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異世界行商譚  作者: あさ
識る為の旅路
64/90

行商と言うモノ

 早朝にカクスを出発した優斗は、約3か月ぶりの陸路を1人で進んでいた。


 荷馬車にはアイタナから受け取った衣服や食糧等の他に、カクスで仕入れた品々が積まれている。


 今回、優斗は利益の大半を宝石等の嵩張らない物にかえてジュラルミンケースと皮袋に分けて保管している。そしてその残りであまり重くない品物を仕入れた。品目は一部は道中で食べ、残りは中継地の商会で売る予定の干物や乾物、アクセサリだけでなく薬にもなると言う琥珀、そして加工された革製品だ。積荷に軽い物を選んだ最大の理由は、荷馬車を軽くして移動速度を上げる事だ。


 小休止と昼休憩を挟む以外は延々と進み続けた優斗は、初めての1人野宿と言う事で何時もより早い時間に荷馬車を止めると、手綱を手近な木に括りつけて火を起こす準備を始める。

 荷馬車を離れるのは不用心だと思った優斗は、見える範囲で薪代わりの枝を拾うと、足りない分を荷馬車に積んでおいた薪で補う事を決め、食事の準備をする為に調理器具と食材を取り出す。


 調理と言っても、お湯を沸かして簡単なスープを作り、たき火で干物を炙る程度で後は保存食とパンで済ませたのだが、思ったよりも時間がかかってしまい、夕食を終えた時には既に日が沈んでいた。その為、優斗は日の沈んだ暗い川で水を汲み、食器と調理器具を洗う羽目になった。


 焚き火で沸かしたお湯を火から下ろして埃が入らない様に布を被せると、優斗は睡魔に襲われて眠りにつく。しかし火が消えてしばらくすると目が覚め、火を継ぎ足すとまた眠るを朝まで繰り返した。


 次の日も同じ様に街道を進む。

 そしてやはり早めに野宿の準備を始めるが、火が中々点かず、夕食を終える前に日が沈んでしまい、優斗は仕方なく片付けを翌朝に行う事にしてそのまま就寝。


 更に次の日の朝食は、昨晩の片付けを終えると面倒になり、保存食をおざなりに齧るだけに留めて出発する。

 日中はひたすら荷馬車を進め、昨日よりも更に早い時間に夕食の準備を始めよう決めていた優斗だが、午後から雨が降り出したせいで結局は荷馬車の中で保存食を食べる羽目に陥った。


 夜も火が熾せず、ホロを叩く雨の音を聞きながら毛布に包まる。

 寒さで中々眠れない優斗は、暖を取る為に何かないか探して、フレイの外套を見つけると毛布の上から身体にかける。2か月以上使われていないにも関わらず、かすかにフレイの香りを感じた気がした優斗は、フレイが居た時に遭遇した雨の日には、湯たんぽ代わりだと言って同じ毛布に包まったな、と思い出しながら眠りにつく。


 4日目の朝は生憎の雨模様で、しばらくして振り出した雨によるぬかるみと水しぶきの影響により、多少速度を落としながらではあるが、優斗は荷馬車を進めて行く。

 午前中の道程が問題無く進み、昼休憩に荷台で食事を摂り終えて出発する頃には雨も上がっていた。しかし午後の休憩を取って居る時に疲れが吹き出し、気が付けば舟をこいでいた。結局、午後はあまり進む事無く荷馬車を止め、かなり早めに野宿の準備を始めるも雨の影響で火が中々点かず、干物や干し肉を火で炙って食事とした。その後、明日以降の水を煮沸すると暖を取る為に湯を飲んで、更に熱いままの鍋を荷馬車に置いて、濡れた地面を避ける為に荷台で眠った。


 5日目の朝は既に日が昇っている時間に目が覚めた。

 寝坊してしまった優斗は、その焦りから朝食を諦めてすぐに準備をして出発する。

 足取りが順調だったのは早めの昼食前までで、昼食後は明らかに馬の進む速さが落ちている事に気付いた優斗だが、午後の小休止までその原因に気付かなかった。遅れた分を少しでも取り戻したいと言う焦りから午前の小休止をせず、昼食を急いでかきこんだ優斗は、馬に水を与える事を忘れていたのだ。

 結局、優斗はその場で野宿をする事に決める。馬がいつも以上にくたびれて見えた優斗は、話し相手がいない寂しさを誤魔化す様に、返事の無い馬相手に何度も謝罪を繰り返した。


 6日目。

 普通であれば目的の街に到着するのに十分な時間が経過したにも関わらず、優斗はまだ道程の3分の2を超えた程度しか進んでいない。

 しかし疲労は順調に蓄積しており、この日はほとんど進む事なく、昼食を終えた優斗は疲労回復の為にとその場で休憩と睡眠を取る事に決める。


 その夜、昼寝の影響で眠れずにいた優斗は、遠吠えが聞こえた事で身を震わせる。

 それは野犬、もしくは狼が遠吠えの届く範囲に生息していると言う事であり、そんな場所で1人、火も焚かずに眠っている事への不用心さとそれに伴う恐怖が増した。


 そして恐怖で深く眠れない夜と、舟をこぎながらの危なっかしい移動により、疲労困憊の優斗は出発9日目にして目的地へと到着する。


 目的地へと到着した優斗は、とにかく安全なところで眠りたい、と表通りの適当な宿を取ると、朦朧とする意識でなんとか貴重品だけを持ち出し、ようやくたどり着いたベッドに倒れ込んだ。



 到着した日の午後から次の昼まで眠り続けた優斗は、自分が何故こんな場所にいるのか判らず、寝ぼけ眼で辺りを見回す。


 何とか落ち着き、温かい食事を摂って身を清める事でようやくいつも通りに近い状態に戻る事が出来た優斗は、自分の旅に対する認識に甘さを実感していた。


「出来る事と実践は違う、か」

 ここ3日、特に増加傾向にある独り言を呟きながら、優斗は反省する。


 優斗はユーシアで、サバイバルに必要な火の熾し方や野外調理等の技術をマスターしたつもりだった。しかし、万全の状態で出来る事であっても、何日も荷馬車の手綱を握り続けた後に出来るとは限らない、と言う当然の事を、優斗は判っているつもりで理解出来ていなかった。


 食事を摂る際に宿の人間に指摘された、馬の毛艶が悪いと言う点も問題の1つだ。優斗は馬の手入れを怠るどころか、しなければならない事自体を失念していた。毛並の手入れは定期的にしなければならないと習っていたにも関わらず、だ。


 それ以外にも至らない点が多いどころか、問題の無かった部分の方が少なかった旅路に、優斗は自分が如何にフレイに依存して旅をしていたのかを痛感する。


「どうするかなぁ」

 反省し、気づいたところで問題が解決する訳ではない。


 そこで優斗は、それらの解決策として3つの案を準備した。

 まず1つ目は商隊への参加。もう1つは、人を雇う事。最後に、スキルの向上。


 最後の1つは一朝一夕に解決できる問題ではないので、少しずつ慣れるしかない。そしてそれ以外を実践するならば、どちらにしても情報収集をしなければならないと考えた優斗は、大き目の鞄に干物と乾物を詰め込んで背負うと、幾つかの琥珀を腰にぶら下げた袋に入れて宿を出る。荷物は軽い為、荷馬車を使うほどではないと言う事もあるが、この行動はむしろ馬に休息を、と優斗が考えた結果だ。


 優斗が向かったのは、適度に大きな商会だった。

 現在の状況を鑑みて、優斗はあえて人気が少なそうな、しかしそれなりの規模を誇る商会を選び、店内に足を踏み入れると、中年の男が振り返り、にかっ、と笑う。


「らっしゃい。買取か?」

「はい。カクスから干物と乾物を持ってきました。後、琥珀も少し」

「おう、見せてみな」

 妙に張り切ってるなと思いながら、優斗は素直に鞄を下ろす。


 その中身を確認している間に琥珀を取り出し、それらを合わせた額を提示された瞬間、反射的に商談を開始しようとして、優斗はある事に気づく。一体これは、幾らくらいで売るべきなのか、と。

 目の前の男は優斗の表情からそれを察したのか、にやりと笑ってソロバンを取り出す。


「多分、お前の仕入れはこのくらいだろう?」

「え、えぇ。まぁ」

 実際には男が指摘した額よりも安く仕入れているのだが、その誤解は有利に働くと条件反射的に考えた優斗は、肯定する。


 そんな優斗の反応に満足した男は、優斗の肩を勢いよく叩きながら、豪快に笑う。


「正直すぎるぞ、若造」

「った、って、いや、そう言う訳では」

「お前さん、見たところ駆け出しだろう? 行商を始めて1年経ってない。違うか?」

「その通りです、けど」

 まだ行商歴1年どころか半年も経っていない優斗は、今度は正直にそれを認める。


 するとまた男は豪快に笑い、ソロバンを弾く。


「この額で買い取ってやる。代わりに1つ頼まれてくれないか?」

「何でしょう?」

 提示された額が先ほどよりもそれなりに高い事もあり、優斗はつい肯定的な返答をしてしまう。


 優斗の事を、駆け出しのひよっこだと言う間違っていない勘違いをしている男が、一番致命的に勘違いしている事は優斗が貧乏であると言う事だ。身を清めたとは言え、この旅の間に服はかなりくたびれてしまっているせいでボロく見え、大きな背負い鞄で持ってきたせいで徒歩の行商だと勘違いされた。


 もちろん優斗はそれなりに裕福であり、服がくたびれているのは洗濯を力任せに行ったせいと、何度も着替えずに眠ってしまったせいであり、背負い鞄なのも別の理由がある。


「うちで仕入れして、北西の村でそれを売って来い」

「北西の村、ですか?」

「あぁ。ちょいと前に色々とあってな。それ以外にも色々あって、物が足りてねぇ」

「色々、ですか?」

「あぁ。火事とかそんなんだ」

 その言葉に、優斗は何か隠し事をしている事に気付くが、言及はしない事にする。


 物資が不足している場所、言うなれば稼げる場所を教えてくれている男に対し、優斗は不信感を持ちながらもその理由を探す。文字通り火事場の商売で稼ごうと言う人間がいない事は不自然だ。

 ならばきっと、地元の人間が近づかないだけの理由があり、しかしそれは優斗に任せても問題はない程度だと言う事なのだろ、と予想するが、それははずれている。


「いいんですか?」

「あぁ。むしろ助かるくらいだ」

 優斗はその言葉と現状を突き合わせ、自分に仕事が回って来た理由をもう1つ思い付く。


 現在、経済の混乱で小規模の商会や行商人の一部が廃業に追いやられている。中規模の商会の中にも、商売の縮小をした所がある、とも聞いている。

 それはもちろん、ロード商会が荒稼ぎをしたせいであり、その結果、あえてリスクの高い場所へ行く人間が減っている。もしくは、根本的に人手が足りていない。


 実際には、件の村はこの商会の仕入れルートの1つであり、他の誰かに奪われるならば行商人を介してでも関わっておきたいと言うのが男の本音だ。


 そして優斗は、この提案を吟味し、自分に必要な技能を得る為に有用な事だと判断していた。


 優斗は前回の商談で、今後はただ利益の大きさだけを追求した商談をしない事を決めていた。しかし、それを決意した優斗には、どこからが暴利で、どこまで適正なのかを測る物差しが存在しない。


 それは利益計算と言う商人にはごく基本的な技術であるにも関わらず、優斗はこれまでにそれを行った経験が無い。


「是非、お願いします」

「おう、じゃあ仕入れ商品はこんなのでどうだ」

 提示された生活用品や食糧を見分しながら、優斗は考える。


 まず、最低限必要なモノとして、優斗の食費と滞在費。これは往復の時間によって変動する。輸送の手間賃等の自分の懐に入る利益はどの程度が適正なのかをこれまでの商売経験から推測し、その他様々な要因を出来る限り思い浮べる。


「ちなみに村までどのくらいの距離ですか?」

「荷馬車なら1日飛ばせば余裕だな。歩きだと2~3日ってとこか」

 その数字を元に、優斗は思い浮かんだ要素を加味しつつ、目の前の商品の嵩張り具合から買取価格にいくら加算して売るべきかを考える。


 実際には移動中に関や市壁があれば税が掛かり、荷馬車やその他生活用品は消費せずとも劣化するので購入費用の償却も計算する必要がある。何より毎回商売が成功する訳ではないのだから、ある程度の失敗や損失が出た場合の補てんも考えなければならない。

 しかし優斗はそこまで考える事なく、ざっくりといくら程で売れば経費が賄えるのかだけを考えながら購入品目を決めて行く。


「じゃあ、これとこれを」

「おうよ。

 あっちじゃ物が足りないんだ、多少高くても売れる。で、高く売れば売るだけお前の儲けになる」


 男の言う事は正しいが、高く吹っかけすぎれば村人の印象は悪くなる。逆に、安く売捌ければ好印象を与え、運が良ければ村の復興に関する物の仕入れも頼まれるかもしれないし、そのまま村の専属行商人の座さえ手に入るかもしれない。優斗にとってそれはあまり価値の無い事だが、駆け出しの行商人であれば安定した行商路は喉から手が出るほど欲しいモノだ。そしてそうなればこの商会を懇意にする可能性が高いので、ある意味男の思惑通りと言える。


 しかし男は、目の前の駆け出しがどの様な結果を持ち帰ろうと構わなかった。成功すれば村との繋がりが維持できる。失敗しても、村に行商人を送ったと言う事実から、一時的にでも繋がりが維持していると相手に思わせる事が出来る。


「紹介状書いてやるから持ってけ」

「ありがたく頂いて行きます」

 そしてその為には、優斗を送り出した人間が誰であるか示す必要がある。


 それは優斗の身分をある程度証明する事にもなる為、見知らぬ村で商売をするよりはやりやすいはずだ。もっとも、物資が不足している現在では、紹介などなくとも村は大歓迎する事が安易に予想出来る。


「じゃあな。道中気を付けろよ」

「ありがとうございます」

 なるべく重くない、しかし生活に重要な品を優先して選んだ優斗は、男に見送られて商会を出ると、自分が重要な事を忘れていた事に気付く。


 優斗が慌てて振り返ると、男は不思議そうな顔をしながら、優斗の出方を伺う。


「すいません。商隊に参加したいんですけど、この辺ではどこにいけば参加出来ますか?」

「ん? あぁ、普段ならその辺の酒場で募集してる事もあるだろうが、今は式典があるからな」

 そう前置きした男は、優斗に現在は商隊を探すのも募集するのも厳しいと告げる。


 いわく、ルナールまで荷馬車で3日と言う距離を商隊を組んで進む価値は少なく、更に現在は式典向けの商品を運んでいる者が多いので、ルナール方面行きには素早く動ける事を重視して単独行動する者が多い。離れて行く者は好敵手の減った場所へ向かう者がほとんどであり、人数が増える事を望まない、と言う事だ。


「だから商隊に参加したいなら、式典が終わった後のルナール辺りがお勧めだな」

「そうですか。ありがとうございます」

 お礼を言いながら今度こそ本当に商会を去る優斗の背中を見送りながら、男はほくそ笑む。


 買い取った品でどれだけの利益を上げるべきか計算した優斗は、慎重に仕入れの品を選んだ為、上手く立ち回ればその中で考えられる最大の利益が得られるだろう。

 しかし、旅の疲れが残っており、思考が鈍っていた優斗は、そちらばかりに気を取られ、買い取る品の値切りと、その代金として支払った品物に対しての利益計算を怠った。その結果、相手の言い値で取引してしまった事に、優斗は最後まで気づいていなかった。



 優斗は一旦宿に戻って荷物を荷馬車へと積み込むと、商隊に参加出来ないのであれば次善の手を打つ必要があると考え、キャリー商会の支店へと向かう。


 街を歩きながら、優斗は昨日まったく見る余裕が無かった町並みを眺める為に少しだけ歩みを緩める。


 ここはカクスとルナールを繋ぐ街道と、公国北部へ伸びている街道が合流する位置にある街で、バイスと言う名で呼ばれている中継の街だ。


 バイスはその位置関係上、物がたくさん通過する。しかし、ルナールやカクスで売る品がただ通過するだけと言う事も多い。それでも首都に店を構えられない商会が、集まる品々と水路による物流の恩恵に預かろうと店を連ねている。ここから水路でカクスに送る便を手配できなかった商人がこの街で取引を済ませる、と言うのは良く見られる光景だ。


 そんな中、中心部から少し離れた位置にあるやや大き目の建物に目的地の名前が書かれた看板を見つけた優斗は、早速中へと入って行く。


「すいません」

「はーい、お客さん?」

「いえ、紹介状を持ってきたんですが」

「はいはーい。って、あたしが見てもええんかなぁ」

 そう言いながらも、店員は優斗に詰め寄ると紹介状を奪う様に受け取り、封を切る。


 そしてその中身を読み終えると、優斗の顔をじろじろと観察し始める。

 優斗はその行動に、アイタナさんは一体何を書いたんだと呆れながら、要件を切り出す。


「実は、人手を融通して貰いたいのですが」

「どないな子が欲しいん?」

「えーっと、身の回りの世話をしてくれる人で、旅が苦にならない人。それと」

「ここに来るくるんやから、荷馬車でやんね?」

「はい」

「ちょいまってて」

 優斗は勢いに負け、最初の間違いに訂正を入れる事も出来ずに居ると、店員の女性は奥へと消えて行く。


 優斗は女性に対し、年の頃は自分と同じか、少し上だろうと予測しながら、押しの強い女性店員に対抗する術を考える。それと同時に、なんで似非関西弁だと言う疑問を浮かぶが、今は捨て置く。

 しばらく考えるも、本当の目的を告げる以外に有効な方法を思い浮かばなかった優斗は、大人しく女性が戻るのを待つ。


「お待たせ。こっちの人やけど」

「いや、そうじゃなく」

「質問は後で聞いたる。とりま説明。ええな?」

「……はい」

 今度は正面切って押し切られた優斗は、仕方なく女性の差す奴隷に視線を向ける。


 店員の女性が最初に指差したのは、見た目から30代後半以上と予想される女性だ。

 顔は不細工ではないが、この世界の年相応に老けている事も含め、美しいとは言えない。体型は恰幅が良いと言うより、腹が出っ張っている印象だ。


「家事もお世話もばっちしやし、ギフトで火も起こせるんでおすすめやね。注文されたんだけなら、やけど。やっぱ若いんがええん?」

「いや、別にそう言う訳では」

「そう? んなら候補1やね。次ん子はこっち」

 次に指差した相手は、10歳そこそこの少女だった。


 何かに怯える様に肩を窄めており、心なしか肩が震えているようにも見える。そのせいでそ元から小さく痩せた身体が更に小さく見え、先ほどの奴隷と比較する事で不憫とさえ感じてしまった優斗は、その同情の行き場に迷い、視線をそむける。


「家事はぼちぼち。やけど、他ん子と比べてすんごい安いんよ。ギフトが天の光やさかい護身にも、って、護身にもならん、痺れるくらいやて書いてある。やから安いんか」

 1人で納得する女性の手元には、いつの間にか3枚の紙が握られている。


 優斗が、把握してないのか、と苦笑していると、女性は3人目を指差す。

 3人目は十代後半の帝国人女性で、際立って胸が大きい。


「おっぱい大きいんは男の浪漫やろ? 一番おっきいん選んできたわ。顔は並みで、家事は教えれば出来るかも? 程度やけどある意味お世話は得意なんちゃう」

「店員さん、なんか色々それでいいんですか?」

「いや、ここん店、ほとんどルナール店の倉庫代わりなんよ。売れんでも別に怒られへんし」

「おいおい」

 軽いなぁ、と思いながら、優斗は今が誤解を解く好機だと口を開きかける。


 しかしそこから言葉が発せられる前に、女性はまたしゃべり始める。


「あ、そういや自己紹介してへんな。

 あたしん事はアニーって呼んでや」

「……行商人の優斗です」

「知っとる。ほんまに21なん?」

「あぁ、アイタナさんか。年はもちろん21。いや、もう少しで22か」

「そりゃ、皆そうやろ。ちなみにあたしは23。あたしのがお姉さんやね。ちゃんと敬ってそう呼ぶんやで?」

「じゃあ、アニーお姉さん」

「ヤメテ。ゆーといてなんやけど、やっぱお姉さんはやめといて」

「じゃあ、アニーさん」

「ユウちゃんはいけずやなぁ。アニーって呼べゆーたやん」

「店員さん、真面目に商売して下さい」

「ちぇっ」


 優斗は内容も意味も無い会話を交わしながら、懐かしい感覚を思い出していた。

 それは、放課後に仲間とくだらないおしゃべりをしているような気安さ。知り合いの知り合い程度であっても気兼ねなく言葉を交わせた、一種独特の空間だ。


 優斗はそんな生ぬるい空気に身を浸す事で、旅で溜まっていた精神的な疲労が少しだけ抜け落ちて行くのを感じていた。


「で、ユウちゃん」

「ユウちゃんは止めてください、店員さん」

「やったら、ユウちゃんも店員さん禁止やで」

「はいはい。アニーさん」

「やからアニーでええて。ユウちゃん」

「だからユウちゃんは」

「アニーさん言うの止めたらたらやめたるわ」

「……アニー」

「そうそう。んじゃ、優斗君でええか?」

「えぇ」

 満足げなアニーの姿に、優斗は思わず苦笑する。


 勝ち誇ったようなアニーは、今、しゃべるのを止めている。

 これは再び誤解を解くチャンスが巡って来たのだと判断した優斗は、少しだけ真面目な表情を作ると、今度は出足を挫かれない様にと急いで説明を開始する。


「アニー、私は奴隷を買いに来たのではないんです」

「へ? やけどさっき、人手がほしーて」

「人を雇いたいんです」

「一緒ちゃうん?」

「買うんじゃなく、雇うんです」

「なるほどなぁ。やけど、そんならなんでうちに来たん?」

 それはもっともな疑問だ、と優斗は誤解を招いた自分の行動に苦笑する。


 奴隷商に人手が欲しいと言えば、奴隷を融通して欲しいと言っていると判断されて当然だ。

 それにも関わらず優斗がここに来たのは、単純に頼れる場所がここ以外存在しなかったからだ。


「他で探して、わざわざアイタナさんの顔を潰す事もないかな、と」

「あー、確かにあのおばちゃん、そういうん根にもちそうやね」

「いや、そう言う意味では無く」

「まあ、それはええやん」

 良くは無いとは思いながらも、優斗は反論しない。


 話しているのは楽しいが、話がまったく進まないのは困るからだ。

 とりあえず無駄話は用事が終わってからにしようと考えた優斗は、先ほど告げられなかった詳細な条件を伝えるべく、口を開く。


「行商人に同行出来る人で、給金は要相談。最低限の衣食住は保障します。って言っても住むところはないですけど」

「仕事ん内容は?」

「旅、と言うか野宿でする事全般と、商売の手助け、になるかな」

「んー。てーと、弟子が欲しいみたいな感じなん?」

「弟子、ですか」

「身の回りの世話と商売の手伝いやろ? その辺の農民で出来るとは思えへんのやけど」

 アニーの言う通り、優斗のそれはこの国では高望みと言えるレベルだ。


 前者はまだしも、後者の商売の手伝いと言えば、文字や計算が必要だと考えるのが普通だ。そして一般の農民はそれが出来る程の教育を受けていない。運よく教育を受けている人材を見つけたとしても、身の回りの世話が問題だ。アニーが考える、わざわざ手配時に注文する程の商売の手伝いを熟せる人間、ならそんな事を了承するとは思えない。

 もちろん優斗はそこまで考えておらず、ただ単純に出来る範囲で手伝って欲しいと言う意味での条件提示だ。


「ちなみにどこ行くん?」

「一応予定では、ルナール経由で王国へ行く予定です」

「……それやと難しいかもしれへんな」

 アニーの視線が優斗の頭に向き、次に彼女よりも少し黄色っぽい肌に落ちる。


 帝国人の特徴を持つ優斗と共に王国へと向かう。それを許諾する者はいても、読み書き、もしくは計算が出来る、すなわちそこそこ学がある人間はいないだろう、とアニーは考える。彼らはそれが危険である事を知っているし、危険を冒さずとも働き口は存在するからだ。


「なぁなぁ、優斗君」

「なんですか」

「丁度、どこぞの潰れた商会の娘が入荷したばっかなんやけど、なんならこうてく?」

「いや、奴隷はちょっと」


 アニーの提案は至極まともなものだ。ただし、この世界の常識なら、と言う冠詞が付く。


 人手が欲しい時に奴隷を買い、不要になったら売る。それはまとまったお金があるのなら良い方法だ。

 もちろん、奴隷は高価なので売買の差額でそれなりの損は出るが、普通に人を雇えば給金が掛かるし、関や市壁の通過にも奴隷より高い税が必要になる。


 更に女奴隷なら、もう1つ損を消す事も出来る。奴隷に相手をさせる事で娼館に行く費用が浮くのだ。故に、生娘でない、技能やギフトが汎用的で有用な者を買って使い、不要になったら売るのが最もコストパフォーマンスが高いと言える。


 もっとも、世の行商人にそんな事をする者はほとんどいない。

 何故なら、身の回りの世話をさせる奴隷を買うくらいなら、その分の金貨で積荷を買い、少しでも多く稼ぐ方が重要だからだ。


「奴隷が嫌やったら解放せやええやん。奴隷なりたてやし、感謝されるしでお得やで」

「それだと逃げられませんか?」

 そう問いかけながら、優斗は胸の奥がちりちりとするのを感じていた。


 苦い思い出を胸の奥に仕舞い込みながら、優斗は売らなくても良いと言いつつ、売込みをかけてくるアニーの行動に、呆れると共に感心していた。


「一家離散して身寄りもあれへんし、弟子にしたるって契約交わせばええやん」

「なるほど。そんな手が」

「っし。やったらいっぺん連れて来たろか? 生娘や無いから負けとくで」

「んー。ちょっと考えさせてください」

「ほな、あたしは店番しとるさかいに、気が向いた声かけたって」

「はい、ありがとうございます」

「ええて。と言うか、そろそろ敬語やめへん?」

「了解」

 その後、優斗は椅子を勧められ、アニーが3人を奥へ連れて行くのを見送りながらそれに腰かける。


 優斗は腕組みをし、改めて人を雇うと言う事について考える。

 この国で優斗は、既に何人かの人を雇っているが、誰もがその土地に残る形で行われている為、直接使うのは初めての事となる。


 それを踏まえて、どんな人が良いと考える以前に、一か所に留まらない商売に同行出来ると言う条件の厳しさに気付く。しかも優斗の旅は、当面の目的地以外、何処に向かうか判らない旅だ。


 例えその条件で人を雇ったとして、農民や乞食の類であれば、契約を交わしても反故にされる可能性がある。それだけならば良いが、誰も居ない街道のど真ん中で見知らぬ他人と2人きりなのだ。荷物を奪われたり、最悪命も取られる可能性すらある。優斗は彼らが契約権を失う事に躊躇しない可能性に気付いた事で、そんな最悪の展開すら思い浮かんでしまう。


 人を雇うリスクと、雇うまでの労力。それと比較して、奴隷は絶対服従で、購入は容易だ。

 自分の思考が段々とこちらに染まりつつある事を自覚しながら、優斗は己の倫理観について何度目かの思考を行う。そして、奴隷の購入を全否定はしないが、まずは人を雇う方向で行動して見ようと結論する。


 それを店番中のアニー伝えるべく、優斗が腰を浮かせた瞬間、キャリー商会の正面扉が乱暴に開かれた。

優斗くんが本当の意味での行商を初めて行う話でした。


ついでに、フレイさんの偉大さを再認識する話でもあります。


さて、彼はこのまま行商を続ける事が出来るのでしょうか。

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