互いの船出
優斗は、シャオジーの商会を取り戻すと言う依頼を完遂する過程で、各方面に様々な影響を与えた。
王国側はシーイと言う情報源を得たコルト商会を通じて、連邦の内情を多少なりとも知る事が出来るだろう。そして言語習得も促進される事が予想される。これは今までの不利を覆す程では無いにせよ、対連邦の交渉で取るべき手段が増す事は確実であり、多少の優位を獲得できるかもしれない。
貿易に関しては優斗――と言うよりはむしろと公国――と言う競争相手が出来る為、やや不利益を与えた形になる。タガルには完全な独占貿易であるかの様に説明したが、実際には王国内の独占のみを謳っているので、高値がつかなければ船は公国へと流れてしまうだろう。
そして連邦側にはかなりの不利益を与えている。
少数とは言え知識の有る人民の流出。それに伴う情報の漏えい。優位な交渉体勢の瓦解。それらに伴い、将来的に得られるはずだった利益を全て失った事になる。もしシーイが借金の不利を跳ね除けて優斗の誘い文句通りに台頭すれば別だが、何かの間違いでも起きない限りその可能性は低い。
優斗個人として得たモノは多い。
状況に乗じてキャリー商会の依頼を良い条件でまとめた事で、信用を勝ち取る事になるだろう。
そしてシャオジーとの約束通り、売り込み用のサンプルとして積み込まれていた麻袋1袋程ではあるが、積荷から砂糖を引き取った。さすがに独占契約はしていないが、連邦との交易を行う契約と、それを円滑に熟す為のコネクションも得ている。
優斗はそれらを、シャオジーの依頼で取り戻した商会を切り売りして得たモノだと自覚していた。
しかしシャオジーはそれを危険な部位を切除して商会を救ってくれたと勘違いしている。しかも切除した上でその部分を王国に売りつける事で損を取り戻してくれたとさえ思っており、それは優斗が誘導し、誤解させた結果だ。
実際には優斗の行った行動は目の前の収支をプラスにする為に未来を削り取る行為に他ならず、最終的に連邦の不利益になる事ばかりである。それは連邦の判断次第で貿易を委託されている商会の名誉を傷つけ、将来的な利益を削り取る可能性がある。
しかしそれによって貿易が別の商会取って代わると困る優斗は、試作型羅針盤をシャオジーに譲り、量産する権利を製法と共に譲渡した。もちろん対価に関しては契約に盛り込まれており、次回以降の貿易で羅針盤で得た利益の何割かを連邦の品で受け取る事になっている。
全ての取引と契約を終えた後、早々に王国を立ち去ろうと考えていた優斗の予定は大きく狂い、既に20日以上が経過していた。
長引いている理由は、王国の外交官に会って欲しいと言うコルト商会の要請を受け入れたシャオジーが優斗に同席を求め、それを断りきれなかったからだ。
タガルの話によればサリスから王国首都まで早馬の手紙が届くのに約三日かかり、それからその外交官がこちらに向かって来るのに更にその倍以上の時間が必要になる。それはあくまで旅が順調であった場合であり、有力者である外交官が地方領主に乞われて晩餐等に参加する等によって遅れが出る可能性があり、そもそも準備やすぐに手が離せない用事等があり、それらに時間がかかれば更に伸びる。
そして優斗達の航海と同じだけの日数をかけてやって来た外交官との会食を終え、ようやくシャオジー達が連邦に向けて出港する日がやって来た時には既にそれだけの時間が経過していた。
もちろん待っている間、優斗も遊んでいた訳ではない。
例えば、コルト商会から買い取った荷物を積んだ公国行きの船に手紙と砂糖を預けて送り出したり、連邦の人々とコミュニケーションを取って英語力を磨きつつコネクションの拡大を図ったりしていた。
ちなみに滞在費と公国への船便の手配はコルト商会持ちと言う事になっており、逗留先は商会が懇意にしている宿へと移っている。
宿はコルト商会が妙な気を回したせいで4人部屋となっており、優斗とシャオジー、リーチェ・チェーゼの4人共が同室だ。部屋には扉で隔てられた寝室が併設されており、そちらを女性部屋にする事で特に問題無く過ごしている。
奴隷2人に関しては現在、優斗の提案でシャオジーが買取り、正式な持ち主となった。
シャオジーに2人を売った際、正直に理由を、連邦までの護衛と身の回りの世話をする為だ、と説明してあるが、これに対して大きな反発はなかった。それは今回の航海に参加していた女性はほぼ全てシャオジーと同じ船に乗って居た為、帰りの船に乗り込むのはシャオジー以外全て男性である事が原因だ。もちろん譲渡の際には王国の奴隷を管理する組織を利用し、現在2人の首輪にはシャオジーの名前が刻まれた鑑札が下げられている。
『あの、どうしてもだめですか?』
『悪いけど、まだ終わってない契約もあるから』
出港当日の今日まで、幾度となく繰り返されたやり取りに、優斗は苦笑する。
不安なので連邦まで着いて来てほしいと言うシャオジーに、仕事があるからと断る優斗。最終的に、出来るだけ損益を補てんするからと縋り付かれた時にはかなり困ってしまった優斗だが、さすがのシャオジーも既に半分以上諦めており、今やこのやり取りは意味のない物になっている。
『そうそう、これ、餞別』
『これは……飴ですか!?』
『正解』
父親の部下たちと再会してから、少しずつ子供っぽい反応もする様になったシャオジーが、袋を受け取ると中身を1つ口に入れる。
氷と厨房をこっそりと手配して手作りした飴は、砂糖菓子の存在する連邦で育ったシャオジーからすればさほど珍しいものではない。しかしそれ故に、連邦を旅立ってからほとんど甘味を口にしていなかった反動が来ているらしい。
『これは嬉しいけど、でも、着いて来てくれないんですよね?』
『その代り、約束はちゃんと守るから』
『はい!』
約束、とは優斗が実利的な意味で提案した再会の約束だ。
シャオジーの商会は皇帝からの親書が使い物にならなくなった為、当初の目的であると言う王への目通りを延期する事となった。しかしそれ自体を中止する訳にはいかず、一度連邦に戻って仕切り直し、再度親書を認めて王に謁見する予定だ。
本来ならばそれは彼女の父親の役目であったが、跡を継ぐのであればそれはシャオジーの仕事であり、ならばついでに王国首都で落ち合おう、と言うのが優斗の提案だ。
『落ち合う方法、忘れないようにね』
『ちゃんとメモしましたから大丈夫です』
『予定通りいけば、再会は2か月後くらいかな』
『そうですね』
2か月と言うのは連邦からこの地までの予想往復時間だ。
優斗はその間に為すべき事を為し、王国首都へと向かう予定だ。
王国内を移動するにあたって、優斗の黒髪は不利に働く為、タガルが身分証明を準備してくれた。それがあれば主要都市と商会の影響が強い場所では問題無いが、間違っても辺境の村へは立ち寄るべきではないと、タガルは優斗に説明した。逆に言えば、主要な街道を通り、首都へ向かう程度であれば危険度は低い。問題は国境越えとそれに伴う関の通過だと言う事なので、優斗はそれをクリア出来れば陸路を、出来なければ再度海路を使って王国首都を目指す予定だ。
『それまでにこっちも話を通しておくから』
『私も、カリアさんに相談してみます』
カリアさん、とはシャオジー曰く、商会の中で最も信頼できる人、だ。
優斗はその、カリアさん、が信頼できるのか判断する術を持たないが、話を聞く限りシャオジーの父親も信頼して連邦国内の仕切りを任せて来たと言う事なので、心配はないだろうと考えていた。むしろ優斗が心配しているのは、実質商会の実務面を仕切る事になるであろう人物が、公国との貿易に反対しないか、と言う点だ。
そのまま他愛のない会話を交わす間に時間は過ぎ、シャオジーは迎えに来た船員と共に、出港準備の為に宿を出る。チェーゼが荷物持ち兼護衛としてそれに付き、部屋には優斗とリーチャが残された。
「リーチャはまだ行かないの?」
「はい」
優斗とリーチェが向かい合い、お互いに何も言わず見詰め合う。
出港までまだ数時間あるとはいえ、ここに留まるリーチェの行動に疑問を持ちながらも、優斗はそれを問いかける事に躊躇してしまう。
優斗は、初めて積極的に行った、人を売る、と言う行為に罪悪感を感じていない自分に嫌悪感を抱いていた。しかも、売り先は言葉も通じぬ異国の商人であり、かの国でその黒い肌珍しく、そのせいで見世物にされる可能性は十分にある。だからこそ、2人には恨まれても仕方がない、と考えていた。
しかしそれは、次に発せられたリーチェの言葉で杞憂に終わる。
「ありがとうございます」
「へ?」
「またチェーゼと一緒で、嬉しいです」
予想外の言葉に、優斗はこれから彼女たちに起こり得る境遇を口に仕掛けて、止める。
罵られる覚悟はあっても、自発的にそうなる趣味は無く、何よりあえて絶望的な可能性を伝える必要もない、と判断したからだ。
しかしリーチェは優斗の思考を察したのか、口元に微笑を浮かべながら優斗をフォローする様な言葉を口にする。
「言葉も少し教えて貰いました」
「挨拶とか、最低限だけだけどね」
「チェーゼも感謝してます。ですから、お礼をさせて下さい」
優斗は苦笑しながら、彼女が何故ここに残ったのか、察し始める。
しかしその洞察はまだ浅く、リーチェの次の言葉に驚く事になる。
「出港まで、私の身体を好きに使って下さい」
「そんなのいい、って、えぇぇ!?」
予想していなかった言葉に、優斗は思わず叫び声をあげる。
王国でも奴隷は私財の保有を許可されていない為、彼女が出来るお礼は限られてくる。それが優斗に喜ばれるであろう事も、優斗からふとした瞬間に感じる視線から理解していた。
優斗は叫びながらも、彼女の言動を、その中で一番手っ取り早く、喜ばれるであろう方法を取っただけなのだろうと考えた。しかし、優斗には彼女がそこまでする理由が判らなかった。
「いや、なんで?」
「お礼です。シャオジー様の許可は取っています」
「そうじゃなくて、って、何の許可を取ったって!?」
よもや12歳の子供に、お礼として身体を差し出してもいいかと尋ねたのではと優斗はリーチェに詰め寄る。
しかしリーチェは表情1つ変えず、詰め寄る優斗を見つめ続ける。
「これまでのお礼に、まっさーじ、をする許可をチェーゼが」
リーチェの言葉に、優斗は脱力する。
主人を騙すな、とか、そんな言葉、誰が教えた、とか言いたい事はたくさんあったが、優斗はそれらを全て飲み込んで、最も重要な事だけを伝える事にする。
「いい。いらない。気持ちだけ貰っとく」
「してくれないんですか?」
「何でちょっと残念そう?」
上目使いに見つめて来るリーチェに、優斗はどきりとする。
そして自分から踏み込んだ距離を更に詰められ、それに怯んだ優斗が2歩下がる。
理性はダメだと告げ、本能は沸き立つ女の香に熱されてそれを否定する。そんな優斗を追いながら、リーチェはさり気無い仕草で胸元を緩める。
「優しくしてください」
「いや、だから」
「私の身体、ギフトのおかげもあって具合が良いと評判なんです」
あけた距離を再度詰められ、優斗はどんどんを追い詰められて行く。
優斗はリーチェが距離を詰める際、ベッドのある方へ誘導している事に気付き、慌てて角度を逸らす。リーチェはそれを意に介す事なく、更に追いすがる。
「いやいや、なんで?」
「優しくしてくれそうですし、その細い指で触れられたら気持ちよさそうだな、って」
「何か、急に印象と言うか性格が変わってない?」
「しおらしい方が受けがいいんです」
「それでいいのか」
「そっちの方が痛くされにくいですから」
少し俯いて告げられた言葉に、優斗は彼女の境遇を思い出す。
そうならざるを得なかったのか。もしくは、そうなるように仕向けられたのか。どちらにしても胸糞悪い事だと優斗は奥歯を噛みしめる。
リーチェはその隙を付いて優斗に抱き着くと身体を押し付け、主にその立派に膨らんだ胸部を押し付ける。
「あー、ごめん」
「……意外と冷静ですね」
「ん?」
「乙女心が傷つきます」
「あー。それもごめん」
乙女心と言うフレーズに思うところのあった優斗だが、口には出さず、飲み込む。
その間にもリーチェは腰をくねらせ、身体を押し付ける事で己をアピールするが、優斗はそれをやんわりと制し、その代わりに片手で後頭部を押さえる様に抱き寄せる。そして見下ろす位置にある頭頂部に逆の手を乗せると、子供をあやす様に優しく撫でる。
「ん。えっと、あの?」
「細い指で優しくして欲しい、だっけ?」
「言いましたけど」
「これで我慢して」
「……はぁ」
リーチェは大きなため息を吐き、不満そうな顔をする。
少しの間リーチェの頭を撫で続けながら、優斗は倫理観と価値観と言うモノについて考えていた。
優斗が奴隷に非道を行わないのは、相手が嫌がる事を強制したくないと考えたからだ。それは優斗がされたら嫌な事をしないと言う意味でもある。ならば、目の前に優斗が否定するモノをむしろ望んでいるならば、それは非道の内に入らない。
もちろん、だからと言って相手が望めば何をシテも良い訳ではない。その場合、優斗は善悪と言う判断基準でもって行動を御する事になる。
暴行は悪。強姦も悪。しかし、同意の上ならばどうか。前者は優斗の感覚で言えば悪だが、SMと言うモノも存在する。後者を否定すると、生物としての根本を1つ否定する事になる。
そこまで考えて、そもそも奴隷というモノ自体が悪なのだと言う前提を思い出し、しかしそれは優斗が生まれた場所での話であると気づく。
優斗の父親が輸入交渉の為に現地に行く際の注意の中に、郷に入れば郷に従え、と言う言葉があった。一時の滞在とは言え、相手の文化を尊重してこそ、良い取引が出来るのだ、と。そして今、優斗は奴隷が当然の様に跋扈する世界に、一時的でない滞在をしている。
そんな風にぐちゃぐちゃと纏まりのない思考では結論の出なかった優斗は、次に奴隷と関わるまでの考えておこうと、この場ではこれ以上考える事を止める。
「そろそろ船に向かおうか?」
優斗は不満そうながらもされるがままリーチェの頭から手を退ける。
ここで名残惜しそうな仕草や声を上げてくれればやり遂げた気分になれるのに、と思いながら、相変わらず不満げなリーチェと距離を取って向かい合う。その際、優斗は柔らかな感触が離れた事で無意識に名残惜しそうな表情を浮かべてしまい、それを見たリーチェはつい悪戯っぽい笑みを浮かべる。
優斗はリーチェの反応で自分の失態に気付き、誤魔化す様に早口で捲し立てる。
「奴隷として売り払っておいてこう言うのもなんだけど、元気で」
「はい」
「あと、シャオジーの前では色々と自重する様に」
「じゃあ、今度はチェーゼの前にします」
「それもほどほどにね」
「言葉の通じない相手と、と言うのは、どんな感じなんでしょうね?」
「おい」
からかうようにそう言うと、リーチェは口元に笑みを浮かべたまま、逃げる様に部屋を飛び出した。
その後を追いかけた優斗が、既に船に積み込まれたリーチェに会う事はなかった。
リーチェを追って船に到着した優斗は、見送りに来たタガルに挨拶をしているシャオジーを見つけた。
『もうお帰りになるそうです』
『じゃあ、ありがとうございました、お元気で、と伝えて下さい」
『わかりました』
挨拶を終えたタガルが優斗の方へと向かって来た為、軽く頭を下げ合ってすれ違う。
優斗は、自分の存在に気付いて手を小さく振っているシャオジーのところまでゆっくりと歩いて進むと、目の前で立ち止まる。その時点で既に隣に居た通訳の男はおらず、その場には優斗とシャオジー、そして護衛として少し離れて立っているチェーゼだけとなった。
『遅いです』
『ごめんごめん』
優斗は非難されながら、離れた場所に立つチェーゼに視線を向ける。
帰って来た視線はシャオジーとは逆に、早かったな、と告げている様だった。事実、コトがあったにしては早すぎるので、チェーゼは何もなかったのだろうと考えていた。
『出港までまだ時間はあるでしょ?』
『ありましたけど、全員揃ったら出港しようか、って話になって』
『あぁ、もしかしてリーチェ待ちだった?』
『いえ、タガルさんからの餞別を取りに行っていた人が、今さっき帰って来たばかりです』
『もしかして、グッドタイミング?』
おどけた口調の優斗に、シャオジーは頬を膨らませる。
優斗がその仕草に、白い頬が膨らんで団子か大福みたいだ、と苦笑すると、シャオジーは優斗が遅かったせいで一緒に過ごせる最後の時間が減った事を非難する。
そんな風に残り僅かな別れの時間を、惜しむ様に過ごしている内に出港となる。
『じゃあ、また』
『はい。また、すぐに』
こうして優斗は、偶然が重なって関わりあう事となった少女と別れの言葉を交わした。
優斗は船が見えなくなるまでシャオジーを見送り、シャオジーもまた優斗が確認出来る間ずっと、手を振っていた。
シャオジーと別れてから3日後、優斗は公国行の船に乗り込んだ。
船は公国のある港を経由してカクスに向かう便で、貴族も利用する様な豪華な客船だった。それなりに豪華な部屋であるにも関わらず、優斗が平民である為、等級はかなり低い部屋でもある。
経由した港は公国領の、山と海に囲まれた辺鄙な場所だ。
そんな辺鄙な場所に港があるのは、そこが貴族の別荘地だからだ。貴族達は療養や休養などにこの場所を利用している。
しかしそれは表向きの話であり、世間から隔離されたような位置にあるせいで公国はもとより、一部王国の貴族も世間の目から隠したい人間や秘密の妾、その子供などを住まわせる屋敷が公然と建っている。ここと似たような場所は幾つかあるが、船を手配するか山越えをしなければ出られない地形から、監視対象等を軟禁するのにも利用されている。
それらの理由から、一度船を降りると再乗船の際に厳しいチェックがある為、優斗は停泊中もずっと船の中で過ごし、何事も無く船旅は続行された。
それは航海中も同じで、優斗は船で過ごすほとんどの時間を連邦の文字の習得と必要そうな単語の翻訳に費やした。翻訳に使ったノートパソコンのバッテリーは完全に空になり、フレイのいない今、充電する事も出来ないのでジュラルミンケースの中に封印されている。
そして他の港を経由する関係上、船が陸の近くを通ったおかげで、優斗は白地図では判らなかった、公国と王国の間に山脈があると言う事実を知る事が出来た。
特に大きな問題が起こる事もない順調な船旅は、経由地まで9日かけて到着し、3日停泊した後、1日半かけて無事カクスへと到着する。
今さら急いで下船する理由もなく、優斗は混雑を嫌ってのんびりと準備を終えてから船を下りる。
そしてカクスの地に足をおろし、周りを見渡すと、港の風景に違和感を覚える。
「どうかしたか、兄ちゃん」
「へ? あぁ、なんか人が少ないなと」
「そういやそうだな」
船の前で見張りをしている船員と言葉を交わした優斗は、少し足を速める。
そしてあえて港の中を横切るように抜けた頃には、その違和感の正体に気付く。
約2か月弱前に出発した時に比べて、停泊している船の数が多いのだ。
違和感の正体が判って満足した優斗は、そのままキャリー商会へと向かう。
本来であればまず宿を探すところだが、優斗がキカロ商会と契約を交わしてから既に60日近く経過しており、すぐにでも資金を調達し、数日の内には絹の買付を完了させる必要があると言う焦りから優先順位を入れ替えた。
「すいません」
「はい。あ、優斗様」
「アイタナさんはいらっしゃいますか?」
店先に居たマイアに声をかけた優斗が辺りを見回すが、その姿は見当たらない。
マイアは少々お待ちくださいと告げると、店が空になる事も気にせず奥に入って良く。
そしてすぐにアイタナの後ろに付き従う形で戻ってくる。
「優斗様。無事に戻られてなによりです」
「アイタナさんもお元気そうで」
「はい。おかげさまで良い商売をさせて頂きました」
「それはよかった」
優斗はにやりと笑うアイタナの表情から、何か言いたそうにしている事を察する。
そして優斗は、その内容を半ば予想出来ていた。
「優斗様が王国から戻ってくるまでの間に、市場が動きました」
「絹、ですね?」
「やはりご存じでしたか」
「えぇ、まぁ」
優斗は出発前に、戻って来たらお金を貸してほしいと頼んでおいた。そしてその期限に起こった暴落。その2つを結び付けて考えるのは、当然の事だ。
「詳しい話を聞かせて下さいますか?」
「その前に、詳しい状況が知りたいです」
優斗の言葉に、アイタナは仰々しく頷くと優斗を奥の応接室へと誘い、マイアにお茶の準備を命じて自分もそちらに向かう。
優斗は状況が予想通りである事を願いながら、アイタナの後ろを歩き、応接室へと入って行った。
シャオジーが連邦へ帰る話でした。
そしてちょっとだけ本性を垣間見せたリーチェと、それを後押しするチェーゼの奴隷コンビが異国に売られていく話でもありました。