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異世界行商譚  作者: あさ
青年と奴隷
6/90

値切り交渉

 アロエナ滞在2日目。

 朝食を終えた優斗は、扉を背にして立っていた。


 優斗の耳には階下の喧騒はほとんど入っておらず、扉の中から聞こえる水音だけが響いている。それは部屋の中ではフレイが水にぬらした布をしぼっている音で、次いで聞こえたのは体を拭く為に布を擦り付ける音。


 フレイは現在、優斗の命令で身を清めている。命令直後、俯いて表情を隠しながら服を脱ぎだしたので大慌てで逃げ出した優斗は、惜しい事をしたかな、と少しだけ後悔していた。優斗はフレイと、商品価値を維持する為に『そーいうこと』はしない約束をしている。約束の理由から考えれば、見ている分には問題なかったのでは。今からでも戻れば。そんな不埒な思考が、唐突に遮られる。


「お待たせしました」

「じゃあ、行こうか」

 優斗はフレイの顔をまともに見る事が自身がなかったので、扉が開く音に振り替えらず歩き出した。


 他の客の相手をしている店主からおざなりに見送りの言葉をかけられながら宿を出た2人は、大通りに向かって歩いていた。先導する優斗が目指しているのは、昨日、ある約束を取り付けた店だ。


「いらっしゃい。って、ホントに来た」

「いやいや、約束したし」

「男の口約束を簡単に信じる程、私は安くないよ?」

 しかも商人だしねぇ、と朗らかに笑う女性は、この街で最も大きな服飾店の店員で、先日、女性の服を一式買いに来るから見立ててほしい、と頼んでおいた相手でもある。


 優斗は市場調査の一環として、多少高価な買い物をする予定だった。どうせ買うなら使える物が良いと考え、フレイに服を贈ることを思いついた優斗は、拒否される事を予想して目的地を告げずにここまでやってきた。


「とりあえず服を買うから」

「私はこれで十分です」

「彼女さん、そう言わず買ってくれるって言うんだから貰っときなっ、へ?」

 店員の視線がフレイの顔から首に移り、続いて優斗へ向けられる。少し悩んでから、にや~っと楽しそうに笑う。


 優斗は店員が何かを勘違いしている事に気づいたが、あえて訂正しなかった。その代わりに、勘違いを助長させる様な行為――フレイの耳に口を寄せ、考えていた言い訳をささやいた。


「売り物は綺麗な方が高値が付くでしょ?」

「……わかりました」

 フレイの返事に満足した優斗は、フレイを店内へ促す。振り替える事なく店内へと進む店員は、既に店の奥へ消えかけている。


「ユート様が選んで下さいね」

「へ?」

「商品の飾りを選ぶのは商人の仕事、ですよ?」

 フレイは優斗の間抜け顔を見て、クスリ、と笑ってから店員を追いかけた。取り残された優斗は、こっそりお勧めを聞こう、と思いながら2人の後を追った。



 贈り物くらい自分で選びましょうね。

 貴族の使用人や大き目の商家から売りに出された服が集められていると言う一角に案内した店員の無情な言葉に、優斗は頭を悩ませていた。


 優斗は生まれてこの方、女性の服を選んだ事がない。これどう、等と感想を聞かれた時も無難な答えで難を逃れて来たので、1から選ぶと言うのは不慣れと言うよりも苦行に近かった。


 服を見ていても考えがまとまらない。そう判断した優斗は、先ほどから一言もしゃべらずに隣に立ちづつけているフレイに視線を向けた。彼女から連想される事柄を基準に服を選ぼうと考えた優斗がまず思い浮かべたのが、奴隷と言う身分だった。奴隷の服、ではこのままと言う選択肢しか思い浮かばなかったので、連想ゲームの様に単語を並べていく。奴隷。従う者。従者。そいうえば元貴族の侍従だったと言う事を思い出し、侍女。メイド服?


 それはどうだろうと思った優斗は、次に身体的特徴で考える事にした。肩口まである金の髪と青い瞳、白い肌。優斗からすれば絵本にでも出てきそうな外見だったが、街ゆく人を観察した今では、よくある組み合わせだと理解できる。強いて言うなら、街の人よりもフレイの方が更に肌が白い。


 優斗は色々と考えた結果、彼女の見た目から連想した『不思議の国のアリス』と言う題材で服を選ぶ事に決めた。これは童話を元にすれば不埒な思考も浮かびにくいだろう、と言う無意識の判断でもあった。並べられた服を眺めていると、お誂え向きにも水色のエプロンドレスが見つかり、手に取る。


「こんなのはどう?」

「お任せします」

 素っ気ない返事に、優斗は困った様な表情を浮かべる。しかし、すぐに何かを思いついたのか、表情を崩して口を開く。


「命令。この服の感想を述べよ」

「……それは卑怯ではないですか?」

 フレイが「前に似たような服を着ていました。勤め先で」と告げられて得意げに笑っていた優斗の表情が固まる。エプロンドレス=メイドさん、と言う図式に今さら気づいた様だ。


 優斗がいま求めているのは、街を歩く為の服だ。この世界の常識を知らない優斗だが、昨日、街を歩いていてメイドさんを見かけた記憶はなかったので、この服は却下となった。


 じゃあ、似たような服を、と考えた優斗は、再度服の山の中を物色し始める。その結果、ノースリーブのワンピースと半袖のブラウスを手に取った。紺色のワンピースは裾にレースがあしらわれており、白いブラウスには袖口を窄める様に青いリボンが巻かれている。


「お客さん、いいセンスしてますね。でも、もうワンポイントあった方がいいかも」

「へ? じゃあ、カーディガンかケープでも……」

「はいよー。じゃあ、彼女さん、こっちで着替えましょ」

 店員は優斗が唐突に現れたことに驚いている内に、手に取っていた服とフレイを浚っていく。その手際に驚いた優斗だが、すぐに我を取り戻して店内を歩き出す。


 優斗が向かったのはリボンなどの装飾品が並べられたコーナーだ。アクセサリや髪留め等の小物くらいは選んだ事のあるので、優斗にとって先ほどよりも気軽に眺められ、フレイの着替え後の姿を想像しながら、どれが似合いそうか考え始めるくらいには余裕が出来ていた。


 あれこれと悩んだ優斗が2つのリボンを手に取ると同時に、肩を叩かれた。リボンを手放す事なく振り替えると、そこには店員とその後ろから顔だけが見えるフレイがいた。


「こんな感じになりましたよー。あ、ケープは白にしました。青に映えそうだったんで」

「あ、うん」

 そう言って横移動した店員の影から、フレイの全身が露わになる。藍色のワンピースと白いケープは似合っていたが、少し野暮ったくもあった。


 その姿に無難な褒め言葉を口にしようとした優斗は、手の中にあったリボンを奪われた事でそれを妨害されてしまう。取り上げた店員は、1メートル近くありそう赤いリボンをフレイの腰に巻きはじめる。


「彼女さん、腰細いからこう言うの似合いますよー。お客さん、やっぱりいいセンスしてるね!」

「はぁ。どうも」

 腰の後ろでなく横でリボンを結ぶと、もう1つの青いリボンを頭に巻き始める。カチューシャの様に髪に止め、後ろ側でリボン結び。


 腰のリボンがくびれを強調し、野暮ったさが消えて少し色っぽい印象に代わる。店員に促されたフレイがくるりと回ると、ふわりと舞ったケープの下からブラウスが覗く。


「似合ってる」

「どうも」

 簡素な受け答えに店員は不満そうだ。それに気づいた優斗は、こっそり深呼吸をしてから更に二言褒め言葉を追加し、店員に向き直る。


「これ、いくら?」

「えーっと。公国銀貨で、このくらいでどう?」

 差し出されたのは珠のはじかれたソロバンだった。優斗が、この世界にもあったのか、と言う感想と共に確認した価格は、公国銀貨10枚と少し、と言った所だった。1枚で1日分の宿代と食費が賄える事を考えれば、それなりの高値だ。


 男が女に物を贈る際、提示された価格で買う事が多い。それは、見栄やケチと思われて心証を悪くする事を避けるためで、ついでに男のプライドと言うヤツでもある。故にこういう場合、店員は支払価格を高めに設定する事が多い。


「んー。もうちょい負けて」

「おぉう」

 元々ここには、高価な物を値切って買う、と言う目的で来た優斗にとっては当然の、しかし店員にとっては少し不満の残る反応だった。


 そんな店員の心情も知らず、優斗は言葉を続ける。


「いい物だと思うけど、ちょっと高いかな、って」

「んー、じゃあこれで」

 一気に銀貨1枚も下がり、表面上は平静を保つ優斗も、内心ではかなり驚いていた。店員からすれば、単に適正価格に戻しただけだ。


「ふむ。どうしようかな」

「ご要望通り下着から何から一式全部ですし。ガーターベルトとか、結構いいヤツですよ」

「ガーターベルトっすか」

 ついフレイに視線を向けてしまった優斗。それに反応して、フレイがロングスカートをたくしあげる。


「ちょ、ストップ」

 慌ててスカートを摘まむ手を下げさせるが、優斗の視線はオーバーニーソックスとそれに繋がれたガーターベルトをきっちりと確認していた。


 店員に白い目に気づいた優斗は、咳払いをひとつしてからフレイに「人前ではしたない事はしないように」と耳打ちする。「わかりました」と素直に頷いた事にほっとしながら、優斗は店員へと向き直った。


「じとー」

「で、値段だけど」

 目だけでなく口でも訴えられるも、それを無視して交渉を続ける。店員も商売なので、これ以上の追及はして来ないだろう、と言う優斗の予想はあたり、値切り交渉が再開される。


「んー。これ以上は店長に聞かないと」

 そう言って店員が視線を向けた先には、スキンヘッドの厳つい男の姿があった。


 その姿に、あんまり交渉したい相手ではない、と思った優斗は、早々に交渉材料を場に出す事にした。


「もう一式くらい買おうかな、って思える値段にならない?」

「う。それは」

 悩み始める店員。一着じゃなくて一式ですよね、と言う確認に、はい、と答えた優斗は、少しほっとしていた。


 優斗が安堵したのは、この世界でも値切りの基本は変わらない、即ち、彼が今まで経験してきた経済活動の知識がある程度流用可能だと確認できたからだ。これから臨む商談の為に、少しでも安心できる材料が欲しかった優斗にとって、それはありがたい事だった。


「じゃあ、合わせて値引くって事でどうです?」

「どれだけ値引くか、聞いてから考えるよ」

 優斗の反応に、店員は満足げに頷いた。


 その後、優斗自身の服一式と件のエプロンドレス、それに合わせたオーバーニーソックス、替えの下着などを加えたラインナップで行われた値切り交渉は、1時間近く続くいた。






題名に反して単なるお買い物。あれは優斗の心情と言う感じです。

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