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異世界行商譚  作者: あさ
識る為の旅路
66/90

準備と順番

 集合場所である店内で1人待っていたアニーと合流した優斗は、着飾った姿を一頻り褒めると出された食事に舌鼓を打った。


 着飾った女性を褒めるのは男の義務だと言う幼馴染の言葉を思い出しながらの言葉に、アニーは上機嫌だ。


「おいしい」

「やろ? やろ?」

「うん。

 そう言えば話は変わるけど、あの子は?」


 優斗の問いに、アニーの目元が吊り上り、機嫌と共に眦が少しだけ傾く。

 直後、可愛らしく頬を膨らませると、私は怒ってます、と主張する視線で優斗を見つめる。


 その視線を受け、何か間違いを犯してしまったのかと焦っている優斗の姿に、アニーが噴き出す。


「優斗くん、かわえぇわ」

「え、いや、何?」

「お姉さんがえぇ事教えたる。

 逢引の最中に他の女の話はご法度やで」


 逢引、と言う言葉をデートに変換するのに2秒を要した優斗が時間差で驚く姿に、アニーがまた笑う。

 一方、食事を奢ると言う事にそんな意図を感じていなかったどころか、何故あの少女が同伴していないのか疑問に思っていた優斗は、慣れない状況にまた焦る。


「あたし、あんな仕事しとるやん? 中々えぇ男との出会いが無いんよ」

「そうなの?」

 言外に、そんな事ないでしょ、と告げる優斗の言葉に、アニーの表情が真剣なものとなる。


 とは言えそれは本気で真剣な話をしようと言う訳ではなく、そう言う体裁を取りますと言うポーズの意味合いが強い。


「奴隷を買おうやなんて言うんは、大抵お金持ちなんよ」

「まぁ、そりゃそうか」

「年上過ぎるんは好みやないし」

「若いお金持ちも居るでしょ?」

「優斗くんも行商人なら判るやろ?」

 そう問われた優斗は、アニーの言葉の意味を瞬時に察する事が出来た。


 奴隷を買って出費を増やすような行商人は、幾らお金があっても下の下だ。本当の意味でお金持ちかつ優秀な行商人なら、奴隷を買う資金で荷物を仕入れ、利益を上げる。

 ならば街商人を狙えば良い事なのだが、それが出来るならばこんな話にはならない。状況から鑑みるに、若い街商人や、将来有望な職人等はこの街にいないのだろうと優斗は予測した。少なくとも、アニーのお眼鏡に叶う相手が居ないのは確実だ。


「そうなると、俺もダメなんじゃ?」

「優斗くんはもう店持てるくらい稼いどるやん? って言うか、店構える為に店員候補探ししとったんちゃうん?」

 虚を突かれた優斗の思考が、指摘された点へと向かう。


 優斗の資金は、現在公国金貨にして150枚前後。それに加えて、2頭立ての荷馬車が1つと積荷が少々。

 流通品の相場はある程度覚えたが、まだ物件の購入や賃貸の相場までは知らない優斗が参考に出来る数字はと考えて思い付いたのが、月給銀貨1枚と言うモノだった。仮にこれで1か月生活できるとすれば、優斗は既に一生分以上の生活費どころか、何回か人生をやり直せるくらいの額を確保出来ている事になる。


 それはあくまでこの国の平民基準での事であり、実際には月収銀貨1枚で現在の優斗の生活レベルでの衣食住を確保する事は不可能だ。それ以外にも税やそれ以外の固定費、臨時出費を含めればそこまでの額でない事は確実なのだが、その辺りの金銭感覚に乏しい優斗には、それ以外の判断基準が存在しない。

 領主の館で働く侍女はそれなりに良い身分だが、それはあくまで飢える心配がほとんど無いと言う程度の事であり、優斗が生まれたあちらの感覚で言えば、最下層も良いところだ。


 しかしそんな事を知らない優斗は、自分は十分に資産を持っていると判断し、それに伴って今後の身の振り方についてもっと真剣に考えるべきなのではと考え込んでしまう。


「ゆ・う・と・くん?」

「あ、ごめん」

「逢引中に他の事考えて、女の子んこと放っとくのもご法度やよ」

「はは、ほんとごめん」

 乾いた笑いを浮かべながらも、優斗の思考はついつい自分の資産の方に流れて行く。


 それを堰き止めようとする過程で、優斗は気づく。

 きっとアニーは、自分の事を好いた訳ではなく、資産目的、とまでは言わないが、偶々条件に合う男が居たからモーションをかけているだけなのだろう、と。


「とりあえず俺は、王国首都とユーシアに用事があるんで、ここに定住する気はないけど?」

「じゃあじゃ、戻ってくる気は?」

「アニーなら、それまでにいい男見つけてそう」

「出会いがあればえぇんやけどねぇ。奴隷買いに来るんは下心丸出しの男ばっかやからなぁ」

 遠い目をするアニーを見て、優斗の表情が苦笑へと変わる。


 優斗の感覚ではまだかなり若い年齢である22歳も、この国の女性であれば結婚を焦るどころか、地域によっては行き遅れだ。そこそこ大きな街で働いている分だけアニーはましな方だが、寒村なら早く子をもうけて、働き手にするなり売るなりする事は女性の重要な役割であり、それが出来ない女はどこかに欠陥があると思われても仕方がない。


「生憎、紹介できる男に心当たりがないなぁ」

「えぇてえぇて。優斗くんが迎えに来てくれれば」

 そんな風に他愛のない会話を交わし合い、お互いに葡萄酒がほどよく回り始めた頃にお開きとなる。


 飲み食いの代金はそれなりだったが、商談を除けば久しく会話らしい会話をしていなかった優斗にとっては、アニー過ごした時間はこの上ない癒しとなった。



 翌日、優斗は荷馬車でキャリー商会へと向かっていた。


 本日の優斗は、村の男2人と、必要な物の買い出しを行う予定だ。

 荷馬車ごとやって来たのは、既に仕入れた品をその計算の中に入れる為と言う理由もあるが、ついでに少女に服を届けて置こうとも考えたからだ。


 キャリー商会に到着すると、優斗はカクスで受け取った女物の服が入った袋と、フレイの着ていた服の一部を入れた箱を持って中へと入る。


「いらっしゃい、って、優斗くんやん」

「おはよ、アニー」

「まだあの2人は来てへんよ。で、それは?」

「服」

 優斗は袋を開け、むこうのデザインで作られた服を幾つか取り出す。


 アニーは女性らしく目を輝かせて見つめており、優斗はその姿を可愛い反応だなと思いながら、手に取った服を差し出す。


「あの子に着せる用にと思って」

「えぇ!? これ絹やん?」

「でもまぁ、貰いものだし」

 色々な思惑や意図があったとはいえ、結果だけを見れば確かにこれらは貰った物だ。


 そんな風に考えながら、優斗は袋から次々と服を取り出して行く。

 そしてアニーの懇願する様な視線に苦笑しながらも軽く頷くと、選んだ1着を持って店の奥に消えて行くのを見送り、出した服を再度袋の中へと戻して行く。


 アニーが店に戻って来たのは十分近く経った後で、扉の隙間から顔だけを出した状態だった。


「優斗くん、これどうやって着るん?」

「んー。羽織って、前合わせて胴部分、と言うか腰を帯で止める」

「帯て?」

「服に付いてた長い紐」

「あれ、服の一部やったん? てっきりまとめる為の紐やと」

 どたばたと音がして、アニーがまた奥へと戻って行く。


 しかし今回は時間をかけず、すぐに戻って来る。

 アニーは先ほど持って行った浴衣の合わせを右手で止めながら優斗の前に立つと、にっこりと笑って空いた左手で帯を突きつける。優斗は思わずそれを受け取ると、アニーの顔に視線を向ける。


「着せて?」

「あー、いいですけど、その前に合わせる方向が逆なんで、直してきて下さい」

 左前になっている浴衣を思わず敬語で指摘する優斗の言葉に、アニーは合わせ目に視線を落とす。


 そして顔を上げると悪戯っぽく笑い、優斗からソレが見えない様に背中を向け、ゆっくりと合わせ目を開き、やはりゆっくりと右前に閉じて行く。

 その光景にどきりとした優斗だが、何とか生唾を飲み込む様な失態を犯す事はせず、先ほど受け取った帯を広げ、中腰になるとアニーの腰に巻いていく。細い腰に手を回し、しかしなるべく触れない様に帯を締めて行くのは難儀な事この上なく、心臓に悪いなと思いながら、優斗は結び目を落ちない、されど多少緩めに締め付ける。


 浴衣と言っても祭等で着る様な本格的な物ではなく、旅館にある様な簡素な物で、帯の結び目もかなり適当だ。しかも、アニーはそれなりに分厚い肌着や下着、と言うかドロワーズを履いているので、正直見栄えは良くない。


「なんか変やない?」

「肌着と言うか下着も専用の物があるから、このままだとねぇ」

「そうなん?」

「これ」

 そう言って予め袋の上の方に出しておいた襦袢を差し出すと、アニーは不思議そうな顔をする。


 この国の人間の感覚からすれば、それは肌着や下着ではなく、真っ白な服にしか見えない。それを肌着兼下着だと言われても、納得できる人間の方が少数だろう。


 優斗がその説明をどうすべきか悩んでいると、商会の正面扉が開かれ、昨日の男2人が入って来る。

 2人はアニーの珍妙な格好にげげんな顔をするが、優斗が村に必要な物の買い出しに行くから付いて来る事、そして荷馬車を借りるからそれに荷物を積み込んで持って行く様に告げると、頻りに頭を下げて優斗に感謝した。


 優斗はアニーに服を預け、少女に好きな物を選ばせるように頼んでから2人を引き連れて食料品と建材、日用品を買い求める為に街へと繰り出した。

 午前中一杯を費やして買い物を終えると、どちらにしても野宿だからと言う2人に、荷馬車は後でちゃんと返す様にと念を押すと送り出し、昼過ぎに商会へと戻る。



 優斗が商会に到着し、仕入れた荷物を荷馬車に積み込んでから店内へと入って行くと、そこには相変わらずアニーが1人で居た。


「あ、おかえり優斗くん」

「ただいま。あ、借りた荷馬車、もう出発したから」

「そっか。急いどるんやね」

 アニーが感心した様に感嘆する姿を見ながら、優斗は1度だけ大きく呼吸する。


 昨日の夜に改めて気づき、ここに戻って来るまでにずっと考えていた事に、優斗はまた思いを馳せる。


 自分の所持金は、一生暮らせるほどに多い。そんな大金の前であれば、よほど善良な人間でなければ、魔がさす事くらいはあるだろう。ならば、少女とは言え、見知らぬ他人と旅をすると言うリスクは、どの程度のものだろうか、と。


「あの子は?」

「奥におるよ」

「会っても?」

「もちろんえぇよ。っていうか、あたしの許可なんていらんやろ?」

「あぁ、そういえば。じゃあ、入っても?」

「やからえぇて」

 苦笑するアニーに背中を見送られ、優斗は示された部屋――商談用の応接室――へと足を踏み入れる。


 部屋の中には少女が1人。

 扉側のソファーに座っている為顔を見る事は出来ないが、アッシュブロンドにも見えるくたびれた淡い金髪の頭が見えた。


 少女は誰かが入って来た事に気付くと、ゆっくりとした動作で立ち上がり、優斗を振り返る。髪はまだ手入れされておらず、伸びっぱなしでぼさぼさだが、汚れは落とされている。もちろん、服も肌も清潔だ。


 優斗は一旦視線を逸らし、少女を視界に入れないままに向かいのソファーへと腰かける。

 そして、改めて見た少女の恰好は、優斗にとって予想外なモノだった。


 少女が身に着けているスカートは短く、太ももが半分程見えている。ロングスカートが主流、と言うかミニスカートなど存在すらしないこの国で、絶対に選ばれる事がないと思っていた優斗にとって、これは誤算――しかも嬉しい誤算かもしれない――だった。


 次に、スカートの終わりから見えている生足。

 これがおかしい理由もスカートと同じで、この国で一般的な下着を履いていれば、制服にジャージ下、もしくはハーフパンツを履いた女子学生の様な姿になるはずだ。それにも関わらず、少女の腿にはそれが見られない。


 最後に、胸部。

 シンプルなシャツを押し出す大き目の膨らみは、昨日優斗が見た時には無かった物だ。偽物と言う可能性もあるが、それを確認する勇気は、優斗にはない。


 シンプルな白系のシャツに渋いグリーン系のミニスカート、しかも生足――と言うか、裸足――と言う出で立ちの少女につい不躾な視線をぶつけてしまった優斗は、それに気づくと慌てて視線をその双眸へと向ける。


 見上げる事で髪の合間から垣間見えた鋭い目つき。それは釣り目気味で、表情の堅さと相まって厳しい印象を受ける。


「えっと、取り合えず自己紹介かな。私は行商人の優斗と言います」

「……ヴィス」

「ヴィスさんね」

「ヴィスは愛称」

 少女改めヴィスの返答に、優斗は一瞬だけ考え、それが敬称が不要であると言う意味だと理解する。


 雇い、雇われの関係とは言え、四六時中共にいる相手と堅苦し過ぎるのはどうかと考えた優斗は、少しだけ残っている気恥しさと言う名の感情を乗り越え、同時に敬語もある程度消して行く事を決める。


「じゃあヴィス。俺の事は優斗でいいから」

「わかった」

 変に改まってはいないが、相変わらず寡黙気味なヴィスの返答は端的だ。


 声からにごりが消えている事から、優斗はそれを生来の物なのだろうと考えると、あえて指摘する事はしなかった。

 聞けば必要な情報は返って来る。ならばそれで十分だ、と考えたのだ。


「とりあえず座って」

「うん」

 ヴィスが、どん、と勢いよくソファーに腰かけると、空気を孕んだスカートが遅れてその大腿部へと落ちる。


 その瞬間、優斗の視線はつい膨らんだスカートと脚の間へと向かい、その奥の闇を除いてしまう。

 無防備だな、と思いながら、優斗はある重要な事に気付く。それは、果たして彼女は、下着を履いているのだろうか、と言う疑問だ。


 この世界の下着は、基本的に紐で止めるタイプだ。そしてその技術力に合わせて、優斗がフレイに説明した下着は、いわゆる紐パンと言う部類の物だった。あれを一見して下着だと考えるのは、中々に難しい。


「あー、ヴィス」

「なに?」

「うん。いや。その服、どう?」

 優斗が十代半ばから十代後半と言う年頃の娘さんに、下着履いてるの? などと率直に聞けるはずもない。と言うか、聞いたらただの変態だ。


 ならばなるべくさりげなく聞き出せるような状況を作らなければと、優斗は会話の道筋を必死に思索する。

 優斗の予定では、この後ヴィスの日用品などを買いに行く事になっており、当然ヴィスを連れて行くつもりだ。ならばこれは、確認しておかなければ惨事を引き起こしかねない問題だ、と優斗は真剣に考えていた。


「着安い」

「そりゃよかった。でも、寒くない?」

「大丈夫」

「他の、街の子達と同じ様な服もあったけど、そっちはどうだった?」

「ひらひらして動きにくい」

 ひらひら、と言われて優斗が思いついたのは、ゴシックロリータだった。


 しかしすぐに、あれはひらひらと言うよりふりふりだと考え直し、余計な思考をしてしまったと思考の軌道修正を行う。


「それも結構、ひらひらしない?」

「する」

「いいの?」

「邪魔じゃない」

 優斗の頭に思い浮かんだのは、ロングスカートで器用に走るフレイの姿だった。


 確かに、ロングスカートは足を大きく広げにくい等の、動きを妨害する事がそれなりにある。しかし、ミニスカートでは別の意味で広げにくいのでは、と考えた優斗は、何重にも遠まわしにしてそれを口にしようとするが、良い言葉が思い付かず、結局率直に口にしてしまう。


「捲れたら大変じゃない?」

「……?」

 その視線が、それは長くても同じだと告げている気がして、優斗は返答に窮する。


 そんな優斗が思考する為に視線を宙に舞わせる。そしてそこでようやく、ソファーの隣に預けてあった袋と箱がある事に気付く。そしてそれならば確認する方法があると思い付き、それを実行すべく、静かに立ち上がると袋を手に持ち、中身を改める。

 結果、カクスで受け取った下着は全てその中に納まっていた。それが意味する事は、すなわち。


「ちょ、待って待って」

「なに?」

「これ、下着。付け方、判る?」

 首を横に振って否定するヴィスに、優斗は羞恥心を感じる余裕すらなく、必死に履く方法の説明を行う。


 兎にも角にも、下着を履かせなければと焦る優斗の説明を、ヴィスは不思議そうにしながらもきちんと聞いて、その使い方を覚えて行く。

 説明を終えた優斗がそれを履くように告げると、ヴィスは彼の存在を気にする事なくスカートに手をかける。もちろん優斗は慌てて身体ごと視線を逸らし、着替えを見ない様に後ろを向いた。衣擦れの音が聞こえる中、優斗にはもしかして肌着も付けていないのではと言う疑惑が思い浮かんでいたが、今は実害がないのでそれは買い与える事で解決しようと決め、疲れ切った優斗は肩を落としながら商会を出る事になり、アニーに心配されてしまう。


 そんなアニーに借りたぶかぶかの靴を履いたヴィスを引き連れた優斗達が、まず向かったのは服飾店だ。

 目的は肌着と靴下、そして外套だ。


 まずは靴下をと考えていた優斗だったが、ここまでの道のりでヴィスが注目を集めていた理由の1つである、足が丸出しであると言う点を解決すべきと考えた結果、購入したのは何時かフレイに買い与えたのと同じ、オーバーニーソックスとガーターベルトだった。

 これにより、パッと見では太ももの露出は無くなったが、スカートが短いと言う理由は健在の為、大きな動きがあればガーターと白い脚がちらりが覗く事に変わりは無い。


 そして肌着も何枚か購入すると、外套も適当な物をチョイスする。


 次に向かったのは靴屋だ。

 丈夫な編み上げブーツを購入したのだが、ヴィスがそれを履く為に床に座り込んでしまい、優斗は店員と顔を合わせて苦笑する事になる。そして履き終えると立ち上がり、床から脱いだ靴を持ち上げる為にヴィスが無防備にしゃがみ込んだ。後ろ側に優斗が居るにも関わらず、だ。当然、短いスカートの裾が持ち上がり、その中身が露わになる。優斗が目を逸らす暇もなく晒された白い下着は、靴屋の床に座り込んだ事で、尻の部分が汚れていた。


 それを見た優斗が最初に思った事は、外套がない場所では下着で地面に座る事になるのでは、と言うものだった。

 そんな思考の結果、優斗はもう一度服飾店に戻り、茶色のケープと、その下からマントの様な形で布を垂らす事で座る際に下敷きに出来る、と言う構造の服をヴィスに買い与えた。


 そこまでした後に、優斗は、それならロングスカートかズボンを履かせればいいのでは、と気づく。

 同時に、折角の目の保養なのだから、と思い浮かび、積極的に今の状況を受け入れている事に気づいた優斗は、自分がエロおやじ化しているのでは、とショックを受ける。


 ショックを受けつつも思案した結果、嫌がってないどころか自分で選んだ物だし、色々な意味で手を出している訳ではないのだから問題になる点は1つも無い、と言う、天使と悪魔の例に倣えば、きっと悪魔が勝ったんだろうなと思える結論に落ち着いた。その時、あれを着ていると後ろからはもう見えないな、と自分が無意識に思っていた事を、優斗は気づかなかった。


 一通りの買い物を終えた優斗達は、商会に戻らず、宿の方へと向かう。

 優斗はヴィスを部屋に通すと、荷物を置いてから改めてその全身に視線を滑らせる。


 シンプルだった服装は少しだけアクセントが付いたとは言え、胸元の膨らみを除けば華やかさは微々たるものだ。

 それで十分だと言われればそれまでだが、優斗はもう少し何か欲しいな、と思い、だがまずはこちらを、と短剣を取り出すと、ヴィスを備え付けの椅子へ座るように促す。


「自分で切る?」

「やって」

 買い物の時も変わらなかった端的な返答に、優斗はヴィスに宿で借りた大きな布を巻き付けると、戻って来る際中に話した、髪を切ると言う行動を開始する。


 後ろは毛先を揃える程度。横はそれなり。前は眉のあたりまでナイフで髪を切り落として行く。優斗は慎重に、少しずつ切り落としては整えるを繰り返し、なんとかましな見栄えに整えると、布を取り払う。


「これでどう?」

「……」

 鏡を見せると、沈黙の後、首肯が返ってきた事で優斗は安堵する。


 そして安堵と共に、先ほど購入したばかりの櫛を取り出して髪を梳いていく。

 ヴィスはそれに抵抗する事なく、優斗がリボンで髪を後ろで一括りにまとめるまで、大人しくしていた。


「一本、ケープの繋ぎ目にでも飾っとく?」

 そう言って優斗が予備のリボンを差し出すと、ヴィスはこくりと頷いてケープを留めるボタンを隠す様に、リボンを飾って行く。


 優斗はその仕草に目を引かれ、じっとヴィスの胸元を見つめる。しばらく見つめていた優斗は、それが別の意味で捉えられる可能性に気付くと、慌てて視線を逸らす。


「なに?」

「いやいや」

「……?」

「あー、うん」

 ずっと気になって居る疑問のある優斗だが、結局はそれを問う事は出来ず、仕方なく次のやるべき事をこなす為に机の横へと移動する。


 机の上から財布代わりの麻袋を持ち上げると、優斗はその中から銅貨を20枚程取り出し、ヴィスに差し出す。


「準備金。必要な物があったら買っておいて」

「いいの?」

「うん。でも、明日は早朝出発だから、早めに戻って寝ておいて」

 優斗の返答に、ヴィスは納得していなさそうな表情を浮かべているが、素直に肯定する。


 その姿に声をかけるべきか悩んだ優斗だが、必要なら聞いて来るだろうと考え、あえて触れる事なく部屋のあちこちを指差して部屋の説明を始める。


「これ飲み水。こっちは燭台。油は有料だから必要なら声かけて。で、俺は隣の部屋だから。質問は?」

「ない」

「そう。あぁ、そう言えば夕食どうしよう?」

 優斗の質問に、ヴィスが首をかしげる。


 彼女は寡黙で無表情気味ではあるが、感情が乏しい訳ではない。優斗はそれを今日の買い物で理解し始めていたが、それが何を示すものなのか、まではまだ判らない。

 そして判らなければ、問うしかない。


「大きな声じゃ言えないけど、この宿の食事はあんまり美味しくなかったから」

「そう」

「外食か、買って来るか、どっちがいい?」

「どっちでも」

「じゃあ、今から用事があるから、日が沈むまでには買って来る。待っててくれる?」

「わかった」


 荷物の大部分を手に取ると、優斗は部屋を辞し、隣の部屋へと入る。そして荷物を大雑把に放り出すと、再び宿を出てキャリー商会へと向かう。


 キャリー商会でアニーに挨拶を済ませ、惜しまれながら明日の早朝に出発する事を告げると、宿に荷馬車を戻し、また出かける。その足で夕食と朝食用のパンを買うと、ヴィスの部屋へと戻る。


「ただいま」

「おかえり」

 挨拶を交わすと、それ以外は一言の会話も交わす事なく、食事の準備が進められる。


 優斗が部屋に残して行った鞄から食器を取り出す間に、ヴィスは備え付けの水差しから杯に水を注ぐ。そしてベッドに近づけた机に食事を乗せると、優斗が椅子に、ヴィスがベッドに座って食事が始まる。


 優斗はそれを、懐かしいな、と感じながら、静かに食事を摂る。ヴィスの方は多少行儀悪く、がつがつと形容される勢いで食事をかき込んでいる。


「焦らなくても、まだあるから」


 はしたないな、と思いながら、優斗は苦笑する。

 食事の作法、とまではいかずとも、行儀くらいは業務命令で直すべきかなと考えつつ、優斗は自分用に買ってきた分をさりげなくヴィスの方へと移動させると、食事を続ける。


 夕食を終えると、ごちそうさま、と呟く優斗に、ヴィスが不思議そうな表情を向けるが、優斗はそれを無視して片づけを開始する。

 片付け終える頃には完全に日も沈んでおり、優斗はもう眠るようにヴィスに告げると、自分もまた部屋に戻り、床に就いた。

アニーと会食し、ヴィスと買い物をする話でした。


優斗くんにとっての散財の激しい2日間が終わり、彼らは次なる目的地へと向かいます。

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