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異世界行商譚  作者: あさ
拾い者の行く先
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迷子の白い小鶏

 夕方になり、優斗がそろそろ追加で準備して貰った部屋に移ろうかと考え始めた頃、少女に目覚めの兆候が見られた。


「フレイ、貰って来てくれる?」

「判りました」

 事前に病人食と、蜂蜜を入れたホットミルクを準備して貰う様、大将にお願いしてあり、フレイはそれを受け取る為に部屋を出る。


 優斗はベッドサイドの水差しとコップを横目で確認しながら、椅子を準備してあった台の前に移動させ、少女の目覚めを待つ。


『ん……』

 目を覚ました少女が、身体を起こして周りを見渡す。


 しばらくぼぅっとしている様子を観察していた優斗は、その目が自分を捉えたのを確認すると、なるべく柔和な笑顔を作りながらも、かなり緊張しながら声をかける。


『おはよう』

『おはようございます。ここはどこですか?』

『ルナールの国、カクスの街』

 優斗が単語を並べただけの不恰好な英語でそう答えると、少女は理解出来ないと言う表情を浮かべる。


 言葉が通じていないのか、もしくは内容が理解出来ないのか判断し兼ねた優斗は、余計な事を言わず、少女の反応を待つ事にする。


『貴方は?』

『俺の名前?』

『そう』

『優斗』

 シンプルにそう答えながら、行商人の、と言う形容詞を調べ忘れていた事を思い出す。


 身分は告げるべきだろう、と判断した優斗は、少女から見えない様に覆ったノートパソコンのキーボードを叩き、辞書で単語を調べ始める。

 それを調べ終わるよりも早く、優斗が唐突に俯いた事に慌てた少女は、自分も自己紹介をしなければと焦って、しかし落ち着いた表情を取り繕いながら口を開く。


『私はシャオジーと言います。ズウェイバー連邦の皇女です』

『ズウェイバー連邦?』

 聞きなれない単語の全てを聞き取る事の出来なかった優斗は、聞き取れた部分をオウム返しにする。


 それを勘違いした少女、シャオジーは寝起きの頭を無理やり働かせながら、説明を口にする。


『連邦は、たくさんの国が集まったものです』

『あー。ちょっと待って』

 シャオジーにそう告げた優斗は、口頭で聞いた単語の文頭を、辞書に放り込む。


 数十秒で、連邦、と言う結果に辿り着くと、シャオジーの言葉を思い出し、納得する。


『ごめん。難しい言葉、判らない。早い言葉、理解出来ない』

『……なるほど、わかりました』

 自分は異国に居る、と言う事を思い出し、同時に実感しながらシャオジーは神妙な顔で言葉を探す。


 同時に、優斗も作ってあったメモに目を落とし、質問すべき内容を吟味し始める。

 しかし、2人がそれを口に出す前に部屋の扉が開いた。


「お待たせしました」

「ありがと。とりあえず、渡してあげて」

「はい」

 お盆を手にフレイが近づくと、少女は少し警戒した表情を見せる。


 優斗はその姿に苦笑しながら、シャオジーの警戒を解くべく、再度柔和な表情を作り、声をかける。


『ホットミルクと食事。食べて』

『へ?』

 優斗の顔とお盆を交互に見ながら、シャオジーは少し間を開けて言葉の意味を理解する。


 布団から出て、ベッドの外へ足を出して腰かけたシャオジーは、一瞬だけ自分の服装を見下ろして眉を潜めたが、すぐに姿勢を正してお盆を持つフレイを見据える。


『ありがとうございます』

『あー、その子は英語が解らない』

 優斗の言葉に、フレイにお礼を言ったシャオジーはきょとんとした表情を見せる。


 起きてまともに話を始めてからの彼女は、寝起きであるにも関わらず、優斗の感覚で12、3歳くらいと言う見た目に不釣り合いな、落ち着いた雰囲気を醸し出していた。それが眠っている時と同じ、年相応な表情を浮かべた事で、優斗の笑みは少しだけ自然なモノへと変わる。


『英語、とは何ですか?』

「へ? あ、あぁ。そっか」

 思わず日本語で呟きながら、優斗は自分のミスに気付く。


 ここは地球ではない。故に英国は存在せず、英国語も存在しない。正確に言えばEnglandが存在しない為、Englishも存在しないと言う事だ。

 他に考える事も多く、港で否定されなかったせいで気づかなかった優斗だが、その事実に、日本語がこの地で何と呼ばれる言語なのかを知らない事にも気づく。同時に、目の前の少女が異世界人ではなく、異国人であると言う事にも。


『どうしましたか?』

『英語は、私の国の言葉で、この言語の事』

 ややこしい説明だな、と思った優斗だが、シャオジーが納得した様な反応を見せた事を確認してほっとする。


 そして、一先ず食事を、と勧めると、シャオジーは少しだけ逡巡した後、ホットミルクに口を付ける。


『甘くておいしいです』

『それはよかった』

『これは砂糖じゃないですよね?』

『はい。蜂蜜です』

「ご主人様、そんな風に女性の食事風景を眺めているのは、些か趣味が悪いのではないと思いますが」

 何かがひっかかっている優斗の思考を、フレイの言葉が中断する。


 とは言え、隣に見知らぬ男が居ては食事をし辛いであろう事は想像に難くないし、フレイの言うような悪趣味な行為を働く気も無い優斗としては、シャオジーにまで余計な誤解を受けない為にも一時的に部屋を出る事を決める。


『少し出ます。用事があったらこのベルを鳴らして』

『えっと、でも』

『食事をしたら休んで下さい。後で来ます』

 シャオジーが少し悩んだ後、首を縦に振った事を確認すると、優斗はノートパソコンを手に持ち、フレイを引き連れて部屋を出る。


 優斗は扉を閉めると、開いたら音が鳴るようにドアノブに鐘をひっかける。それは既にかなりの出費をした相手から、最低限の話も聞けずに逃げられる事を警戒すると共に、あの状態の彼女が無理をして1人で手洗い等に出た事に気付けなければ、色々な不都合が生じるだろうと判断したからだ。

 そのまま追加で手配して貰った隣の部屋へと入ると、フレイが音が聞こえ易い様、扉の近くに椅子を移動させて腰かけ、優斗はベッドに腰を下ろす。


「不思議ですね」

「何が?」

「あれで意思疎通が成されている事が、です」

 英語を聞きなれないフレイから見れば、優斗とシャオジーの会話は意味不明どころか、怪しくさえ聞こえる。


 フレイは優斗から、英語が三国以外の国で使われている言語である、と言う説明を受けている。説明の際、同郷出身である可能性があると言う事には言及しなかったが優斗だが、違う可能性がほぼ確実になった事もあり、軽々しくそれを口にしなかった判断に、内心で安堵する。


「俺は言葉より、あの真っ白な容姿の方が不思議、と言うか驚きかな」

「確かに、髪まで真っ白な人は初めて見ました」

 優斗はシーツから覗く同色の手足を、フレイは着替えの際に見た肌を思い出す。


 2人にとって、シャオジーの第一印象は、ただひたすら白だった。

 次に目が行ったのは、その肌と髪の白に映える1対の淡い赤茶と、薄い唇。


「ちなみに、シャオジーって言う名前らしい」

「自己紹介、したんですね」

「名乗らない訳にもいかないしね」

「その割に、私の紹介は無かったような気がするのですが。気のせいでしょうか?」

 優斗のぎくりとした反応に、フレイは唇の端を大げさに持ち上げ、笑みを作る。


 結果的に今日の約束を反故にしてしまったと言う負い目がある優斗は強く言い返す事が出来ず、続くフレイの言葉に白旗を上げ、彼女に甘いモノを差し出す約束をさせられる。


 遅い昼食を摂った後、隣の部屋のシャオジーが眠っている事を確認すると、フレイと優斗は前日に倣ってオセロと将棋をして過ごす。


 疲れていたのだろう、シャオジーはそのまま起きる気配もなく、故に部屋とドアの鐘が鳴る事は無く、夕方になる。

 女将さんに事情を話し、部屋で夕食を摂った2人は、フレイが食器を下げると、オセロを再開する。


「ところでご主人様」

「ん?」

 ひさしぶりに先に角を取った優斗が、視線を上げる。


 フレイの見つめる視線対策として、優斗は逆に盤面を見続ける事で俯き気味になり表情を隠しかつ、ポーカーフェイスを実践している。


「今日はこの部屋で寝るんですか?」

「そうなるかな」

 フレイがあっさり次の手を差し、優斗は一度上げた視線をまた伏せる。


 今日の優斗は漫然と打っている訳ではなく、長考をしながら1手1手確実に打っている。

 最初はセオリーを守りつつ、後は適当に打てば勝っていた優斗が真面目に打ち始めたのは、悔しさ以上に、久しぶりの娯楽に時間差で熱中し始めたからだ。


「ここって、1人部屋ですよね」

「あ」

 部屋にあるのはシングルサイズのベッドが1つきり。


 優斗が宿を取る際、ほとんどの場合で奴隷付きで1人部屋と言う事で、大き目の、いわゆるダブル、もしくはセミダブルサイズのベッドが設置されている部屋に通される。

 さすがにシングルサイズのベッドに2人は狭いと判断した優斗は、シャオジー眠る隣の部屋にある、もう1つのベッドを思い浮べる。


「じゃあ、フレイはあっちで」

「見知らぬ、言葉の通じない相手と2人部屋ですか?」

「その言い草はどうかと思うけど、確かにどっちにとってもアレか」

 別の理由で優斗が隣で眠ると言う選択肢はありえない。


 シャオジーが起きれば部屋を移動して貰う事も可能だが、そうならなければこの部屋の床で眠る事も考慮しなければと考えながら、優斗は盤面に1手を落とす。


「1つのベッドはひさしぶりですね」

「いやいや、それは無い。狭いし」

 その言葉を予想していたフレイは、しかし心底驚いたと言う表情を作る。


 そして優斗が自分の方を見た瞬間、フレイは顎を少し引き、口元に手を当て、少し潤ませた瞳で上目使いに見つめる。


「いや、ですか?」

「いやいや」

「嫌なんですね……」

 語尾を弱め、目を伏せたフレイに、優斗は彼女の思惑通り狼狽する。


 こう言った状況にも少しだけ耐性が付き始めている優斗は、これは演技だと自分に言い聞かせ、何とか心臓の鼓動を押さえようと試みるが、落ち着くまで悠長に待ってくれる程、フレイは甘くない。


「では、こうしましょう。

 この勝負の勝者が、今夜の寝床を決めるんです。いいですよね?」


 伏せていた視線を上げたフレイが、今度は小首をかしげる。

 少しだけ見える角度が変わっただけにも関わらず、優斗にはフレイが何割か魅力的に見え、その言葉を無条件に肯定してあげたい衝動に駆られる。


 優斗は冷静に考えよう、と思いながら、冷静でないまま思考する。

 現在、盤面の半分以上が優斗の陣地であり、角も1つ確保している。端的に言えば、有利な状況であるように見える。これならば、勝負を受けても問題ないのではないか、と思える程度には。


 その思考自体がフレイの狙い通りだとは知らず、優斗は盤面を分析し、数手先までの予測を行う。


「どうしようかな」

「別に何かしようと言う訳ではないですよ? 隣に子供が居る訳ですし。

 単純に、何かが掛かっている方が熱が入るかなと思ったんです」


 優斗はここで、なら別の物をかけよう、と言う言葉を思い付くのではなく、勝てば気兼ねなくフレイにベッドを使わせる事が出来ると考えてしまった。


 更なる押し問答を交わし、結局勝負に合意した優斗は、あっさりと敗北を喫し、その夜、ぴたりとくっつくフレイの感触と共に、子供が隣に居ると言う言霊の強さを実感する事になる。




 カクスに到着して6日目の朝を迎え、少々寝不足な優斗は、手早く朝食を終えるとシャオジーの部屋の扉を叩く。


『優斗です』

『どうぞ』

 返事と共に扉を開けると、優斗は『おはよう』と声をかけてからノートパソコンを設置する準備を始める。


 優斗が不思議そうなシャオジーの視線に晒されながら設置をしている間、同時に入室していたフレイが、食事を乗せたお盆をサイドテーブルへと置く。


『食べられる?』

『いただきます』

 シャオジーと端的な言葉で会話しながら設置を終えると、優斗は椅子に腰かける。


 シャオジーのそれは難しい言葉や早い口調は理解出来ないと言った優斗に合わせ、ゆっくりと、そしてはっきりとしていて昨日よりも聞き取りやすい。


『体は平気?』

『平気です』

『朝食を食べたら話をしましょう』

『はい』

 パソコンが起動し、辞書機能を開くとほぼ同時にフレイが優斗の背後に立った。


 バッテリーの残量が減り始めている事を確認した優斗は、後で充電を頼もうと考えながら、背後のフレイが差し出した物を受け取る。

 1人だけ食べているのは気まずいだろうと言う配慮から準備したお茶を口にしながら、優斗は聞くべき内容を確認して行く。


『ごちそうさまでした』

『足りましたか?』

『はい。ありがとうございます』

「フレイ、片付けお願い」

 優斗の言葉に呼応して、フレイが食器を下げる為、部屋を出る。


 その間、沈黙を守っていた優斗は、シャオジーが困っている様に感じ、自分から口火を切る事にする。


『話を聞かせて貰えますか?』

『はい』

『とりあえず、自己紹介の続き。俺は行商人の優斗です。よろしく』

『ズウェイバー連邦の皇女で、シャオジーです』

 覚えたての単語を口にした優斗は、昨日は聞き流してしまった言葉を、今日は聞き取る事に成功する。


 そしてそれが予想外の言葉である事に驚く。


『姫、ですか』

『いえ、皇女です』

 その差がよく判らない優斗は、キーボードを叩く。


 調べた結果を確認しながら、優斗は更にそれが正しいのか確認する為、口を開く。


『皇帝の娘、と言う事?』

『はい。

 ズウェイバー皇国が、連邦政府を担っています』


 シャオジーの言葉を聞いて、優斗は合点がいく。

 歴史で習ったソビエト連邦と、その後継とも言えるロシア連邦。優斗はその2つを思い浮べ、専門外の乏しい知識で、連邦制の概要を思い出して行く。


『ズウェイバー連邦はズウェイバー皇国が中心で、貴方はそこの皇帝の娘』

『その通りです。私は連邦の代表として、オルド王国との親交を深める為にやってきました』

 オルド王国、と聞いて優斗は一瞬だけ悩んでしまう。


 しかし、すぐにあの王国である事を思い出した優斗は、頭の中に地図を浮かべる。

 地図にかかれた大陸の形と、優斗が一瞬だけ見たこの惑星の模型らしき物。それに彼女が海で遭難していた事実を加えれば、自ずとシャオジーの国がどこにあるのか、想像がつく。


『東の国から海を越えて来たのですか』

『はい。その途中で他の船とはぐれてしまいました』


 優斗が思い浮べたのは、嵐に遭遇した船団が散り散りになったり、転覆したりする様子だ。

 それはほぼ事実と相違なかったが、優斗にはシャオジーの顔が心なしか青ざめて見えたたため、それ以上の追及も確認もする事は出来なかった。


『体の調子はどう?』

『おかげさまで、かなり回復しました』

『無理はしないように』

『はい』

 会話が途切れ、優斗がノートパソコンに視線を落とす。


 期待した、同郷の人間ではなかったシャオジー。しかし、遭難し、かなりの数の知り合い失ったであろう少女に対し、違ったからはいさようなら、と言う選択肢を取れる優斗ではない。

 故に、これからどうすべきか、悩む。


『あの、優斗さん』

『何?』

 優斗は、皇女様にナチュラルにさん付された、と思いながら、気が付けば様付で呼ばれていた現ユーシア領主を思い出す。


 子供を守るのは大人の役割だ。一度関わったからには、彼女の知り合いが居る所までは送っていく事にしよう。そう結論した優斗は、先ほど思い出していた少女よりも少しだけ年上に見える目の前の少女に、言葉を選びながら質問を再開する。


『シャオジー皇女殿下は何歳ですか?』

『12です。あと、シャオジーとだけお呼び下さい』

 頑張って調べた単語を却下されて寂しいのが半分、面倒な敬称を呼ぶ必要が無く助かると言う思いが半分で、優斗は首肯する。


 12歳、と告げられた優斗が最初に思ったのは、予想通りと言うモノだった。

 しかし、フレイと出会った頃の見た目が、この国では12~13歳程度に見える事を思い出し、シャオジーへと視線を向け、観察する様にじっと見つめる。


『何でしょうか?』

『あ、いや。年の割に大人びているな、と』

『そうですか? 幼く見られる事が多いんですけど』

 少し嬉しそうなシャオジーの反応に、優斗は、やはり、と言う感想を抱く。


 多少とは言え、英語を口にする事にも慣れてきた優斗は、緊張で無意識に強張っていた顔を綻ばせ、笑顔を作る。


『俺は21歳。君と同じで若く見られる事が多い』

『21!?』

 共通点を提示し、友好を図ろうと言う優斗の目論見は、そのインパクトに負けてしまった様で、シャオジーは目を見開く。


 そこまで驚く事だろうか、と思いながら、優斗は立ち上がり、袋から1つ、飴を取り出す。


『嘘じゃないですよ?』

『……信じられません』

『これを食べて、落ち着いて』

 シャオジーは優斗が差し出した飴を、少し警戒してから口に含む。


 その甘さに表情が緩んで行く光景に苦笑しながら、優斗は元の位置に戻り、椅子に腰かけると自分の口にも1つ放り込む。


『甘くておいしいです』

『蜂蜜菓子です』

『砂糖とは違った甘さですね』

 その言葉に、優斗は昨日ひっかかった内容が何か、気づく。


 聞いた話では、公国・王国・帝国の3国では、砂糖は流通していないと言う。むしろ、調査した街では砂糖と言う言葉すら通じなかった。

 しかし、シャオジーは砂糖――sugarの存在を知っているどころか、食べた事があると言う。


『シャオジーの国では、砂糖は簡単に手に入るんですか?』

『はい。でも、高価な物だと聞いています』


 シャオジーが皇族であれば、高級品を口にする機会も多いのだろう、と優斗は考える。

 しかし、高級品では、お菓子を作ったり、紅茶に入れる為に大量輸入する訳にもいかないと肩を落としそうになりながら、優斗は質問を重ねる。


『どのくらい高価なのですか?』

『どのくらい、と言われても』

『庶民の口に入る程度ですか?』

『はい。記念日やお祭りに食べる高級菓子に使ったりします』

 シャオジーの言葉に、優斗はふむと考えながら口元に右手をやる。


 技術革新、もしくは農法改革を行えば、もっと大量生産し、値段を下げられるかもしれない。

 しかし、その為には危険な船旅をした上で、英語圏に行ってそれを行う必要があると言う事がネックだなと考え、一先ずそれ以上考える事を止める。


『お砂糖が欲しいのですか?』

『そうですね』

『あの、その』

『何ですか?』

『えっと、あのですね。

 私を送って頂けるのでしたら、砂糖が手に入るよう、手配しますので』


 遠慮がちに口にしたシャオジーの言葉が何を意味するのか、優斗はきちんと把握する事が出来た。


 言葉の通じない異国に、1人放り出される不安。その一端を、シャオジーは漁師の船で体験している。

 更に、行商人と名乗った事で、様々な意味で売られてしまうのでは無いか、と言う恐怖も感じている。


 自分の身柄を確保し、この宿を手配した上で、十分な食事と清潔な環境を与える為に、それなりのお金が必要になる事を、シャオジーはきちんと把握していた。それが、自分が皇女であると告げる前に行われた事と、扉の仕掛け。それらの事柄を加味し、かかった費用を回収する為にどうするつもりだったのか、と昨晩考えていたシャオジー。そんな彼女が、優斗が商人であると知ってそう疑うのは、仕方のない事だ。


『国まで送って欲しい?』

『いえ。王国まで連れて行って頂ければ、他の船に乗っていた者が到着しているのではないか、と』

 それは希望的観測だ、と優斗は感じた。


 使者達の構成は不明だが、親交を図る為の皇女が乗る船が最も良い船であった可能性はかなり高い。

 ならば、他の船も転覆している可能性が高く、そうでなくとも無事に王国に辿り着いている可能性は低いだろうと言う事は、優斗にも予想出来る。


『王国に誰か居るんですか?』

『いえ。ですが、王国に保護を申し出れば、少なくとも次の船には乗れると思います』

 その言葉に、優斗は小箱に入った手紙の存在を思い出す。


 身分を証明できる物はある。しかし、それで信用して貰えるのか、そもそも相手にして貰えるのかと言う問題点に加え、その場合にどうやって報酬を出す気なのか、と言う疑問もあったが、優斗はあえてそれを指摘しなかった。

 何故なら、それを指摘すると言う事は、彼女の船団が全滅していると言う前提で話をする事を意味しているからだ。


 優斗自身、甘い判断だと思った。しかし、突然、見知らぬ土地に1人で放り出される辛さの一端を知る者としての同情が勝った。


「何時、と、何で、が問題か」

『?』

 優斗の口から漏れ出た独り言に、シャオジーは不思議そうな表情を浮かべる。


 その反応に、優斗は少し悩んでから、必要最低限の確認はしておくべきだと判断し、シャオジーに向き直る。


『体が良くならないと移動出来ない』

『私は大丈夫です』

『それと、船は大丈夫?』

 身体の調子は様子を見て決めようと流した優斗が次いで投げかけた質問に、シャオジーは見て判る程に青ざめた表情になる。


 嵐に会い、遭難し、救出された後は言葉も通じず、下手をすれば船倉に放り込まれていたかもしれないシャオジーが、船に忌避感を覚えているのでは、と言う優斗の予想は当たっていた。

 海路であれば、王国に到着するまでの数日を船上で生活する事になる。それは体調が万全でないシャオジーにとっては、辛い事だろう。加えて船に対する忌避感があるのであれば、それは酷と言っていい程だ。


 しかし、陸路であれば良いと言うモノではない。

 陸路であれば、移動にかかる日数が増え、負担もその分増加するし、何より野宿は辛い。優斗は船で眠った事は無いが、野宿よりはましだろうと考えていた。

 更に、幾つもの街や関を超える必要があり、その容貌から目立つシャオジーは何かとトラブルに巻き込まれる可能性が高い。トラブルの可能性、これは船でもある事だが、関わる人数等の問題で後者の方がましだ。


『大丈夫です。すぐにでも出発出来ます』

『無理はダメ』

『でも、それではご迷惑が。それに、お金の問題も……』

 商人が金勘定に煩いのは万国共通だ。


 その商人からお金と借りを享受し続ける状況にも、シャオジーは不安と恐怖を覚えている。

 そんな事に気付いていない優斗は、笑顔を作り、気楽な声で返答する。


『子供はそんな事を気にしなくて良い』

『子供、ですか?』

『しかも迷子』

 迷子、と聞いてシャオジーがショックを受ける。


 この歳で迷子、と呟きながら落ち込むシャオジーを見ながら優斗が苦笑していると、部屋の扉が叩かれる。

 フレイだろうと思い、優斗が無造作に「はい」と答えると、予想通りの顔が扉から覗く。


「フレイ、この子の服を調達して貰える? そこそこ良いヤツ」

「わかりました。同行すればいいんですね」

「いや、1着適当に買ってきて。追加が必要ならその時は一緒に行って」

 そう言って優斗は、近づいてきたフレイの手に銀貨を落とす。


 お釣りで好きな物を買って良いと告げると、少しだけ頬を緩めるが、すぐに真顔に戻り、優斗の隣に立つ。

 隣のフレイがシャオジーに視線を向け、次に自分を見て、を2度繰り返す姿を不思議に思いながら、優斗はシャオジーに視線を戻す。


「ご主人様」

「ん? 何」

「買う服の大体の大きさを調べたいんですが」

 言葉の意味を瞬時に理解した優斗は、ノートパソコンを閉じて手に持つと、颯爽と部屋を出ようとして、失敗する。


 優斗を阻んだフレイの手を一瞥し、そのまま顔に向けると、フレイは怒った様な、呆れた様な顔で優斗を睨みつけていた。


「急にいなくなったら、びっくりするでしょう」

「あ、そうか」

「それと、言葉が通じないんですから、説明して貰わないと私も困ります」

「あー、そうだね」

 納得した優斗は踵を返し、シャオジーに一歩近づくと説明を口にする。


 シャオジーがそれに対し、悩みながらも『判りました』と返答すると部屋を退出する。

 隣の部屋に戻ると、シャオジーとフレイが2人きりの時用に、意思疎通用のカードを作るべきかな、と考え、後で絵心のあるフレイに書いて貰おうと必要なカードの種類を列挙する為、メモ用紙準備し、候補を書き連ねて行く。


 その後、物を書き始めたついでに今後の予定と資金について考えていた優斗は、必要な情報のピックアップを行いながら、尋ねるべき場所と人物について思いを巡らせた。

色々あって、目的地が変更されました。


基本的にシャオジーの言葉を疑っていない優斗くんは、相変わらずな感じです。

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