壊れた携帯
優斗がキャリスから聞いた通り、山の民は喜捨と労働力の提供を申し出ると、あっさりと10日間の滞在を許可してくれた。
総本山、とキャリスが言うだけあって山の中であるにも関わらず大きな建物が並ぶ敷地内には、学校に寄宿舎、礼拝堂などが存在する。
優斗は商人であると言う事を買われ、学校で読み書きと計算を教える事になった。それ以外にも専門的な事を知りたいと言う学生の質問を、個々に応えると言う事も何度かあった。
ヴィスの方は優斗の提案で、午前中は学校で読み書きを習い、午後からは早朝に仕掛けた罠に獲物がかかっていないか確認、かかって居れば回収しつつ木の実を集めたり、炊事洗濯などの雑用を手伝った。
それ以外にも、朝夕両方、もしくはどちらかに礼拝堂で行われるお祈りに参加する事が義務付けられた。
そんなこんなで、山の民にお世話になる事9日間。様々な人と知り合い、友好を深めながら過ごした優斗達は、出発の朝を迎える。
惜しまれ、再会を約束して山を去った優斗達は、往路と同じ道を進み、2日近くかけて第一目標である村へと到着する。ちなみに、途中で小さな村に寄った為、今回は野宿なしの旅路だ。
優斗は村長にシュレイの存在を尋ねるが、10日程前に騎士が訪ねて来て以来、村に似たような人物は来ていないと聞かされ、何か問題が発生しているのではないかと、窓の外へと視線を向ける。そして日が沈むまでにはまだ時間があるだろうと考え、村長に丁重にお礼を告げて家を飛び出すと、ヴィスと合流してルナールへと馬を飛ばす。
心なしか厳しい確認を受けたものの、優斗達は無事、北門からルナールに入る事が出来た。
そして状況を確認する為、クシャーナの滞在しているはずの屋敷へと向かうと、そこで見覚えのある後姿を発見する。
「あれ、アロウズさん?」
「……あ」
振り返ったアロウズは、泣きそうな顔をしていた。
一体何事かと驚いた優斗は、馬上をヴィスに任せ、鞍から飛び降りる。
クシャーナの姉であり、ユーシアの関係者どころか身内である彼女が何故こんなところで突っ立ているのか疑問に思いながら、優斗は続けてアロウズに声をかける。
「ひとまず中へ、って、えぇ!?」
アロウズを門の中へと誘導しようとした優斗は、そこにかけられた鎖と看板に驚愕する。
そこには、差し押さえ、立ち入り禁止、といった類の言葉が書き連ねられており、頑丈な鎖ががっちりと門扉を閉じている。
「……これは一体」
「ユーシアが独立宣言したの」
アロウズの言葉の意味を、優斗はすぐに理解出来なかった。
優斗がその意味を問い返そうとした瞬間、アロウズの目から次々と涙が流れ出し、嗚咽を漏らす。
「おね、がい。助けて」
「え、っと。その」
「う、ううぅぅっ」
アロウズは優斗に近づくと、その胸に顔を埋め、子供の様に泣きじゃくる。
まだ状況を把握仕切れていない優斗は、それでも今は泣かせてあげるべきだと判断し、アロウズの髪を撫でながら、ヴィスに視線を向ける。ヴィスがそれに応え、馬を西に走らせるのを見送った優斗は、手を下にずらして子供をあやす様に背中を撫で、アロウズを宥める。
しばらくそうしていると、アロウズも少しずつ落ち着きを取り戻し、ヴィスがキャリスと共に馬車でやって来る頃には何とか泣き止んでいた。
「大変な事になりました」
「みたいですね」
馬車に乗り込んだ優斗は、挨拶もそこそこにキャリスに情報の確認を行う。
大泣きしたのが恥ずかしいのか、アロウズは顔を伏せている。ヴィスの方は相変わらず難しい会話には我関せずの様で、聞いてはいるが口を出す気は無さそうだ。
「ざっと状況を説明させて頂きます」
「よろしくお願いします」
「まず、優斗さんが避難する際の騒動。あれは、クシャーナ様を狙ったものでした
これは推測ですが、優斗さんと分断し、クシャーナ様に付く護衛を減らすのが目的だった様です」
この時点で十分に驚いた優斗だが、まだ序の口なのだろうと腹をくくり、静かに続きを待つ。
「先日、ルエイン・ユーシアを領主とする、ユーシア自治領が公国からの独立を宣言したのはご存じですか?」
先ほどさわりだけ聞いてはいたが、詳しい話を知らない優斗は、首を横に振って続きを促す。
同時に、斜め前に座るアロウズが拳を固め、唇をかんでいるのが視界の端に移り、優斗は声をかけるべきか、迷う。
「あそこは外の情報を得にくいですから、仕方がないと言えば仕方がないんでしょうけど、追われているかも知れない身なんですか、ちょっとくらい気にしましょうよ」
「いや、面目ない」
あまり暇もなく、何より偵察を頼む手駒が無かったと言い訳しそうになる優斗だが、ヴィスと言う従者が付いていてその言い訳はおかしいと気づき、言葉をひっこめる。
そのおかげでヴィスはかなり文字が読める様になっているのだが、今は関係がない。
「3国の緩衝地帯とする為だと宣言していますが、大方、自分が蚊帳の外なのが気に入らなかったのでしょう」
「いや、さすがにそんな理由で独立はしないんじゃ?」
「……あの男なら、する」
アロウズの呟きで、馬車の中の空気が更に重くなる。
沈黙のままキャリー商会と懇意だと言う宿に到着した一行は、キャリスが確保してあった一番大きな部屋へと移動する。
全員分の椅子とお茶が準備された部屋で、各々が席に着くと、妙に落ち着いているキャリスが説明を開始する。
「判りやすい様、時系列順に説明しますが、よろしいですか?」
「はい」
出発前よりも何処か余所余所しい口調のキャリス。
優斗はそれを、アロウズが同席しているからだろうと考えながら、キャリスの話を聞き漏らさない様、集中する。
「まず、優斗さんが出て行った直後にやって来た、ユーシア家からの迎えだと名乗る馬車に乗ったクシャーナ様がそのまま姿を消しました。
その後、アロウズ様がルナールへ到着。その2日後、ユーシアから公国宛に、独立を宣言する文章が届きました。
領主任命の式典への参加を拒み、独立を宣言したユーシア家に、当然、公国は怒り心頭です」
優斗は、先ほど見た屋敷の状況を思い出す。
公国の領主となる事を拒否し、公国の領地を不当に占拠しようとしているのだから、キャリスの言う通り、公国がメンツ潰されて怒るのは当然だ。そうなれば財産の差し押さえなどは当然の事であり、むしろアロウズの身柄が拘束されていないのが不思議なくらいだ。
「多分、帝国の後ろ盾があるんだと、思う」
優斗の隣で静かに話を聞いていたアロウズが、重い口を開く。
そして、ぽつりぽつりとユーシアの情勢、と言うかむしろルエインの事について説明し始める。
「ユーシア家、と言うかルエインは帝国貴族の血も引いてるから、元々帝国と懇意だった、って言うか、思考が帝国よりだった。私を帝国の貴族に嫁がせようとするくらい。
帝国貴族に返り咲く為なら、領地ごと亡命だってすると思う。それだと同盟を結んだ2国間で問題があるから、まず、自治領としたんだと思う。それで、ほとぼりが冷めた頃に帝国に合併するか、また王国が攻めて来た時に、王国から奪取と言う形で帝国入りするつもり、なんじゃないかな」
そこまで口にすると、アロウズは疲れ切った様に肩を落とす。
そして隣の優斗がなんとか聞き取れる程度の声で、父さんかルータス兄さんが居れば、と悔しそうに呟く。
「えーっと、状況を整理すると、クシャーナが攫われて、ユーシアが公国から独立を宣言した、と。
2つ疑問があるんですが、いいですか?」
「うん」
「今、クシャーナはどこに?」
それは優斗にとって、この件で最も重要な事柄だった。
正直に言えば、優斗はユーシアが公国を裏切ろうが、独立しようがどうでも良いと思っていた。連邦との取引を行う予定地が無くなるのは困るが、他の港を使ったり、どこかの商会に委託すると言う手も存在する。
優斗がユーシアに固執する理由があるとすれば、それはクシャーナの存在に他ならず、ユーシアと彼女の縁が無くなれば、ユーシア領どころか、公国にこだわる理由すら存在しなくなる。
「クーナは、多分、ルエインのところだと思う」
「クーナを攫ったのはユーシアだって事?」
「ユーシア騎士団の騎士服を着ていたそうだから、多分。話を聞く限り、ロード商会も手を貸してるんだと……」
「あそこは帝国貴族と懇意ですからね。間接的ですが、それも帝国が後ろ盾となっている裏付けとなります」
キャリスの補足に、優斗は頭に浮かべていた構図にロード商会を書き足す。
優斗がユーシアに訪れた際、ユーシアとロード商会はそれなりに取引があったと記憶している。帝国の品を好むルエインが、輸入品が高いとぼやいていたり、そのせいであまり良い印象を持っていないと感じていたのだが、どうやらそれは間違いであったらしいと、優斗は頭の隅で考える。
「お願い、優斗くん。助けて」
アロウズの言葉に、優斗はどう答えるべきか、頭を悩ませる。
クシャーナと同腹であると言う彼女もまた、幼馴染の忘れ形見であり、優斗は自分の能力の範囲で、出来る限りの事をしてあげたい、と思っていた。しかし、優斗にとって今回はの話は大きすぎて、手に余る。
「クシャーナだけ助け出す、と言うのでは?」
「え、それは……」
「あ、旦那さんと子供も居るんでしたっけ。じゃあ、その3人を救出して、どこかに避難する、と言うのは?」
アロウズが泣きそうな顔で優斗を見つめる。
国や領地を左右する様な案件を、一介の行商人が解決できるはずがない。
そんな当然の事すら気づいていなかったアロウズは、同時に己が如何に追いつめられていたのかと言う事にも気づき、歯噛みする。
「そう言う事でしたら、我がキャリー商会は、ユーシアへの協力は出来ません」
「へ?」
素っ頓狂な声を上げてしまった優斗だが、すぐにそれは仕方がない事だと気づく。
キャリー商会は、ユーシア復興の特需による儲けと、その後の利権を目当てにユーシアに、そして優斗に様々な融通を効かせてくれていた。それが無くなるのであれば、協力する意味も義理も存在しない。
「すいません。色々と迷――」
「が、私個人としては、類稀なる商才をお持ちの優斗さんと、今後とも良いお付き合いを続けたいと思っています」
「は?」
再び素っ頓狂な声を上げた優斗に、キャリスが悪戯を成功させた子供の様に笑みを返す。
キャリスと見詰め合い、優斗はその言葉を、無理・無茶でない程度の事柄であれば協力してくれる、と受けとった。無論、支払いはきっちりして貰います、とも。
独力では救出すら儘なら無いと考えていた優斗は、それに感謝し、深く頭を下げる。
「私は一度、店に戻ります。優斗さん、後でこちらに来て下さい。お預かりした荷物をお返ししますので」
「わかりました。よろしくお願いします」
視線を交わし、お互いににやりと笑うとキャリスが部屋を出て行く。
3人が残された部屋には、しばらくの間、静寂が訪れた。
優斗の判断に異を唱えるべきか、それともその方向で話を進めるべきか悩んでいるアロウズ。そんなアロウズの決断を待つ優斗。部屋に入ってからずっと沈黙しているヴィス。
お茶の入った杯が空になり、お代わりを汲もうかと優斗が手を伸ばした瞬間、アロウズは決意を秘めた瞳でその手を掴みとる。
「3人の救出なら、必ず成功させてくれる?」
「いや」
「絶対、助け出してくれる?」
言葉を濁そうとした優斗に、アロウズが詰め寄る。
その態度から、優斗はアロウズが求めているモノに気付く。そしてそれを与えるべきか1秒だけ悩んでから、口元に自信ありげな笑みを浮かべると、堂々たる態度で宣言する。
「必ず成功させる」
「お願い」
掴んだ優斗の手を額に押し当てながら懇願するアロウズ。
決断する為の後押しをした優斗は、しかしその虚勢とは裏腹に、自分の無力さに落ち込んでいた。
幼馴染の忘れ形見である、クシャーナとアロウズ。可能ならば、2人の望みは出来る限り実現してやりたいと優斗は思っている。
アロウズは優斗に助けを求めた。だから助ける。しかしながら、彼女が望む本当の願いを叶える事が出来ない。
クシャーナは、言っていた。ユーシアを、自分の生まれ育った地を守りたいのだと。優斗はそれを、実現させてやれない。
個人の能力には限界がある。
優斗は、自分には国や領主を相手取って勝利する能力は無いと考えていた。せいぜい、彼らから利益を吸い上げるのが関の山だ。
だから今回の件ではユーシアを取り戻すなどと大仰な事は不可能であり、ならば最低限、クシャーナの面倒を見るくらいしか自分には出来ないのだと考えていた。もちろん、救出が成功すれば、の話ではあるが。
「無茶言ってごめん。でも、なんか、優斗くんの顔見たら、なんとかしてくれるんじゃないか、って」
「それは光栄」
優斗が茶化しながら返答すると、アロウズがようやく笑顔を見せた。ぎこちない笑顔ではあるが、笑顔は笑顔だ。
優斗は今度こそ、空になった杯にお茶を汲むと、ヴィスとアロウズの分も注ぎ足してから並々と注がれたお茶を口にする。
そんな優斗の仕草を見つめていたアロウズは、何かに気付いてはっとし、慌てて懐からソレを取り出した。
「お礼は後で絶対するから。今はこれでお願い」
「いや、別に、って、なんでこれがここに?」
「屋敷に置きっぱなしだったのを、私が取って来たの」
アロウズから手渡されたのは、件の携帯電話だった。
お礼は不要、もしくは成功報酬でと断ろうとしていた優斗だが、コレならば話は別だと素直に受け取ると、壊れ物を扱うかのように慎重に服のポケットへと差し込む。
「そういえば、アロウズさんは大丈夫なんですか?」
「今さら畏まらなくても」
「そう?」
「同じくらいの歳なんだし。で、私が大丈夫って、どういう事?」
「国に追われてたりしないのかな、と」
「あぁ」
アロウズはため息を吐き、苦笑いで優斗の疑問に答える。
「私は勘当されたから無関係、って事になってる。多分、あの子が進言してくれたんだと思う」
「あの子?」
「友人に、シーア公の姪御が居るの」
家出娘の癖に良いコネ持ってるな、と思いながら、優斗は何と言葉をかけて良いか判らず、苦笑する。
自分だけ助かっても仕方がない。しかし、そのおかげで解決策を探して奔走出来ているのだから、と考えれば、アロウズも内心複雑だろう、と考えたからだ。
「ところで、シーア公って言うのは、この国の公の事?」
「そう。知らなかったの?」
「恥ずかしながら」
呆れるアロウズ。乾いた笑いで誤魔化す優斗。
そんな少しだけ弛緩した空気が流れる中でもヴィスは相変わらず沈黙を守っており、時折、お茶を啜ってはただ2人の会話に耳を傾け続けている。
「一先ず、お互いに体と頭を休めて、明日、改めて対策を考えると言う事で」
「うん」
そう告げると、優斗はその場を解散とし、宿の主人に自分の部屋とアロウズの部屋の手配を依頼する。
その後、アロウズにヴィスと相部屋で構わないかを確認し、了承を得ると優斗は護衛任務だとヴィスをアロウズの部屋へ放り込み、1人外へと出る。
優斗はクシャーナが無事であるか、心の底から心配している。それは純然たる事実だが、しかしポケットの中身への思いも強い。そんな葛藤の中、優斗は申し訳ないと考えながらも、既にそれを確認する事を決めていた。
確認しないまま救出に集中できる気がしない。焦っても急ぐには限界があり、その合間に熟しておく方が、結果的に良いはずだ。そんな風に自分に言い訳する優斗だが、実際には携帯電話の持ち主の方が、優先順位が高いと言うだけである事にも気づいていた。
そんな優斗をキャリー商会で出迎えたのは、キャリスと、優斗に譲られる予定の天の光をギフトに持つ奴隷少女だった。
「待ってたわ」
「どうも。荷物を引き取りに来ました」
「荷馬車はしばらく預かってあげるから、必要な物だけ持っていきなさい」
今までよりも微妙に上から目線のキャリスに、優斗は少しだけ違和感を覚える。
とは言え、それが不快と言う訳ではない。ユーシアの後ろ盾があるとされていた優斗に対する態度がおかしかったのであり、キャリアと年齢差を考えればこれが適正であると言える為、むしろ落ち着くと優斗は感じていた。
「では、迷惑ついでに少しお願いが」
「いいわよ。私の部屋で話しましょう」
何時もの執務室に通された優斗は、ソファーに腰かけると、アロウズに断ってから二本の線とそれに繋がる棒を取り出す。
そしてその棒をずっと黙っている少女に手渡そうとして、その前に最低限の確認はすべきだと思い付き、自分が焦っている事を自覚する。
「すいません、水を一杯頂けませんか?」
「いいけど、それ、何?」
「彼女のギフトを使いたい理由ですよ。詳細は秘密です」
キャリスが手ずから水差しの水を杯に注ぎ、優斗に手渡す。
そこに線から外した銅の棒を差し込み、電気を流して貰おうと言う段で、優斗はようやく、自己紹介すらしていない事に気付く。
「あー、俺は商人の優斗。一応、君を買った人間」
「……」
「自己紹介なさい」
「チャイだ、です」
「あー、じゃあチャイ。悪いけど、この棒を持ってギフトを使ってみてくれる?」
優斗の願いを聞き届け、否、命令を遂行する為に、チャイが棒を握り、ギフトを使用する。
この光景をキャリスに見せてしまう事に問題が無い訳ではない。しかし優斗には、ここである程度充電を行いたい理由が存在していた。
「まぁ、大丈夫そうか。じゃあ、ちょっとそれそこに置いて。うん。で、こうして、次はこっちにお願い」
優斗の奇妙な行動を、キャリスは不思議そうに、しかし好奇心丸出しの目で見つめてる。
そんなキャリスがなんとか鞄の中身を確認しようとしているが、優斗が布を被せ、それを覆い隠してしまうと諦めて顔を上げる。
「で、私に相談って?」
「まず、この子をまた預かって欲しいんです」
「えぇ」
キャリスがあっさりと承諾したのは、連れ帰れない事情があると察したからだ。
それは事実であったが、優斗の思惑が携帯電話を見る為にも同室は避けたい、しかしあの2人のところに放り込むのは危険な予感がする、と言うモノであったのに対し、キャリスが考えたのはもう少し下世話な想像だった。
「ありがとうございます」
「それだけ?」
「いえ、もう1つ。
クシャーナの所在を調べたいんです。手伝って貰えませんか?」
本心では、救出を手伝って下さいと言いたい優斗だったが、それは既に断られている為、まずは試しにとそう依頼する。
それに対し、キャリスは予想外にもあっさりとそれを了承した。
「残りは成功報酬でいいわ」
「よろしくお願いします」
優斗は前金を支払いながら、チャイの様子を伺う。
まったく口を開く気配の無いチャイに、ヴィスと似たタイプなのだろうかと考えながら視線を向けていると、それに気づいたチャイとばっちり目が合う。
「何?」
「あ、いや。あんまりしゃべらないんだな、と」
「許可がないし」
敬意の欠片も感じられない返答に、キャリスが苦虫を噛み潰したような顔をする。
まだ正式な譲渡契約を行っておらず、鑑札も無いチャイの主人は、暫定的にキャリー商会のままだ。故に、顧客に対してこのような発言を行えばお叱りを受けるのが当然だが、今回は買い手である優斗がキャリスの雷が落ちるよりも早く、それを制した。
優斗は奴隷を奴隷らしく扱うのが苦手だ。購入してしまった事と、命令して従わせている事に罪悪感を覚える程度には。
そして優斗は、それを薄れさせる方法も知っていた。それはフレイの様に自由に振舞わせ、命令の回数を極力減らすか、奴隷身分から解放してしまうか、だ。
ただし、後者を行うには最低限でも携帯の中身を確認してからであり、可能であれば身分解放との交換条件で雑用兼充電役として雇用契約を結んでからが望ましい。
「この子の引き渡し、何時にしましょうか?」
「明日の昼過ぎでいいかしら? 午前中はちょっと用事があるの」
「もちろんです」
「純潔の確認はいらないし、すぐに済むと思うわ」
何にしても、今は携帯電話の中身を確認する事が最優先だ。優斗はそんな風に考え、チャイと言う名の奴隷少女の事を考えるのは後回しにすると決めると、しばらくの間キャリスと情報交換を兼ねた雑談を交わしてからキャリー商会を後にした。
宿に戻った優斗は、早速ノートパソコンの電源を入れると、継ぎはぎされたケーブルで携帯電話を接続する。
そわそわとしながら100秒を数えた優斗は、電源を付ける為に唯一のボタンを長押しする。しかし、電源が付く気配はまったくない。
更に100秒を数えた後にもう一度ボタンを押してみるが、やはり反応は無く、優斗に嫌な想像が浮かぶ。
もしやボタンが壊れているのでは、と。もしくは、携帯自体が壊れているのかも、と。断線の可能性を疑い、ケーブルの繋ぎ直しも行うが、成果は上がらない。
最終的には全てのボタンを無暗に押して見たりもしたが、ほとんどがタッチパネルに依存している携帯電話には押せるボタンも少なく、すぐに手詰まりとなる。
「そんな……」
優斗が出した結論は、携帯電話が壊れている、だった。
携帯電話自体、かなり年季がいっている事が伺え、更に精密機械の扱いを知らない人間の手元にあったのだから、その可能性は十分にあった。しかし優斗は、あえてそれを考えずにいた。
一転、絶望に叩き落された優斗は、椅子の上で項垂れ、携帯電話も床に取り落としてしまう。
涙は流れてこないが、しかし深い悲しみに苛まれながら、優斗は思い出す。幼馴染にして恋人であった、由美の顔を。そして、声を。
この世界に来てからずっと見ていないにも関わらず、はっきりと思い出せる大切な人の顔。他の女性に移り気したとしても、優斗にとって彼女は、特別な存在だった。無論、他の誰かのモノになっていたとしても、だ。
そんな彼女を、写真でも良いからひさしぶりにこの目で見たかった。それすら叶わないのかと天を仰いだ優斗は、由美の顔が見たい、声が聴きたい、と切実に願った。
そんな風に1時間近く呆けていた優斗の暗い瞳が、暗い部屋の中で光る何かを視界の端に捉える。
――――やっほー、ユウ。ひさしぶりー。
部屋の中に響き渡る懐かしい声。
その声を、優斗が聞き間違える事など、ある訳がなかった。
ユーシアが独立宣言をした事を知る話でした。
そこに誰の、どんな思惑があるのか。クーナはどうなってしまうのか。
次回、優斗くんが本格的に動き出す、かもしれません。