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異世界行商譚  作者: あさ
拾い者の行く先
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オルドへの筋道

 シャオジーを拾ってからの数日間、優斗は彼女の話し相手やフレイとゲームをする合間に、製紙について調べていた。


 まず、木をチップ状にしてよく煮詰める。それを水にさらし、紙の元を取り出して薄く広げれば完成、と言う工程のうち、紙の元、すなわち木の繊維を取り出す部分でギフトが利用される。

 特定物質のみの移動と言う能力により、同時にごみなどの余計なも取り除かれる為、主に紙の質を決定するのは水分を絞り、乾燥させる技術と、均等にプレスする技術が影響するらしい。


 来歴に関しては不明だが、少なくとも最近になって流出した技術で無い事が判った為、同郷が広めた技術であったとしても既に故人であるだろうと考え、優斗は仮にと言う前提で頭の中で数字を1つ引きながら、これ以上の調査を打ち切る事に決める。


 それ以外にも、宿の大将に優斗の故郷の料理を教えて再現を試みたりもしていたが、大半が調味料や材料が不明、もしくは手に入らずに調理にすら至らなかった。

 しかし料理人である大将には収穫があった様で、近々新メニューの試食会をするからと、招待を受けた。


『あの、優斗さん』

『何?』

 寝間着の白いネグリジェからフレイの調達してきた服に着替えたシャオジーが、ベッドの端に腰かけながら控えめに優斗の顔を覗き込む。


 フレイが選んだのは、シャオジーが着ていたシンプルな白とはまったく違う、真っ黒なワンピースだ。

 適度なレースとフリルに彩られたそれは、シャオジーの真っ白な肌と髪が映え、更には華奢な手足が更に細く見える為、西洋人形の様な雰囲気を醸し出している。


 続く、今日は別件で出かける事を告げに来た優斗に対するシャオジーの返答は、優斗にとって予想の範囲内の内容のものだった。


『私も付いて行きたいです』

『いいけど、平気?』

『はい』

 数日でかなり回復したとは言え、病み上がりであるシャオジーの足取りが、優斗には危なっかしく感じて仕様が無い。


 優斗の外出にシャオジーが同行を願い出たのは、本日の要件が彼女に関する事柄だからだ。

 もう大丈夫だと言うシャオジーの主張により、すぐにでも船便を探して王国へ向かう約束をしてしまった優斗の本日の予定は、キャリー商会に荷馬車を預け、同時に船便の紹介をして貰う事だ。


『体調が思わしくなかったら、用事を済ます前でも引き返すからね』

『はい、わかりました』

 真剣な表情で返答するシャオジーの様子に、優斗から苦笑が零れる。


 自分の立場をきちんと理解し、優斗の機嫌を気にかけ、損ねない様にと言う振舞いは、シャオジーの体調が回復するにしたがって更に顕著になって来た。それに対して優斗は、聡明な子だと思う反面、もう少しリラックスして欲しいとも思っていた。


『優斗さんはとても上手くなりましたね』

『何が?』

『言葉です』

『まぁ、ねぇ』

 得意ではないが、優斗の英語の成績は平均点以上を取れる程度にはあった。


 その基礎力に実践経験が加えられ、現在の優斗は発音を除けばかなりしゃべれると言っていい状態にまでなっている。

 原因はもちろん、シャオジーとの会話だ。ここ数日、連邦の情報を聞き出す事と、ベッドの上で退屈するシャオジーと唯一会話が交わせる存在として暇つぶしに付き合っていたせいで行った会話の量はかなりのものだ。不明な単語もノートパソコンのおかげで即座に調べられる為、語彙も僅かに増加傾向となっている。


『準備出来たら隣に来てくれる?』

『判りました』

 タイミングを逸してしまい、優斗はまだペンダントと手紙の入った小箱を渡していない。


 故に、着ていた服以外の荷物のないシャオジーは、優斗から見ればそのまま出発可能な状態に見えるが、様々な経験から、女の子が出かける際には準備の時間を与えるべきだと学習していた優斗は、フレイへの報告も兼ねて部屋に戻る。


 フレイは部屋で将棋の研究をしており、シャオジーが一緒に外出するので留守番が不要だと告げても、予定通り同行はしないと告げるとまた研究に戻った。内心では、別支店とは言え自分が売られた商会に積極的には関わりたく無いと思っていたのだが口に出す事はせず、代わりにシャオジーの髪を隠す事が出来る外套の購入を勧めた。


 真っ白な髪は公国ではもちろん、王国でも目立つと言う。

 目立ってトラブルに巻き込まれる事を嫌う優斗は、当然二つ返事で了解し、直後に扉を叩いたシャオジーと共に外に出る。


 まず向かったのは、フレイに勧められた外套を買う為の店。

 優斗がシャオジーの外套を買うと告げると、当初は『申し訳ないです』とか『お金が……』と渋っていたのだが、使用目的と理由を説明するとあっさり納得した。


『これはどうでしょう?』

『似合ってる。けど、また真っ白だね』

『白は私の色ですから』

 年頃の女の子らしく、楽しそうに外套を選ぶ姿は微笑ましく、優斗は頬を緩ませてその光景を見ている。


 白系の外套をとっかえひっかえする事30分弱、シャオジーが選んだのは大き目のフード付きで、ところどころ赤いリボンと黒のレースで飾られた一品だ。

 選ぶのが楽しかったのか、少し興奮した様子のシャオジーは、外套を優斗に手渡さず、直接店員の方へと向かって行く。


『これ、いくらですか』

「え? あの、えぇっと。この外套が欲しいのかな?」

『あ』

「それが欲しいのですが」

 優斗が隣に現れ、シャオジーがほっとした表情を浮かべ、しかしすぐにばつが悪そうな顔になる。


 買い物に夢中になってしまった事を恥じ、謝罪の言葉を口にしようとしたシャオジーだが、それは優斗によって遮られる。

 優斗は『ちょっと待ってて』とシャオジーに耳打ちすると、何時もの営業スマイルを浮かべ、店員へと向き直る。


「おいくらですか?」

「そうですね。公国銀貨で6枚でどうでしょうか」

「ふむ。さすが、高いですね」

 演技でなく、本気でそう返しながら、優斗はその理由を考える。


 子供用で質が良い、白の外套。

 子供用では端が草臥れても詰められる回数が少ない上に、白は汚れが目立つ。大人よりも汚す確率の高い子供用でこの白さを維持していると言う事は、まだ新しいか、そうでなければよっぽど綺麗に、そして大切に着ていた事が判る。


「確かにこちらの商品はお値段が張りますが、それだけの価値がある一品です」

「そうですね。実は私達は船に乗る予定なのですが、他に必要な物ってありますか?」

 優斗の言葉に、店員が笑みを浮かべ、左手方向を示す。


 つられて優斗が視線を向けると、そこには丸く穴の開いた、優斗の記憶では顔出しニット帽と呼ばれている物が置かれている。


「特に北へ向かうのであれば、必須だと思います」

「なるほど。ちなみに、合せておいくらでしょうか?」

「物にもよりますが、お嬢様の外套と合わせまして、大体銀貨8枚と言ったところでしょうか」

「1つ銀貨2枚ですかぁ」

 示された品に優斗が見出した価値は、防寒ではない。


 これから向かう王国では、自分の黒髪が不利に働く可能性を、優斗はきちんと把握していた。その対策としていくつか考えていた事の1つの、髪を隠すを実行する為に、このニット帽は便利な品だ。染髪すると言う手もあるが、滞在期間によっては何度も染髪する必要がある事と、単純に染髪の経験が無い事、この国で使われている染粉が健康に影響を与える心配等から、出来れば他の手を、と考えていた。


 ちなみに、これを発見するまでは、坊主にして帽子を被る、が最有力候補だった。


「3人分買うと6枚か」

 店員にぎりぎり聞こえる、しかし不自然でない程度の小声でそう独り言をつぶやいた優斗は、少し迷う振りをした。


 そして、示された品を1つ手に取ると、再度悩む仕草を見せてから、店員へと手渡す。


「それとこれ、合せておいくらですか?」

「こちらの品ですと、そうですね。本来であれば銀貨9枚と言ったところなのですが」

 愛想は良く、しかしどこか上の空な店員の言葉を聞きながら、優斗は残念そうな表情でニット帽のある一角を横目に見る。


 その仕草に店員は、買う気はあるが予算が厳しい、と判断していた。そして、多少利益を削っても売上を伸ばす、この場合は優斗が呟いた3人分のニット帽を売る為にはどの金額を提示すれば良いかを考える。出来る限り利益を減らさず、出来れば他の品も買おうかと思われれば、なお良い。


「お嬢様の外套が銀貨6枚としまして、合せて銀貨7枚と半分でいかがでしょうか」

「ほう。ちなみに、他の帽子はどのくらいの値段なのでしょうか?」

 優斗が適当に取った帽子は、髪の色が目立ちにくい様、黒を選んだだけであり、特にこだわりはない。


 店員も、優斗が帽子に関しては質よりも値段を優先している事と、外套の方に言及しない事から、自分にはお金をかけず、連れの女の子には惜しまず使う事を理解した。

 ならば、と安い帽子は利益を度外視し、高価な物で利益を取るべきと判断すると、高い物はそのまま告げ、安い方の値段は普段よりも数割安く提示していく。


「じゃあ、少し小さめ、と言うかこの子と、もう1つ16歳くらいの金髪の女の子に似合いそうな物はありますか?」

「お任せください」

 店員は、思惑通りに事が進んだ事に、心の中でほくそ笑む。


 質の良い、故に当然値段の張る、品々を紹介している間、優斗が値段を気にする事なく「これはシャオジーに似合いそう」とか、「こっちはフレイにいいかも」と呟くのが聞こえ、説明の声にも熱が入る。


「種類が多すぎて、選びきれない程ですね」

「ありがとうございます」

「ひとまず、これとこれだけお願いします。おいくらでしたか?」

 そう言って優斗が示したのは、白い外套と黒いニット帽だ。


 ニット帽の質はそれなりで、値段は銀貨1枚と銅貨20枚と言っていた事を、優斗はきっちりと覚えている。もちろん、外套が銀貨6枚である事も。


「以上の2点でよろしかったですか?」

「はい。そろそろ怒られそうなので、とりあえず着せておこうかと」

 優斗の苦笑に、店員は不安げに下を向くシャオジーに視線を向ける。


 表情が伺えない為、店員はそれを、買い物が長くて飽きてきた子供の反応、と判断した。そして、そんな理由で複数買いによる値切りの好機を逃す優斗を、与し易い客だとも。


「それは申し訳ない事をしましたね。では、手早く済ませる為にも、きりの良いところで銀貨7枚にさせて頂きますね」

「ありがとうございます。ほら、シャオジー」

 銀貨を支払うと、優斗は受け取った外套を広げ、シャオジーに着せる。


 そして自分用のニット帽も受け取った優斗は、嬉しそうなシャオジーをしばらく眺め、タイミングを見計らって彼女に近づくと、店員に話しかける。


「やっぱり、自分の着る物は自分で選ぶのが一番ですね」

「はい。良くお似合いです」

「今度はもう1人も連れてきますね」

「はい。またの来店をお待ちしております」

 店員が反射的にそう答えてしまった時には、優斗はもう店の外へ出る寸前だった。


 こうして、外套とニット帽を購入した優斗は、予定通りキャリー商会へと向かう。

 商会へ到着すると、支店長のアイタナに出迎えられ、応接室に通される。


「そんな訳で、王国行きの船便を手配出来ませんか?」

「王国行きの船ですか。商船でもかまわないのであれば、すぐに手配できると思いますよ」

「では、それを出来るだけ早く3人分、お願いします」

「わかりました」

 そう答えたアイタナが、何かを思い出して立ち上がる。


 訝しがる優斗に「少々お待ちを」と告げると、棚から紙束を取り出し、その中から一枚だけ抜き出すと、元の場所へと腰かける。


「優斗様にお願い、と言いますか提案があるのですが」

「何でしょう?」

「王国に向かうのであれば、身元を証明する事が出来た方が、何かと便利ですよね」

 そう言ってアイタナは、シャオジーに視線を向け、次いで優斗の髪を見る。


 王国で最も上等とされる、色素の薄い白を持つ人間であるシャオジーと、髪だけとは言え、最も下等とされる色素の濃い黒を持つ優斗。

 2人は別の意味で目立ち、目立つからこそ様々なトラブルに巻き込まれやすい。


「私もそう思います。で、提案と言うのは?」

「船代の代わりに、我が商会の荷物を、王国へと売り込む代理人になって頂けませんか?」

 キャリー商会カクス支店の主な取引は、北、すなわち帝国から仕入れた奴隷を公国や王国に売捌く事だ。


 その事実にすぐに思い当たった優斗は、断るべきかと考えた。しかし、現在の手持ち資金が乏しい事もあり、その提案に惹かれているのも事実だ。


「積荷の内容と、私がすべき事をお聞きしても?」

「もちろんです。

 積荷は全て嗜好品です。ほとんどが茶葉や豆類ですね。

 今回の目玉は、現在王国で人気急上昇中の茶葉です。薄めに抽出しても良い味がしっかりと出ると評判です」


 予想外の答えに、優斗は一瞬だけ反応が遅れたが、すぐに何時もの笑みを浮かべる。

 その隣では、言葉が通じないはずのシャオジーが楽しそうに優斗の様子を見ている。


「それを売った代金でこちらの商品を仕入れて来て頂きたいのです」

「なるほど。それで?」

 相槌を打ちながら、優斗は提示された紙に目を通す。


 買付けリストの上位にあるのは宝石類で、次に農作物。前者は例のクシャーナに関する式典狙いで、後者は単純に空いた船倉の大きさに対し、残りの資金で最大の利益を詰め込むのが目的だ。

 王国では労働奴隷による大規模農園が存在する為、農作物の価格が公国よりもかなり安い。関税を幾重にも取られる陸路であればそれほどでもないが、海路を使う船で大量に運び込めば、利益率がかなり良い品だ。


「一定以上の利益を出して頂けた場合、船代はこちら持ちとさせて頂きます。

 そうそう、残った資金で買い付ける品はお任せしますので、どうぞ色々とご利用ください」


 アイタナの言葉を受け、優斗は考える。

 良い話ではあるが、幾つか確認しておくべき点がある事を思い付いた優斗は、それを吟味し、アイタナに質問を浴びせる。


「損失が出た場合はどうされるつもりですか?」

「そんな事はないと信じておりますが、万が一の場合はお預かりする荷馬車を担保とさせて頂ければと思います」

「それ以上は請求しないと言うのであれば、かまいません」

「もちろんです」

「船上で私達に与えられるスペースはどの程度でしょうか?」

「広めの船室を1つ、になると思います。お連れ様の分の食事と水は持ち込んで頂けると助かります」

「出港日と、向こうで仕入れた荷物の輸送についてはどうなっていますか?」

「出港は5日後で、帰りの積荷は船長が責任を持ってお預かりします。もちろん、一緒に戻って来て貰っても構いません」

 その分は利益から差し引きさせて頂きます、と口にせず、アイタナが笑みを浮かべる。


 この中年女性は、商人と言う人種とは違う意味で、中々に口が達者だと感じながら、優斗は引き出した情報を吟味する。


 まず、積荷の内容が奴隷でなかった事は朗報だ、と優斗は思った。さすがに人身売買に積極的に関わる程、優斗は吹っ切れていない。


 条件面では、残った資金を自由に使えると言う点が魅力的だ。

 その資金を自由に使えると言う事は、自分の買付資金で物を安く仕入れる為に利用する事が出来ると言う事だ。滞在が長引かなければ帰りの便まである事も重要だ。


 優斗は隣のシャオジーに視線をやる。

 優斗の横顔を見つめていたシャオジーと目が合い、お互いににこりと笑いあうと、優斗はまたアイタナと向き合う。


「王国にはどの程度の期間、停泊予定なのでしょうか」

「長引けば停泊料も嵩張りますので、大体3日から6日程度だと想定しています」

「その間に取引を行えば良い訳ですね」

「はい。取引先の候補は2、3準備しておりますので、後で資料をお渡します」

「お願いします。で、契約書の条文ですが」


 優斗とアイタナは30分程かけて話し合い、条文を決定すると正式な契約を交わす。

 基本条項は変わらず、解約事項や、もしもの場合の対処等を追加された契約書を受け取ると、荷馬車を引き取る為の人員を引き連れ、宿へと戻る。



 宿に戻った優斗は、シャオジーと他愛のない雑談を交わしながら、フレイの事を考えていた。


 シャオジーとフレイは、会話による意思疎通が出来ない。カードを使って意思を使える事は出来るが、それも最低限であり、とても会話とは言えない。

 ちなみにカードはフレイ謹製の品で、判りやすいイラストが描かれており、裏にはシャオジーによってその内容が連邦で使われている文字で書かれている。優斗はこっそりと、それを参考にした文字の対照表を作成中だ。


 自然、優斗は同じ境遇であり、病人でもあったシャオジーと会話する機会が増え、フレイと話す機会が減っている。


 もちろん、全く話をしない訳ではない。

 夜になれば同じ部屋で過ごし、暇があればオセロや将棋をして遊んでいる。しかし、シャオジーの面倒を見る為にと、どちらかが留守番をしていた為、ここ数日一緒に出掛けた記憶はなかった。


 優斗はユーシア滞在中の事を思い出す。

 仕事や研究、クシャーナの相手に忙しく、フレイと話す時間が減り、表面上は変わりないにも関わらず、どこか刺々しい時期があった。それに気づいてから、ご機嫌取りの為に支払った気苦労と資金を思い出し、苦笑する。


『優斗さん?』

『あ、ごめん。何だった?』

 優斗の言語能力は、雑談に乗れる程度であっても、考え事をしながら会話が出来るほどではない。相槌を打つにしても、まず言葉を理解する必要があるからだ。


 シャオジーが優斗に語りかけていたのは、今後の予定についてだ。

 大まかには、5日後に出港し、約10日かけて王国に到着。そこから2、3日で優斗が仕事を済ませ、残りの3日ほどでシャオジーの知り合いを探す事になっている。


『船団の者が到着しているといいんですけど、いなかった場合は』

『港町の責任者に会える様、手配すればいいんだよね?』

『はい。言葉が私の証明になると思います』

 身分の証明、と聞いて優斗は思い出す。


 この話の流れなら、と優斗はシャオジーに『少し待ってて』と告げると、隣の部屋へ小箱とペンダントを取りに行く。

 不思議そうにしていたシャオジーも、優斗が手に持っている品を見て、驚いた顔になる。


『そ、それは』

『シャオジーの持ち物、だと思うんだけど、どう?』

 尋ねるまでも無く、そう確信していた優斗だが、あえて言葉にしながら2つの品をシャオジーに差し出す。


 シャオジーはペンダントを手に取ると胸に抱き、涙を流し始める。

 その光景に優斗は酷く狼狽した。だが、声をかけるのも無粋と感じ、椅子に腰かけ、ひたすらシャオジーの反応を待つ。


『ありがとう、ございます』

 長い時間、そうしていたシャオジーが、涙声でそう告げる。


 優斗は立ち上がると、彼女の頭を優しく撫でる。

 撫でられながら涙を拭いたシャオジーは、優斗に見える様にペンダントを掲げ、少しだけ口元に笑みを浮かべる。


『なくしちゃったのかと思ってたので、本当に嬉しいです』

『それはよかった。大事な物だったんだね』

『はい。お母さんのペンダントなんです』

 昂ぶった感情を抑えきれないシャオジーが、熱っぽく、そしていつも以上に饒舌に語る。


『お母さんがお父さんから貰って、ずっと肌身離さず付けてて、私にもあんまり触らせてくれなくて』

 声にまた涙が混じって来たせいで、シャオジーが何を言っているのか、優斗には聞き取れなくなって来た。


 優斗が判るのは、目の前で小さな女の子が泣いていると言う事だけ。

 理解出来なくとも、ただひたすら話に耳を傾ける優斗に、シャオジーはひたすら何かを話し続け、最終的には泣き出した。優斗の胸で眠りこけるまで、ずっと。



 シャオジーが優斗の胸の中で目を覚ましたのは数時間後で、そろそろ夕食の時間が迫りつつある頃合いだった。


『ふぇ? お父さん?』

『残念ながら、俺はお父さんでも皇帝でもないなぁ』

『んん……。

 はふ。おはよーございます』

『おはよう、シャオジー』


 寝ぼけ眼のシャオジーに、優斗の目じりが下がる。

 この子は守るべき対象だと再度実感した優斗は、なんとしてでも彼女を仲間のところへ送り届けようと決意を新たにしながら、頭を撫でていた手を離す。


『良く眠れた?』

『うん。って、あれ?』

 眠そうに目を擦り、ようやく意識がはっきりとしてきたシャオジーは、声も無く驚く。


 そして自分の行動を思い出し、恥じ、顔を真っ赤に染めると、凄い勢いで優斗から距離を取る。


『ごごごごめんなさい、それに、あ、あぁ!?』

『とりあえず落ち着いて』

 優斗の反応に、シャオジーは落ち着くどころか、更に慌てた様子で言葉を続ける。


『その、そう。実は私、市井で育ったんです』

『へ?』

 シャオジーの唐突な告白に、優斗は唖然とする。


 その為、シャオジーの言葉を遮る者は無く、彼女は一方的にしゃべりを続ける。


『お母さんは身分が低くて、だから私も皇女の中で一番下で、だからこの役割を与えられてこっちへ来る事になったんです!』

『あー、そうなんだ』

 シャオジーが話す内容を、優斗は完全に聞き取る事は出来なかった。


 しかし、聞き取れた内容に、優斗の疑問を解消できる情報が含まれていた事で、思考がそちらに寄って行く。


 優斗が抱いていた疑問とは、皇女と言う重要な存在が、海を越えなければならない、危険な役割を担っている理由。

 国としては、重要な、正確に言えば相手から重要と思える人間を遣わせる事で信頼を得られる。だが、本当に重要な人物を送り込むのは、リスキーだ。

 その点、親族と言う重要に見える立場でかつ、跡継ぎに関係しない人間と言うのは、この条件に相応しい。


 優斗はそこまで考えてから、もう1つ、確認すべき品があった事を思い出す。


『ちなみにこっちは見覚えある?』

『な、なんでしょう』

 勢いよくしゃべり続けたせいで肩で息をしているシャオジーの姿に苦笑しながら、優斗は小箱を取り出す。


 それを見たシャオジーの反応は、なにこれ、とでも言いたげなものだった。優斗はその反応に対して何を言う事もなく、中から手紙を取り出し、文面が見える様にシャオジーに差し出す。


『こ、これは』

『多分、手紙だと思うんだけど』

 赤みを帯びていたシャオジーの顔色が、目に見えて青ざめていく。


 その反応を不思議に思いながら、優斗は紙に書かれたものを思い出す。

 シャオジーが意思疎通用のカードに書いた文字と同じであると思われる言葉でかかれた手紙の内容は、優斗には解読出来なかった。より正確に言えば、一部の文字や単語は判るのだが、崩し字で達筆すぎる文字列を、完全に解読する事は不可能だった。


『それがあれば身分の証明も出来るんじゃないかな』

 優斗があのタイミングでこれを出して来た理由が、それだ。


 優斗の言葉にシャオジーは、顔を伏せた状態でびくりと肩を動かす。それを訝しんだ優斗が覗き込むと、更に青ざめた顔で、瞳には怯えの色が見える。

 さすがにおかしすぎると、優斗はシャオジーの肩に手を置き、伏せていた顔を上げさせ、目を合わせる。


『どうしたの!?』

『ごめんなさいごめんなさい』

『大丈夫だから、落ち着いて』

 優斗と目が合ったシャオジーが『ひっ』と喉を鳴らして悲鳴を上げる。


 シャオジーが歯をカタカタと鳴らし始めた頃、ようやく自分の存在が恐れられているらしいと気づいた優斗は、隣に居るはずのフレイに助けを求める為、部屋を飛び出した。

シャオジーの為にあれこれと動き回る話でした。


ひとまずこれからの行動に目途がたった優斗くんですが、問題はまだ山積みと言ったところでしょうか。

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