優斗には思えた。


「どういう意味ですか?」

「この子の由来、ちょっとだけ話したわよね?」

「えぇ、聞きました」

「たらい回しにされて、どこでもいらない子として扱われ、引き取られても用済みになったら捨てられ、最終的には売り飛ばされたのよ?

 1度目はもう一方ばかり見て見向きもせず、2度目は正面切っての否定。3度目でようやく引き取られたと思ったら姿を晦ましていて、戻って来たのにギフトだけ使わせて放置。鬼の所業だと思わない?」


 優斗は想像する。

 いらないと己を否定される事、そして捨てられたり置いてけぼりにされる事にトラウマがある人間に、それを何度も行う事の意味を。


「いや、なんつーか。ごめんなさい」

「奴隷に謝る必要は無いと思うけど?」

 にやにやと笑っているキャリスは、当然ながらフレイの事を知っている。


 そこから優斗が奴隷相手でも身分に関係なく接していると推測していたキャリスは、これは恰好のからかいの種だと楽しそうに笑う。

 その思惑通り、罪悪感に苛まれた優斗は、からかわれていると判りながらも、すさまじく気まずい思いをしていた。


「いや、なんつーか。チャイ」

「?」

「えー、そうだな。率直に言って、チャイから見た俺はどんな人間? やっぱ嫌い?」

 ともすればナンパな発言とも取れる言葉に、チャイは少しだけ首を傾げる。


 そして少し前に優斗が、何を言っても良い的な発言をしていた事を思い出すと、作っていた無表情を侮蔑をぶつけるモノに変化させ、言い捨てる様にこう言った。


「童女趣味の下手物食い。もしくは、ド外道、です」

「うわぁ……」

「私は奴隷、です。ご主人様の事を嫌う権利なんてねーです」

「むしろこっちが泣きたい気分なんですが」

 優斗はその発言を受けて、キャリスに振り返る。


 そして視線で、どこが語彙が貧困ですか、と尋ねれば、キャリスからは、悪態以外の語彙は貧弱なの、とハートマークが付随して居そうな程の笑顔が返って来る。


「何故にそんな感想が?」

「とおにもなってない、しかも性病持ちの女を欲しがる男なんて、普通じゃねーです」

「……ヤバい。否定要素が見つからない」

 そんなつもりは無いと告げる事は簡単だが、傍からそう見えると言う事実は曲がらない。


 そんな優斗の反応に、キャリスがケタケタと笑い、チャイは不機嫌そうに口をとがらせている。


「いいんだけどさ、奴隷ってこんな態度でいいもんなんですか?」

「あら、不満なら命令すればいいじゃない。私はそうしてたわよ?」

「あぁ、それで」

 チャイの行動が、自分の名前が入った鑑札が付いてから変わっていた事に薄々気づいていた優斗は、ため息を吐く。


 ため息とともに色々な思考を吐き出した優斗は、残った思考の中である疑問が思い浮かぶ。


「そういえば、何でキャリスさんはこの子をずっと連れ回してたんですか?」

「売れ残りを売れそうなところに持っていくのは、普通じゃない?」

「でも、経費とか結構かかりますよね?」

「まぁ、ね」

「チャイ、なんでだか知ってる?」

 それを口にする気がなさそうなキャリスの口調に、優斗は狙いをチャイへと変更する。


 するとキャリスがあからさまにしまったと言う顔をしたので、優斗は少しだけ鬱憤が晴れ、にやりと口元に笑みを浮かべながら答えを急かす。


「大方、スキモノの貴族に高値で売り付けるか、恨みのある相手にでも宛がって抱かせるつもりだったんだろ、です」

「あー、何ていうか、エグイ事考えますね、キャリスさん。ところで、さっきから気になってたんだけど、その口調は何かのキャラ付けですか?」

「キャラ付けってなんだよ、です」

 質問で返され、優斗はそれが英語交じりに言葉である事に気付き、代わる言葉を探す。


 しかしすぐには思い付かず、まごついている内にその意味を前後の文脈から理解したキャリスによって、その答えが提示される。


「敬語、教えたけどものにならなかったのよ。ずっと罵られたり、なじられたりしながら生きてきた子だし、それを覚えちゃってたみたいね」

「それにしたって、無茶苦茶な」

「です、ます、が基本だって言う教えだけ、ようやく覚えた結果がこれよ」

「文句あんなら言え、です」

 文句はありまくりだ、と考えた優斗だが、同時に、人前には出せないと言うだけの事なのだからどうでもいいか、とも考えていた。


 むしろそんな無理やりな敬語はいらないと指示すべきか、などと優斗が考えていると、給仕が3人分の食事を持って現れ、昼食となる。


「……いいのか? です」

「いや、さすがにそれはおかしい」

「ダメなのか? です」

「あーうん。とりあえず食べようか、チャイもそれは君の分だから、遠慮なく食べる様に」

 期待していない風を装っていたチャイが心なしか肩を落とした様に見え、優斗は問題を後回しにして食事を始める。


 キャリスと優斗が静かに食事を摂る中、チャイだけはカチャカチャずるずると行儀の悪い音を立てて食事をかきこんでいく。ヴィスと違って零す事は少ないが、優斗の気が変わって取り上げられる前に少しでも多く口にすると言う意思がにじみ出ていた。


「喉に詰まらせたりしないでよ?」

 優斗の問いかけに一度だけ頷いたチャイは、すぐに食事を再開する。


 返事をしたのはそれを理由に取り上げられない為であり、返答後も当然食事速度は変わっていない。

 そんな光景に、優斗は今までチャイの身柄を預かっていた人物であるキャリスに、キャリー商会は欠食児童を量産しているのか、とばかりに視線でこの状況に説明を求める。


「うちの食事は、きちんと働くか、勉強をこなさないと最低限しか与えない事になっているのよ」

「合理的はあるんでしょうけど、引き渡す前くらいはきちんと食事を与えて下さいよ」

「あら、私はちゃんと食べさせたわよ?」

「じゃあ、この状況は何なんですか」

「食べられる時に出来るだけ食べる、なんて常識じゃない。奴隷だったら、猶更よ?」

 そう言われてしまうと優斗は反論も出来ず、黙って食事に戻るしかなかった。


 そうなると必然的に一番最初に食事を終えるのはチャイであり、手持無沙汰になった彼女は優斗の食事風景をじっと見つめ始める。


「食べ辛いんだけど」

「目を逸らせって事か、です」

「そうしてくれると嬉しい」

「命令を聞き逃さない為に、常に主人の動向に注意しろって言われてるです」

「キャリスさん、なんか教育が偏ってません?」

「あら、心外ね。偏ってるのは教育の内容じゃなくって、この子が覚えた内容と、解釈の仕方だと思うけど」

 言われて、気づく。同じ様に常に優斗に気を払いつつも、それを意識させなかった人物もいたのだと言う事を。


 結局、そんな些細な事柄で命令をすると言う行為に踏み切れなかった優斗は、居心地の悪いまま食事を終える事になる。


 その後、少しの雑談と情報交換を終えたキャリスが、他の用事がある告げた事で場は解散となった。優斗も、チャイを引き連れて宿へと戻ると、宿の主人に奴隷の追加宿泊を告げて料金を支払い、部屋へと戻る。


「とりあえず、服かなぁ」

「……」

 引き渡される前に着替えたであろうチャイは、同時に体も拭いたのか、そこそこ身綺麗だ。


 とは言え、そう言った目的で購入していない事はキャリスも承知している為、服装はシンプルで飾り気のないものとなっている。

 少なくともユーシア奪還までは手元に置く予定である以上、最低でも首元を隠す何かと衣服一式を2セット、下着、肌着、きちんとした靴に靴下などは買い揃える必要があるだろう、と優斗は考えた。


「服は適当に見繕うか。いや、アロウズと、ヴィスは当てにならないか。まぁ、どちらにしても2人の戻り待ちか、って、何してるの?!」

「とりあえず服、と言ったのはお前だろ、です」

 上から羽織る物でもないかと荷物を漁っていた優斗が降り返ると、チャイが半裸になっていた。


 優斗からは隠れて見えないが、下着も肌着も与えられていない為、正確に言えば半裸ではなく、全裸を服で隠しているだけ、と言うべき恰好だ。優斗が思わずその目を凝視すると、そこからは侮蔑と諦念が浮かんでいた。


 それを察知した優斗は、あえて慌てて目を逸らす事をせず、そのまま目と目で見詰め合ったまま、対話を続ける。


「そーゆーつもりは無いんだけど?」

「私が性病持ちだって知って買った下手物食いの癖に、今更怖気づいたのか、です」

「元々、そんなつもりで君を買った訳じゃない」

 むしろ購入と言う手段自体が優斗の本位ではないのだが、そこまでは口にしない。


 優斗は暗い諦念に支配された瞳と向き合いながら、何事も初めが肝心だと、次なる言葉を探す。

 最も簡単な方法は、全て命令してしまう事だ。優斗に逆らわず、無駄な事を一切しない様に命ずれば良い。


 とは言え、優斗がそれを積極的に選択するはずもなく、ひとまず意思疎通を図り、何とか説得、ないし納得させられないかと言葉をかける。


「君に頼みたいのは、ギフトの使用と細かな雑用。家事はどのくらい出来る?」

「……ひととおりは出来る、です」

 正面切って質問されれば答えざる得ない立場であるチャイが、低い声でそう答える。


 実際、色々な家をたらい回しにされていた彼女は、その間に雑用や汚れ仕事を押し付けられる事も多かった。売られてしまった為、最後に行ったのが1年以上前ではあるが、技量はそれなりだ。


「そっか。とりあえず、無理にですを付けてしゃべらなくていいから」

「……わかった」

 珍しく素直に返され、きっと面倒だったんだろうなと優斗は苦笑する。


 更に質問を続ける優斗。

 彼は行商をしながら、何処か腰を落ち着ける場所、すなわち永住地を探していた。現在はその場所をユーシア――正確にはクシャーナの傍――と決めているが、生活手段としては商人を続けるつもりだった。ならば、目の前の少女は2人目の従業員候補であると考えられ、質問の内容もそれに即した物となる。


「読み書きや計算は出来る?」

「そんな訳ねーだろうが」

「じゃあ、覚える気は?」

 素、と言うよりは強がっている風体の口調に、優斗は再び苦笑する。


 そんな優斗の発言に、チャイは心底驚いたと言った表情を浮かべている。

 普通、奴隷に読み書きを教える様な事はしない。物になるかどうか判らず、時間を浪費するくらいなら、元からそれが可能な者を購入する方が確実だからだ。奴隷を購入出来る程に稼いでいる商人ならば、なおさらだ。


「本気か?」

「もちろん」

「頭、おかしいんじゃないか?」

「まぁ、今の俺が正気かどうかは怪しいけどさ」

 一介の行商人が、ユーシア領を奪還する為、国を相手取ろうとしているのだ。敵対する訳は無いとは言え、十二分に無謀だ。


 優斗はそんな無謀を行える人間が正気であるとは思えない、と今度は自分に対して苦笑する。


「で、どうなの?」

「私の覚えの悪さは、知ってるだろうが」

 教えられた敬語すらまともにしゃべれない奴隷。それがチャイだ。


 優斗はそれに対して、やる気の問題だと考えていた。強制された教育を嫌々受けて覚えが良いのは、一部の者だけだ。

 そんな持論から、選択肢を与え、その結果選び取らせ、かつやる気が出る様な環境を作ればそれなりに覚えは良くなるだろうと予想していた。何せ、チャイはまだ年齢が一桁台で、頭は柔らかいはずなのだから。


「最低限の読み書きと、四則演算を覚えたら奴隷身分からの解放を約束すると言っても?」

「はぁ?」

 チャイが目を細め、優斗を睨みつける。


 チャイにとって利のある条件を突きつけたつもりの優斗は、その反応の悪さに首をひねるが、すぐにその理由に思い当たる。


 元奴隷が生きて行くのは大変だ。一般的な解放奴隷の行く末は、主に力仕事か、娼館。前者は幼い子供故に厳しく、後者は病気故に厳しい。

 それでも読み書きと四則演算が出来るならば働き先はあるが、それを証明する事は難しく、運よく出来たとしても重要な事柄に関わらせて貰える程、元奴隷には社会的信用が無い。


「とはいっても、君を購入した金額分は稼いで貰う」

「はっ。そう言う魂胆か」

 チャイが想像したのは、これまで経験してきた光景から連想したものだった。


 性病持ちでそう言った目的で使用できないチャイは、自分が安く買い叩かれる事を知っていた。故に、安価で仕入れた女に、その原因を告る事なく客を取らせれば、元は取りやすくなる。そして奴隷解放は、単なる餌。


「そんな話、信じるのは馬鹿だけだ」

「じゃあ、君は馬鹿じゃない、と?」

「当たり前だ」

「なら、読み書きくらいすぐに覚えられそうだね」

 にこりと笑う優斗に、チャイが舌打ちする。


 本来であれば、奴隷がそんな行動を取れば罰せられるところだが、優斗は気にも留めず言葉を続ける。


「あぁ、お金は奴隷でなくなってからで良いから」

「は?」

「その頃には文字も読めるだろうから、契約書も読めるだろうし」

「はぁ!?」

 チャイにとって、契約とは一方的に押し付けられるものだった。


 口頭でこんな風に書いてあると説明され、それに納得して印を押す。文字の読めない人間はそうする他無く、騙された者は数知れない。チャイ自身が体験した訳ではないが、それが原因で奴隷身分に落ちた者を、彼女は知っていた。


「何だよ。娼館でも開こうってか」

 元奴隷の娼婦、と言う肩書はそれなりに付加価値のあるものだと、チャイは聞いた事があった。


 それは事実で、彼女は知らぬ事だが、奴隷にして娼婦と言う相手では、傷を付ければ持ち主に補償しなければいけない可能性があるのに対して、元奴隷であれば娼館は客相手である為、多少の事は目を瞑ってくれる。そう言った意味で、現役の奴隷よりも付加価値が強い場合がある。


「いや、普通に商店を開くつもり」

「……何考えてやがる」

「普通に、従業員の面接」

 面接、という言葉にチャイの口の端がひくつく。


 優斗はここに来てようやく、チャイが難しい単語を理解出来ず、話の流れから想像していた事に気付く。

 奴隷であると言う以前に、まだ幼い相手に難しい言葉で説明をしていた自分の迂闊さを反省しながら、優斗は今までの会話から重要な条件だけをピックアップし始める。


「俺は、チャイのギフトが欲しい。でも、出来ればそれだけじゃなく、読み書きと計算を教えて、店の従業員として使いたい。

 その代り、奴隷身分から解放する。あー、奴隷解放、は判るよね?」


 むすっとした表情で、それでも小さく首肯を返したチャイに、優斗は笑顔を返しながら言葉を続ける。


「給料は払う。その代わり、チャイを買った代金分は借金として返して貰う。契約は、文字を覚えてから。どう?」

「私ばっか得する様に聞こえる」

 貴方にとって良い事です、と良い条件ばかり告げる相手は自分を騙そうとしているから信じるな。


 チャイにとってそれはあたり前の思考だった。普段は自分を足蹴にしていた連中が、猫なで声で近づいてきて、良い事であった試しなどない。


「接客を奴隷に任せるのは店の対面が悪い、とかどう?」

「私みたいなのに接客させようって言う事がおかしい」

「お使いを頼むにも、奴隷を行かせるのは相手方に失礼だし?」

「だったら元奴隷じゃなく、ちゃんとしたの雇えばいいだろ」

「まぁ、実はある女の子に嫌われそうだから、女奴隷は持ちたくないだけなんだけど」

「……そうかよ」

 それは納得するんだ、と優斗は予想外の反応に困り顔だ。


 その時になってようやく、優斗はチャイの肩が震えている事に気付く。

 部屋の中は特別寒い訳ではないが、裸で過ごせるほどではない。今さらながら、先に服を着せるべきだったと気付いた優斗が、それを命令とすべきか悩んでいると、彼が言葉を発するよりも早く、チャイが行動する。


「色々言い訳したところで、お前だって同じだろ?」

 視線が身体に移ったのを察知したチャイは、嘲りの笑みと共に服から手を離す。


 目の前にチャイの裸体が晒され、優斗は目を見開く。

 それは劣情を催したからではない。その裸身に、無数の傷跡が見受けられたからだ。


 少女が引き取り先で手荒く扱われていた事は聞いていた。虐待があった可能性も、頭にはあった。取らされた客から手ひどい扱い、行為を強要される事もあったかもしれない。優斗はそれを受け入れる覚悟をしていたつもりだった。

 しかしそれを目の前にした優斗は、驚き、息を飲んでしまう。


「奴隷には何をして、許される。そうだろ? 女に嫌われたくないなら、口止めすりゃいいだけ」

 誰かの口真似でもしているのか、少女らしくない口調でそう言い放つと、チャイは両手を広げる。


 胸を張り、膨らみかけの胸部を触れろとばかりに押し出す。そして反射的に、手や足を差し入れやすい様に少しだけ足を開く。

 そんなチャイに、優斗は一歩、また一歩と近づく。その視線が身体に向けられている事を感じていたチャイは、やっぱりな、と嘲り半分、諦め半分で目を瞑る。


「ていっ」

「っっっつぅ」

 おでこに衝撃が走り、チャイはその反動で尻餅をついて倒れる。


 じんじんと痛む額を押さえながら、開脚し、秘部を大きく晒している事に気付いたチャイは、そう言う事かと納得し、背中も地面に横たえる。

 しかし、胸部にも秘部にも予想した感触は現れず、額を押さえていた手が掴まれ、引きはがされて次の瞬間には再度衝撃に見舞われる。今度は後ろに流れる事も無く衝撃が頭の中を巡り、チャイの脳が揺れる。


「何すんだ!?」

「馬鹿な事するから、お仕置き」

 身を起すチャイに、所謂デコピン決めた優斗が、ガンマン気取りでふうと指に息を吹きかける。


 そしてお互い、状況も、関係も、身分差も忘れてのくだらない言い合いが始まる。


「いや、叩きやすい、良いデコだった。もう一回やっていい?」

「ふざけんな! いや、まて」

「ん?」

「そうか、お前、実はあれだったのか。えっと、あれだ。嗜虐主義とか言う」

「は? 急に何を……」

「だからわざわざ私みたいな跳ねっ返り娘を買ったのか」

「なんか不穏な気配が」

「そう、言葉責め、だ。そうやって嬲る為なら、私に手を出さないのも――――」

「いやいや、違うし! ちょい待って」

 必死に否定する優斗は、似たようなやり取りをやった記憶が、と思いながらぜいぜいと荒く呼吸を繰り返す。


 優斗の叫び声を受けて黙ったチャイは、楽しそうな、それでいて嬉しそうな勝ち誇った表情で優斗の方を見つめている。それに気づいた優斗の顔に、へぇ、っと感心の表情が浮かんだ事で、チャイもそれに気づき、顔を赤らめる。


「そんな顔もするんだねぇ」

「うっせー」

「しかめっ面してないで、普段からそうしてればいいのに」

「じゃあ、そう命令しろよ」

「面倒臭い子。じゃあまぁ、そうしますか」

 今、この場にヴィスやアロウズが帰って来たら大参事だ。そう考えた優斗は、さっさとこの状況を打破しようと決める。


 裸体を惜しげも無く晒し、隠す気配さえ無いチャイの姿に優斗はため息を吐く。

 チャイの心を今ここでどうこうするのは難しい。そう考えた優斗が下した判断は、今までと違う価値観に、強制的に触れさせると言うモノだった。


「命令。服を着ろ」


 優斗の命令に従って立ち上がったチャイは、仏頂面でもそもそと服を着て行く。もちろんその間、優斗は後ろを向いて見ない様にしていた。


「命令その2。異性に対して、無暗矢鱈と肌を露出しない事。あー、男相手に裸を見せるなって意味ね」

「そのくらいは判る!」


 怒り気味に反論されるが、優斗は気にせず命令を続ける。


「命令その3。嫌な事には嫌と言う事。

 命令その4。外では俺の従者らしく振舞う事」


 優斗の命令に、チャイはやはり不機嫌そうな表情で頷いていく。

 これ以上は思い付いてから追々でいいか、と考えながら、優斗は最後にして最も重要な命令を口にする。


「命令その5。奴隷解放と、俺の元で働く件について考えて置く事。

 とりあえずはそんなとこかな」


 その後、全ての命令を復唱させた優斗は、アロウズの帰りを待ってチャイの生活用品の購入へと街に繰り出した。

 そこで優斗が、なるべく肌の露出の少ない物と言う希望を告げた結果、1着がゴシック&ロリータでフリルが山ほどついた服装となり、チャイは動きにくい服装に心底嫌そうな表情を浮かべる事になる。

アロウズが動き出す話でした。


チャイを、加入しました、だけで終わらせるのも素っ気ないなと思ったのが運の尽き。無駄に長く、中身のない話になってしまいました。


おかげさまで読み飛ばしても支障のないレベルで進展がありません。

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