未だ知りえぬ事
死んだと思っていた、幼馴染にして将来を誓い合った相手の携帯電話を見つめていた優斗は、長い時間を費やして、ようやく言葉を口にする事が出来た。
「聞いて、いい?」
「はい、どうぞ」
震える声の優斗に、感動に打ち震えているのだろうと考えたクシャーナが、微笑ましげに優斗を見つめる
もちろんそう言った側面も皆無ではないが、優斗の思考のほとんどを占拠しかつ、同時に彼の心を荒らしていたのは、自分に縁があり過ぎる品の出どころについてだった。
「これ、どこで?」
「お母様の遺品です」
「えと、じゃあ、元々はどんな由来の品か知ってる?」
「亡くなったお母様の故郷の品だって姉さまが。だからやっぱり、お兄ちゃんはお母様と同郷で、私とも」
「そう、なるか、な?」
「ふふ。えへへ」
想い人との共通点を確認し合い、だらしなくにやけるクシャーナ。
そんなクシャーナの顔を見つめながら、優斗は思考の海へと落ちて行く。
あまりに幼い頃の幼馴染と似た容姿を持つ少女。しかも、この国では珍し過ぎる黄色人種の肌色と、黒髪。
優斗は自問する。
これだけの条件が揃っていて、何故その可能性を欠片も疑わなかったのか、と。
そして自答する。
自分はその可能性を考えなかったのではなく、考えたくなかったのだろう、と。
「アイツの娘、なのか……?」
目の前の少女が本当に、自分が愛し、将来を誓い合った相手の娘であるのか、優斗はまだ確信出来なかった。否、したくなかった。
それでも否応が無しに、それを肯定する理由だけが、優斗の頭に思い浮かび続ける。クシャーナの瞳は青く、それは父親であるアイントから受け継いだものなのだろう、と予測すれば、それはすなわち、アイツがアイントと番ったと言う意味である、と想像が繋がる。
優斗は、自分にはそれに対して何かを言う資格は無いと自覚していた。
人の心は移ろうモノ。優斗自身、一度はフレイに心移りし、これからヴィスに、と言う可能性も十分にある。自分が出来ない癖に、二度と会えない相手に義理立てしろ、とは口が裂けても言えない。
それでもなお、優斗は生まれてから死別したと思っていたあの事故までずっと一緒だったアイツの隣に、他の男が立っている姿を受け入れられなかった。
「じゃあじゃあ、お母様と知り合いだった?」
「ん。あのさ」
曖昧に返事をしながら、優斗は問う。
それは否定の可能性を探す行動であり、しかし優斗の逃げ道を塞ぐ言葉でもある。
「そんな事はないと思うんだけど、ギフト、使えない人だったりした?」
「やっぱり、お母さんと知り合いだったんだ!?」
驚きと納得をない交ぜにしたクシャーナの声色に、優斗の手の震えが一瞬だけ止まる。
しかしクシャーナの言葉が肯定であると理解すると、優斗の体は再度震え始め、歯と歯があたる音が微かに聞こえ出す。
ギフトを持たないと言う事。それはすなわち、こちらの世界の人間ではないと言う事だ。それにより、優斗が1つだけ思い浮かんでいた可能性が消え、彼は否定する要素を失ってしまう。
その結果、それを事実として認めざるを得なくなった優斗は、しかし諦め悪く質問を重ねる。
「ごめん。失礼な事聞かせて」
「何?」
優斗は、軽蔑される事を覚悟して、息を吸い込むとそれを口にする。
「アロウズさんとクーナは、本当にその人の実の子供?」
「そうだけど?」
「証拠は?」
ありえない、と判って居ての質問に、優斗は自己嫌悪する。
これはユーシア家に対して、無礼どころの問題ではない発言だ。しかし現在の優斗は、クシャーナの機嫌を損ねるかもしれない、くらいにしか考えられない程に追い詰められていた。
「そっか。お兄ちゃんは知らないんだよね」
「何が?」
「貴族は、血縁確認をしないといけないの」
「……どうやって?」
跡継ぎの問題や相続などの関係上、それを行う事は有用だ。
とはいえ、この国にはDNA検査などないだろう、と考えた優斗に、クシャーナが告げた言葉は、普段の彼ならば容易に想像できたであろう事柄だった。
「そう言うギフトがあるんだよ」
「あっ」
「えっと確か、分け方は5つだったかな?
親族じゃない人と、おじさん・おばさん。次が兄弟姉妹とおじいさん・おばあさん。その次が親子で、もう1つは、えぇっと」
言い辛そうに顔を伏せたクシャーナの反応から、それが近親婚に類する事である事を推測した優斗は、言いよどむ彼女に手を差し伸べるべく、反射的に返答する。
「おじさんおばさんは、甥っ子と姪っ子も?」
「そ、そう! あと、おじいさんおばあさんは孫も!」
「どっちが孫かは判るの?」
「? 普通、判るんじゃ?」
それもそうか、と優斗は納得する。
そして同時に、クシャーナの告げた区分がほぼ親等単位と等しい事にも気付く。唯一3親等の叔父叔母・甥姪に曾祖父曾祖母・曾孫が抜けているが、単純に調べる価値の低さと、平均寿命の問題で確認する事がほぼ無い事が原因だろうと推測し、自己解決する。
「当主から見て、3つ目か4つ目の人だけが次期当主の資格があるの」
血が濃すぎると継げなくなる。
この決まりがある為、クシャーナ達の母親の様に、貴族に嫁ぐ平民は多い。また、次期当主の権利を持つ人間が居なくなると家が取り潰しになる為、領主を含む貴族の当主は、一夫多妻やその逆である事が一般的だ。
これはあくまで公国での事であり、王国では5番目も良いとされているが、今は関係が無い。
「アイントさんとの仲は良かったの?」
「大恋愛だったらしい、ってお姉さまが。お父様も何時だったか、酔った拍子に平民なのに下手な貴族より頭も器量も良かった、って惚気てた!」
「そっか。じゃあ、幸せに過ごしてたんだ」
「うん!」
満面の笑みによる肯定に、優斗はようやく笑みを返す事が出来た。
優斗が問うた内容は、どちらに転んでも辛く、嬉しい内容だ。
肯定されれば、彼女は幸せに過ごしたのだからよかったのだと納得出来、否定されれば、彼女が他の男の隣にあったのは、仕方のない事情があったのだろう、と違う意味で納得が出来る。
逆に言えば、肯定されれば彼女が自分以外の誰かを選んだと言う事であり、否定されれば彼女は不幸せな一生を過ごした事になる。
「ねぇ、クーナ」
「何、お兄ちゃん?」
「お父さんは、好き?」
「うん! 自慢のお父様だよ」
そこでようやく、優斗は目の前の少女がごく最近に父親を亡くしていた事を、本当の意味で思い出す。
優斗は浮かび上がる罪悪感と共に、クシャーナによって良き父親と評されたアイントの事を思い出す。
元は騎士団長を務めており、出会った頃は領主だった彼は、それでも偉ぶる事も無く、優斗に気さくに話しかけてきた。短い滞在で、1度だけだが軽く酒を飲み交わした記憶もある。
「クーナのお母さんは、幸せだったんだろうね」
にっこりと笑う事でそれを肯定したクシャーナを見つめながら、優斗は決意する。
思うところは色々とあるが、アイツの忘れ形見であるこの子に、出来る限りの事をしてあげよう、と。
優斗は自分の思考の中に一片の間違い、あるいは勘違いと呼ばれるモノが存在している事に気づかぬまま、クシャーナではなく、その後ろに垣間見える幼馴染を見つめる様に、目を細める。
「そう言えばクーナ」
「ん?」
「さっき話した王国での商売で、ユーシアの港を借りたいんだけど、いい?」
「もちろん!」
それを、優斗がユーシアで商売を始めるのだと解釈したクシャーナが、先ほどとは別種の笑顔で即答する。
今後の大まかな方針が決まった優斗は、再び手の中にある携帯電話へと目を落とす。
そしてこれの中身、特に持ち主自身が写った写真があるのではと気づき、優斗は今すぐにでも中身の確認をしたい衝動に駆られる。
「これ、貸して貰ってもいい?」
「もう貸してるよ?」
「そうじゃなくて、ちょっと持って帰りたいんだけど」
「それは、ちょっと」
予想外にも難色を示されならがも、優斗は考える。
携帯電話の機能が死んでいなければ、充電を行う事で復活する。そして優斗は、彼女と同じ機種の携帯を持っていた。かつて優斗の持っていた本体は自室に放置されているはずだが、USB接続用の充電器は他の周辺機器と共にこちらに持ち込んでいる。ただ、コードを切って中身の金属を使用してしまっているので修理が必要になるが、大きな問題ではない。
「お姉さまから借りた物だから、無断ではちょっと」
「じゃあ、今度来た時にまた借りてもいい?」
それは近いうちに、優斗が再度会いに来てくれる事だと考えたクシャーナが、二つ返事で了承しようとして、その寸前にある事を思い付く。
折角なのだから、何か条件を出してみるのもいいのではないか、と。
「じゃあ、その代わりに私のお願い、聞いてくれたら」
「お願い?」
「うん」
「何?」
「明日、時間、大丈夫、かな?」
「それなりに」
「じゃあじゃあ」
期待と不安をない交ぜにした表情で、クシャーナは優斗を見つめている。
優斗はどんな条件でも受け入れる、もしくは受け入れられる内容まで説得する事を心に決めながら、クシャーナを見返す。
「明日、私と逢引して下さい」
頬を染めて上目づかいに告げた少女の言葉に、色々と複雑な思いを抱きながらも、優斗は頷く事しか出来なかった。
クシャーナとの歓談は、予定通り1時間後に次の用事があると侍女が部屋の扉を叩いた事でお開きとなった。
屋敷を出た優斗は、ヴィスがついて来ている事を確認する事すらせず、ただひたすら目的地へと向かっていた。
向かった先はキャリー商会。
顔を覚えられていたのか、優斗が正面から入ると店番の女性はすぐに執務室へと案内した。
「突然すいません」
「気にしなくていいよ。で、何の用だい?」
「実は、天の光のギフト持ちの人を探して欲しいんです」
突然訪れた優斗の要求に、キャリスは首を傾げる。
そんな彼女がまず思いついたのは、前に売った奴隷をやはり探して欲しいと言う依頼か、と言う可能性だ。しかしそれならばこんな婉曲な言い回しはしないだろうと、貴族相手に商売する際の深読み思考を捨て、言葉をそのまま受け取ると、同じく実直に返答する。
「奴隷が欲しい、って事なの?」
「奴隷でも、何でもいいです。お礼はするので、秘密厳守が出来る人で」
「うーん」
キャリスは現在の在庫を思い出しながら、同時に資料を引っ張り出す。
部屋に飛び込んで来た時には目に見えて焦れていた優斗だが、既にその気配が薄れている事にさすがと感じながら、キャリスは資料を捲って行く。
「今、この店にはいないし、ルナールにそんな知り合いはいない、かな」
「そう、ですか」
がっくりと項垂れる優斗。
キャリスはその反応を見て、ここは恩を売り浴びせる好機だと、自分が出来る提案の候補を片っ端に挙げ、実現可能そうなものを口にしていく。
「知り合いに、あてがないか確認します」
「お願いします」
「それと、同業者が持っていないかも確認して」
「是非」
待ちきれない、しかし焦っても仕方がない。
そんな風に考えている優斗が、表面上だけでなく、きちんと落ち着きを取り戻そうと深呼吸する。そうして少しだけ冷静さを取り戻した事で、優斗はある事に気付く。
「あ、そうだ。バイスの街に居た子!」
「はい? あぁ、あの子、また見せられたの? 変に縁があるわね」
「あの子をここに、って、また?」
「えぇ、また」
優斗の勢いが止まり、その意味を視線で問う。
キャリスはそれに、心の中でゆっくり3秒数えてから、返答する。
「テルモウで、貴方が買わなかった方の子よ。あの後もずっと売れ残ってるの」
「あぁ、あの」
フレイの買戻しの際、その隣に居た彼女と同じギフトを持つ幼い少女。
優斗は、そう言えばどんな子だったのか覚えていなかったなと、当時の自分の焦り具合を思い出し、今もまた焦っている事、そして前回会った時も更に違った意味で焦りを感じていた事を思い出し、妙なめぐりあわせだと苦笑する。
「あの子、売って下さい」
「じゃあ、金貨10枚でどう?」
キャリスの提示した価格は、間違いなくぼったくり価格であり、優斗もそれに気づいていた。
理由は、その目が挑発的に、かつ楽しそうに細められていたからだ。
それの意味するところは、値切り交渉をしましょう、と言う意思表示であり、商人同士からすれば、じゃれ合いの様なものだ。同時に、優斗の焦り具合や急ぎの度合いを計る意味もあるが、優斗はそれに気づいていない。
「じゃあ、これで」
「……は?」
優斗が公国金貨をきっちり10枚を机に落とすと、キャリスは唖然とする。
キャリスとしては、仲良くなると言う目的の一端として提案したお遊びでもあったので、これは予想外かつ困った状況だった。
もちろん、優斗も考え無しに高額な料金の支払いに応じた訳ではない。
「その子でいけなかった時の為に、探す方は探す方で、平行してお願いします」
「……いいの?」
「何が、ですか?」
優斗があえて判っている事を問い返すと、キャリスが口を尖らせ、恨みがましそうに優斗を睨みつける。
しかしすぐに当初の目的を思い出し、あえて的外れな言葉を選び、優斗にじゃれつくように対抗する。
「彼女は何年か前に仕入れたものの、今まで売れ残っている商品です。もちろん、売れ残っているのはそれなりに理由があります」
「……と、いいますと?」
優斗が問い返した事により、お互いの商談モードに移行しながらも、真剣さの足りない商談が始まる。
2人がその商談として意味のない、しかし別の意味では十分に有用な話し合いを始める為に、まずはキャリスが口の端を歪めながらも真面目な言い回しで、商品説明を開始する。
「まず、彼女は性格がとても暗いです。しかも親族をたらい回しにされていた影響で、人間不信気味。更に言えば、そのたらい回し先で色々あったので、生娘ですらありません。かと言って技術がある訳でもなく、ギフトも護衛役を熟せるほどではありません。
ある意味従順ではありますが、自主性や自己判断力が欠如しており、何をさせるにもいちいち命令する必要があります。更に言えば、語彙に乏しく碌に話し相手にもならない上に、性病を患っています。
さぁ、幾らで買いますか?」
あまりにネガティブな紹介に相槌を打ちながら、優斗が考えていたのは自分の倫理観に関する事柄だった。
どうしても早く手に入れたいからと、奴隷の購入を当然の様に選択してしまった自分の判断が、焦りによるモノなのか、それとも元々持っていた倫理観がいつの間にか崩壊しており、こちらのそれに適応してしまったからなのか。優斗はその答えを出せないまま、商談と言う名のじゃれ合いを開始する事になる。
「私が必要としてる条件は満たしていますので、平行しての天竜の欠片、天の光のギフト探しの協力費も含めて、公国金貨10枚でどうですか?」
「同業他社とは言え、横の繋がりはあるのでそこまで手間はありませんね。金貨6枚でどうですか?」
「いやいや、キャリー商会さんにはこれからも色々とお世話になる予定ですので、先行投資も含めて金貨9枚で」
「それを言うなら、私どももユーシアの件ではお世話になっておりますので。金貨7枚」
「私の目論見が成功するまで捜索は続けて頂く予定ですし、多めに概算しておくべきでしょう? 金貨8枚と銀貨20枚で」
「早く切りあがる可能性もある上、同業他社から見つかれば仕入れになりますので、その時には別途代金を頂きますのでご安心を。金貨7枚と銀貨30枚」
「キャリスさんも頑固ですね。でも、そんなところも魅力的なので、大負けに負けで金貨8枚。これ以上は負かりませんよ?」
「お褒め頂きありがとうございます。しかし、それとこれとは話が別です。金貨ななま、っぷ」
耐えきれなくなったキャリスが吹き出し、優斗もそれに釣られるように笑い出す。
室内で唯一笑っていないヴィスが2人を交互に見つめ、不思議そうな顔をした事に優斗とキャリスが顔を見合わせてまた笑う。
「あはは、じゃあ、私の勝ちと言う事で、はは、金貨8枚」
「はー、はー。あー、久しぶりに大笑いしました。
でも、本当にいいんですか?」
適正価格は金貨7枚くらいですよ、と呟くキャリスに、優斗は笑いが止まらぬまま頷くと、要求を重ねるべく、言葉を続ける。
「実は、お願いしたい事がもう1つありまして」
「なんです?」
「この街で目立たず、安全に歩ける場所、と言うか遊べる場所や買い物が出来る場所ってありますか?」
キャリスは優斗の意図が掴めず、返答に窮する。
そんなキャリスに、優斗は頬をかきながら、出来れば言いたく無かったのに、と思いなが言い辛そうにそれを告げる。
「実は明日、クシャーナと会う約束をしまして」
「逢引?」
にやにやと笑みを浮かべるキャリス。
キャリスは元々、この若さでクシャーナに重用されている理由として、その可能性を考えていた。故に、これは好機だと考え、慎重に候補を取捨選択して行く。
「今を逃せば、顔が売れてしばらくルナールじゃで歩けなくなるから、最後の好機って感じなんでしょ?」
「いや、そう言う訳じゃあないんですが」
「じゃあ、何なのかな?」
楽しそうなキャリスの反応に、優斗はもう何を言っても火に油を注ぐだけだと諦め、勘弁してくださいと両手を上げて降参する。
キャリスの方もこの依頼は重要な物だと考えており、からかうのも程ほどに切り上げ、切り替え良く真面目な表情を作ると、優斗を正面から見据える。
「それは、護衛し易い場所と言う事? それとも、人払いが出来る様な場所?」
「あー、んと。護衛しやすい、の方かな」
「こちらでも護衛を準備しておく?」
「あー、どうしよう」
それはそれでお金がかかり過ぎる、と依頼を躊躇する優斗。
しかし、転ばぬ先の杖、という言葉もあるし、と優斗は最低限の護衛は頼んで置くべきかな、と考える。
優斗は、ふと、後ろから服の裾を惹かれる感触を感じ、振り返る。
「私が」
「あぁ、うん」
自己主張を始めたヴィスが、任せて、と言わんばかりに優斗を見つめる。
そんなヴィスのやる気は嬉しいのだが、と思いながら優斗は、まさか名目とは言えデートをするのに女の子を連れて行く訳にはいかないと困り顔で頬をかく。
尾行しながら陰から護衛をするにしても、優斗は彼女が街中の護衛に向いているとは思えなかった。
「あー、じゃあノルを借りていい?」
それで納得してくれれば御の字と、優斗はヴィスの連れている鳥の名前を出す。
ノルは賢いので、近くに居て貰い、助けを求めれば、文字通りすぐに飛んできてくれる事だろう。
「ノルは友達」
「あー、じゃあ、頼んで貰ってもいい?」
首肯するヴィスを見つめていた優斗の頭に、ある言葉が思い浮かぶ。
それは、はじめてのおつかい、と言う単語で、同時にその主題歌が、ドレミファソラシド、と脳内で流れ出す。
ヴィスは森と言う広域でアクティビティな引きこもりをしていたせいで、街の事には疎い。その結果、バイスの街での買い物が、金銭を用いた初めての買い物だった為、単独での買い物は未体験だ。その際に基本的な事は教えたのだが、まだまだ不安が残る。市壁の通過の際、商品とお金を交換と覚えていたせいで、支払い=商品の受け取りと勘違いしていた程度には。
優斗は行商人であり、ヴィスはその従者である。ならば、買い出しやお使いが出来ないと言うのは、致命的ではないが問題だ。
「で、ヴィスは護衛として街中に潜伏してて」
「……?」
「経費、って言うかお金を渡すから、自分の服とか小物を買ったり、食べ歩きをしながらノルの見える範囲に居て」
「それで?」
優斗の予想通り、護衛と言う言葉に食いついたヴィスが、優斗を真剣な眼で見つめている。
優斗の方は、今後の為だと半ば嘘である説明を正当化しつつも、お使い自体に多少の不安を感じていた。
「で、何かあったら叫ぶから助けに来て」
「わかった」
気合の入っているヴィスの頭に、優斗は反射的に手を置き、撫でる。
次の瞬間、優斗は生暖かい視線が向けられている事に気付き、はっとする。
そして今は2人きりではなく、キャリスも居るのだと思い出すと頬をひきつらせ、言い訳する。
「いや、この子は単なる従者で、そう言う関係では」
「私、なにもいってないけどなー」
嬉しそうに告げるキャリスに、視線がそう言っていたとは言えず、優斗は歯噛みする。
キャリスの方は更に上機嫌になり、先ほどの負けを取り返せとばかりに、追撃を試みる。
「ふーん。そうなんだー。
優斗君は女の子と逢引の約束をしておいて、他の女の子と仲よくしちゃうんだー」
「うっ。違います、というか、そのしゃべり方、似合いませんよ」
「どーせ私はおばさんですよーだ」
ぺろりと舌を出すキャリスに、優斗は何時かと同じ様に、歳を考えろ、とは思い浮かばなかった。
楽しそうなキャリスの表情は子供っぽく、いつものぎらぎらした雰囲気が感じられなかった事も、その原因の1つだろう。
「それはともかく、明日はよろしくお願いします」
「承ったけど、時間とかはどうするの?」
「午前中に迎えに行って、その後はぶらぶらと買い物してから、お昼を食べて、その後はクーナ次第、かな。
行先の候補はもちろん、ここで聞いた場所にしますので」
「わかった。じゃあ、下見に行きましょうか」
その後、優斗はキャリスに強引連れ出され、翌日のデート地の候補を絞る為、街中を巡る事となった。もちろん、ヴィスも一緒に。
クシャーナが行先を既に決めていれば無意味であり、護衛もあちらが準備しているはずだ、という事をキャリスはあえて指摘せず、途中で気づいた優斗も、備えあれば憂いなしと考えていた為、特に何も言わずにキャリスに従った。
こうして、現地視察と警備計画の立案は、夕刻まで続けられる事となった。
優斗くんがユーシアの領主様と逢引の約束をする話でした。
今章では様々な事を色々な意味で知る事となった優斗くんですが、当然ながらまだまだ彼の知らぬ事は多いです。
現実と言う意味でも、真実と言う意味でも。