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異世界行商譚  作者: あさ
難敵との遭遇
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足りなかった真実

 無意識に声のした方へと手を伸ばした優斗は、無理な体勢が祟って椅子から転げ落ちてしまう。



――――本当はこう言うの、柄じゃないんだけどさ。報告しない訳にはいかないじゃん?



 強かに身体を打ちつけた優斗だが、その痛みを感じる余裕はない。追い打ちをかける様に椅子がその背中に向けて倒れてくるが、それでもなお、優斗は怯む事なく声の主に向かって、床を這う。

 そんな優斗の状況を意に関する事も無く、声は、こほん、と咳払いを挟んでから続く言葉を紡ぎ続ける。



――――この度、私こと由美さんに、娘が生まれました。



 優斗の手が音源であろう光る物体に触れる。それは先程取り落とした携帯電話だ。

 圧し掛かっていた椅子が床に落下する音と共に手の中の携帯電話を引き寄せた優斗は、その液晶ディスプレイを覗き込む。



――――可愛いっしょ?



 ディスプレイに写っていたのは、優斗の幼馴染である由美と、その腕に抱かれた小さな赤ん坊だった。

 どこか由美の面影のある赤ん坊の姿を見た優斗は、その言葉を全面的に肯定する。



――――名前は、ユウって言うの。



 自分の名前を踏襲して付けられているであろう名前に、優斗の涙腺が緩む。そして本人も気づかぬうちに、頬に涙が流れ始める。



――――ややこしい名前付けるなって呆れてる?



 由美の次の言葉、その中で己の呼び名を娘に付けた理由が語られるのでは、と考えれば、優斗の心臓は自然と早鐘を打ち始める。



――――ユウって呼んだらさ。2人が返事して、だから言っただろ、なんて。



 その言葉に強烈な違和感を感じ、優斗は自分が何か勘違いをしているのでは、と気づく。

 しかし由美の言葉は、優斗がその原因に気付く時間を与える事なく、続いていく。



――――……言われたいなぁ。



 ぽつりと呟かれた声から、少しだけ涙の気配がした。

 そしてその小さな声が、優斗に違和感の正体をおぼろげながら気づかせる。



――――私とユウの子です。



 優斗の予感は的中した。

 優斗と由美は幼馴染で、恋人で、将来を誓い合った仲でもあり、こうなる可能性を孕んだ関係を持っていた。無論、そうならない様に対策はしていたが、100%はありえないと言う事を、優斗は知っている。



――――この子の事、お願い。それと、愛してます。



 静かに、されど力強く告げられた言葉で締めくくられるメッセージ。そしてディスプレイに写る見慣れた、されど見飽きる事などあり得ない顔。


 涙で歪んだ視界で写真を見つめていた優斗は、それをもう一度しっかりと目に焼き付けるべく、服の袖を押し当て、涙をぬぐう。



――――あー、もう! さっきのナシ! やっぱ柄じゃないし性に合わない!



 一度は途切れたはずの声が、再び聞こえ始める。

 そこから先はこれまでのしんみりした声色は感じられず、優斗が最も多く接した由美のそれだった。



――――ユウ、後は任せた!



 それは、様々な事に首を突っ込んでいく由美が、優斗に後を託す、否、押し付ける際に用いていた言葉だ。


 そんないつも通りの由美の態度に、優斗は泣き顔であるにも関わらず、自然と笑みが浮かんでいた。



 そんな泣き笑いの表情の優斗が由美とその娘の姿を見つめていると、唐突にディスプレイが暗転する。何事かと思考が真っ白になった優斗だが、すぐにバックライトが消えただけだと気づいて携帯電話のボタンを押すが、反応は無い。


 何度かボタンを押したところで、優斗は思い出す。この携帯電話は、壊れているのだと言う事を。


 ならば何故、唐突にメッセージが流れてきたのか、優斗には心当たりがあった。

 携帯電話の機能の1つである、アラーム機能。優斗と由美の持つ携帯には、録音した音声をアラームに設定する事が出来る。そして、アラームは電源が入って居なくとも作動する。


 そんな風に考えながらも、優斗はなんとかもう一度あの声を聞こうと、そして写真を見ようと携帯電話を操作し続ける。


 優斗は数十分の間、一心不乱に携帯電話を操作し続けたが、反応する気配はない。

 そしてそれを一旦諦めた優斗は、目に焼き付いている写真を思い出し、残されていたメッセージを反芻する事で、はたと気づく。


「って、孫ぉぉぉ!?」


 優斗の叫び声は宿中に響き渡る程大きなものだった。

 当然、隣の部屋に居るヴィスやアロウズにも聞こえており、扉の外が俄かに騒がしくなる。


「入る」

「ちょっと、ヴィスちゃん」

 蹴破るように扉が開かれ、まずはヴィスが部屋に飛び込んでくる。


 次に内部の様子を伺いながら部屋へと入って来るアロウズが視界に入り、優斗は声をかけて来たヴィスを躱すと、赤く泣きはらした目のままアロウズへと詰め寄る。


「アロウズさん!」

「は、はい!?」

「貴方のおばあさんって、もしかして由美って名前じゃ!?」

「そ、そうだけど、それがなに!?」

 慌てながらも後ろ手に扉を閉めるアロウズ。


 対して優斗は、余裕が微塵も存在せず、アロウズの肩に手を置くと、口付けんばかりに顔を寄せながら質問を続ける。


「あの携帯は由美の!?」

「そ、そうよ。おばあ様が母さんに譲った物を、私が遺品として受け取ったの」

 あぁ、なるほどと優斗は心の中で納得する。


 それならば確かに、あれはクシャーナとアロウズの母親の遺品でありながら、由美の携帯電話である事に矛盾しない。

 ならば何故クシャーナがそれを知らなかったのかと疑問に思った優斗だが、それを察したらしいアロウズから、その答えが告げられる。


「クーナには母親の形見だとしか言って無いの」

 それはある意味で当然の事だ、と優斗は思考する。


 品物の由来と言うのは、直前か、重要な部分しか説明しないのが常だ。アロウズにとってクシャーナに手渡す際に重要なのはそこだったのだろうと、優斗は想像する。


 目前の疑問が解消された事で、優斗の頭には新たな問題が浮かび上がる。

 クシャーナとアロウズ。彼女たちが自分の孫なのだ、と言う案件だ。


「あ、あ、あぁ、あ」

「えっと、とりあえず、離して貰えると」

 優斗の上げた呻き声に、アロウズが更に戸惑う。


 そんな彼女の反応を気に留める余裕も無い優斗は、勢いに任せてアロウズを抱き寄せる。

 女性らしい、柔らかで、かつしなやかな肢体。それなりに大きな胸の感触と、汗の混じった髪の香り。普段の優斗であればどぎまぎする様な環境であるにも関わらず、クシャーナの裸と相対した時の様な、言い換えれば子供相手の様な感情しか浮かび上がらない。


 とは言え、抱きすくめられたアロウズはそう感じておらず、同世代だと言う男の突然の抱擁に、慌ててそれを引きはがそうと力を込める。


「優斗、さん?」

「優斗」

「ん、あぁ、ごめん、アロウズさん。それにヴィスも」

 アロウズを解放し、ずっと隣に控えているヴィスも含めて謝罪する優斗。


 頬が少し上気しているアロウズに苦笑しながら、優斗はクシャーナの言葉を思い出していた。


 「愛しています。私と共に、ユーシアを守ってくださいませんか?」そう告げたクシャーナの、愛していると言う部分に対し、優斗は答えを窮した。優斗はクシャーナを気に入っているし、助けてあげたいとも感じていたが、女性として愛してはいなかった、と言うかさすがに恋愛対象外の年齢だ、と考えたからだ。


 優斗は出会った当初からクシャーナに感じていた親近感を、由美と姿が似ているからだと考えていた。しかしそれはある意味で正しく、間違ってもいた。それを知り、何より由美に後を任された優斗ならば、クシャーナの言葉に違う返答が出来る。


「アロウズさん」

「……何ですか?」

「クーナと、貴方の望み、叶えて見せます。だから手伝って下さい」

「へ?」

 赤みの差していたアロウズの顔に、今度は疑問譜が浮かぶ。


 そして状況を全く理解出来ていないアロウズに対して、優斗は不敵で、自信に溢れた笑みで宣言する。


「ユーシアを取り戻す」


 可能不可能どころか、方法も方向性も決まっていない優斗にとって、その態度は虚勢でしかない。

 しかし目の前の大切な女性の不安を拭い去る事くらいは出来るだろうと、優斗は確信していた。



 混乱の渦に突き落とされたアロウズが、なんとか意識を持ちなおすのに十数分の時間を要した。

 優斗はその時間で軽食と飲み物の手配を行う。と、言っても指示を出してお金を手渡しただけで、実際に買いに走っているのはヴィスなのだが。


「あ、いや、うん。優斗くん、本気?」

「本気も本気」

「どうやって?」

「それは今から考えます」

 笑みを絶やさずそう告げた優斗に、アロウズは内心で若干気落ちする。


 気落ちしながらも唐突に抱き着かれた事を思い出したアロウズは、優斗に対して非難の目を向けるが、気にも留められず質問が返って来る。


「現在の状況を再確認してもいいですか?」

「……いーけど」

「現在、ユーシアはルエインによって支配されているって事でいいんですよね?」

「えぇ」

「具体的には、どういった風に支配したんですか?」

 孫相手に敬語さん付も違和感があるな、と思いながら優斗は話を続ける。


 クシャーナとアロウズ。

 2人が孫であると言う確定的証拠は存在しないが、状況証拠と、何より自分の感覚から、優斗はそれを確信している。


「えっと、増税をクーナがやった事にして、やはり子供に領主は荷が重いとか言って乗っ取った?」

「いや、俺に聞かれても」

「じゃあ、どうすればいいの!」

「ゆっくりでいいですから、最初から順番に説明して下さい」


 その言葉に従い、アロウズが時系列順に説明を始め、所々で質問を挟みながら確認した現状を、優斗は紙にメモを取りながらまとめていく。


 まず、ユーシアから脱出していたルエインは、領地に戻ってすぐに増税、正確には臨時で税の徴収を行った。理由は、荒らされたユーシアの街の復興を行う為だ。

 それ自体は間違った行動であると一概には言えないが、物事には限度と言うモノがある。復興に必要な資金を全て税収で賄おうと言うルエインの愚かな行動に、ユーシアの領民は反乱を起こしそうな程だったそうだ。


 そこに入って来たのが、次期ユーシア領主がクシャーナに決まったと言う知らせ。

 最初は己が継ぐべき地位を掠め取られたと怒り心頭だったルエインだが、ある人物からの言葉を受け、これまでの税政が全てクシャーナの指示であったと発表し、これからはこんな事が無い様、自分が税政を仕切ると宣言した。そしてその進言をした人物は以降、相談役としてユーシアに籍を置いている。


 その後、ユーシアに向けて支援物資が届き始めれば自分の手柄だと吹聴し、相談役の進言を受けてそれを民に振舞うなどして支持を得て行く。領民のほとんどが、その物資を勝ち取ったのがクシャーナ、正確にはクシャーナの信任を受けた優斗である事など知らず、ただ彼が領主になれば暮らしが豊かになると言う噂に踊らされていた。


 その結果、領民の支持を得て、相談役の伝手で何処か、おそらく帝国の後ろ盾を得たルエインは、ユーシア自治領の独立と、己が領主となる宣言を行った。


「これは、また」

「多分クーナは、まだ使い道があるから連れて行かれたんだと思う」

「クーナのギフトは便利ですしね」

 敵としても味方としても相対した事のある優斗の言葉には、ある種の実感がこもっていた。


 もし仮に、クシャーナがユーシアを守ると言う手段を自治領化で叶えようとすれば、今回もまた敵として相対する事となる可能性に思い当たった優斗は、同時に今の状態の何が問題なのかを明確にすべきだと気づき、質問を発する。


「このまま放置した場合、ユーシア自治領はどうなると思う? いや、アロウズさんはどう思いますか?」

「話しにくいなら敬語でなくていいわよ、もう。それに、さんもいらない。お姉さんでもいいわよ?」

「それは遠慮しとく。調子、出て来たみたいで何より」

「ふん。で、ユーシアの今後だっけ?

 多分、公国が攻め込んで再支配しようとしたところに、帝国が割り込んでくるんじゃない?」


 公国と帝国は、現在同盟を維持している。

 しかし帝国がユーシア自治領を属領とするか、もしくは攻められたら守ると言う契約があれば、どうなるのか。優斗はそれが判らず、視線で問う。


「ユーシアには、同盟の使者であるクーナが居るのよ?」

「えーっと、それが?」

「同盟を破棄させるか、そうでなくとも4人の調印者のうち3人が居れば、色々と手は打てるはず」


 契約や同盟に関する知識の無い優斗だが、とりあえず帝国はユーシアを攻める公国を攻撃出来る可能性が高い、とだけ理解する。

 そしてそれが、ユーシアの未来にとって良くない事であると言う事も。


「戦争、か」

「えぇ、そうよ」

「ちなみに、どのくらいで戦争が起きるかわかる?」

「3か月。いえ、公国の威信を傷つけた訳だし、2か月で準備してくるかもしれないわ」

「2か月、か」

 2か月の間に、公国を止め、ユーシアを取り戻す算段を行う必要がある。


 優斗はそのハードルの高さを確認しつつ、しかし考慮には入れず、ただひたすら実行の為の手段を思案する。


 そして優斗が、自分1人ではどう考えても無理だと結論した頃、ヴィスが軽食と飲み物を持って部屋へと戻り、ひとまず議論も質問も休止して栄養の補給を行う事となる。


「お疲れ、ヴィス」

「うん」

「……優斗くん?」

 労いの言葉と共に頭を撫でる優斗に、アロウズの冷たい視線が突き刺さる。


 はっと気づいて言い訳をしようとした優斗だが、嬉しそうに、気持ちよさそうに撫でられているヴィスの姿にどうでもよくなり、言い訳の1つも口にせず、ヴィスの買って来たパンに手を伸ばす。


「ん。おいしい」

「優斗くんって、女たらしだったのね」

「む、失敬な」

「クーナにフレイちゃん。ヴィスちゃん。しかもさっきは、私にも抱き着いて来たし」

「あー、その節はすいません。ちょっと感涙極まったと言うか」

 優斗は頭をぽりぽりとかきながら、杯に注いだ葡萄酒を口にする。


 少しどきりとしたと口にするアロウズに苦笑していた優斗も、不安で押しつぶされそうだったけど少し安心したと小さく弱弱しい声で告げられれば、さすがに照れて顔を伏せる。


「女たらしって?」

「えっとね、ヴィスちゃん。優斗くんみたいにたくさんの女の子に良い顔する人の事」

「……納得」

「するな!」

 ヴィスの中では、アニーやキャリス、買い物をした店の店員などもカウントされていたが、些細な事だ。


 そんな和気藹々とした食事が終わる頃、優斗はふと、気づいた事を口にする。


「もしかしてアロウズって、由美にちなんでつけた名前だったりする?」

「さすが同郷! わかるんだ!?」

「あー、うん」

 由美は弓。弓から放たれるのは矢。矢は英語でarrow。


 それはきっと、由美から放たれた、縁のある者であると言う意味を持つのだろうと、優斗は勝手に解釈した。


「おばあ様も博識で、何時までも若々しく素晴らしい方だったし、日本人と言うのは皆そうなの?」

「日本人……。そんな事まで話してたんだ」

「ナイショよ、って悪戯好きの子供みたいな顔で教えてくれたの」

 うっとりとした表情から、アロウズが由美を慕っていた事は容易に想像出来た。


 そんな彼女が発した次の言葉に、優斗は目を見開いて驚く事になる。


「高貴で貞潔。あれが理想の女性だわ。

 だって、もう会えない旦那様だけを、ずっと思って過ごしていたんだもの」


 優斗の心臓が大きく脈打つ。

 由美は、恋人は自分の事だけを愛し、誰とも寄り添わずに過ごしていた。それに比べて、優斗自身は。


 そんな風に考える優斗の口から、無意識に言葉が漏れ出す。


「誰とも結婚せず、恋人も作らず?」

「もちろん」

 優斗は目を瞑り、僅かに顔を上向けて涙を耐える。


 優斗はこれまで、誰と恋人関係になった訳でも、結婚をした訳でもない。ただ、そうなろうと踏み出す決心をした事があるだけだ。

 実行した訳ではなく、思っただけ。しかしそれは十分な事であると優斗は感じていた。由美はきっと、そんな事すらなかっただろうと確信していたからだ。


「そっか。で、それはそれとして、今後の方針だけど」


 話題を転換され、アロウズが僅かに顔を顰める。

 しかし今はそちらが本題であり、重要な案件であるとわかっている為、不満を口に出す事は無い。


「大体状況はわかったから、次は方針なんだけど。

 とりあえず、頼れそうなところに片っ端から声かけるところから始めようと思う」


 優斗の宣言に、アロウズが呆れてため息を吐く。

 何を、どうするのかすら決めず、ただユーシアを取り戻したいから力を貸してくれと言ってそれに乗ってくれる相手など、居るはずもない事をアロウズはよく知っていた。


「あのね、優斗くん」

「だからアロウズは、シーア公だっけ? に会う約束を取り付けて来て欲しい」

「はぁ!?」

 優斗の思考は単純だ。


 個人の能力に限界があるなら、他から何とかできる力を借りてくれば良い。そしてお誂え向きに、全てを解決できる能力を持っているであろう相手へのコネクションを持つ人物が、目の前にいる。ならば、使わない手は無い。


「謁見するって事? どんな理由で?」

「んー。なんでもいいけど」

「いやいやいや、そんなんで許可がおりる訳ないでしょ!」

「そうなの?」

「それでなくとも、私は反逆者の親類なのよ!?」

「それでも助けてくれる知り合いがいる」

「そりゃ、そうだけど」


 勢いに任せたアロウズの反論を聞きながら、優斗はさすがに無茶ぶりかと反省する。

 ならばせめて理由だけでも伝えておくべきかと考え、それをでっちあげる為に思案する。


「別大陸の商品の売込み、で」

「……本当に?」

「もちろん、嘘じゃない。すでに王国は交易関係にある事を仄めかして、なんとかならない?」

「んー。私も商人の妻だし、それが本当ならすごい事だって判るけど。何か証拠があればなんとか」

「じゃあ、明日の朝一で証拠を作っとくから」

「はぁ!?」


 優斗の頭に思い浮かんでいたのは、荷馬車に置きっぱなしの砂糖だ。

 あれ自体と、砂糖菓子を作って持たせれば、十分な証拠になるだろうと優斗は考えていた。幸い、レシピはノートパソコンが復帰した為、詳細ごと確認可能だ。


「10人分くらいあればいいかな」

「10人分って、何が?」

「あー、食べ物なの」

「……いいんじゃない?」


 こうしてやるべき事を得たアロウズは、その商品の説明を聞くと、驚きながらも説得方法を考えると部屋へと戻って行った。


 優斗の方も、今後の行動と接触すべき相手のリストアップをしながら、ノートパソコンを起動してレシピを漁り始める。


「優斗」

「あー、うん。ちょっと待って」

 完全に存在を忘れていたヴィスに名前を呼ばれ、優斗はキリまで読んでからノートパソコンから視線を外す。


 自分にも指示を、と期待を込めた瞳で見つめるヴィスに、優斗は努めて冷静な表情を浮かべ、もったいぶる様な大仰な仕草で振り返りながら、背中に冷や汗をかいていた。


「うん。ヴィスにはある事をお願いしたい」


 無言で頷くヴィス。

 そんな彼女に同じく無言で頷き返しながら、優斗は必死に考えていた。


 簡単なお使い、では納得してくれそうにない。教育により多少ましになったとは言え、使者とするには礼儀作法がダメすぎる。待機と言う指示は、最悪だろう。

 そんな優斗に思い浮かんだ結論が、待機ではない待機。すなわち、現状維持の護衛任務だった。


「今、重要な要件を頼んだアロウズが、無事にそれを果たすまで、護衛を頼む」

「それだけ?」

「彼女が向かうのは、ある意味で敵地だ。何時捕まってもおかしくない。やってくれるか?」

「了解」


 ヴィスが真面目な顔で退室し、隣の部屋へと入って行く音を聞きながら、優斗はなんとか言い繕えた事にほっとする。

 そしてレシピ漁りに戻りながら、頭の片隅でヴィスに今後頼める用事があるのか考えるのだった。




 レシピに当たりを付け、今後の行動を大まかに決めた優斗は、暗くなってきた事もあり、ベッドに入った。


 ベッドで横になりながら、思い浮かぶのは由美の事。そして、己の不甲斐なさ。


 こちらに来る前の優斗は、彼女を想い、彼女以外の女性と共に歩む事をしなかった。しかし、この国に来てフレイと出会い、共に過ごすうちに心惹かれて行った事は事実だ。


 それを仕方が無い事だと断ずるのは簡単だ。

 優斗は由美を死んだと思っていたし、死んだ人間に操を立て続けなければいけないと言う事はない。むしろ、そうでない事の方が圧倒的に多い。そして何より、1人異世界に放り出されたのだから、不安で心が揺れるのも仕方がない。


 だが、由美は違った。

 死別ではないにせよ、もう戻れない事、すなわち一生会えない事は判っていたはずだ。優斗がもう元の世界には戻れないと理由もなく確信していた様に。にも関わらず、由美は優斗だけを想い、過ごしていたのだ。優斗と違い、身重の状態で見知らぬ世界にやって来たにも関わらず、誰の支えも得ず。女1人の生活は大変だった事は容易に想像できる。子供連れであれば、尚更だ。


 そんな自分に、今更愛していると口にする資格があるのか、優斗には判らなかった。ただ、由美の残した言葉には必ず応えると決意していた。



――――ユウ、後は任せた!



 ただそれだけの言葉。

 それは今の優斗の原動力であり、何事で在ろうとも為すと言う覚悟の元になっていた。


 これまで2人の孫、主にクシャーナに対し、優斗は何かあれば、助けを求められれば全力で助けてあげたい相手だと認識していた。しかし事実を知り、蟠りの消えた今、彼女達は積極的に守るべき相手だ。


 故に、クシャーナとアロウズの望みを叶える為に、ユーシアを取り戻し、守る。

 そんな無茶無謀を目の前にしているにも関わらず、優斗に口元にはとても嬉しそうな笑みが浮かんでいた。

優斗くんが真実と本当の関係を知る話でした。


予想していた人には今更な事柄かもしれませんが、ようやく色々と回収できた気分です。


そういえば、この場合でもクーナはヒロイン扱いになるのかしら。

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