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異世界行商譚  作者: あさ
寄る辺無き旅
60/90

虚言の向かう先

 疲れ切った優斗はすっかり暗くなった道を歩いて宿に戻ると、まずはシャオジーに軽く報告を入れておこうと考え、彼女とリーチェの部屋に向かい、扉をノックする。


『ひゃあい!?』

『遅くなってごめん。夕食、ど、うえい!?』

 シャオジーの返答が聞こえると同時に優斗が扉を開けると、そこには半裸のシャオジーが立っていた。


 着替える途中だったのだろう、上半身には何も付けておらず、その手にはリボンが握られている。優斗がノックする直前に無精して両方同時に脱いだ服は、スリップと二重に重ねられた状態でベッドの上に投げ捨てられており、リボンは服を脱ぐ際にひっかかり、解けた物だ。


 解けた白い髪のかかる白い肌に、優斗はどきりとする。そしてその光景から目を離せずに居ると、自らの身体を隠す為にシャオジーの両腕が動く寸前、優斗から死角になって居た場所から飛び出した黒い影が優斗の視界を遮る。


 視界からシャオジーの半裸が消えた優斗が冷静さを取り戻す暇もなく、次に飛び込んで来たのは同じく着替え中のリーチェだった。

 優斗から色々な意味でシャオジーを守るように命じられた彼女は、仮の主人である優斗に危害を加える事はもちろん、押しのける等の妨害行為を行う事も出来ず、しかし命令は実行しなければならないと言う状態に陥った結果、両腕を大きく広げ、その身を盾に優斗の視線を遮ると言う行動に出た。


 その結果、リーチェの行動に驚いたシャオジーは悲鳴を上げるタイミングを逸し、リーチェ自身は優斗に対して妨害行動が出来ないと言う理由で退室を要請する事も悲鳴を上げる事も無く、沈黙と静寂が場に流れる。


 そして冷静さを取り戻す、もしくは我に返って慌てて扉を閉めると言う行動の切っ掛けを失った優斗は、今度は自らの裸体を誇示する様に立つリーチェの行動に驚き、固まる。


 現在リーチェには、普段着用のワンピースと寝巻用の長袖キャミソールが与えられている。どちらも1枚で首から踝のやや上まで覆う服装であり、そして元々ボロ布寸前の衣服しかもっていなかった彼女は、当然ながら自分の下着など所持していない。


 彼女は文字通り、全裸で優斗の間に立ちはだかっているのだ。


『あの、優斗さん』

『ご、ごめん!』

 数秒かけてようやく立ち直ったシャオジーが遠慮がちに名前を呼んだ事で、優斗は我に返り、ずっと手にかけたままだった扉を勢いよく閉める。


 そのまま扉に背を預け、ずるずると床に座り込んだ優斗は、今日一日の疲れが噴き出してくるのを実感しながら、自分の迂闊な行動を反省する。

 そして反省しながらも、直前に見た光景を思い出す。


 優斗も一応は若い男であり、魅力的な女性の裸体を見れば雄としての本能は否応が無しに発現する。それを無秩序に暴走させない程度の理性はあるが、欲望自体が無くなる訳ではない。

 節操無しではないと自負している優斗には、フレイ相手に数か月間耐え凌いだ実績もある。だがしかし、今後も同じ様に出来るのかと言うのは別の話である。


 そういった行動を取らない為にも、優斗はそれを否定する理由を思い浮べる。

 商品に手を出すのはダメ。不特定多数とシテいる相手では病気の恐れがある。身体は良いが、顔はイマイチだし。


 そんな葛藤とも言える思考が行きついた先は、煩悩を退散させるどころか、事故で見てしまうくらいは仕方ない、と言う本能に忠実な結論だった。


「いやいやいやいや」

 優斗はこれでは何の解決にもならないと激しく頭を振り、振り解く様に煩悩と共にリーチェの事自体を頭から放り出す。


 想像してしまったリーチェの艶姿を問題ごと頭から追い出した結果、次に優斗の思考に浮かび上がって来たのはその前に見た白い肌だった。すぐに黒い影によって隠されてしまったとは言え、優斗はその光景をしっかりと覚えている。


 出会った頃に比べて格段に艶やかな白い髪の垂れかかった肌は更に白い。普段は服の下に隠されている程度ではあるが、それでも確実に女性として丸く、柔らかく発育している身体は、同時にまだまだ子供らしい細く角張って見える部分もあり、その対比が女性の部分を際立たせる。


 その光景を思い出し、同時にそれを見た瞬間に心臓が跳ねた意味を考えてしまった優斗は、先ほどのリーチェ相手とは違う意味で葛藤する。


 シャオジーは12歳。優斗から見れば9つ下で、小学生ないし中学生にあたる年齢だ。女性の好みは一般的で普通であり、断じて幼女趣味ではないと主張した事もある優斗にとって、その推測が正しいのであれば由々しき事態だ。


『優斗さん、どうぞ』

「はい!?」

 背を預けている扉から聞こえた声に、優斗は立ち上がって部屋の扉に手をかける。


 そして少し迷いながらも扉を開けると、いつも通りのリーチェと、頬を赤らめながらやや俯き気味に椅子に腰かけるシャオジーに出迎えられ、勧められるままに腰かける。


 相対した事で視界に入ったその姿と先ほどの半裸姿が重なり、優斗は狼狽する。そしてそれを敏感に察知したシャオジーが恥ずかしそうに更に俯く。


「ごめんなさい」

『ごめんなさい、は確か、謝罪の言葉、でしたよね?』

 シャオジーの指摘に、優斗は自分が彼女とは違う言葉を使っていた事に気付き、己の狼狽ぶりに頭をかかえる。


『ごめん。そういえば、寝るところだったの?』

『はい。明日は早いんですよね?』

『そうだね。じゃあ、夕食はもう?』

『すませました』

 遅くなりそうな上に明日は早いので、夕食は優斗を待つ必要はない。優斗は自分がそう告げていた事を今さらながらに思い出す。


 そして鼓動が早くなっている心臓をなんとか抑えながら、なんとかいつも通りに近い態度で立ち上がる。


『とりあえず今日のところは上手く交渉が進んだから、明日は朝から付添いよろしく。じゃあ、おやすみ』

『はい』

 そのまま優斗は自分とチェーゼに割り当てられた部屋へと駆け込み、ベッドに飛び込んで頭から布団を被る。


 奴隷料金故にベッドが無く、優斗が配分した布団1枚で床に雑魚寝しているチェーゼはそんな優斗に一瞥するが、声をかける事はしない。

 ベッドに潜り込んだ優斗は、目下最大の問題である、発見してしまったかもしれない自分の性癖についてあれこれと頭を悩ませる。


 優斗は当然、これまでに女性の裸を見た事がある。

 一番多く見たであろう、幼馴染のアイツ。不可抗力の事故で視界に入ったアイツの後輩。こちらに来てからならばフレイに先ほどのリーチェ。


 そして現在、優斗にとって問題となっているのはそこにシャオジーが足されてしまうかもしれない事だ。

 断じて幼女趣味ではないと思っている優斗の感覚で言えば、12歳のシャオジーはその数に入ってはならない。彼女は女性でなく女の子であり、性的な対象ではない。明るい場所で隠すものの無い身体を見た時に特に何も感じなかったクシャーナ・ユーシアの様に。


 シャオジーとクシャーナ。優斗は自分が正常である事を確かめる為に、この2人の違いについて考える。


 まず、年齢が2つ違う。これが原因であった場合、単に優斗の守備範囲が中学生以上であったと言う凄惨な結果になる。


 次に、発育。クシャーナはぺったんこだが、シャオジーは多少成長している。こちらならば優斗はある程度膨らんでいれば良いと言う、結局危険な結論が出る。


 そして、反応。クシャーナからは余り恥じらいが感じられず、堂々としている様に見えたが、シャオジーは恥じらっていた様に見えた。これならば、その反応に釣られただけと言い訳出来る。


 理由と言い訳を考えている時点でダメなのだと気づかない優斗は、そこまで考えてから、比較の為とは言え年端もいかない少女2人の裸体を交互に思い出していると言う状況に気付き、その行為を客観的に見た場合の変態性に耐えきれなくなり、不毛な思考を止める為に無理やり眠る事に決め、無心で目を瞑った。



 翌日の早朝、優斗はシャオジーと2人で港に向かい、予定通り船の積み荷を引き渡す作業に立ち会っていた。

 一晩経ち、優斗は何時も通りの冷静さを取り戻しており、時折、昨日の事を思い出してか恥ずかしそうなシャオジーの反応に対しても余裕を持って対応出来る様になっていた。優斗が落ち着く事が出来た理由にして言い訳である、あれは直前の商談が上手く行って興奮していたのと混同したせいなのだ、と言う事が真実であれば、概ね問題のない状況だった。


『この後の話し合いに同席して貰うから。言葉も判らないし、暇だろうけど』

『はい、大丈夫です』

「ちょっといいか?」

 荷馬車と共にコルト商会に向かう準備をしながら会話する2人の元に、船長が1人の男を連れて現れる。


 キャリー商会に優斗の助言役を頼まれたと言う男は、優斗が既に積荷の売り先が決まっている事と、その金額を説明すると、自分が口を出す必要はなさそうだと呟いて挨拶だけしてその場を去った。

 優斗は彼の後姿を見送りながら、マイアが重要で金額の大きすぎる仕事を、商会主の紹介とはいえたかが一行商人風情に依頼出来た理由を理解する。そして彼が助言役と言う名の監視役であると言う事も。


 男と別れた2人は、予定通りコルト商会へと向かう。

 昨日、2度訪れている応接室に通された優斗がシャオジーと共にソファーに腰かけると、前回同様人数分のお茶と、シャオジーの前にだけ多めのお茶菓子が準備される。


「ようこそおいで下さいました優斗様。お嬢様。今回は良い買い物をさせて頂きました」

「それはよかった」

「はい。更に良い関係を築く為にも、連邦から持ち込んで頂いた品も同じ様に良い値段で取り扱わせて頂ければと思っております」

「今日はその件についてもお話したいと思っています」

 優斗が視線を送り、それを受けたシャオジーが事前の打ち合わせ通りにゆっくりと頷く。


 2人が何かを交わし合っている風に見える光景に、タガルの緊張が高まる。


「次期商会主である彼女、シャオジーの代理人として、私は王国最高の商会であるコルト商会様との商談の席に付きたいと考えております。よろしいですか?」

「もちろん、私に異存はありません」

 互いに営業用の中でも最上級のスマイルと浮かべる優斗とタガルの視線が交差する。


 優斗が代理人と言う好条件に、タガルは裏に何かあるのではと警戒を強める。元々、連邦側の通訳を介しての交渉を予定していた為、意図的な誤訳等による不利な条件を看破出来る人材をまだ準備出来ていない王国側は、交渉のテーブルに着いた時点で不利な状況であった。しかし同じ言葉をしゃべる事の出来る優斗が相手ならば、通訳の誤訳と言う言い訳は通じない。

 それでも何らかの手段を講じて来る可能性は高いが、それはどんな交渉でも同じ事であり、タガルの対処出来ない言語の壁により第三者を通さなければならないと言う問題に比べれば些末な事だ。


「私は腹の探り合いと言うのが苦手ですので、正直に申し上げます」

 優斗のありがちな切り出しに、タガルはそんな訳があるかと心の中で毒づく。


 しかしそれは優斗にとって事実である。もちろん、この世界で渡り合ってきた商人達と比較しての話ではあるが。


「先日は、お恥ずかしい光景をお見せしてしまった事と思います」

「何の事でしょうか?」

「ご配慮感謝します。ここまで来てはっきり口にしないのは逆に恥知らずですね。先日の件とは、シーイとお嬢様の対立についてです」

「……ずいぶんと実直ですね」

「私は個人的にも、コルト商会様とは良い取引が出来る事を望んでいます。もちろん、シャオジーも」

「判りました。ですが、我が商会としては出来る範囲でしか協力する事は出来ませんので、それはご了承ください」

「もちろんです」

 タガルが戸惑うのも当然で、商会内部のいざこざを取引先に教えるなどと言うのは非常識な事だ。


 それは弱みを見せる行為であり、それを切っ掛けに不利な交渉を強いられる危険性を孕んでいる。


「何故シーイが場を取り仕切っていたかはご存じで?」

「商会主のヂィ様と言う方の船が到着するまでの代理だと聞いております」

「それは彼女の父親の事ですね」

「やはり商会主様のご息女様であられましたか。通りで躾の行き届いた、品の良い方だと思っておりました」

「えぇ。私も鼻が高いです」

 まるで自分が褒められたかのような優斗の態度に、タガルは想像する。


 商会主の娘と現場の臨時責任者が対立している状況で、娘が全幅の信頼を置いて代理を任せられる相手とはどんな関係であるか。もちろん、野暮な憶測付きで。

 その想像の結果、自分がどちらに付くべきか、タガルは考え始める。


「苦言を呈する相手が近くにいないと、調子に乗る輩はどこにでもいます」

「シーイ様がそれにあたる、と?」

「えぇ。ですからこの機会に、不穏分子を一掃して置こうと考えました。しかし本土から離れた我々に、そんな余力は存在しません」

 その発想の不自然さに、タガルは眉を潜める。


 まず、不穏分子とまで呼ぶ相手に、一端とは言え大きな商売を任せる理由が不明だ。商会主との意思の食い違いと言う可能性はあるが、そうであれば逆に優斗達の方が不穏分子であるとも言える。

 タガルがそれに答えを出す前に、優斗はその答えとなるべき言葉を口にする。


「私とシャオジーは海難事故に遭いました。幸い、私達は生き残りましたが今回の交渉担当者が亡くなりまして」

「交渉担当者ですか?」

「えぇ。そして商会主の娘である彼女が今回の代表です」

「は、はぁ」

「あぁ、もしかすると、王国では代表本人が交渉を行うモノなのでしょうか?」

「いえ、そう言った場合もありますが、特にどちらが普通と言う事はありません」

 貴族の子息等が家の代表として出席し、実務面はお抱えの商人に任せて商取引を行うと言うのは、よくある光景だ。


 一応、筋は通っているように見えるが、どこか違和感を感じたタガルは、これまでの説明を反芻する。優斗の言葉は流暢であるが、まだ覚えたばかりであると思っているタガルは、その不慣れが原因で発生している可能性も考慮し、固執しない様にしながらも違和感の正体を探る事は止めない。


「それは良かった。それで、シーイの件なのですが」

「えぇ。どうされるおつもりですか?」

「現地で商会を設立させ、次回のコルト商会様との交渉を任せようかと」

「ちょっと待って下さい」

 優斗はシーイを切り捨てる算段をしている、とタガルは理解していた。


 しかし今、優斗が発した言葉の内容はその逆だ。異国の地に置き去りにすると言う意味では切り捨てでないとは言い切れないが、王国と連邦の貿易は、まだ限定的であっても多大な利益を生み出している。それが本格化すれば更に大きな利益を得られるはずであり、普通に考えればそんな大きな商売を切り捨てる理由はない。


「優斗様、まさか」

「別に戦争を仕掛ける予定がある訳ではありませんよ?」

 その反応を予期していた優斗の言葉に、タガルの視線に目に見えるレベルで不審と警戒が現れる。


 莫大な利益を生む貿易を捨て、切り捨てる相手を放置した場所。そこに戦争を仕掛ければ彼らごと街を焼き払い、領土や上納金を得る事が出来る。それは上手く立ち回れば、邪魔者を抹殺しつつ貿易を行う以上の利益を出す事が可能である事を意味する。


「私も、私の故郷も王国と争うつもりはありません。何なら、一筆書いても構いません」

「いえ、優斗様を信用しておりますので、それには及びません」

 国家間貿易の代理と言う大事業を国から任されているコルト商会としては、相手の許可があろうとも、露骨に疑うような行動を取る訳にはいかない。


 優斗はもちろん、求められれば一筆書く事も、それを正式な契約とする事も異存なかった。何故なら彼の故郷は遠い異世界にあり、王国と戦争を行う事など出来ないからだ。仮にそうでなくとも、優斗の故郷自体、根本的に戦争と言う行為を許されていない国だ。


「話を戻します。シーイが商会を設立する為の資金は私が貸し出します。これがその借用契約書です」

「……ますます意味が判らないのですが」

 そう口にしながらも、タガルは1つの言葉を思い浮べていた。


 それは、手切れ金と言う言葉だ。

 内部の不穏分子を抉り出す為の必要経費と割り切れば、お金自体が戻ってくるこの状況はあり得ない話ではない。ただし今回に関しては、それによって生じる損益――正確に言えば得られるはずが得られなくなる利益の額が多すぎて、ありえない話だ。


「これは内密な話なのですが、シャオジーは今回の商売が成功した暁には、連邦に戻って商会を継ぐ予定です」

「なっ!?」

「彼女は見た目通り幼いですが、現商会主は彼女と彼女を慕う商人達が居れば問題無いと判断したようです」

 優斗の言葉は、もちろん口から出まかせだ。


 しかしそれが真実ならば、船団に信用できない人間が混ざっている理由も、幼子が親から離れて遠い異国の地にいる事に対する理由も説明出来る。

 タガルは想像する。これは商会主の娘と、彼女の連れ合いである若い商人を試す為の試験なのだろう。そして合格した暁には目の前の2人が商会の中枢となり、現在自分はそんな彼らに恩を売れる立場にある。それはコルト商会に多大な利益をもたらすかも知れない。


 タガルはそれをしっくりと来る話であると感じる反面、用意された言い訳であるようにも感じていた。何より、話が良すぎて逆に疑わしい。


「ですからこれを、コルト商会様に買って頂きたいのです」

「それは……。申し訳ありませんが、私の一存では回答し兼ねます」

 タガルの中では、まだ捨てていない戦争を仕掛けられる可能性が増して行く。


 商会とは基本的に損得勘定で動くものであり、その点を利用してシーイの思考を、まさか金を貸している相手を焼き払いはしないだろうと言う方向へ誘導する。そしてそれを現地の商会に売れば、資金を回収しつつ邪魔者の排除が可能だ。


「連邦から王国に物を売る際には、全て新設したシーイの商会を利用する予定です」

「いえ、しかし」

「コルト商会様ならば、この借用契約書を盾に品物を適正価格で独占買付したり、シーイの商会自体を乗っ取り、下請け化させる事も可能でしょう。

 上手くやれば、以前私に要望された連邦の言葉を教える講師も確保出来るかもしれませんよ?」


 優斗の提案は魅力的であり、コルト商会にとって好条件であるように見える。しかしそれ故にタガルの中で戦争の可能性が増大する一方だ。


「コルト商会様ならば、この借用契約書に額面以上の価値を見い出してくれるはずだ、と私は考えています」

「確かに、って、あ」

 ある事に気づいたタガルが、交渉の真っ最中であるにも関わらず声を漏らす。


 連邦に本気で開戦するつもりがあれば、こんな場所でその可能性を匂わせる商談をする事はほぼ無いと言える。仮に開戦するつもりであったとして、王国が負ければコルト商会が存続出来ない事はほぼ確実であり、ならば連邦の人間と言う情報源を得て、そこから得た情報を王に届けると言う手は有効だ。褒章と実際に支払う金額の差異で赤字は確実だが、無防備な王国と心中するよりはましな選択と言える。


 以上の事からこの借用契約書は、開戦しなければ商会に様々な利益をもたらし、逆に開戦した場合にも情報を得る事で逃げ出すなり報告して王から褒章を得るなりする事が出来る。

 すなわち、どちらに転んでも買い取っている方が良い結果に繋がると言う訳だ。


「買い取って頂けるのであれば、今回の積荷も全てこちらで買い取って頂こうと思っています。そして帰りの積荷の仕入れも」

 タガルの反応に上手く行った事を確信しながら、優斗はなおも相手にとって好条件となる提案をし続ける。


 何故ならばその提案は全て、優斗にも利益をもたらす可能性が高いからだ。


「優斗様がそこまでおっしゃるのであれば、購入を前向きに検討致します」

「本当ですか? でしたらこれをご覧ください。準備して頂く代金についてなのですが――」

 そう言って優斗が差し出した紙を指差すと、タガルもまたそちらに視線を向ける。


 優斗が提示するのは支払に関する条件と今後の流れ。タガルは熱心にそれに耳を傾け、自分が取るべき行動を模索する。


「まず支払いですが、本日持ち込んだ商品の代金と同額。いえ、それプラス王国金貨20枚分にあたる量の仕入れをお願いしたい。これは主にルナール公国で販売する品でお願いします」

「公国、ですか?」

 半ば理由を察しながら疑問を発したタガルに、優斗が嘘を吐く理由は無い。


 ちなみに、出発前のカクスでは、王国金貨1枚は公国銀貨約10枚分であり、公国金貨ならば三分の一に少し満たない程度だった。


「実は、公国への帰りの積荷を仕入れる契約もしていまして」

「なるほど」

 特に疑わしい要素も無く、タガルはあっさりと頷く。


 そして優斗が今日引き渡した品物の代金は現金で持ちかえると告げると、タガルは借用契約書の内容を思い出しながらこくこくと頷く。


「そしてシーイへの支払い分の残りと、連邦までの航海に必要な様々な小物と消耗品、あと、現金で受け取る予定の金貨3枚と銀貨30枚を除く全てを船の積荷の仕入れに当てようと思っています」

「なるほど。では、品目等はどうされますか?」

「後で人をやりますので、彼らがどの品を買い取るか判断します。良い品を勧めて下さい。今回の値付けは全面的にそちらにお任せます。信用していますので」

「光栄ですが、これは責任重大ですね」

 冗談めかしてそう口にするタガルに、優斗は交渉成立を告げて詳細条件を詰め始める。


 普段の優斗ならば自分で価格交渉を行うところだが、長引いてボロが出たらと言う不安と、長い付き合いの最初に無用な波風は立てないだろうと言う理由などから、ほぼ全てを別の人間に委託すると言う判断を下した。品目をコルト商会に任せず連邦の人間を派遣する理由は、何が連邦で珍しい物なのかを判断させる為だ。


 その後、正式な契約を後日交わす事で合意した優斗は、シャオジーと共にコルト商会を後にするとそのままシーイの元へと向かい、金の引き渡しと共に船へと案内させ、シャオジー自身が船で待機していた商会の全ての者に両親の訃報とシーイの独立を告げ、どちらに付くかの選択を迫った。シーイに付いて行くと表明したのは事前にシャオジーが予想していた通り彼の子飼いとも言える数人のみで、ほとんどが残る事になった。商会主が亡くなったとは言え、突然故郷を捨てる判断を出来る人間は少なく、ある意味当然の結果と言える。


 シーイはこれを受けて人が足りないと判断して優斗に相談した為、斡旋してくれるところを紹介する事になった。もちろん優斗は、きちんと掌握して貰う為にもコルト商会を推す予定だ。


 涙ぐむシャオジーが商会主であった彼女の父親を慕っていた商人達に囲まれて、その死を悼んでいる光景を眺めながら、優斗はまだ全てが終わっていないにも関わらず少しの達成感を感じていた。同時に罪悪感からバツの悪さも感じていた優斗は、自分の逗留先を手近にいた男に伝えると、無言でその場を去った。

優斗くんが自分有利な交渉を展開する話でした。


今回は交渉相手が全員集まって事実確認を行うと全て破綻する程の虚実が織り交ぜられていますが、果たしてぼろが出る事なく全てを終える事が出来るのでしょうか。

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