積荷達の来歴
壁から離れた優斗は、高まった緊張感と共に生唾を飲み下しながら、扉の前へと立つ。
優斗はまず左右を念入りに見渡して、逃げ道を確認する。そして危ないと感じたら即逃げるのだと改めて決意すると、これは商品を守る為の行動であり、商人としてしなければならない事でもあり、故に自分は正しい事をしようとしているのだと論理武装を施してから隙間の空いた扉をコツコツと叩き、その勢いで開ける。
「誰だ!?」
「あーあ、見つかっちまった」
「くそっ。いや、見ない顔だ。密航者じゃないか?」
「どうも初めまして、今回の船の出資者代理で、商人の優斗と申します」
優斗の自己紹介に、船員2人が顔を見合わせる。
その隙に優斗は船倉の中を見える範囲で見回し、状況把握に努める。
まず、若い船員が裸の女の子を押し倒している。船員は女の子の股を無理やり開く様に足の間に膝を入れているが、ズボンはまだ履いたままだ。もう1人の少し年上らしい船員は自分よりも大きな男の前に立ちふさがっている。
優斗は目を凝らし、女の子と大男の姿を捉え、そのどちらも肌が黒く、首には見慣れた首輪が付けられている事を確認する。そこに鑑札は付いていない。
「おうおう坊ちゃん、悪いが取り込み中でね。何も見なかった事にして部屋に帰んな」
「おい、さすがにヤバいだろ」
「ちょっと殴って脅しゃ平気だろ」
女の子の上から退いた船員が、ゆっくりと優斗に向かって歩いてくる。
その光景に優斗は恐怖を覚え、逃げ出したくなる。だが、いざとなると足は動かない。
逃走と言う選択肢を選び損ねた優斗の胸倉を、船員が掴みあげる。そして優斗の顔に浮かんだ営業スマイルを見て、船員は苛立たしく声を荒げる。
「黙って部屋で寝てろ。で、保護者にでも泣きついてろ」
「いや、そっちが保護者だったはずだぞ」
「え、マジでか?」
後ろから告げられた言葉に、若い船員から怒気が消え、代わりに驚愕が浮かぶ。
海路による交易で得られる利益が多い事は、船乗りで無くとも知っている。そんな大役を、子供にしか見えない優斗が任されている事は、驚くべき事だ。事実、若い船員は優斗の事を、正式な商人ではなく、弟子か見習いだと考えていた。
「だからやべーっつったろーが」
「あーいや、でも、脅せばイケるんじゃねぇ?」
「その状況で笑ってるヤツ相手にか?」
自然と浮かび続ける表情に助けられながら、優斗は会話に入る隙を探す。
すぐさま殴られる可能性が減ったおかげで幾分か冷静になった優斗は、同時に最も効果のありそうな言葉を探す為、必死に頭を巡らせる。
「お、そうだ。なら、お前も一緒にどうだ?」
「折角の申し出ですが、謹んで遠慮させて頂きます」
「んだと!」
「まぁ、落ち着け。俺に任せてみろ」
年上の船員に宥められ、若い船員が不満そうにしながらも優斗から手を離す。
年上の船員は裸の女の子を指差し、口元を下卑た愉悦に歪めながら、優斗に向けて言葉を続ける。
「商人さんよ、こいつが今まで何処にいたか、知ってっか?」
「いえ、知りませんが」
「こいつは元々、盗賊だか野盗に飼われてたらしくてな。今さら1人2人ヤッた男が増えても、価値は大差ねぇんだよ」
飼われていた、と言う言葉を理解するのに少しだけ時間をかけながら、優斗は内容を正確に理解しようと、頭の中で反芻する。
「そーでなきゃ、さすがの俺でも止める。もし生娘なんて襲っちまったら、一発でバレちまうだろ?」
「確かに、それは」
「売値が変わらねぇなら、持ってる間に出来るだけ楽しんだ方がお得ってもんだ。違うか?」
「それはちょっと、マズいと言うか」
優斗の反応の悪さに、年上の船員の表情も険しい物になっていく。
そこでようやく、ナニかされても平気な奴隷を選んで乗せたのだろうと理解する。そうでなければ、何らかの形で優斗に気を付ける様、注意が為されたはずだ。
しかし、当初の決意に反して、とっさに、それは目の前の女の子を見捨てて良い理由にならない、と判断した優斗は、営業スマイルを崩さないまま出来るだけ申し訳なさそうな表情を顔に張り付けると、頭の後ろをかいて言い訳する。
「品物に手を出したと知れたら、私の首が飛んでしまいます。人生をかけてまで、と言うのはちょっと。貴方も船長に知れたら、どうですか?」
「そりゃーやべーなぁ」
「だなぁ」
しみじみと納得する2人に、攻めるならここだと判断した優斗は、船倉の中へと一歩ずつ踏み出す。
船長と酒を飲み交わした事を告げれば大人しく退散してくれるだろうか。むしろ、口封じの為に何か行動に出るのでは。そんな風に思考をぐるぐると回しながらも、周りを観察する事は忘れない。
「今なら、見なかった事にしますので」
「だってよ、どうする?」
「うぅ、そうだなぁ」
一転、優位に立った事に、優斗は胸をなでおろす。
しかし、緊張を解くのが早すぎた優斗のそれは油断となり、致命的ともいえるミスを犯す事態となる。
「もちろん、今後は同じ様な事をしないと約束して頂ければ、ですが」
「まぁ、そーなるわな」
「言いたい事は判るけどな。なんか上から目線でムカつかね?」
「ガキに言われ放題なのが気に食わないってか。若いね。気持ちは判っけど止めとけ。後腐れるぞ」
「やっぱ殴っとくか?」
目の前で繰り広げられる物騒な相談に、優斗はまたも一瞬で形勢が逆転してしまった事を悟り、焦る。
もう謝罪して、何か賄賂でも送るしかないかと考えていた優斗は、先ほどからこちらを見ている男の奴隷が何かを訴えているのだと言う事に気づく。
薄暗い中、帝国人の黒い肌は目立たないが、彼の口が動いている事を確認した優斗は、年上の船員よりもかなり背の高い男奴隷の口元を、見上げる様に凝視する。
「何処見てんだ、おい」
「いや、その。その荷物は今、本来の所有者から委託され、暫定的に私が所有者と言う事になっているんでしたね」
「さっきからややこしい言葉ばっか使いやがって。馬鹿にしてんのか? それとも、煙に巻こうってか」
「いえいえ。そうではなく」
やたらと絡んで来る若い方の船乗りの行動に、優斗は彼が本格的に脅しに入った雰囲気を感じて、ポケットの中の硬貨を探る。
それと同時に、男奴隷が何を言っているのか、その唇の形から理解出来ていた優斗は、その判断が果たして正しいのか迷いながら、しかし藁にも縋る思いでそれを口にする。
「今の持ち主としての命令します。2人を止めてください」
「何いってんだ、おい」
「やばっ、おい、逃げるぞ」
「だからなんだよ、って、うお」
優斗の言葉を待ちかねていたかの様に、瞬時に動き出していた男奴隷によって、若い船員は後ろ首を掴んで持ち上げられ、扉の方へと投げ捨てられる。
その光景に優斗が、すごい腕力だ、と感心している内にもう一方の船員は扉まで逃げており、そのまま逃げるかと思いきや若い船員を引きずっていった。
残された優斗は、見上げるほど大きな奴隷の男が、船室付近よりも低い天井が邪魔で首を少し曲げ気味に立っている事に気付き、苦笑する。
次いで押し倒されていた女の子へと視線を向けると、裸に剥かれ、押し倒され姿のまま虚空を見つめていた。当然、若い船員が割り開いた足は、広げたままで。
「と、とりあえず服を着て!」
「……はい」
一拍遅れて返事があり、更に一拍を空けてから女の子はのろのろと布きれと大差ない服を体に巻いていく。
優斗はその光景から目を逸らす事を忘れ、見つめてしまう。
女の子は特別美人でないどころか、普通を下回る程度の容姿でしかない。だが、船員たちが言っていた通り、必要な場所には脂肪が集中しており、その癖不要な場所には最低限しかついていない。そして優斗は少し離れた位置に居るにも関わらず、何か誘われるような良い香りを感じていた。薄暗いせいで視覚が制限されており、嗅覚が多少敏感になっている優斗は、それを意識しながらも、頭のどこか冷静な部分でそれを分析する。
フレイが技術で色と艶に緩急をつけて攻める技巧派だとすれば、目の前の女の子はそこに居るだけでそれを振りまく力押し。文字通り、色香の漂っている状態なのだ、と。
「アイツを抱きたいなら、そう命令すれば良いだろ」
「へ?」
優斗は声をかけられ、ようやく女の子の着替えを凝視すると言う失態を犯している事に気付き、慌てて目を逸らす。
逸らした視線を声をかけてきた男奴隷に向けると、彼の言葉の意図を探るべく、言葉を返す。
「チェーゼ、だっけ?」
「そうだ」
「意味がわからないんだけど」
「俺たちは奴隷で、お前は持ち主だ、って事だ」
無愛想に優斗を見下ろすチェーゼ。
彼は優斗からそう言った意図を読み取れない事を不思議に思いながら、煽るように言葉を続ける。
「具合が良いのは俺が保障するぞ」
「……それは実体験から?」
「もちろん」
見上げる優斗の視線が険しい物へと変わる。
奴隷は主人に害を為す事が出来ない。そして基本的に主人の命令なしに他人に害を為す事も禁止されている。奴隷相手でも同じだが、それは他人の所有物を害する行為の禁止に抵触するからだ。そこから優斗が導き出した答えは、盗賊達に飼われていた、すなわち誰の所有でもない奴隷であった時の彼女相手ならばそれも可能なのでは、と言う推論だ。
「それは、同意なしに?」
「ドウイ?」
「無理やりだったのか?」
「もちろんだ」
その言葉に偽りは無いと感じた優斗の視線が更に険しくなり、少しの侮蔑が混ざる。
奴隷の売買に抵抗のある優斗だが、この男であれば売る事の罪悪感も少しは薄れそうだと考えながら、服を着終わってぼうっとしてる女奴隷へと視線を向ける。
こちらに来てから優斗が出会った女性、その中でも特に市井の人達は基本的に肌の露出が少ない恰好をしていた。しかし目の前の女の子は、布きれ一枚と言う露出度が高く、煽情的な格好だ。
「俺は優斗。リーチャ、でよかったかな?」
リーチャは上目使いに優斗を見上げると、その様子を伺いながら首肯する。
首肯を終え、再度見上げる視線に晒された時、優斗は自分の心臓が大きく拍動した事に、動揺する。
先ほどよりも大きく首が曲げられ、優斗はリーチャの無防備な胸元を見下ろす事が出来た。一瞬だけ凝視してしまった優斗が慌てて一歩離れると、今度は短い裾から見える太ももが見え、逃げ場を求める様に視線を上向ける。それよりも更に短いミニスカートを見た事のある優斗だが、下に何もはいていない事を知っている為、緊張と様々な意味での危険度は比ではない。
「あー、とりあえず前の人から何か受け取って無い? もしくは伝言」
優斗が自分の気を逸らす為に、元々の目的を進める事にする。
商品リストにあった、詳しくは現品参照と言う文字。それはチェーゼやリーチャの欄にも書かれていた。
「これだ」
「ん、あぁ。ども」
ひさしぶりで素でしゃべれるな、と思いながら優斗はチェーゼからメモを受け取る。
しかし、夜目の効かない優斗にとって、薄暗い船倉で文字を読む事は難しい。出来なくはないのだが、無理をするよりも部屋に戻ってから確認すべきだろうと判断した優斗は、それをポケットに仕舞うと商品目録を開き、品物の確認を始める。
放置された奴隷2人の視線に晒されながら、優斗は目を凝らして目録と商品を確認して行く。
荷物は山ほどあり、時間もまだまだある事から今すぐに全てを確認する必要は無い為、優斗は焦る事なく、別の事を考えながら作業を進めていく。
別の事。すなわち2人の奴隷をどう扱うべきかと言う問題。
一番面倒が無いのは、売る寸前まで関わらない事。この場合でも、優斗は値段よりも待遇の良さそうな売り先を探す、くらいはしてしまうだろう。
「ああいう事はよくある事?」
優斗の問いに答える者はいない。
常にフレイが侍っていた頃であれば、間違いなく答えかヒントが帰って来ていただろう事を思い、優斗は少し気分が落ち込む。
目録2枚分だけ確認を終えた優斗は、先ほど考えた今後の事を頭に思い浮かべながら、奴隷2人へと振りかえる。
チェーゼの警戒した、リーチャの濡れた視線を真正面から受けながら、優斗は契約の条文を思い返す。
契約者は商品を出来る限り高価に売る努力をする事、と言う条文を。
「とりあえず、ついて来て」
「はい」
リーチャの返事を受け、優斗は船倉の扉を潜り、外へ出る。
そのまま少し歩くと、優斗は2人が着いて来ているのか確認する為に振り返る。そして少し離れたところを歩くリーチャを見つけると、彼女が追い付いて来るまでの間、その場に立ちどまる。
「チェーゼは?」
「え?」
リーチェの反応に、優斗は自分のミスに気付く。
船倉に押し込まれていた奴隷を部屋に連れ込む。その行動から、部屋で何かさせる、もしくはする事が目的であると連想するのは普通の事だ。だとすればリーチェ、すなわち女だけ付いて来る様に命じたのだと勘違いしても仕方がない。
優斗はため息を吐くと船倉の方へと戻り、中に向けて声をかける。
「チェーゼも」
「……俺もか?」
それは薄闇で表情を読み取る事が出来なかった優斗にも、嫌そうな顔をしている事が判る声色だった。
反抗的だと殴られる可能性がありそうなチェーゼの態度に、優斗が思った事は、もしかしてバイだと勘違いされているのでは、と言う事だった。
誤解されていても後で解けばいい。そう考えて歩き出した優斗は、無言で2人の奴隷を引き連れたまま部屋へと向かう。
時間をかけず客室へと到着し、扉に手をかけた優斗は、ある事を思い出す。中ではシャオジーが眠っているのだ。
「あー、どうしよ」
優斗の独り言に答える者はいない。
とりあえず中を確認しようと、優斗が手をかけた瞬間、扉に何かがぶつかった音が聞こえる。
『どちらさまですか』
『あ、起きてたんだ』
『優斗さんでしたか。どうぞ』
開いた扉の先には、不安そうな表情のシャオジーが立っていた。
船の上でいなくなる訳がないのに、と思いながら、同時に、そう言う理屈の問題じゃないのかな、と思い直した優斗は、笑みを浮かべると、シャオジーの頭に手を置き、撫でる。
『ちょっと用事で出てた。ごめん』
『そうでしたか。出来れば私も連れて行って欲しかったです』
『ごめん、良く寝てたから』
『何かあったら、怖いです』
俯き気味に表情を隠したシャオジーから発せられた言葉を、優斗は誤解しながら納得した。
優斗は、シャオジーが遭ったであろう、海難事故を連想した。
対してシャオジーの真意は、粗野な船員達の中に1人取り残された不安に関してだ。
『それより、そちらの方達は?』
『あー、なんていうか。少し身なりを整えて貰おうかと』
シャオジーは子供である、と優斗は判断している。優斗はそんな彼女の情操教育上、奴隷と言うモノにどう言った説明を加えるべきなのかと、悩む。
優斗が彼らを連れ出した理由は、その言葉通りに身なりを整えさせる事も含まれる。見栄えがよくなれば高く売れる可能性も上がる為、これも仕事の内だと優斗は自分に言い訳した。それ以外にも、メモ以外の商品情報を得る為、話を聞くと言う目的も存在する。
『もしかして、商品の手入れですか』
『そんな感じ』
『なるほど』
言いよどむ優斗に先んじたシャオジーは、部屋の中へと戻って行く。
優斗は理解不能な会話が繰り広げられている様に唖然とする2人を横目で確認しながら、リーチャだけを部屋の中へと促す。
部屋の中ではシャオジーが使い古しの布と水を準備しており、その手際の良さに驚きながら、優斗は指示を出す。
「身体拭いて、着替えて貰うから」
「はい」
『身体拭いたら、適当な服を渡しておいて』
『わかりました』
少し意外そうに、されどあっさりと承諾された事にほっとしながら、優斗は扉を閉める。
外に残されたチェーゼは、訝しげな表情で優斗を見つめている。
その視線の意味を理解していた優斗は、しかしその疑問に答えるつもりはなく、部屋の中から声をかけられるまでの間、無言を貫いた。
その後、同じ様にチェーゼも身体を拭き、着替えさせる。リーチャと違い、それは短時間かつ大雑把に行われたが、最低限の身綺麗さは確保出来た。
『そう言えば、どうして奴隷を部屋に連れてきたんですか?』
『ちょっと話がしたくて』
船倉での立ち話は、メモの確認も含めて面倒が多い。
優斗の返答に満足したのか、お仕事の邪魔はしません、と大人しく隣に座るシャオジーに、優斗は改めて謝罪とお礼を告げ、残り少なくなって来た飴を彼女に差し出す。シャオジーがそれを嬉しそうに受け取り、口に放り込んだのを確認すると、優斗は隣のベッドに腰掛ける奴隷2人に向き直る。
「生い立ちはこれに書いてある通りであってる?」
そう言って彼らの略歴のかかれたメモを向けるが、リーチャは返答に困っており、チェーゼは憮然としている。
一応とは言え、今は主人相当である優斗の質問に、奴隷である2人が返答をしないのは妙だ。優斗はそんな風に考えながら、同じ質問を重ねる。
「これが本当か、確認して」
「俺らは字なんて読めねぇよ」
「すいません」
2人の言葉に、その可能性を考慮していなかった優斗は、自分の迂闊さを反省する事になる。
優斗がこれまで深く関わって来た人間のほとんどは商人で、最低限の読み書きは当然出来た。それ以外の人間も、貴族かそれに連なる者が多く、最低限の教養を持つ者ばかり。しかし、この国でそれは少数派だ。旅の途中で何度も取引をした、小さな村の住人達の様に。
「チェーゼ」
「なんだ?」
「帝国の寒村で生まれ、子供の頃に公国へ奴隷として奉公に出される。しかし、奉公先である地主が事業に失敗し、手放す。その後、商品奴隷として輸送中に荷馬車が襲われ、盗賊の手に渡り、彼らの元で兵士として過ごす。盗賊団が壊滅した際、一時的に公国の所有とされたが、元の持ち主からの訴えにより戻される。年齢は約27歳」
優斗は、中々激動の人生だな、と文字通り他人事な感想を抱きながら、頷くチェーゼを見る。
あまり食糧が与えられなかったせいか一見細身に見えるチェーゼは、しかしガタイはそれなりに良く筋肉質で長身だ。帝国人なので肌は黒く、背の高さもあり、あちらでも普通より外国人に慣れていたはずの優斗だが、目の前に立っていた時は威圧感に圧倒された。そして座っている今でも、それなりの威圧感を感じていたが、シャオジーの前と言う事もあり、表面上は平静を保っている。
「これを読む限り、元盗賊で人も殺した事がある、と思っていいのかな?」
「そうだな」
「腕に自信は?」
「銅の武器があれば、そこらのヤツには負けない」
銅の武器と聞いて優斗が連想したのは、フレイ用に作らせた銅の棒だった。
邪魔にはなるが、護身用になるかもしれないと積み込み用の荷物と共に預けてあったそれは、現在床に置かれている。
優斗はそれを持ち上げると、短く握ってチェーゼに向ける。
「こんなのでもいける?」
「あぁ」
そう言って受け取ったチェーゼは、銅の棒を手の甲に乗せると、器用にバランスを取った。
狭い部屋の中央で棒を横向きに持っていれば、邪魔で仕様がない。そう感じた優斗が、一旦床に置くように指摘しようとした瞬間、チェーゼが掌を返す。しかし、手の甲に張り付いたままの棒が落下する気配はない。
「それは?」
「銅を動かすギフトだ」
メモのギフト欄を思い出しながら、優斗はその光景を観察する。
メモには単に、鉱物操作、銅と素っ気なく書かれていた為、優斗が想像したのはやはりある服飾店の店員だった。しかし、目の前の光景に加え、現在チェーゼの口からされている説明をまとめると、直接肌に触れている部分限定だが、自分の意思で一定の力を銅にかけ、移動させる事が出来るらしい。
チェーゼ曰く、自分の筋力だけでは持ち上げる事も出来ない大重量の銅武器を振り回したり、小さい物なら触れるだけで飛ばす事も可能だと言う事だ。
「便利っぽい」
「押す、引く、固定するくらいしか出来ないぞ」
心なしかチェーゼの態度が柔らかくなっている事を感じ、優斗の言動も砕けたモノになっていく。
もちろん、暫定とは言え主人相当の立場である優斗は、砕けた口調どころか、怒鳴りつけても、命令しても良い立場であるのだが、そう言った態度を取る気はない。
「で、リーチャの方も似たような境遇な訳だ」
「はい」
「最初の奉公先では、侍女として仕えてたんだ」
「はい」
視線は優斗を捉えているが、焦点は合っていないのではと優斗は感じていた。
女性奴隷と言う特性上、メモにはチェーゼになかった情報も書かれている。優斗がそれを口に出して確認する事を躊躇い、止めておこうかと考えた瞬間、リーチャの隣に座るチェーゼが口を開く。
「最初の地主は、家畜に手ぇ出すなんて汚らわしい。女は女で買うって男だったからな。盗賊どもに浚われた時がこいつの――」
「わかった。もういい」
チェーゼの発言を中断させた優斗は、メモに書かれている胸糞悪い情報が真実だと言う事を知る。
リーチャの補足情報に書かれたいた内容はこうだ。
現在18歳。15の時に身柄を奪われてから約2年、盗賊団に飼われ、盗賊達の世話をしていた。その際にきちんと躾けられており、従順で、奉仕能力も高い。
「とりあえず、面倒臭い」
優斗の独り言に反応する者は今回もいなかった。
資料と今の情報、今までの知識から導き出される答えに、自分の道徳観念を加えて吟味しながら、優斗は腕を組んで悩み始める。
普通に考えれば、チェーゼは資料にあった奴隷剣闘士も扱っていると言う商会に売るのが妥当だ。名前からして、闘技場か何かで奴隷同士を戦わせるのだろうと予想され、武器を扱う事に長けた彼を売り込むにはぴったりの場所だ。
リーチャの方は、娼館に売り込めば、高値が期待出来る。その来歴も好む人間は好みそうであり、何より適正が高いらしい。
多少は薄れたとはいえ、今でも人身売買自体には抵抗のある優斗は、自分がそれを実行しなければいけないと言う事実にため息が零れる。優斗にとって、人の命も、貞操も、本人たちの意思を無視してお金にするのは、忌避すべき事柄だ。
「そういや、ギフトについて書いてないな。どんなの?」
「私のギフトは、天の妖精の欠片と言うそうです」
そう言ってリーチャは、優斗に向かって手を出し出す。
優斗が一瞬だけ迷ってからその手を取ると、リーチャは両手で包み込む様にそれを包み込む。
その行動にドギマギしながらも、やはり表面上は冷静を装っていた優斗は、握られた手に感じる変化に驚きの表情を浮かべる。
「これは?」
「身体を冷たくしたり、熱くしたりしただけです」
熱操作ならば利用価値は高いのではないかと考えた優斗の思惑は、続くリーチャの、自分だけですけど、と言う言葉で体温操作なのだと判り、霧散する。
こうして2人の大まかな情報を得た優斗は、ひとまず彼らをどこに置くべきかと考えながら、シャオジーへと視線を向ける。
大人しく優斗の隣に収まっていたシャオジーは、優斗の視線を受けてにこりと笑う。
「とりあえず、船長に交渉かなぁ」
3度目の独り言にもやはり返答は無く、優斗はため息を吐く。
とりあえず寝ると言っていた船長と話が出来るまで、時間を潰そう。
優斗はそう決めると持ち込んだ暇つぶしを取り出し、まずどれをやろうか考えるべく、思考を切り替えた。
優斗くんが相変わらずの甘さとお人よしっぷりを発揮する話でした。
どうあがいても売られてしまう事が決まっている2人を、優斗くんはどうするつもりなのでしょうか。