誤った解釈
ハリスが去った後、すぐさま店の裏口から脱出し、緊急時の避難場所と決めてあった店に飛び込んだ優斗は、キャリー商会側との合流を待ちながら個室の中で思考の海に沈んでいた。
無論、その隣にはクシャーナの姿があるが、優斗の真剣で、なおかつ思いつめたような表情に気圧され、出されたお茶を大人しく啜っている。
「お待たせ」
「それで、状況は!?」
椅子を蹴り上げる様に立ち上がった優斗を、キャリスが手で制する。
同時に、キャリスの視線は優斗の隣に座るクシャーナへと向かい、優斗も釣られてそちらを向き、はっとする。そして無暗に彼女を不安にさせる様な行動は極力慎むべきだと反省し、小さく深呼吸をしながら着席する。
「まずはごめんなさい。あの男を止めようとした全員が足止めされて……」
「その事はいいです。それよりも、何故、今になって接触して来たのか……」
優斗はそれについて、この部屋に入ってからずっと思案していた。
自分の存在がロード商会にバレる可能性は、カクスで契約書を紛失したと聞いた時から可能性の1つとして頭にあった。しかし、特に問題は無いだろうとも考えていた優斗の頭には、何故、と言う疑問符が大量に浮かんでおり、それは処理しきれない程に膨れ上がっている。
「心当たりはないの?」
「ありましたけど、今は無いと言うか」
「どういう事?」
優斗は一瞬だけ迷ったが、今はキャリスの知恵を借りて迅速に状況を把握する方が優先だと判断し、事情の説明を行う。
ロード商会と優斗が半ば敵対関係にある事以外、主に飛び杼に関してはキャリスは既に知っていた為、説明はさほど時間をかけず終了する。
「……まさか」
「何か判ったんですか!?」
「これは私見になるけど、構わない?」
「構いません」
優斗とクシャーナが固唾をのんで見守る中、キャリスが口にしたのは難しい事ではなく、むしろ誰もが思い付くような、それでいて実行の難しい事だった。
「飛び杼の技術を、国、と言うか公爵家に売りつけるつもりなのでは?」
「……あぁ!」
飛び杼の技術は、今のところはまだ公表されていない。
ロード商会にはそれの能力を裏付ける証拠も、実践する技術も存在しており、売り込めるだけの要素が揃っている。そして何より、彼らは既にその技術の恩恵で、もう十分に稼いでいる。ならば荒れた市場を立て直すより、設備ごと国に売ってしまい、立て直すまで様子見をしながら別の商売を行う方が賢い選択だ、と考える事も出来る。
荒れているのは公国内の市場なのだ。公国自身に技術を売り渡し、市場再建を丸投げしてしまえば間違いなく立て直してくれる。
「今現在、飛び杼の技術を持っているのはロード商会と、優斗さんだけだと勘違いしているなら」
「ユーシアが技術を保持しているのは知ってるはずでしょう?」
「技術を丸ごと提供している貴方が異常なのよ」
キャリスによれば、特定の技術でお金を稼ぐ方法は、以下の2つが主流だと言う事だ。
1つは、請負。
これは依頼を受ける事で、技術を持つ人間が手ずから供与する方法だ。欠点は提供できる上限が低い事で、利点は技術が漏洩し辛い事。
そしてもう1つが、貸出。
今回の例で言えば、飛び杼付きの機織り機を貸し出す方法で、技術で作った革新的な何かを貸し出す方法だ。この方法は逆に、技術の漏洩が起こりやすい。
「そうすると、彼らの目的に私が邪魔だ、と?」
「先を越されては意味がない。例え先手を取れても、あちらより低価格での提供を持ちかければ」
そう言って、2人はクシャーナへと目をやる。
話に耳を傾けつつも大人しくお茶を飲んでいたクシャーナは、突然自分に視線が集まった事に狼狽し、思わず杯を取り落としそうになる。
「クシャーナ様、お願いがあります」
「えっと、何でしょうか?」
「飛び杼の技術を、国に売って頂きたいのです」
「あぁ、その手があったか」
優斗とキャリスが視線を交わし、互いににやりと笑う。
仮に、ロード商会の目的が技術の販売であったとすれば、それが実行不可能になれば優斗が身の危険に晒される理由が無くなる。しかも、上手くやれば国に恩が売れる。
「念の為、優斗さんはほとぼりが冷めるまで一時的にここを離れると言う事で」
「それがよさそうか。でも、追手がかかるのでは?」
「ルナールから離れる事で、そんな意図は無いと主張出来るし、少なくとも追手を放つ意味が無い事くらいは気づくと信じましょう」
「え? え?」
「優斗さんが狙われている可能性があるので、一時的に避難して貰おうと言う話です。クシャーナ様」
突然、話題の渦中に放り込まれたクシャーナが、ようやくその流れに追いつく。
そしてまず口にしたのは、優斗を気遣う言葉だった。
「大丈夫なの、お兄ちゃん!?」
「あー、避難は念の為ってだけだから。クーナが協力してくれるなら、全然問題ない」
「しますします! 協力、します」
立ち上がり、拳を固めるクシャーナに、優斗とキャリスが苦笑する。
そんなクシャーナをなんとか宥めると、優斗は自分が今後取るべき行動を決めるべく、話し合いを再開する。
「クーナ、ルナールを発つのは何時頃の予定?」
「えっと、式典から7日くらいは祝宴に参加しなきゃいけないから、あと15日くらい?」
「じゃあ、15日くらいどこかに身を隠すか……。キャリスさん、何処か良い場所、ありませんか」
「山の民に匿って貰う、と言うのは?」
優斗は、山の民、と言う初めて聞く単語に目を白黒させる。
名前からして、山に住んでいるのだろうな、と公国と王国の国境代わりにもなっているそれなりに大きな山脈を思い出す。そんな優斗の予想は間違ってはおらず、しかし少し足りない。
「山の民は文字通り、山に住んでいる者達の事よ。山は竜の領域。彼らは基本的に竜神様を深く信仰しているの。で、その総本山がここから馬で2日くらい北東に行ったところにあるから」
北東と言えば川の流れてくる方角だと思い浮かんだ優斗は、川と言うのは竜のモチーフとされると言う文言を思い出し、何か因果関係がありそうだと考えるが、今は関係ないと思考を中断する。
「それなりの喜捨と、労働力を提供すれば、犯罪者でもない限り匿ってくれるわ。元奴隷なんかがよく駆け込むらしいか――」
キャリスの台詞が、突然開いた扉の音で中断される。
蹴破る様な勢いで扉を開けたのは、優斗の従者であるヴィスだった。
一体何事かと驚いた一同だったが、入って来たのがヴィスだと判るとあからさまにほっとし、警戒を緩めながら彼女が背中に背負っている鞄と、手に持っている袋、そして肩からかけている鞄に視線が集まる。
「ヴィス、それは?」
「荷物」
鞄の紐がたすき掛けされ、谷間が強調されている胸から視線を逸らしながら問うた優斗に、ヴィスが即答する。
ちなみに、優斗が視線を逸らしたのは、紳士的な行動でも、視線のやり場に困ったからでもない。単に部屋に居る他の女性、主に隣に座る少女に軽蔑の視線を送られる未来を回避したいが為だ。
「囲まれてる」
「なっ!?」
「くっ」
ヴィスの報告に、キャリスが付近の簡単な地図を取り出し、机に広げる。
するとヴィスは、こことこことここ、と順に怪しい人物が居たと言う場所を指差して行く。
「……キャリスさん、クーナを任せても?」
「もちろん」
「クーナ、悪いけどここで解散しよう」
「うん。気を付けてね」
「この埋め合わせは、今度するから」
その言葉に、クシャーナはまた逢引の約束が出来たと喜び、そんなクシャーナの様子に優斗が微笑む。
しかし少しばかり甘える事を覚えてしまったクシャーナは、それに満足せず、今回も追加の要望を口にする。
「じゃあ、今度はユーシアの街で逢引ね!」
「はいはい」
「わーい」
「仲のよろしい事で」
「……」
キャリスに茶化され、クシャーナには期限までにきちんと戻って来る様にと釘を刺された優斗は、微笑みを苦笑に変えながら立ち上がり、ヴィスから荷物を受け取る。
荷物のほとんどは宿に部屋に持ち込んでいた貴重品だが、一部、荷馬車の中にあった物も混在している。それはヴィスが、街の外へ逃げ出す可能性も考え、最低限の野宿の準備を放り込んで来た結果であり、今回はそれが的中した。
「これとこれとこれ、っと。キャリスさん、これと荷馬車、預けてもいいですか?」
「もちろん」
「待って下さい!」
クシャーナが勢いよく立ち上がり、2人の会話へと割り込む。
優斗はクシャーナに視線だけ向けながら、袋から自分とヴィスの分の外套を取り出すと、片方をヴィスに手渡す。
「全部、我がユーシア家。いえ、私、クシャーナ・ユーシアがお預かりします!」
「あー、うん。なら、お願しよう、かな?」
「いいんじゃない? あ、保管に困る物はうちで預かっておくから」
そう言って、キャリスはヴィスに視線を向ける。
その視線で優斗は、狙われているのは自分であり、ヴィスは関係ないのだと思い至る。そしてその思い付きから、彼女を置いていくべきか、ならばそれを本人に問おう考えてから、気づく。騎士を自負する少女が、危険だから来るなと言われて納得する訳がない、と。
それでも優斗が、とりあえず聞くだけ聞いておくか、と考えたのは、無意識に強制した訳ではないと言う免罪符を欲したからだ。
「ヴィス、危ないから留守番してる?」
「私は護衛」
「やっぱ?」
予想通りの返答に、優斗は自分も外套を着こむと、ヴィスから肩掛け鞄を受け取る。
2人でフードを目深に被り、部屋の扉を開ける。
優斗は、ヴィスが周りを警戒しながら店の裏口へと向かうのを視界の端に捉えながら、扉の中へと振り返る。
「じゃあ、クーナ。また」
「うん。ちゃんと私がここに居る間に戻って来てね」
「了解。キャリスさん、申し訳ないけど」
「えぇ。馬車を呼んであるから、それまでここにいるわ」
「そうですか。では」
優斗は扉を閉めると、ヴィスと合流する為に足早に裏口へと向かった。
ヴィスに先導され、日が落ち始めた街中を移動しながら、優斗は改めてヴィスとノルのコンビネーションに感嘆していた。
ヴィスはまるでテレパシーでも使っているかのように無言でノルを呼び、ノルはノルでヴィスの居場所へと正確に降下して来る。
「さすがというか、何というか」
「ん?」
「2人、息がぴったりだなと」
優斗の指摘に、ヴィスは僅かに目じりを下げる。
そして褒められて嬉しいのか、ヴィスにしては珍しく、饒舌に解説を始める。
「ノルは、私のギフトで出来た不自然な風に向かって飛んでくる」
「あぁ、そう言う使い方もあるのか」
それは人間には感じ取れない、不可視の合図だ。
一瞬、何か応用が効かかないかと考えた優斗だが、そんな状況ではないと思い出し、頭を振って思考を切り替える。
そんな会話を交わしながら、東ルナールから最も近い東門へ向かう予定だった2人は、予定を変更して北に向かっていた。
理由はヴィスが「風がおかしい」と言う優斗にとって理解不能な理由で東門からの脱出を反対したからだ。目的地は北東であり、東門にこだわる必要がそこまで無い事、狩人と言う、狩る側の人間の勘を蔑ろに出来なかった事などから、優斗はその進言を受け入れた。
ノルの先行偵察で、優斗とヴィスは東ルナールを北上して行く。移動する間も、足を止める時間もお互いにほとんど口を開かず、進め・止まれ・話があるの3つのハンドサインを駆使して進んで行くと、北と東の境目付近で、ロード商会の手の者を思われる人影に壁一枚を挟んで肉薄してしまう。
「女、っつーか子供の方は間違っても乱暴に扱うなよ!」
「へいへい。じゃあ、男の方は適当に殴っときゃいいな」
「一応、捕縛が望ましい、ってさっき言ったばっかだろうが。ったく、お前、相変わらず物覚えが悪りぃな」
遠ざかって行く会話の声に、優斗は息を飲む。
そして優斗は、どうやら予想はあながち外れでもないのかもしれない、と考え、早急に街から出る為、歩みを再開する。
東門から出られなかったせいで遠回りになり、更に人気のない場所を選んでいた事もそれに拍車をかけながらも、2人は何とか東ルナールを抜け、北ルナールへと到着する。
北ルナールは主に騎士団関係の施設が多く、寄宿舎や訓練場、武器庫なども点在している為、監視の目も多い。逆に言えば、優斗達に無体を働こうとしても、それが出来る場所が多くないと言う事だ。とは言え、賄賂と言う手も存在するので、優斗は油断なく、そして素早く北門へと飛び込み、ルナールから脱出する。
「兄ちゃん、こっち!」
「おぉ、ひさしぶり」
「うん。でも、今は早く!」
北門を出ると、そこには2人の人間が待ち構えていた。
1人は従騎士見習いであるトーラス。彼は優斗の知り合いであり、養蜂を生業とする村からの付き合いだ。
そしてもう1人は、長身で軽鎧を着た女性だった。
「どうも、初めまして。ユーシア騎士団の方でしょうか?」
「えぇ。ですが今は自己紹介よりも、先を急ぎましょう」
女騎士の言葉に頷いた優斗は、手招きするトーラスに近づくと、彼の引いている馬へとよじ登る。
ふと隣を見ると、女性騎士がヴィスを馬の上に引き上げており、優斗も同じ様にトーラスの乗馬を手伝う。トーラスは優斗をちらりと振り返り、きちんと座っている事を確認すると手綱を引いた。
「改めて、久しぶり」
「久しぶり、ユート兄ちゃん」
優斗は乗り馴れない鞍の上で尻の位置を調整しながら、トーラスの腹に手を回す。
男同士では色気もへったくれも無いな、と考えながら、優斗は再度並走する女騎士とヴィスの方へと視線を向ける。
体格の関係上、手綱を握るトーラスを抱えている形になっている優斗だが、ヴィスの方は抱きかかえられながら、かつ女性騎士が手綱を握っている。
「なんつーか、俺が情けなく見える……」
「どうかした?」
「いや、別に」
「あっちの子なら大丈夫。シュレイ姉ちゃんは正式な従騎士だし」
「そんな心配はしてないけどさ」
「すっげー強いし」
シュレイと言う名の従騎士は、自分の上役で世話係でもあるのだと、トーラスは楽しそうに話し始める。
隣村への分岐点に付くまでの3時間強、状況確認とこれからの予定を聞く以外、口を開けばユーシア騎士団、主にシュレイ自慢をするトーラスに苦笑していた優斗だが、馬を留めた頃には長時間の移動に疲れ切っていた。
「じゃあ、予定通りここで別れるって事で」
「あぁ。馬、本当に貰っていいのか?」
「遠乗り訓練の最中、見習いの俺が誤って馬を逃がした、って事になるんだってさ?」
「今度、なんか奢る。あの人も誘っといてくれ」
「へぇぇぇ」
にやにやと笑うトーラス。
何やら邪推している事は理解出来た優斗だが、あえて何も指摘せず、従騎士シュレイへと視線を向ける。
辺りが暗くなり始めているのではっきりとは見えないが、軽々とヴィスを引き上げていた腕は細く、そんな筋力がどこについているのか謎だ。そんな余計な事を考えていると、視線に気付いたシュレイが軽く一礼し、優斗は思わず礼を返す。釣られる様に、ヴィスも。
そして挨拶を交わす暇もなく、優斗はヴィスと共に馬に跨ると、その身体をすっぽりと抱きすくめる。落ちない様に、と言えば聞こえはいいが、手綱はヴィスが握っている為、あまり恰好はつかない。
「じゃあ、またな」
「うん。じゃあ」
優斗はもう一頭の馬と共に少し離れているシュレイにも再度一礼するが、辺りを警戒している彼女は気づいていない。
声をかけるよりも、彼女達の任務を少しでも早く完遂させる為に出発すべきだと判断した優斗は、先ほどのトーラスと相乗りした時の様に腹に回していた手で、ヴィスに出発の合図を告げる。
「あ」
「ん?」
トーラスが声を上げるが、既に動き出した馬は止まらない。
一瞬、止めるべきか悩んだ優斗だが、まずはそれが重要な要件なのかを確認すべきだと考え、一先ずトーラスの様子を伺う為、彼に視線を向ける。
「ヤバ! 大事な伝言忘れてた」
「何?」
「しばらく街に居るから、って。姉ちゃんが。確かに伝えたからな!」
「わかった」
返事と共に、優斗は村へ続く分岐点へと視線を向け、その景色を記憶する。
そして、ルナールに戻る前にこの村に寄るべし、と記憶のメモに書き込むと、振り返る事なく、背後のトーラスに手を振った。
トーラス達と別れた優斗一行は、少しだけ進むとすぐに野宿の準備を開始した。
村人に共にいる姿を見られるのはマズいと言う理由で別れた為、最低限彼らに遭遇しない程度の距離を稼ぐ必要はあったが、完全に暗くなる前に野宿の準備をする必要もある。特に今回は荷馬車も無い為、手持ちの装備が少なく、手間も増える。
「夜番は交代制かな」
火を起こし終えた優斗の呟きに、追加の枯れ木を拾って戻って来たヴィスが首肯する。
馬で移動すると言う性質上、今までの様に交代で眠る事が出来ない。距離的にまだ二日近くかかる予定なので起き続けるには僅かに辛い。というか、寝ずの番をして、移動中に馬の上から転げ落ちたら洒落にならないので、リスク回避の為にも、きちんと眠る必要がある、と優斗は考えた。
保存向きのパンと、干し肉を火で炙った物だけと言う簡素な食事を終えると、まずはヴィスが眠る事となる。
荷物は全て背負う必要があり、ならば極力減らそうと言う事で毛布は1枚しか持参していない為、当然ながら2人は同じ毛布に包まり、身を寄せ合っている。
毛布に包まってすぐに、すーすーと寝息を立て始めたヴィスは、相変わらず無防備な寝顔を晒している。そして身体の方は無防備を通り越して、優斗がわざとやっているのではと考えてしまう程、大変な事になっていた。
優斗の右肩に頭を乗せ、右腕に抱き着いているヴィス。その為、優斗の二の腕はヴィスの豊かな双丘に挟まれている。それだけならば過去に経験済みな優斗だが、今回はそれに加えてヴィスの太腿に挟まれた優斗の手が股の間に固定されており、文字通り指一本動かすのも危険な状態だ。
「……襲うぞこら」
決意した事に対する少しの後悔と共に漏れ出た優斗の呟きは夜の闇に消え、結局ヴィスが起き出すまでの数時間、優斗はその体勢を強いられる事となる。そんな優斗が交代した後にすぐに眠れるはずもなく、結局次の日は寝不足のまま馬に跨る事となる。
何とか眠った優斗が、ヴィスが何時の間にか毛布を抜け出したせいで熱源を失い、肌寒さで目を覚ますと、既に朝食が準備されていた。優斗はまだ眠い目をこすりながら朝食を食べ終えると、すぐに出発の準備を始める。
道程を順調に消化している間も、ヴィスと優斗の身体は密着し続けている。そして前日は気づかなかった、見下ろす角度で視界に入る襟元や、その下にある胸についつい視線が向いてしまい、優斗は何度も己の邪心を振り払う羽目に陥る。特に後者は、常に揺れている馬上と言う事が幸い、もとい災いし、今の優斗の目には毒だと言える
2日目の野宿でもやはりヴィスは優斗にぴったりとくっついて眠る。昨晩の反省を生かし、手が挟まれるような事態は避けた優斗だが、絡みつく様に身体を押し当てるヴィスの好ましい感触が、今夜も悩ましい。
結果、やはり寝不足気味に陥った優斗は、次の日の昼過ぎに目的地に着くまでの間、睡魔と闘う事になる。
とりあえず、一時避難してみる話でした。
余談ですが、山の民の住む場所は、次回作候補の舞台でした。別の主人公による別の時間の話を考えていたのですが、没にしました。
そのため、設定が山ほど存在するのですが、伏線として配置する意味が無くなったのでさらりと通過する予定です。