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異世界行商譚  作者: あさ
識る為の旅路
68/90

甘い見積り

 優斗の邪な視線に気づいていないヴィスが差し出したのは、一振りの短剣だった。


 手入れされている様に見えるが、少し古びた印象のある短剣の柄には、ところどころ欠け落ちた紋章が刻まれている。そして優斗は、武器の彫られた紋章の示す意味を1つだけ知っていた。


「これって」

「お父さん、元騎士」

 騎士は仕える家、もしくは所属している騎士団の紋章を刻んだ武器を持っている事がある。


 ユーシア騎士団ではそれが与えられる事が一人前の従騎士になると言う事なのだと熱弁し、クシャーナの護衛の合間に見せびらかしていた同年代の男の姿を思い出し、優斗は息を吐く。


 余所では別の意味を持つ可能性もあるが、少なくともヴィスの手の中にある物が騎士の持つ紋章入り武器である事は、彼女の言葉からも明らかだ。


「どこの騎士だったか、聞いてる?」

「王国」

「それだけ?」

 こくこくと頷くヴィスを見つめながら、優斗は想像を膨らませる。


 王国の騎士。

 その言葉から考えられる可能性は、王国直属か、王国内のどこかの領主のお抱えか。王国の政治形態が公国と同じなら、貴族の私兵と言う可能性もある。


 そんな人物が、公国の首都付近にある小さな村で余生を過ごしていた可能性を否定する材料は無いが、そこで子供を1人育てていたとなれば、優斗の中でその素性について様々な推測が思い浮かんでしまう。


「お父さんが言ってた」

「何を?」

「恩には恩を。騎士たる者、受けた恩には必ず報いるべし」

「……そりゃまぁ、立派な騎士道精神で」

 優斗はヴィスと出会ってから、恩を売る事で裏切りの可能性を減らそうと努力してきた自覚がある。


 しかしそれがこんな結果を生むとは予想して居なかった優斗は、複雑な表情を浮かべながら、真っ直ぐに自分を見据えて短剣を差し出すヴィスと見詰め合う。


「忠誠を持って恩に報いる。ダメ?」

「いや、ダメじゃないけど」

 父親から聞いた一節をただ復唱しているだけと行った風体の言葉に、優斗はヴィスの騎士道精神擬きがどこまで本気なのか、判断出来なかった。


 だが、父親の遺志を継ぎ、村の為にその身を投げ出した覚悟は本物だ。とは言え、それが一時の気の迷いでないと言う保障はない。

 しかしそうでなければ、優斗はある意味で自分の望む以上の結果を得られた事になるのだが、どこか釈然としないものを感じていた。


「なら、これ」

「いやいや、逆じゃない?」

「騎士の命たる武器を捧げて誓う」

 どこぞのゲームか小説に出てくる騎士道精神そのままだな、と言うのが優斗の率直な感想だった。


 ならば、と優斗は半ばヤケクソ気味にそれに乗っかる事を決め、短剣じゃあまり様にならないな、と思いながらも短剣を手に取ると立ち上がり、鞘を払い、その刃をヴィスに向ける。

 ヴィスはその行動に少し驚いたが、すぐに優斗に向けて首を垂れる。


「汝、誠実であり続ける事を誓うか?」

「はい」


「汝、常に謙虚に振舞い、礼節を尽くす事を誓うか?」

「はい」


「汝、清貧を心がけ、生涯裏切る事無く我に仕える事を誓うか?」

 その問いに対して、ヴィスは先程までとは違う行動を取った。


 顔を上げ、優斗を一瞥してから視線をその手に向け、優斗の握る古くもきちんと手入れされている短剣に手を添えると、その腹に口づけを落とす。


「生涯の忠誠を、お父さんの剣に誓います」

「うむ」

 そこはお父さんじゃなくて父と言うべきでは、等と言う野暮なつっこみが思い浮かんだ優斗だが、ぐっと堪えて大仰に頷く。


 うろ覚えの優斗が所々補完しつつ引用したさる物語の騎士叙任の誓いは、実のところまだ終わりではないのだが、顔が熱っている事を自覚している優斗は、切りが良いからという理由でその続きを口にしない事を決める。


 ヴィスが騎士の位を持っている訳は無く、優斗もそれを与えるだけの権力を持ち合わせていない。故に、これはただのごっこ遊びであり、単なる茶番だ。形式も間違っているどころか、この国のものどころか、王国のものですらない。

 しかしヴィスに取っては、己の気持ちを切り替える意味で、重要な意味を持つ事になる。


「剣を納めよ」

 優斗の偉そうで大義そうな言葉に、ヴィスは恭しく短剣を受け取る。


 既に鞘に納められた短剣をじっと見つめているヴィスの正面に立つ優斗は、表面上はその光景を微笑んで見守っているが、内心では今すぐにベッドに飛び込みたい衝動に駆られていた。

 優斗の内心を具体的に説明すると、騎士ごっことか俺は幾つだよ、とか、気障ったらし過ぎて鳥肌立つ、などと言う恥ずかしさを押し隠して、崩れ落ちそうな膝をなんとか堪えている状態だ。


「お父さんに、良い報告が出来る。ありがとう」

「どういたしまして」


 直前の事をなるべく考えない様にしながら、優斗は出来うる限り速やかにこの状況を脱しようと、欠伸をする事で今すぐ眠ろうと言う意思表示を行う。

 それを見たヴィスが、この小屋に1つしかないベッドに視線を向け、優斗もそれに釣られてベッドを見る。


 優斗は一度ベッドから目を離し、辺りを見回すがやはりベッドは1つしかない。


「もしかして、何時もお父さんと同じベッドで寝てたとか?」

「うん」

 その返答に、優斗はキャリー商会でのやり取りを思い出す。


 ヴィスは男と寝た経験があるのか問われて、お父さんと答えた。優斗はそれを無意識に、過去形で考えていた。父親が亡くなっているので過去形であった事は間違いないが、その過去は優斗が予想していた物よりもかなり近い過去であったようだ。


「予備の布団とか、無い?」

「無い」

 ため息を吐く優斗と、不思議そうな顔をするヴィス。


 その後、ベッドで眠る様に勧めながら自分もベッドを使おうとするヴィスに、それなら床で寝ると優斗が宣言すると言う一幕を経て、就寝となる。

 優斗は無防備なヴィスに、父親と過ごした家の、共に眠ったであろう寝台でナニか出来る程、無神経でも強心臓でもない。ならばそれは単に神経をすり減らすだけであり、優斗は床で眠る判断は英断であると確信していた。



 翌朝、優斗とヴィスが森で花を摘んでから墓地へと向かうと、そこには先客が居た。


「あ、その」

「ん?」

「ごめんなさい!」

 先客だった若い女性が走り去るのを見送った優斗は、意味が判らずヴィスを見る。


 ヴィスは走り去った女性の事など気にもしていないのか、既に彼女と入れ替わるように墓の前に立って、花を供えている。

 優斗もそれに並ぶと、作法が判らない事に気付き、仕方なく墓の前にしゃがんでただ目を瞑っているだけのヴィスに倣い、目を瞑る。


 基本的には予定通り、しかし少しだけ恥ずかしい内容が継ぎ足された報告をヴィスの父親あてに祈り終えると、優斗はまだ目を瞑っているヴィスを見下ろす。

 そしてその姿を見つめている内に、先ほど走り去った若い女性の正体、その可能性の1つに気付く。


 この村に居る若い娘で、ヴィスを見て謝罪しながら走り去って行く人間。それはヴィスを売る為にキャリー商会を訪れた青年の妹か、もしくは男の娘である可能性が高い。


 優斗が目を瞑り続けているヴィスの隣で考え事をしていると、唐突に後ろから声がかけられる。


「終わりましたかな?」

「っと、はい」

「はじめまして。私はこの村の村長です。村を代表して、墓地の管理もしています」

「そうでしたか。わざわざ出向いて頂いて、すいません」

「いえいえ、お礼を言いたいのはこちらの方です。特に」

 そう言って村長と名乗った男は、いつの間にか立ち上がっていたヴィスに視線を向ける。


 村長の視線は申し訳なさと、何と声をかけて良いのか困っている雰囲気がない交ぜになって居る。

 優斗はそれについて触れる事はせず、本題を切り出す。


「ところで、彼女の父親の事でお願いしたい事があります」

「はい、なんでしょうか」

「私はこの村の供養の作法を知りません。ですから代わりに、ソレを行って貰えませんか?」

「それには及びません」

 予想外の返答に、優斗は驚く。


 優斗の予定では、了承を得られたら幾ばくかの金を握らせ、定期的に帰って来る事を匂わせる事できちんと供養される様に誘導する予定だった。

 言葉通り、この村どころかこの国の供養の作法すら知らない優斗だが、自分の住んでいた場所での作法、と言うか大雑把な流れは少しだけ知っていた。


 それを思い出すには、同時に今は亡き愛しい人も思い浮かんでしまう優斗は、それに引きずられない様に心がけながら、順番に思い出して行く。

 通夜・葬儀から始まり、その後は七日毎に七回、初七日から四十九日までが行われる。そしてそれは、一年後以降からは一回忌、三回忌と続いていくのが、優斗の把握している法要の流れだ。


 ここでの法要がどこまで続くものなのか知らない優斗だが、だからこそ長期的な視野でもって、話を付けて置くつもりだった。


「既にそちらの娘さんと正式な埋葬を終えています。その後の管理も、村の英雄を祀るに恥じない様、行うつもりです」

「あー、そうですか」

 その村の英雄の娘を売る判断をした人間とは思えない言葉に、優斗は拍子抜けする。


 もちろんそれが嘘である可能性も十分にあるので、優斗は当初の予定通り幾ばくかの金銭を手渡し、恐縮する村長にまた訪れる旨を伝えると、むしろ歓迎すると言われてしまう。


 目的を1つ達成した優斗は、挨拶もそこそこに村長と別れると、焼けた家屋の方へと向かう。

 途中で旅の準備をすると言うヴィスとは別れており、今は優斗1人だ。


「お、優斗さん」

「ラズルさん。おはようございます」

「おはよ」

 早朝から廃材の片付けと家屋の再建をしているらしいラズル達に、優斗は感心する。


 それは良く働くな、と言う意味でもあり、それ以上に傭兵の様な雇われ方をしているはずの男達が、素直にそれに従っている事に対してだった。


「何か用です?」

「いや、単に様子見と言うか、暇つぶしの散歩と言うか」

「なるほど。ところで、連れの子は?」

「旅の支度があるからと、先に戻りました」

「ほうほう。じゃあ、今は1人で暇だ、と言う事で?」

「そうなりますね」

「じゃあ、あの子には内緒で少し遊んでいかないかい?」

 にやりと笑うラズルの表情から、優斗は嫌な雰囲気を感じていた。


 それは下卑た、もしくは好色そうな笑みと形容されるものだった。

 優斗はその表情と金銭的に苦しい村と言う組み合わせから、村娘を娼婦代わりにしているのでは、と思い浮かんでいた。もちろん、それが誤解であれば失礼な話ではあるが、ラズルの表情から、どうしてもそっち方面の想像を掻き立てられてしまう。


「一番良い娘、用意しますぜ?」

「いや、それはちょっと」

 ふざける様な態度のラズルが発した言葉は、優斗の予想を外さない物だった。


 とは言え、まだそうと確定した訳ではない。まだこの村にそれを商売とする者が居る可能性や、村娘が完全に同意の上に娼婦の真似事をしている可能性も否めない。それは優斗が生まれた土地でも行われていた商売だ。優斗がそれをどんな風に感じていたのかは、別にして。


「金取ったりしないし、遠慮しないでいいからさ」

「いやいや、そう言う事でなく」

「うちで飼ってる奴隷は、中々従順で良い具合ですぜ?」

 ラズルが夜の歓楽街でよく見られる、ある種の客引きを真似る様な声色でそう告げると、優斗は思わず、あー、と小さく声を上げてしまう。


 奴隷を飼っている。従順で良い具合。

 その言葉から連想されるのは、当然ながら優斗がずっと忌避してるモノに等しい。


 とは言え、経験からそれを否定する奴隷ばかりでは無い事も少し前に知った優斗は、なるべく表情を崩さない様に務めながら、疑問を口にする。


「それは私の出した資金で?」

「いやいや、違う違う。盗賊が監禁してた奴隷を、売らずに取っておいただけで」

 ラズルはそれを、己が楽しむためにわざわざ購入した、つまり横領まがいの事をしたのではと疑われ、詰問されていると勘違いした。


 そんなつもりは無い優斗だが、ラズルが思わず口にした言葉に顔を顰めてしまい、誤解を深める事になる。


「監禁されていた奴隷を、ですか?」

「そうそう。優斗さんから託された資金が尽きない様に、何人かは売ったんだ。でもほら、盗賊団との戦いって命がけだし。やっぱ簡単に人が集まんなくてさ。

 だから無い頭絞って考えたんだよ。で、奴隷女を好きにしても良いって条件なら集まりやすいんじゃないかって思い付いて実行したら、結構集まってさ」


 延々と続くラズルの言い訳を聞きながら、優斗は僅かに込み上げてくる吐き気を噛み殺す。

 この様な悲劇は、この世界では日常茶飯事の様に行われている事を優斗は知っていた。それに対して、短くない行商生活によりある程度割り切って受け入れる、とまでいかずとも最近は目を逸らしておくことが出来る様になって居た。


 しかし今回はそうする事が出来なかった。

 何故ならこの状況を作り出したのはラズルだが、それが出来るだけの環境を与えてしまったのは、不当に高い依頼料を手渡した自分にあるのではと考えてしまったからだ。故に、他人事の様に流す事は出来なかった。


「そんな訳だから、優斗さんの金に手ぇ付けた訳じゃないんだって」

「そう、ですか」

「機嫌損ねたなら謝るからさ。ほら、今いる娘、全部呼んでくるから楽しもうぜ」

 それが逆効果だとは知らず、ラズルは優斗の心のささくれた部分を的確に刺激する。


 それを聞き流しながら、優斗は己に選択を迫っていた。

 無意味で偽善的、この世界のルールにそぐわないと判って居ても、自分の後始末を付ける為にラズルに抗議すべきか。それとも、自分の手を離れた事柄に口を出すべきではないと、いつも通り見て見ぬふりをするか。


 不安そうにこちらを見ているラズルを無視して、優斗は思考し続ける。

 しかし優斗は、思考の途中で、その結果が出るよりも先に確認すべき事を思い出し、口を開く。


「ラズルさん、お聞きしたい事が」

「おう、何でも聞いてくれていいぜ」

「奴隷の人達は自分の意志で。いや、奴隷は無理やり連れて来たんですか?」

「へ? いや、まぁ中にはそう言ったヤツも居るけど。奴隷だし」

「そうですか」

「仇を取ってくれるなら、なんて言うヤツもいるぜ。盗賊の首取ったらすげぇ気合入れて色々ヤってくれるんだけどさ」

 そのまま自分が首を取った時の自慢話に移行し、続けてその時に受けた奉仕を楽しげに語るラズル。


 状況がある程度把握出来た優斗は、ラズルの言葉を今回も適当に聞き流しながら、2つの事を考えていた。


 1つは、嫌がる奴隷に無理矢理、と言う事を止める様、ラズルに進言するか否か。

 強制的に止めさせる権利を優斗は持っていないが、出資者と言う立場を利用すればそれなりに効果はあるだろうと考えていた。必要ならば交換条件として追加出資を提案する事で、高確率で止めさせる事が出来るだろう、とも考えたが、果たしてそこまでやる必要があるのか、優斗は迷っていた。


 もう1つは、現在のヴィスと優斗の関係が、彼らのそれと大差ないのではと言う疑問。

 本人の意思を尊重し、逃げ場も作った優斗だが、それでもこうなるように仕向けていた事に変わりは無い。それは少女の立場と無知に付け込んで、半ば強制的にこちらの望む関係を押し付けた、とも捉える事が出来る。否定要素は幾つか存在するが、可能性が在ると言うだけで、問題提起には十分だ。


 2つの事柄に対し、様々な事を考えた優斗が出した結論は、ごく基本的な事だった。

 物事を深く考える事は重要ではあるが、目の前の事柄を自分がどうしたいのかと言う思いも重要だ。優斗はこれまでの行商生活で学んだそれを、今回の行動基準として採用した。


「ラズルさん、お願いがあるんですが」

「おうよ、何でも言ってくれ」

 話を中断された事を気にする様子もなく、ラズルが笑顔で即答する。


 優斗が己の出した結論に従って、奴隷の扱いに関する進言を行うと、ラズルはばつが悪そうな表情で頭をかく。優斗は進言の最後を、あくまで自分の主義の問題であり、強制する気はないと言う言葉で締めると、ラズルの反応を待つ。


「そういや優斗さんは姐さんを大事にしてたっけか」

「まぁ、それなりに」

「何があったかは聞かんけど、別れた後もそう言えるってのは、さすがと言うか、中々と言うか」

「それ、褒めてませんよね」

「それは置いといて。他ならぬ優斗さんの頼みだ、その方が良いって奴隷は次の街で売る事にする」

「あー、いや。そうか、そうなるかぁ」

 売り払われた奴隷の末路は、ここと大差ない可能性が高い。


 優斗の行動は、ただ自分が責任を感じる範囲から問題を追い出すだけで、根本的な解決にはなって居ない。それは所謂、臭い物に蓋、に近いものがある。


「何か問題があるんなら言ってくれ。俺らは頭悪いから、言われなきゃ判らんし」

「いや、大丈夫。そうして貰えると助かる」

 困り顔のラズルに返事をしながら、優斗は決断する。


 低い確率でも今よりましな場所、嫌な事をしなくとも良い場所に売られる可能性があるならば、その方が良いと。もちろん、ここより悪環境に売られる可能性はあるが、これ以上を望むなら全ての奴隷を買取り、解放するか奴隷制と言うモノを根絶するしか無い。それは優斗の手に余る所業だ。


「なんか、変な口出ししてすいません」

「いやいや、むしろ優斗さんが他の奴隷も姐さんと同じ様に大事にする人だって気付かなかった俺らが馬鹿なんだから、気にしないで良いって」

 にかっと笑うラズルに、優斗は、話の分かる良い人だ、と安堵する。


 この世界において奴隷と言うモノは、家畜扱いされる事もある程に身分が低い。故に、他人の持ち物ならば大事に扱っても、自分の物であればその限りではない。

 ラズルの中でもその常識は根付いており、その常識に当てはめれば彼は悪人ではないが、自分が所有する奴隷をどう扱おうが罪悪感は皆無であり、実際に様々な行為を強要している。これは、優斗の観点からすれば、十分に良い人の範囲を逸脱する。


 故にラズルが本当の意味で優斗の心境を理解する事は無いが、幸か不幸か、優斗はそれに気づいていない。


「じゃあ、お互い様と言う事で」

「あぁ、そういう事でいこう」

 話に切りが付くのを待っていたのか、2人が口を閉じたタイミングを見計らう様に、ラズルに声がかかる。


 優斗は、すんません、と言って去って行くラズルの背中を見送りながら、浮かんでくる自問を振り払い、ヴィスの家に戻るべく歩き出した。


 小屋に戻ると、ヴィスの姿はなかった。

 森に入ったのかな、と予想した優斗は、追いかけてみようかと考えて、すぐに却下する。


 狩りをする様な森ならば野生の動物が居るはずであり、遭遇したら太刀打ちできないと考えた事と、用を足す為、もしくは沐浴の為に出ているのであれば、鉢合わせると厄介だと考えたからだ。


 沐浴と言う可能性を思い浮べた優斗は、そこから連想して、仮にそんな場面に出くわしたとして、全裸を見られたヴィスがどう言った反応をするのか、と言う疑問に至る。

 さすがにそれは恥ずかしがるだろうと思う反面、恥じらいをまったく感じていない様に見えるヴィスに対し、それを確信出来ずにいた。とは言え試す訳にもいかず、その疑問は解けるべきなのか、解けない方が良いのかと言う訳のわからない方向へと思考が逸れて行く。


 そんなくだらない思考をしながら、優斗は先ほど決めた、ヴィスに関する幾つかの事柄を思い出す。

 基本的に、自分がこうしたいと思った風に接する。すなわち、自分の旅と商売を手伝えるだけの礼儀作法と知識を教えつつ、無防備すぎるところを適宜矯正。恥じらいと言う感情を覚えてもなお、あの格好をしてくれるのであれば、僥倖。


 なんとも欲望に忠実で自己中心的な方針だが、優斗はそれでいいと思っていた。それはヴィスが嫌がる事はなるべくしないと言う、方針以前の、優斗が今まで培ってきた倫理観が守られている限り大丈夫だろうと言う確信があったからだ。


「あ、おかえり」

「ただいま」

 戻って来たヴィスは、厨で水瓶から汲んだ水を一口飲むと、椅子に腰かける。


 その正面に座っていた優斗は、足を開き、股の間に手を置くと言う恰好のヴィスに向き直りながら、口を開く。


「雇用契約について話し合いたいんだけど、平気?」

「うん」

「じゃあ、基本的なところから」

 優斗は予め準備しておいた紙を取り出すと、書かれている条文の草稿を上から順に、声を出して読み上げて行く。


 内容を要約すると、


 ヴィスは優斗から借りた公国金貨3枚の返済が終わるまで、優斗に雇われる。

 借金に対する利息は、年利3%。

 仕事内容は行商の手伝い。具体的には、野宿に関する全ての事柄や、優斗の身の回りの世話等。

 優斗はヴィスに最低限の衣食を保証する。

 基本給は月給公国銀貨1枚。半分を返済に充て、残りは現金支給とする。

 給与は優斗が認める一定の技能を得た時に昇給される。


 となる。


 この条件は、この世界の常識に照らし合わせれば、ヴィスに取ってあり得ないほど有利なものだ。

 貸金の回収率が高くないこの世界に置いて、年利3%は破格過ぎるほどに破格であり、衣食などは給与から差し引切れるのが当たり前。その給与自体も、それなりに高額だ。その上、昇給の条件すら存在する。


 利息が稼ぎを上回り、永遠に返済の終わらない契約がそれなりの数存在するこの国において、優斗が設定した年利3%と言うのは、給与を全額返済にあてれば10年程で返済が完遂出来ると言う、金貸しからすれば正気を疑うようなモノなのだ。

 もっとも、ヴィスは百分率を理解していないどころか、年利の意味すら知らない為、優斗の言葉にただ頷いているだけだ。それを信頼と取るか盲信と取るかは、微妙なところと言える。


「で、どう?」

「……狩りと護衛は?」

「え、入れる?」

 首肯するヴィスに、優斗はどう答えるべきか悩む。


 形式だけとは言え、騎士の真似事をした事を考えれば護衛の任務を入れるのは妥当と言える。問題があるとすれば、それは優斗が持つちっぽけな男のプライドと言うモノだけだ。

 狩りに関しては、あえて業務内容に入れず、取った分を買い取る様な方式にする予定であった優斗だが、それならば出来高払いにすればいいかと考え直し、文言を付け足す。


「そう言えば、ヴィスって何のギフト持ちなの?」

「天の流れ」

「何かどこかで聞いた記憶が」

 記憶を掘り起こした結果、優斗はそれを、扇風機だ、と思い出す事が出来た。


 教えてくれた相手の事をなるべく考えない様にしながら、優斗はその時に聞いた簡単な説明を思い出す。


「風が起こせる、と思っていいのかな?」

 首肯するヴィスに、優斗はそれがなんという気体を操るのか問おうとして、止める。


 彼女が気体の名前を知っているのかと言う問題以前に、答えが返って来てもそれが正しいのか、今の優斗には判断する方法が無い。ならば確認実験を行う必要があり、その準備を行う為の道具が買える様な街に到着するまでは詳しく聞くべきではないと判断した。聞いてしまえばどうしても手持ちの道具でどうにか出来ないかと考えてしまうだろう、と言うのが優斗の予想であり、自己評価だった。


 優斗がそれ以上問わない事で、ヴィスも説明を続ける事は無く、自然とこの話題が終了する。


 その後も労働契約に対する、ヴィスの細かな指摘――主に自分は何が出来るかと言う説明――は続いたが、途中でそこまで契約書に盛り込む必要は無いと気づいた優斗は、別の紙を取り出し、ヴィスの能力把握と言う意味でメモを取りながら、彼女の言葉に耳を傾け続けた。

ヴィスについてのあれこれが、と言う話でした。


村でのイベントも大方終わり、次はまた新キャラ? が登場します。

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