水繰る妖精の欠片
出発の日になっても、フレイは帰ってこなかった。
キャリー商会による調査でも彼女の足取りは捕まえる事は出来ず、何件か発生していた事故の調査も、結果は芳しくない。最近、馬車の行き来の増加に従って事故件数も増えている為、全てを調査出来ているのかは不明だが、ほぼ全ての被害者と加害者を確認する事が出来た。しかし、その中にフレイの名前も、似た姿の女性も存在しなかった。
その結果を受け、玄人が最高の手際で、証拠も残さず誘拐して行った可能性はあるが、状況からして自主的に逃げ出した線が濃厚だ、と言うのがアイタナの言葉だ。
2日間悩みぬき、最後の一押しとしてアイタナの報告を聞いた優斗は、捜索の打ち切りを決断する。
もしフレイの気が変わって優斗の行方を尋ねてきた場合に備えてキャリー商会に金貨を1枚預け、捜索にかかった費用を支払うと、アイタナは訝しげな表情をしていた。それが奴隷を購入しなかった為なのか、フレイを探す事を諦めた事に由来するのか、優斗にはわからなかった。
優斗は朝早くに宿を引き払うと、シャオジーを連れてキャリー商会へと向かい、荷馬車と共に大半の野宿用の荷物やフレイの着替え等の持っていかない物をキャリー商会に預けると、アイタナの案内で自分たちが乗船する船へと向かう。
「こちらになります」
「結構、大きな船ですね」
「はい。優斗様の荷物は既に船室へと運ばせて頂きました」
優斗の荷物と言うのは、主に食糧と飲み物、着替えや防寒着だ。
人を呼びに行くとアイタナがその場を離れると、優斗は隣のシャオジーへと視線を向ける。
髪を隠すためにフードを目深にかぶったシャオジーは、視線を察知して優斗を見上げると、にこりと微笑む。フレイ不在の旅を不安に思いながらも、守るべき存在を確認した優斗は、その心の内を悟られぬ様、同じ様に笑い返す。
「お待たせしました。優斗様、こちらがこの船の船長です。船長、我が商会の代理人の優斗様です」
「よろしくお願いします」
「あぁ」
ぶっきらぼうな返答が、優斗の想像する船長像と少しだけ被り、苦笑する。
そんな優斗の態度を不真面目だと感じた船長は、少しむっとした表情で鼻を鳴らす。
「ふんっ。
先に言っとくが、船の上で俺の指示に従わないなら海に放り出すぞ」
「せ、船長!
すいません、優斗様」
慌てるアイタナの姿と、頑固な船乗り、と言うイメージにぴったりと合う船長の言動に、優斗は下を向いて笑いを堪える。
しかし、このままでは自分の印象が悪化する一方だと判断した優斗は、改めて挨拶をする際に酒の小樽でも差し入れようと考えながら、出来るだけ真剣な表情を取り繕う。
「肝に銘じておきます」
「殊勝なのが口だけじゃなきゃーいいがな」
「気を付けます」
営業スマイルを浮かべる優斗。
その後、出港の準備があると船長が船に戻ると、アイタナが申し訳なさそうに言い繕い、優斗がそれを笑って流すと言う一幕を終えると、優斗は船長がよこしたと言う若い船乗りに案内され、宛がわれた船室へと向かう。その際に優斗は、アイタナに二か月後の資金貸し出しの件について念を押す事も忘れない。
船室に到着すると、若い船乗りは扉を指差して「あそこだ」と告げると、優斗がお礼を告げる暇も無く姿を消した。
きっと出港準備で忙しいのだろうと好意的に解釈した優斗は、扉を開け、シャオジーと共に船室へと入る。
『荷物が一杯です』
『だね。幾らか船倉に預けられないかな』
船室に備え付けられているのは、ベッドが2つのみ。
しかし天井が低く、一般的な宿と比べれば手狭であり、現在は寝るスペース以外は荷物置き場になっている状態だ。荷物置き場も手狭で、荷物を退けたとしても通路程度のスペースしか確保出来そうにない。
しかもベッドは小さめで、シャオジーなら問題無く手足が伸ばせるが、優斗は出来そうにない。
『出港までに荷物を整理しようか』
『お手伝いしますね』
そう言ってシャオジーは、フード付きの外套を脱ぎ去ると畳んでベッドの上へと置く。
今日のシャオジーは後ろで括っただけと言うシンプルな髪形をしている。括ったのはもちろん優斗だ。
使用頻度の低い物をまとめてベッドの下へと仕舞い込みながら、隣のベッドで同じように荷物をまとめ直しているシャオジーを見て、優斗はようやく同室で問題無いか問うていない事に気付く。その質問を口にしようとして、否と返されても対処できない事に気付く。正確に言えば頼む事だけなら出来なくはないが、いきなり我儘を言って船長の印象を悪くするのは得策ではない。
考え事をしながらも荷物の整理は進んでいく。シャオジーは優斗が予想していたよりも手際よく荷物を分別しており、負けじと優斗も手を動かす。
『あ、出港する見たいです』
『お、ホントだ』
乗客に何も告げず出港するのはどうなんだろうと思いながら、優斗は1つしかない窓から離れて行く陸地を眺める。
ふと、優斗は隣で同じ様に外を見つめているシャオジーの目が不規則に揺れている事に気付く。良く見れば、指先も少し震えている。
シャオジーが最近、船で事故にあった事を失念していた事に気付いた優斗は、咄嗟に心の中で自分自身の事で手一杯だったからと言い訳してしまい、その不甲斐なさに自己嫌悪に陥りながらも、彼女の気を少しでも逸らそうと、頭に手をやる。
『何ですか?』
『何でもない』
『そうですか』
シャオジーの視線が優斗に向かい、少しだけ揺れが治まった事を確認すると、優斗は果汁を入れた皮袋を取り出す。
それをシャオジーに手渡すと、自分は水の入った皮袋を手に持ち、一口だけ口に含む。シャオジーもそれに続き、少しだけ口を付けると皮袋を優斗に返そうと、差し出す。
『持ってていいよ』
『えっと。いいんですか?』
『むしろ腐る前に全部飲んで』
水を先ほどよりも多めに口に含み、喉を潤しながら優斗は整理した荷物の中身を思い出す。
優斗は食糧として保存食を主に約15日分準備した。到着が平均で10日だと聞いているが、実際には航海の状況を確認しつつ食べる量を調整する予定だ。
次に飲み物として、大量の葡萄酒と少しの水と果汁。後者が少量なのはそれらが腐る物であり、腐った物を口にすると腹を下す可能性があると言う事だ。しかし、12歳の子供に酒を飲ませる訳にはいかない。
『シャオジー』
『はい、なんでしょう』
『少し出てくるけど、どうする?』
『どこへ行くんですか?』
その質問に、優斗は少しだけ間を置き、口にすべき内容とすべきでない内容を取捨選択する。
その間を不自然にしない為に、優斗は先ほど荷物から避けて置いた小樽に手を置くと、人差し指でその上部をこんこんと叩く。
『船長さんに挨拶とお願いをしに』
『どんなお願いですか?』
『航海の間、水を分けて欲しいって』
優斗は安易に、船乗り達が飲む少量の水は煮沸するなどして確保しているはずだと考えていた。
しかし、実際には船上、しかもそれなりに長居航海中にそんな無駄な事が出来る訳がない。シャオジーの飲み物を確保する為と言えば、弱い酒でも飲ませとけ、と言われるのが関の山だ。
優斗のそんな失態は、シャオジーの予想外の言葉により、気づかれる事なく過ぎ去る事となる。
『水でしたら私が』
『へ?』
『海から水を汲んで貰えれば大丈夫です。あ、いらない、目の細かい布も欲しいです』
『いやいや、海水はそんなくらいじゃ飲めないよ』
『えっと、説明するより見せた方が早いと思うので』
お願いできませんか、と小首をかしげて問われると、優斗は頷くしかなかった。
優斗は準備をしておくと言うシャオジーを残して甲板に向かうと、暇そうにしている船員に声をかける。
「あの、海水を汲みたいんですけど」
「あ? じゃあ、これ使え」
船員が足元にあったロープ付きのバケツを蹴り寄越す。
これまた海の男らしい、雑な行動だと妙な感心をしながら、優斗は礼を言ってバケツを海に放り込み、少量の海水を汲む。
それを持参した小ぶりな鍋に移すと、船員に再度礼を告げ、船室へと戻る。
『おかえりなさい』
『ただいま。これでいい?』
『はい』
優斗が鍋を手渡すと、シャオジーがそれをゆるく布をかけた杯へと注いでいく。1杯終えるとまた次の杯に同じ様に注ぐ。
布を通した事で不純物が減り、ほぼ海水だけが入った杯をシャオジーが持ち上げた時、優斗はそれを口にしないかハラハラしながらも黙って見つめる。
そして次の瞬間、優斗の目の前で驚くべき事象が発生する。
『はい、出来ました』
『いや、それ、あ、そうか』
『はい。これが私のギフトです』
呼び名は連邦でも同じなんだな、と思いながら、優斗は今起こった現象を心の中で反芻する。
シャオジーが海水の入った杯を傾け、それを自分の手の上に流し込んだ。すると、水がその下に配置してあった鍋に向かって落ちて行く。それだけならば普通の光景だが、シャオジーの手の中に白い塊――優斗には結晶化した塩に見える物――が残された。
『塩を取り出すギフト?』
『いえ。水を動かすギフトです』
水を動かす。すなわち、特定の物質を移動させるギフトだと言う事だ。
優斗はそれを聞き、初めて行った街で会った服飾店の女性店員を思い出す。
紙の上にある炭だけを動かし、文字と図を完成させた女性。シャオジーも同じ様に、海水から水だけを動かしたのだろうか、と優斗は考える。
『塩も食べられますよ』
『あぁ、だから先に布を』
『その通りです』
海水に含まれるゴミなどを取り除いておけば、塩が綺麗な状態で取り出される。
そして水分を操作出来るのであれば、色々と応用が効きそうだと考えた優斗は、ある事に気付く。
『もしかして、服とか乾かせる?』
『はい。でも、あんまりやると眠くなります』
やはりある程度の代償は必要なのだな、と考えた優斗は、そうは見えなかったフレイを思い出してしまい、その思考を振り切る様に首を左右に振る。
優斗は思考を切り替え、残りの海水も真水に変えているシャオジーの姿を見つめながら、先ほど気づいた事に思いを馳せる。
船で漂流した際、シャオジーだけが生き残れた理由。
それは海水から水と塩を別々に確保出来た事で飢えと乾きを回避出来た事と、濡れた服を乾かせる事で寒さをある程度緩和出来た事にあるのではないか、と。
とは言え、それを直接確認する訳にもいかず、優斗は話題をそのまま続行して行く。
『他には何が出来るの?』
『水の流れを少しだけ変えられます』
『便利そうだ。ちなみに、人間から水分を吸ったりは?』
『水分、ですか?』
不思議そうな反応に、優斗は一瞬だけ考えてから自分の口を指差す。
そして少しだけ口元を開くと、舌先を露出させ、シャオジーが理解した様な表情を浮かべるとすぐにひっこめる。
『多分、出来ると思います』
『じゃあ、血とかは?』
『血は血ですよね?』
『やった事はない?』
『無いですけど、出来ないと思います』
出来る事がなんとなく、本能的に理解出来るギフトにおいて、その感覚は重要だ。
優斗はそれを知らないが、あまり深くつっこまない方が良いと判断した。
詳しい原理は不明だが、せめて発現する事象の情報だけでも整理しておこうと、優斗は聞いた内容とそこから推測した部分を再度頭に浮かべる。
『水だけを動かすギフトで、海水とか泥水から綺麗な水を出して飲める。あと、乾かすのにも使える、であってる?』
『はい。乾かす時は手で全体を伸ばす感じで、水を集めるんです。こうやって』
シャオジーはそう言って、シーツの皺を伸ばす仕草で実演する。
能力の概要を把握した優斗に、もう一点納得する点が生まれる。
この世界で塩が他の調味料より安い理由。それは、海水からすぐに塩が調達できるからなのだろう。
優斗の常識では、塩と言えばほぼ岩塩であり、海水から塩を取り出す為には塩田で長い時間をかけて結晶化するか、何かしらの機械が必要になる。しかしこちらでは、ギフト持ちが居れば一定の生産が確保出来るのだ。ギフトの詳しい希少度は不明だが、それなりの人数、水を操作するギフトを持つ者がいると予想される。
『まぁ、とりあえず水に困る事は無い訳だ』
『はい』
『塩は食事にでも使おうか』
『はい』
その後、上機嫌なシャオジーの提案により今日、明日分の水を確保する事になった優斗は、船員に訝しがられながらもう一度甲板に足を運び、海水を汲んだ。
海水の真水化を終えたシャオジーは、ギフトの連続使用や朝早くからの準備に重い荷物を持っての移動、そしてその片付けによる疲れにより、ベッドの上で船をこぎ始める。
そんな光景を微笑ましいと感じながら、自分が居ては眠りにくいかもしれないと考えた優斗は、葡萄酒の入った小樽を抱えて立ち上がる。
『船長さんに挨拶して来るから、待ってて』
『は、はい!』
『眠かったら寝てていいよ』
声をかけられて驚くシャオジーを置いて、優斗は部屋を出る。
途中で会った船員に船長の居場所を聞き、今は部屋で休んでいる事を知った優斗は、面倒臭そうな船員から船長室の場所を聞き出してそちらへと向かうと、部屋の扉を叩く。
「ぎょ、いや。商人の優斗です」
「おう、入れ」
特に指摘された訳ではないが、キャリー商会の代理人として便乗している以上、行商人と名乗るのはマズのではないだろうか。
そんな風に考えて言い直した優斗は、そこそこ重い小樽を運んでいるせいで塞がっている両手のうち、右だけをなんとか解放して扉を開ける。
「何かようか、客人」
「船長さんに改めて挨拶をと思いまして。先ほどは慌ただしかったですので」
「律儀なこった。で、それはなんだ?」
小樽の存在を忌々しそうに見る船長に、優斗は少し不思議そうな表情を浮かべながら部屋へと入る。
優斗は、自分の姿から要件が察せそうなものなのに、と考えながら、狭い、それでも優斗とシャオジーの部屋よりも広い船長室の机に小樽を置く。船長は相変わらずの嫌そうな表情を優斗に向けると、崩して座っていた姿勢から足を机に乗せる事で更に横柄な格好となる。
「10日間、お世話になります。これ、よければ召し上がってください」
「……は?」
「差し入れです。そんなに良い物ではありませんが、薄めたりしていない、中々いける葡萄酒です」
唖然とする船長と、反応の意味が判らず営業スマイルのまま固まる優斗。
その均衡を破ったのは船長だ。
くつくつと笑い始めたかと思えば、声を張り上げて爆笑しており、優斗の困惑は深まるばかりだ。
「あー、なんつーか、お前、珍しい商人だな」
「そうですか?」
「船乗りなんてしょせん、荒くれ者の集まりだからな。商人は近づかないか、そうでなきゃ金を搾り取りに来るくらいだ」
それは地位的な問題だろうか、と優斗は考える。
商人は曲がりなりにも特権階級扱いだ。船便で荷物を出せる商人となれば金を持っている中規模でも大きな部類に入る商会以上に限定され、自動的に同乗者もそこに連なる人物ばかりになる。
しかもこの船は王国行き。信用の出来る、すなわち商会に深く関わっている人物が任される可能性が高く、そうなれば居丈高である事にも頷ける。そう言った意味では、行商人の優斗がここに居るのは場違いと言うか、例外と言う事になる。
「単なる賄賂かもしれませんよ?」
「俺らに取り入って、なんか良い事あんのか?」
「……今後、船が手配し易くなる、とか」
「んなもん、そん時にわたしゃいいだろう。貰って、飲んだらんなこたぁ忘れるっつーの」
段々と口が悪くなる船長に、あれでも丁寧にしゃべっていたんだな、と思わず優斗の思考が関係の無い事に方向へと逸れる。
まだ笑い続けている船長の対応に困った優斗は、樽の詮を抜き、船長へと差し出す。
漂う酒の香りに誘われるように船長の顔が近づき、まだ笑みを形作っている顔でにやりと笑うと、手近にあった杯を2つ手に取り、その片方を優斗に差し出す。
「今日は気分が良い。客人、一杯だけどうだ?」
「是非」
「がはは。男はそうでなきゃな!」
また笑う船長の杯に、優斗は樽を持ち上げて葡萄酒を満たすと、自分の杯にも同じように注ぐ。
中身が零れるほどの豪快な乾杯をしてから飲んだ葡萄酒を、ひさしぶりに美味しいと感じながら、優斗は杯を大きく傾けて飲み干す。
「無事に着いたらまた持ってきますので、海に投げ出したりしないで下さいね」
「そりゃ、ますます無事にサリスに送り届けにゃならんな」
サリス、とは目的地である王国の港町の名前だ。
カクスから言えば最寄りの港ではないのだが、王国の首都が最も近い港町である為、公国から出るほとんどの船がそこへと向かう。
「俺ぁ波が穏やかな間に寝るんでな。悪いが続きはまたな」
「そうでしたか。すいません、お邪魔して」
「気にすんな。良い寝酒も貰ったしな」
「はは。では、失礼しますね」
「あぁ、また後でな」
予想外に気さくな船長の性格に面食らいながら、優斗は船長室を後にする。
そのまま自分達に宛がわれた船室に戻ると、シャオジーは既に眠っていた。
起こしてしまうのも可愛そうだと思った優斗は、貰ったまま碌に目を通していない資料を取り出すと、船室を出て適当な場所を探そうと歩き回る。
船室から上へと向かい、甲板へと出るまでの間にスペースを見つけられなかった優斗は、風が弱いから大丈夫だろうと判断し、先ほど海水を汲む道具を貸してくれた船員に挨拶をすると、甲板の風の当たりにくい場所を選び、木箱の上に腰かける。
資料の読んでいない部分に目を通す為、既読の部分をめくって行く。
読み進め、最後に商品の目録へとたどり着く。その中に名前の様なモノを幾つか発見してどきりとしたが、茶葉の名称や産地だと記述されている物を幾つか見つけ、そう言う事からと納得する。
全て目を通し終え、幾つかの商品に書かれていた、商品を確認、や、商品に説明あり、の部分を確認しておこうと、優斗は船倉へと向かう。
船倉は優斗達の船室よりも下の階層にあり、下へ降りるたびに薄暗くなっていく。その薄闇に少しだけ恐怖心を煽られた優斗が、許可なく入れるモノなのかと気づいた時、小さくない物音が廊下まで聞こえ、続いて男の怒声が響く。
「ちっ。くそっ、静かにしやがれ」
「あーあ。だから止めとけって言ったのに」
「うっせー。おら、奴隷ども。俺に怪我させたらどうなるか、わかってんだろな」
見つかるとマズイ。直感的にそう判断した優斗は、音を立てない様に気を付けながら壁際に張り付く。
無意識に状況を確認する為に声が聞き取りやすいく、見つかり辛い位置に移動した優斗は、息を殺してその場に潜む。
「そっちの男、ちゃんと押さえとけよ!」
「へいへい。いくら溜まってるからって、積荷に手ぇ出すのはどうかと思うぞ、俺は」
「てめぇも乗り気だっただろーが」
「そりゃ、こんなそそる女を抱ける機会はそう無いからな」
「なら、黙って協力しろ!」
「見つかっても責任はお前持ちだって、忘れんな? 自分が騙されたからって俺まで騙すなよ」
「わかってるよ。クソ。あの女、今度見かけたらただじゃおかねぇ」
男達の会話から、優斗は状況をこう予想した。
まず、航海中の船には基本的に女がいない。だからこそ、陸に上がったら娼館などで女を買うのだろう。だが、あの男は買い損ねたか、買った後に何もできずお金だけ持ち逃げでもされたのだろう。そしてその鬱憤を積荷で晴らそうとしている。
「おい、てめぇ。さっさと股開け!」
「嫌がる女を無理やり、か。悪くねぇな」
「うっせーぞ」
「わりぃわりぃ。リーチェちゃん、だっけ? ホント良い身体してっからさ、つい、な」
男の下卑た笑い声と共に聞こえてきた名前に、優斗は覚えがあった。
先ほど確認した商品目録。その最終ページにあった茶葉らしき銘柄の一覧の末尾にあった名前だ。正確には末尾はチェーゼとなっており、その上にリーチェと書かれていたのだと思い出した優斗は、現状に関して2つの疑問を抱いた。
1つは、何故自分が預かった荷物に奴隷が混ざっているのかと言う事。
もう1つは、この状況、すなわち預かった積荷が荒らされている状況で、自分はどう動くべきなのかと言う事。
「へへ。確かに良い身体してっよな」
「だろ。だからさっさと済ませて、俺に変われ」
「わかってるよ。誰か来る前にやり終えねぇとだしな」
体が床で擦れる音と共に、小さく女の声が漏れ聞こえる。
そんな中、優斗は行動を起こす事なく思考を続ける。
前者の疑問に関しては、実際的な問題点は存在しない。何故なら、奴隷売買に直接関わりたくないと言うのは優斗の心情であり、奴隷商であるキャリー商会にとっては通常業務でしかない。強いて言うならば、フレイ探しに没頭し、積荷と目録の確認を怠った優斗の責任だ。
そして後者に関しては、積荷が最も高く売れる為に最大限の努力をしなければならない、と言う契約書の条文を思い出す事で、成すべき事を把握する。しかし、それが実行できるのか、行動力すると言うハードルの他にも、弱い優斗が海の男2人を相手にどうにかできるのか、と言う問題がある。
「とりあえず、全部脱がしちまうか。こんな汚ねぇ服、ちっとくらい汚してもわかんねーとは思うが」
「おーおー、やれやれ」
迷っている間にも、状況はどんどんと進んでいく。
腕力で叶う訳は無く、助けを呼ぼうにも周りは彼らの仲間である船員しかいない。大声を出したとしても、船員側の落ち度を認める可能性以上に、優斗を暴力で脅して口止めする可能性がある。
だから、逃げると言う選択肢も視野に入れるべきだ。そう考えながら、優斗は壁から背を離し、一歩踏み出した。
王国に向けて出港する話でした。
二度目となるフレイさん不在の旅ですが、果たしてこの先どうなる事か。




