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異世界行商譚  作者: あさ
識る為の旅路
67/90

様々な基準

 優斗は早朝から西に向けて荷馬車を走らせながら、御者台の隣に誰かが居ると言う幸福を噛みしめていた。


 先発の荷馬車に乗り切らなかった荷物を積んでいる優斗の荷馬車の行先は当然、男たちが帰って行った村なのだが、優斗はその詳細な場所を知らない。故に、村で生まれ育ったヴィスに道案内を頼んだのだが、雲行きは怪しい。


「まだ曲がる場所じゃない?」

「……多分」

 家の付近からほとんど外へ出た事がないと言うヴィスは、バイスから村への道のりを知らなかった。


 優斗は男達から村の位置を聞いてはいたが、ヴィスが居るからとかなり大雑把にしか覚えていない。


「この辺り」

「うわ、本当に道がない」

 平坦に均されてはいるが石などはそのままになって居る、ヴィス曰く村への道を前に、優斗は手綱を大きく引く。


 太陽もかなりの高さまで上っており、この辺りで休憩を取っておこうと荷馬車を止めた優斗は、飲み水を入れた皮袋を手に取ると、御者台を降りる。


「休憩しよう」

「うん」

 御者台から降りる補助をすべく、優斗が回り込むよりも早く、ヴィスは身軽に荷馬車から飛び降りる。


 当然、その際に短いスカートが空気を孕み、ふわりと膨れ上がる。そして重力に従って元の位置に戻るまでの間、その下に隠されていたモノが露わになる。

 優斗はその光景を、目の保養と感じる事半分、無防備すぎて心配する事半分で眺めながら、溜息を吐く。


 優斗はこれまで、歪な、ある意味で禁欲的な生活を強いられていた。その主たる原因は、無理強いをするのはダメ、と言う彼の倫理観から発せられるものであり、ネックだったのは相手が常に奴隷であった事だ。

 そして目の前の少女は、奴隷寸前ではあったが、現在はそこから解放され、嫌ならば逃げ出す事も可能な状況だ。その事実により今までの基準を失った優斗は、どこに歯止めをかけるべきか悩んでいた。


 もちろん、今まで通りでも問題はない。だが、据え膳とまではいかずとも、目の前にあるソレをあえて全面的に捨て去る判断が出来る程、優斗は男を捨ててはいない。


「この先は長いの?」

「うん」

 そう答えてから、ヴィスは手に持った自分用の皮袋から水を飲むと、森の方へと消えて行く。


 それを引き止めたり、理由を問うほど優斗も野暮ではない。むしろ、戻って来たら自分も、と考えながら、優斗は馬の頭を撫でる。


「あってる」

「へ?」

「村への道」

 少し経ってから戻って来たヴィスの返答に、優斗は彼女の行動が自分の予想と外れていた事を知る。


 どうやらヴィスにはヴィスなりの目印があって、それを確認しに行っていたようだ。それを知った優斗は、曲がる場所を間違えなければ後は一本道だと言う青年の言葉を思い出す。


「そっか。じゃあ、ヴィスは荷台で休んでて」

「うん」

 こくりと頷いたヴィスが御者台によじ登る姿を見る事無く、優斗は用を足す為に森の中へと入る。


 あのまま見て居れば、マント擬きの垂れがあっても無意味な程に無防備な姿が見れる事を、優斗は朝の段階で知っていた。それを避けるためには御者台まで抱き上げるしかなく、登り始めた時点で手遅れな優斗が取れる手段は、見ない事だけだ。


 別に見ていても問題は無いのだが、這い上がる過程で左右に揺れる臀部を凝視するのは、色々な意味で危ういと優斗は感じていた。


 身を清め、清潔な衣服を身に纏って、更に髪を切り揃えたヴィスは、少し小柄で目つきは鋭いが、十分に魅力的な女性だと、優斗の目には映っていた。全体的には可愛らしめの造作に垣間見える美人の要素がキツイ目つきにマッチしており、今までの同行者とは違う色香を醸し出している。比較的豊かな胸部も含めて。


 優斗が戻ると、村に向けて荷馬車は進む。

 荷台に乗っているヴィスを一度振り返ると、優斗は大きな石を車輪で踏まない様に、慎重に荷馬車を進めて行く。


 そのまま数時間が経過し、そろそろ昼食にするべきかと考え始めた頃、優斗はふと気づく。ヴィスが寡黙なのは知っているが、それにしても気配すら感じないのは気のせいだろうか、と。


「ヴィス?」

「なに?」

「あ、いや、お腹すかない?」

「少し」

「じゃあ、お昼にしよう」


 返答が返ってきた事に安堵しながら、優斗は荷馬車を止めて振り返る。

 もちろんそこにはヴィスの姿があり、優斗は気のせいだろうとすぐにその事を頭から放り出すと、昼食の準備をする為、ヴィスに指示を出し始める。


「枝拾い、頼める?」

「うん」

「じゃあ、その鞄取って」

 食糧と食器をまとめた鞄を受け取ると、優斗は御者台を降りてそれを地面に置く。


 そして、ヴィスが降りる為に補助をしようとすぐさま振り返る。するとそこには、飛び下りる為に御者台のぎりぎり端に座りながら、僅かに足を開いたヴィスの姿があった。

 御者台の高さは馬の背よりも少し低い程度。更に言えば、優斗の顔の辺りだ。


「おわっ!?」

「退いて」

「それより足閉じて!」

「……?」

 意味が判らない、といった表情のヴィスは、それでも素直に足を閉じる。


 それでも2つの太腿とスカートが織りなす三角形の闇が目に入り、どこに視線を向ければ良いのか迷った優斗の目が泳ぐ。


 優斗はこれまで、無防備にちらりと見えるソレについては黙認、と言うかむしろ嬉しい事なので黙っていた。しかし、丸見えの状態にはむしろ自分が羞恥を感じてしまう事に気付いた。そして、相手に恥じらいの欠片も無ければ、色気もへったくれもない、とも。


 無防備な行動については、追々注意していこうと決めていた優斗だが、見られていると判って居てなお気にしないヴィスの反応は、さすがにまずいと感じていた。優斗は、保護者になったつもりは無いんだけどな、と思いながら、仕方なく苦言を呈する事を決める。


「スカート履いてる時は、もう少し中が見えない様に気を付ける事」

「……わかった」

「それと、降りる時は手を貸すから、それまで待つ事」

 ヴィスがこくりと首肯すると、優斗も、よろしい、と言わんばかりに大仰に首を縦に振る。


 素直な返答に満足した優斗は、足を閉じ、きちんと御者台の端に座るヴィスに手を差し出す。このまま片手を取り、飛び下りる際にやんわりと受け止めて地面に降ろすのが優斗の想像する、そして今まで女性に対して行ってきた補助だったのだが、ヴィスはその予想を裏切る行動に出た。


 ヴィスはまるで幼子の様に、優斗の胸目掛けて飛び降りたのだ。


「おも、くは無いけど、びっくりした」

「?」

 言われた通りにしたのに、とでも言いたげな視線を間近から受け、優斗は苦笑するしかなかった。


 しかし驚きが通り過ぎた瞬間、優斗はある事に気付く。それはずっと疑問に思っていた事柄に対する答えの欠片だ。


「あー、とりあえず降りて」

「うん」

 首に回されていたヴィスの手が解かれ、優斗にかかる荷重が消滅する。


 同時に、とても好ましい感触――優斗の胸板に押し付けられていた、それなりに大きな、柔らかい双丘のそれ――も消え、優斗は少しだけ名残惜しさを感じる。


 名残惜しさを頭を振る事で振り払った優斗は、その感触が本物である事を半ば確信していた。これにより1つの疑問が解消されたが、ならば初日にまっ平らに見えた件は何だったのかと言う謎が、大きく残ってしまう。


 優斗が今すぐにでも聞いてしまうべきかと葛藤していると、元凶であるヴィスは軽やかに森の中へと消えて行く。

 確かめる相手が居なくなった事で落ち着いた優斗は、一先ず食事の準備が先だと、火を起こす場所を決め、昼食用の食材を準備する。


「ん」

「おかえり。枝はそっち。すぐ出来るから待ってて」

 首肯し、火の前に座るヴィス。


 本日の昼食は野菜たっぷりのスープと、柔らかい小麦のパンだ。

 本来、旅の最中に行う野外料理であまり手間のかかる物を作る事はないのだが、今朝、街を出る前に下ごしらえしておいた野菜と、朝市で購入したパンがある為、今回は特別だ。これは街と村の間が1日程度しか無いからこそ出来る芸当であり、長期的な旅ではこのような無駄に嵩張る食糧の保管方法は基本的には行わない。


「じゃあ、いただきます」

「……いただき、ます?」

 手を合わせ、食事前の挨拶をするヴィスに、優斗は目を見開いて驚いた。


 優斗は朝食後に、食事中でも最低限の作法を守るよう、ヴィスに告げていた。具体的には、慌てず、落ち着いて、なるべく零さず食事をするようにと。ヴィスはそれを、優斗の様に食べれば良いのだと理解した結果、この国では誰も行わない、いただきます、と言う挨拶に至った。


「別に、って、まぁいいか」

「……?」

「いや、なんでもない」

 こちらに来てからも抜けなかった習慣。それを自分以外の人間がしている事に、優斗は懐かしさを感じていた。


 食事を終えると、当然のように、ごちそうさま、と手を合わせるヴィスに、優斗は頬を緩ませながら食器の片付けを始める。ヴィスには火の始末と残りの枝をまとめる指示が出ており、その為に水を運んでいる。


 後始末を終えると荷馬車は出発し、午後の休憩を行う事なく進む事で日が沈む前に村へと到着する。到着までに優斗は、何度かヴィスが居ない様な雰囲気を感じ取り荷台を振り返ったが、その度に物問いたげ視線が返って来るだけだった。



 村の入り口には件の青年が立っており、優斗は熱烈な歓迎を受ける事になる。


「来た! 来た! ありがとうございます。本当にありがとうございます」

「あーはい。ところで荷物はどこに降ろせば?」

「そうでした! ささ、こちらへ」

 青年に誘導され、そして村中の注目を集めながら優斗はその後を追う。


 優斗は荷馬車をゆっくりと進めながら辺りを見回す。

 盗賊に襲われたと言う村は、入口付近こそ無事だが、裏側とも言える森の方には焼けた家屋と、家屋の残骸らしき物が目に入る。そして残骸を片付けている何人かの男の姿も。


「ラズルさん、噂の商人さんがやってきましたよ!」

「おう」

 案内の途中であるにも関わらず、正面から歩いてきた男に話しかける青年。


 荷馬車を駆る優斗は前方を何とは無しに見つめていたのだが、聞き覚えのある声と名前に引き寄せられるように、こちらに向けて歩いて来る男に焦点を合わせる。


「って、ラズルさんじゃないですか!?」

「お、やっぱ優斗さんだったか」

 荷馬車を待ち、合流すると並行して歩き始めるラズル。


 約3か月前、彼が護衛として参加していた商隊を解散した時に別れて以来だった優斗は、偶然の再会に喜ぶ。行商をしている優斗が、長くもないこちらでの生活で二度以上会った人間と言うのは、存外少ないのだ。


「って、なんでまた優斗、さん?」

「そりゃあ、俺らの出資者だからな」

「出資者、って、あれですか?」

「あぁ。俺らはあん時の資金で、護衛の仕事をしながら、野盗潰しやってんだ」

 先を行く青年から視線を逸らさず進む優斗に、ラズルは大声で報告を始める。


 あの時の依頼の結果は、盗賊団こそ壊滅させたが、助け出した商人は2人だけだった事。

 護衛業を続ける傍ら、残った資金を取り置き、小規模な盗賊団を見つける度に人員を募り、潰していた事。


「噂を聞いたら移動して、人を集めて潰す。村人には持て囃されるし、戯曲の英雄にでもなった気分で、もう病みつきでさ」

「そうですか。それはいいんですけど、その無駄に張り詰めた態度、止めません?」

「優斗さんがそう言うなら」

 そう言ってラズルは肩の力を抜く。


 その仕草から、やはり彼もそう言った事には不慣れなんだろうと気づいた優斗が、自分の判断の正しさを胸の内で称賛していると、目的地らしい建物に到着する。


「ここです」

「荷物は中に入れれば?」

「はい」

「じゃあ、俺らの出番だな。おい、誰か!」

 優斗が止める暇も無く、大声で呼びかけたラズルに応えて、2人の男がやって来る。


 彼らはラズルと共に護衛をしていた同郷の2人とは別の人間だった。


「荷馬車、開けても?」

「あ、ちょっと待って。ヴィス、開けていい?」

「へ?」

 ラズルが素っ頓狂な声を上げると同時に、前側のホロが開いてヴィスが顔を出す。


 その姿に、ラズルが2つの意味で驚いているが、優斗はそれを無視して荷台へと入る。


「じゃあ、後ろから出すんで下で受け取って下さい」

「おす」

「っかりやした!」

 ラズルが呼んだ2人が荷馬車の後ろ側に回り込む。


 優斗はヴィスの手を借りながら荷物を順に降ろして行く。

 ラズルが我に返る頃には既に半分近くの荷物が運び出されており、彼の参戦で加速した荷下ろしは、そう時間をかけず終了する。


「おう、商人さん。あん時は怒鳴って悪かったな」

「あ、どうも」

 荷下ろしが終わった頃を見計らうように、バイスで出会ったもう片方である男が現れる。


 男は優斗の後ろに居るヴィスを見つけると、ばつが悪そうな顔を浮かべるが、ヴィスの方は気にした様子も無く、空いたスペースの片付けを始めている。


「あぁ、そう言えば1つお願いしたい事があるんですが」

「なんだ?」

「彼女の父親の墓、あるんですよね?」

 その発言に、男はもちろん、少し離れたいた青年と、背後に居るヴィスの視線が優斗に突き刺さる。


 優斗はこの2人がヴィスの父親をきちんと埋葬しているであろう事を疑っていなかった。しかし、将来に渡ってそれが維持されるかどうかは、怪しい。


「もちろん。共同墓地に、立派なものが」

「じゃあ、後で参らせて下さい。後、管理責任者にも会いたいんですけど」

「かまわんが、なんでまた?」

「うちの従業員の父親に挨拶を、と。それと、お墓の管理をきちんとお願いしたくて」

 その言葉に、背後で何かを取り落とす音が聞こえたが、優斗は気にせず男を見つめる。


 墓に参ってヴィスの父親に挨拶をするのは、優斗の心境と信仰の問題だが、後者の墓地管理は、単純にヴィスに恩を売る為の手段の1つだ。

 優斗はそれを、金で恩を買う行為だと感じ、少しだけ抵抗があったが、それでヴィスの心の安寧が得られるのは事実であると考え、実行に踏み切った。


「わかった。明日にでも会える様にしておく」

「よろしくお願いします」

 そう告げると男は、青年に声をかけてその場を去って行く。


 男が去った後、優斗はもう1つ重要な要件があった事に気付く。

 それは青年に尋ねても良い事なのだが、そう言えば半ば元とは言え、この村の住人がもう1人この場にいる事を思い出し、振り返る。


「そういえば、宿のあてとかある?」

「……家がある」

 一瞬、迷った様に見えるヴィスの言葉に、優斗は首肯する。


 もう二度と戻る事はないと思っていた我が家への帰宅。そして、しばらくどころか数年は帰って来れない事になるであろう場所。

 一瞬、自分は別の場所に宿泊し、ヴィスを1人で家に帰すべきか悩んだ優斗だが、父親を亡くした彼女を、長い時間共に過ごしたであろう家に1人で取り残すのは、とも考え、彼女の反応を見てから決めようと、意思確認の言葉を投げかける。


「俺も泊まっても?」

「うん」

「じゃあ、荷馬車はこちらでお預かりします」

 青年の言葉に、優斗の頭に疑問符が浮かぶ。


 しかしすぐに、ヴィスの家にはそう言った建物が無い、もしくはあっても荷馬車を入れられるほど大きくないのだろうと判断し、どうすべきか、迷う。


「いや、俺らが預かる。優斗さん、それでいいよな?」

「その方が助かります」

 一応とは言え顔見知りのラズルの方が安心だ、と判断した優斗は、了承の意を告げると荷物をまとめ始める。


 優斗はこの場で荷馬車を預けるつもりだったのだが、ラズルが家の近くまで引き取りに行くと強引に御者台に乗り込んだ為、優斗は仕方なく荷台に乗り込むと、ヴィスに道案内を依頼する。


「あっち」

「はいよ。ところで優斗さん、姐さんは?」

「姉さんって言うと、フレイの事?」

「もちろん」

 あまり触れられたくない話題に、優斗は顔を顰める。


 手綱を引いているラズルはもちろん後ろ側にいる優斗の表情など見えず、それに気づかない。


「ちょっと色々あって、今は別行動中」

「奴隷が別行動って、相変わらずぶっとんだ事するなぁ」

「いや、今は奴隷じゃない、と思う」

「え? まさか……」

 優斗の歯切れの悪い返答に、ラズルが嫌な想像を浮かべる。


 そしてそれはほぼ間違っておらず、気まずい空気が流れる。

 そんな中でも、ヴィスは気にする事なく道案内を続けている。


「あっち」

「あぁ。って、そう言えば優斗さん、この子が奴隷になるところを助けたって聞いたけど、マジ?」

「それは本当だけど」

「さすが、と言うか、相変わらずと言うか。でも、それでこそ優斗さんだよな」

 やや強引な話題転換ではあったが、話がフレイから逸れた事に、2人は揃って安堵する。


 そして更に話題を遠い物に転換しようと優斗が新たな質問をぶつける。


「そう言えば、あの資金で盗賊退治してた、って言ってたけど、さすがに3か月も前の話だし、もう尽きたんじゃない?」

「あぁ、それはあれだ。盗賊のお宝から報酬を引いた分を補充してるんで」

「そりゃあまた、何というか」

「いろんな人に感謝されるのは、気持ちいいし、お金は稼げるしで、良い事尽くめだからな」

 ややぎこちなく会話を続ける2人。


 そんな風に会話をしつつ、彼らのこれまでの功績を順に聞いた優斗は、次に何故この村にいるのかと言う疑問を口にする。


「もちろん、盗賊を退治する為だ」

「で、退治出来たの?」

「いや、到着した時には既に退治された後だったんで、仕方なく村の復興の手伝い。折角雇った連中を遊ばせとくのももったいないんで」

「ここ」


 そうこう話していると、ヴィスが目的地へと到着した事を告げる。

 優斗はそれを受け、荷物を手に取って荷馬車を降りると、ヴィスに手を貸す為に振り返り、また飛びつかれてしまう。


「へぇ、ふぅん。優斗さん、良い趣味してる」

「いやいや、この服は本人が選んだ物だからね?」

「そっかそっか。まぁ、落ち込んで無いみたいでよかった」

 それはきっとフレイの事を言っているんだろうな、と考えながら、優斗は苦笑する。


 そして荷馬車をUターンさせてこの場を去るラズルを見送ると、優斗はようやく辺りを見渡し、そこが村はずれである事に気付く。そして辺りに建物がある気配はない。


「えっと、ヴィス?」

「こっち」

 そう言って森に入って行くヴィスを止める事も出来ず、優斗は彼女の後を追って獣道を進んでいく。


 これは荷馬車じゃ入れないなと考えながら歩く事数分、軽やかな足取りのヴィスを追い続けると、急に開けた場所へと到着する。そこには目的地らしい、小さな小屋が建っていた。


「ここ」

「あー、うん。何でまた森の中に?」

「お父さん、狩人」

 ヴィスの説明に、優斗は自分がイメージする狩人は、確かにこう言った場所に居を構える物だと納得してしまう。


 そして促されるままに小屋に入ると、外観から予想した通りの狭い室内を見回す。

 てきぱきと窓を開け、水瓶の中を覗いたヴィスは、それが空である事を確認すると、部屋の一角を指差す。


「水、汲んでくる」

「了解」

 ヴィスの指差した場所に荷物を置いた優斗は、桶を持って飛び出したヴィスの背中を見送ると、夕食の準備を始める。


 鍋を取り出し、水以外の材料を中へ放り込むと、埃を払った机に布を広げてパンを並べる。折角なので何か肉類も出そうかと考えていると、早くもヴィスが戻って来た。


「火、借りていい?」

「うん」

 竈に火をくべる為、火打石と藁を準備する優斗に、籠が差し出される。


 そこには燻製にされた肉が置かれていた。それを差し出しているヴィスが戸棚らしき場所を探っていた事から、優斗は備蓄されていた食糧なのだろうと考え、受け取る。


「焼く?」

「スープに入れる」

 優斗は了承の意を告げると、切った肉を熾した火で少し炙ってから、ヴィスが作り始めていたスープへと放り込む。


 手際よく調理する姿に、きっと作り馴れた物なのだろうと考えた優斗は、それを共に食べる相手が彼女の父親でなく、自分である事に少しだけ罪悪感を感じる。

 筋違いな罪悪感を抱えた優斗は、食事の用意を終え、2人揃っていただきますと手を合わせると、食事を終えたら考えていた事を実行しようと決める。


 静かな食事を終え、ヴィスと共に食器を片づけ終えた優斗は、切株をそのまま持ってきたような椅子に腰かけると、同じくその正面に腰かけるヴィスに話しかける。


「ヴィス、確認したい事があるんだけど、いい?」

 ヴィスは天井に向けていた視線を優斗に向け、首を傾げる事でそれに答える。


 生家に戻り、懐かしんでいる状態でこれを口にするのは分が悪い事は百も承知な優斗だが、それでも今が最良のタイミングだと、意を決して語りかける。


「元の生活に戻りたいと思う?」

 ヴィスは迷った末、小さく頷く。


 しかしその目は、それが叶わない事であると言う諦めの色を宿していた。

 優斗はそれを、ヴィスの真意とは別の意味で捉え、誤解したまま話を進める。


「ここに残ってもいい、って言ったらどうする?」

「……?」

「俺たちはまだ契約を交わしていない。逃げても、何の問題も発生しない」

 優斗の言葉に、ヴィスは先ほどよりも大きな角度で首を傾げる。


 その反応から、優斗はヴィスが自分の言っている事の意味が理解出来ていないのだろうと考え、今度はもう少しかみ砕いて説明しようと試みるが、文言を思い付くよりも早く、ヴィスが返答する。


「私は奴隷だから」

「へ?」

 あまりに予想外な返答に、優斗は口を半開きにした間抜けな顔で固まる事になる。


 そんな優斗の反応に、ヴィスの方も不思議そうな表情を浮かべている。


「いや、労働契約を交わすって話、したよね?」

「うん」

「奴隷なら、そんな事しないんだけど」

「そうなの?」

 ヴィスの反応に、優斗の中で1つの可能性が思い浮かんでいた。


 そもそもヴィスは、奴隷とは何か、労働契約とは何かを知らないのではないか、と。

 優斗は家の付近からあまり出ないと言うヴィスの言葉も思い出し、もしや、と更なる質問をぶつける。


「ヴィスって、村にはあまりいかないの?」

「うん」

「じゃあ、普段は何してたの?」

「狩り」

「……それはもしかして、ヴィスも狩人してたって事?」

「うん」

「狩人って言うと、獲物を捕るあれだよね?」

「うん」

 1人娘なら父親の職を継いでいてもおかしくは無い。


 そう自分を納得させようとする優斗だが、目の前の少女と狩人と言うモノが上手く重ならず、戸惑うばかりだ。


「そういえば、特技とか聞いてなかったけど、何が出来る?」

「罠が得意。弓が引ける。燻製も作れる」

「予想外に高性能と言うか、何というか」


 優斗は思い出す。

 森を見に行って位置を確信していたヴィスを。動き安さを重視し、着飾る事は二の次だった服選びを。そして、妙に高い身体能力と、気配を感じずに戸惑った道程を。


「今度、見せて貰っていい?」

「弓が無い」

「あぁ、そっか。じゃあ、街に行ったら買うか」

「……いいの?」

「護衛と言うか、牽制にはなると思うし、森が近かったら獲物も取れたりする?」

「がんばる」

 それなら無駄な出費にはならないだろう、と考えた優斗の思考に、不埒なモノが混在する。


 それは、作って貰った服の中に袴があったと思い出す事であり、同時に弓道着姿のヴィスを思い浮べる事でもある。


 思い浮べた映像の元は、幼馴染に引き連れられ、彼女の後輩も巻き込んで行った学際の弓道体験コーナーだ。

 実際に的に向けて弓を引いた訳ではなく、3人で弓道着に着替え、巻き藁と呼ばれる物に矢を射かけるという物だった。


「って、もしかして」

「……?」

「いや、その。弓を引くときに邪魔だからと言うか、その」

 優斗の視線が胸に刺さっている事に気付いたヴィスが、その膨らみを撫でながら首肯する。


 それにより、優斗が出会ってからずっと疑問に思っていた謎が氷解する。

 弓道では弓を引く際、女性は胸当てを付ける。理由は、絃に胸があたらない様にだ。説明してくれた弓道部員曰く、泣く程痛いのだそうだ。優斗はそれを、実体験だろうと思った事を覚えている。主に説明してくれた弓道部員の胸部を見て。


「あー、じゃあ、胸当ても買わないとか」

「胸当て?」

「胸当て。って、じゃあ今まで何使ってたの?」

「さらし」

 あぁなるほど、と優斗は納得し、再度ヴィスの胸部に視線を向ける。


 ヴィスはその視線に気付いているが、気にする様子は無い。そこから優斗は、きっとこれまで、男からそう言った視線を受ける機会が無かったのだろうと推測し、父親がきちんと教育していなかった事に、おかげで自分が苦労しそうだと少しだけ腹を立てる。


「それはそれとして、話を戻すけど、君は奴隷にはなってない。

 だからここに残っても良いんだけど、どうする?」


 優斗の問いを今度はきちんと理解したヴィスが、少しだけ視線を下に向ける。

 その仕草を、何か考えているのだろうと受け取った優斗は、黙って返答を待つ。待つ間に、奴隷にならずに済む事を知らなかったのであれば、彼女は一体何を理由に自分に付いて来る事を決めたのかと言う疑問が浮かぶが、口に出す事はしなかった。


 ヴィスは何度か小屋の中を見渡し、しばらくすると唐突に立ち上がる。そして壁の一角を掴むと、板を外してしまう。

 優斗はその行動が何を意味するのか理解出来なかったが、黙って見守る。


 ヴィスは剥がした壁の中から何かを取り出すと、優斗の前まで歩み寄り、片膝を立ててその場にしゃがみ込む。

 優斗はその光景に、相変わらず無防備な、と言う感想を思い浮かべながら、ちらりと見えるそれに視線を奪われながらも真剣な表情を保ったままでヴィスの言葉を待った。

優斗くんが悶々としている話でした。


そして、ヴィスの事が少しずつ判り始めた話でもあります。


彼らの旅路は、この後どうなってしまうのでしょうか。

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