可能性の細い糸
キカロ商会との契約を終えた優斗は、その足で市場へと向かい、いくつかの果物を購入すると、前日に頼んで置いた品を受け取り、宿へ戻る。
夕食を終え、部屋で一休みした後、厨房を尋ねると皿洗いと掃除を手伝う。提案をした際、女将さんは恐縮していたが、時間を作って貰う立場としては、当然の事だと優斗は考えていた。
「で、何を作る気だ?」
「頼んで置いた物はどうなりましたか?」
「あん中だ」
そう言って大将が取り出したのは、果汁を煮詰めて、冷やしたものだ。
煮詰めた事で多少、甘味が増しているが、砂糖が無い為、そこまでの甘さはない。
それに加え、優斗が買って来た果物も冷やされており、シロップもどきと共に取り出される。
「これをどうするんだ?」
「その前に、氷をください」
「おう」
頼んだ通りに四角く作られた氷を受け取り、優斗は準備して来たモノにそれを放り込む。
器をセットし、しゃりしゃりと氷が削られて行く。
削られた氷の上にシロップをかければ、少々荒いが、夏の定番・かき氷の完成だ。
「氷を食うのか?」
「暑い日に食べるとおいしいですよ。女将さんもどうぞ」
氷を取り替えながら、かき氷を6杯作り終えた優斗は、匙と共にそれを配っていく。
見学していた従業員2人は、大将に睨まれてびくりとしながらも、優斗がそれを宥めた事でかき氷を受け取った。
「では、どうぞ」
優斗の言葉で、全員が一斉にかき氷を口にする。
砂糖の入っていない、甘さの足りないシロップに物足りなさを感じている優斗とは違い、他の5人は驚き、ある者は勢いよく食べて頭を押さえ、またある者は興味深げにそれを観察している。
「早く食べないと溶けますよ。氷ですし」
「おお、そうだな」
誰よりもじっくりと観察していた大将が、食を再開する。
その後、細かく削る為にかき氷器の刃の角度を調整しながら追加を作り、忘れていた果物を添えて見栄えを良くしたりしながら、2杯目を楽しんだ。
さすがに3杯目はお腹を壊すからと終了を宣言すると、少し不満そうながらお開きとなり、かき氷器は次の料理の準備依頼と引き換えに、大将に進呈される事になった。
女将さんが他の仕事があると退席し、従業員の2人もいなくなった後、優斗と大将は、まだ食堂に残っていた。
「次のアレは、最近流行ってるあれだな?」
「ご名答。さすがです、大将」
最近流行ってるアレ、とは蜂蜜を使った菓子の事だ。
次回の事、旅の話、料理の話にくだらない世間話。
酒を飲みかわしながらの会話は、舌も良く回る。酌をしてくれる、若い女性が居るのであれば、猶更だ。
「お前、ロード商会の関係者か?」
「違いますよ」
「なら、なんで知ってる?」
「あれ、俺の故郷の菓子なんですよ」
優斗の言葉に、大将は驚くのではなく、豪快に笑った。
一頻り笑った後、酒を一気に煽ると、即座に差し出された瓶にコップを向け「悪い」とフレイに告げ、注がれた酒をまた飲み干す。
「気にはなるが、細かい事はいい。教えて貰うんだからな」
「ついでに、作り方の出先も伏せといてくれると嬉しいです」
「どちらにしても、そのうち作り方は出回るだろうさ」
品物が出回れば、複製して売る為にレシピを解析する人間は必ず存在する。また、解析を待たず、内部から漏れる可能性もある。
今回に限っては、きな粉と言う素材が見抜けるかと言う問題があり、情報漏洩もその一点を注意していれば良い事から、しばらく時間がかかる事が予想される。
優斗がそれを待たず、広めようとしている理由は悔しさからの嫌がらせ半分、低価格化すれば作る手間が省ける事が半分と言ったところだ。それによって蜂蜜の価格が一時的に高騰する可能性については、あまり深く考えていない。
「それはどうでしょうねぇ」
「なんだ。何か特殊な製法でも使うのか?」
「それはまたのお楽しみで。だから粉ひき小屋の紹介、よろしくお願いします」
「おう」
更に飲み続ける事30分、明日の仕事に差障らない様にと、酒盛りはあっさりとお開きになった。
カクス滞在4日目、優斗はこれからについて思考を巡らせていた。
服飾職人の元に訪れる予定だったのだが、今、服を作るのはどうだろうかと、優斗は考える。
優斗の持つ情報によれば、3か月以内に絹が値下がる。その後、麻や綿などの布も同じ様に値下がる事は予想に難くない。何故なら、革新的な機織り機で折れるのは、絹だけではないのだから。
更に、2か月後の契約を交わしてしまったので、行商に出るとしてもそれまでに帰って来る必要がある。
それらを踏まえ、優斗は予定通りこの街で7泊しつつ、その間に1か月程かけられる商売を探す事に決める。
予定が無くなり、暇が出来てしまった優斗は、木切れと紙、ペン、ナイフを出して加工を開始する。ナイフでの木工細工は、ライガットの見様見真似で始めたもので、悪戦苦闘する優斗に見かねた彼の助言もあって、簡単な物ならそれなりに作成可能な程に上達していた。
まず、紙の表に9×9の、裏側に8×8の罫線を引くと、木切れの加工を始める。途中から、洗濯等の雑務を終えたフレイの手伝いもあり、それは予想より早く完成する。
「で、これは何ですか?」
「オセロと将棋」
片面を黒く塗りつぶした円形の木片と、四角い木片から角を2か所、大きく切り取ったものに、字がかかれているもの。
フレイは興味深げにそれらを観察した後、優斗からオセロのルール説明を受け、ゲームを開始する。
最初の数回は、当然の様に優斗の圧勝。角と端の優位を説明した後も、多少差は詰まったがまだ優斗が優勢だった。それが覆ったのは、優斗の一言が切っ掛けだ。
「自分が多く取れるところじゃなく、相手が嫌がる位置に置くのがコツかな」
相手が嫌がる。言い換えれば、相手がしたい事をさせない。
フレイはその手の、相手の心理を想像する事が得意であり、対戦を重ねる毎に盤面でなく優斗の反応から、どういう時に嫌そうな反応をするのか、情報を蓄積して行く。その結果、盤面にはほとんど見向きもせず、優斗を見つめながらプレイするフレイのプレッシャーも相まって、優斗は負けが込み始める。
「あのー、フレイさん。こっちばっかり見てないで、盤面の方を見ません?」
「私、こう見えて負けず嫌いなんです」
こう見えても何も、と思いながら、優斗はもう一方のゲームである将棋への変更を提案する。
フレイはルールの覚えも早く、駒の動かし方を確認する事は少なかったが、こちらは優斗が終了を宣言するまで、1度も勝利を掴む事はなかった。
「もう夕食だし、今日は終わり」
「では、夕食後に」
「今日は終わりだって。また明日、時間があったら」
「勝ち逃げは、ズルいです」
定跡も知らないフレイが勝てないのは、仕方のない事だ。
オセロで勝てなくなっていた優斗は、少しの優越感と共に、数が多くて面倒だからと言い訳してそれを説明しなかった事への後ろめたさも感じていた。
そして、他にも再現できるゲームがあるのではないかと考えながら、その日は床に就いた。
カクス滞在5日目、延々と遊び続けた4日目に引き続き、優斗は今日も部屋に居た。
今日の予定をかけて3回勝負のオセロでほぼ敗北が確定しつつある優斗は、再び他のゲームについて考えを巡らせていた。
トランプを正確に手作りする事は難しく、チェスや囲碁は正確なルールを覚えていない。トランプ以外のカードゲームやボードゲームは作るのが面倒なので、気が向いたら双六が関の山。
そう考えた結果、正確にトランプの裏面を印刷できる技術を探してみる、がバリエーションとコストの関係上、最も有効だと、敗北の決定と共に結論する。
「私、船に乗ってみたいです」
「船か。船酔いとかなかったら、船での商売も視野に入れられるし、試しに行って見るか」
勝者であるフレイの提案で、優斗達は海沿いへと向かう。
遊覧船が存在するのかは不明だが、とりあえず港に停泊している船に交渉を持ちかけようと、直接そちらに向かった優斗達は、人が妙に集まっている場所を見つけ、自然とそちらに足が向く。
「あれは何だろ?」
「漁師が魚を売り込みに来ているのでは?」
フレイが指摘した通り、船からは箱に入れられた魚が運び出されている。
船を見上げる見物人の視線の先には、厳つい男と商人風の優男が、困り顔で顔を合わせている。
商談が煮詰まっているのだろうかと言う優斗の想像は的外れな物で、2人の視線は足元に向かっている。
「女の子ですね。真っ白な」
「俺には白い塊にしか見えないんだけど。相変わらず、目、いいね」
「普通です。ご主人様が悪いだけだと思います」
優斗は、普通の視力のハードルの高さに苦笑しながら、白い塊を見据える。
船にかなり近づいた頃、優斗はようやくソレがフレイの言葉通り、真っ白な人間である事を把握する事が出来た。
白い髪に白い肌、そして白い服の少女。
白い肌は見慣れてきた優斗だが、光の加減で銀糸にも見える白い髪が、少女がしゃがみこんでいるせいで地面に広がっている光景はどこか神秘的で、少し見惚れてしまう。
「王国人かな?」
「かもしれません」
優斗がそう考えた理由は、彼らの国民性に関係する。
何故、王国人が帝国人を差別するのか。その原因を調べた優斗が辿り着いた答えは、彼らの文化、もしくは信仰だと言うものだった。
具体的には、王国人は色素が薄ければ薄いほど素晴らしい者である、と言う傾向がある。故に、色素が極端に濃い帝国人は、彼らにとって劣った人間で、一部の王国人は、生物的に劣っている、すなわち人間でなく、家畜だとさえ思っている。
「何か言ってるね。聞き取れる?」
「すいません。何を言っているのか、さっぱり判りません」
そうか、と相槌を打ってから、優斗は気づく。
優斗は、周りの声や潮風に煽られて言葉を聞き取る事が出来なかった。しかし、フレイの方は聞こえたが理解出来なかったようだ、と。
人としての基本スペックが違いすぎる点に、優斗はあたまをかりかりとかくきながら、こっそりとため息を吐く。色々と思うところはあったが、あえて言葉にせず、声が届く場所まで近づこうと、歩みを進める。
「Help. Help me…….」
「ずっとこんなだ。俺にゃどうしようもないんでな、何とか引き取ってくれ」
「奴隷でもない人間を、本人の意思が判らず買い取るのは……」
耳に飛び込んで来た音に、優斗はまた驚く。
静かにすすり泣き、呻く様に声を絞り出している少女の口から零れ落ちる音の羅列を、優斗は知っている。それは紛れもなく、英語だ。
優斗は今まで深く考えず、単純に、この世界では日本語が使える、と考えていた。しかし、目の前の光景に、2つの仮定が頭に浮かぶ。
1つは、優斗の世界で使われている言語である英語を話していると言う事は、船上で泣いている少女は、優斗と同じく異世界人であると言う可能性。
もう1つは、この世界にも複数の言語があり、英語と同じ言葉をしゃべる国があり、少女はそこ出身の異国人であるという可能性。
前者である可能性は低いが、零ではない。
故に優斗は、この件に介入する事を決め、まるで関係者であるかの様に堂々と船上へと上がる。フレイにも、すれ違う荷下ろし中の人間にも止められる事は無く3人の前まで到着すると、男2人を無視し、少女に声をかける。
「エクスキューズミー」
授業で習う以外に英語に触れる機会の少ない優斗にネイティブな発音など出来るはずもなく、カタカナ英語丸出しの発音だった。
それでも意味は通じたのか、少女は顔を上げる。その手前では、男2人は見知らぬ男の登場に眉を潜め、不審な眼で優斗を見つめている。
3人の視線に晒され、優斗は緊張しながら、アジア圏の言葉の方が聞く回数の多かったから、英語より聞きなれているのに、でも、そっちは知っている単語が偏ってるから英語の方が、などと少しの混乱と共に逸れていく思考を軌道修正しながら、身振り手振りを交えての会話を試みる。
「メイアイヘルプユー?」
「Uh……Ah!」
「あいきゃんすぴーくイングリッシュ。ジャストアリトル」
少女の瞳に涙がいっそう浮かび上がり、優斗は焦る。
慰めの言葉をかけるにも、適切な単語が思い浮かばなかった優斗が、困り顔で次の言葉を考えていると、今度は少女の方から意味のある言葉が返って来る。
「Yes! please help me.」
「あー、っと。プリーズウェイト。リトルモーメント」
momentにLittleはいらないかな、と思いながらも、優斗はどう訂正して良いか判らなかったので、流す事にする。
そして、目の前の男2人が英語を理解していない事を把握すると、財布代わりの袋から、銀貨を1枚、取り出す。
「すいません、私はこの子の知り合いなんですが」
「お、おう。見たいだな」
「ご迷惑をおかけした様で。これは、お礼です」
そう言って、優斗は漁師の方に銀貨を1枚乗せた掌を差し出す。
漁師は一瞬面食らった様だが、すぐににやりと笑みを浮かべ、それを手に取ると、品定めをするように観察する。
優斗はそんな姿を視界の端に捕えながらフレイに視線を向け、少女の保護を依頼し、頷いた事を確認すると漁師に視線を戻す。
「おー、悪いな」
「いえいえ。ところで、この子を何処で?」
「南の方で拾った」
優斗が探る目的でぼかして告げた質問に、漁師は銀貨を観察しながらおざなりに返答する。
その言葉から、漂流したのだろうとあたりを付け、ならば自分が出資者、彼女が請け負った船の家族と言う設定を頭に思い浮かべながら、優斗は次の質問をぶつける。
「他に何かありませんでしたか?」
「積荷か? 全部捨てたんじゃないか?」
「何もなかった、と?」
「船を軽くする為に、よくある事だ」
嫌そうにそう告げる漁師の表情から、何かを隠しているのだろう、と優斗は想像する。
しかし、それをこの場で追及しても意味が無い。そう判断した優斗は、銀貨を追加で2枚、袋から出すと2枚をぶつけて音を出しながら、唇の端を釣り上げ、不敵に笑う。
「漁の途中に、漂流物を拾いませんでしたか?」
「しつこいな。仮にあったとして、なんだってんだ?」
優斗の手元の銀貨を目で追っている漁師は、優斗が何を言いたいのかわかっていない。
遠まわしな表現や行動は通じない。漁師の挙動からそう考えた優斗は、直接的かつ、相手の機嫌を損ねない言葉を探す。
「いえ、何も。
そうだ、魚以外に売りたい物とかあれば、見せて貰えませんか?
出どころに関係なく、高く買いますよ」
その言葉で、漁師はようやく優斗の告げんとする事を理解する。
漁師が何かを取り出している間、話に置いて行かれている商人を放置し続けてはまずいと判断した優斗は、何時もの営業スマイルを彼に向ける。
「この件はどうか内密にお願いします」
「そう言う訳にもいかんでしょ」
「では、漁師の方と不正な可能性のある人身売買をされますか?」
優斗の言葉に、商人が、うっ、と呻く。
この場所は彼の所属する商会が取引を行っている場所であり、そこに踏み込んだ優斗の行動は責められるべき事柄だ。
だが、それと同時に厄介な話を収束させてくれた相手でもあり、優斗の乱入が無ければ彼は今も困っていた事だろう。素気無く断れば漁師との間に禍根が残り、かと言って奴隷でない、しかも言葉の通じない人間を売買するのはリスクが大きすぎる。
「貴方はいつも通り仕事をこなした。それでいいじゃないですか」
「横から口を出されて、それで納得する訳ないだろうが!」
「そうですか。では、取引は中断させて頂く事にします」
「おい!」
小箱とペンダントを持った漁師が、商人を睨む。
優斗は漁師をやんわりと止めると、再び商人に向き直り、頭を下げる。
「取引の邪魔をしてしまい、申し訳ありませんでした」
「わかればいい」
「はい。今日のところは帰る事にします。漁師さん」
「あんだよ」
「船で送って貰えませんか? 終わるまで待ってますので」
優斗の言葉に、まず商人が歯噛みする。続いて漁師が気づき、にやつく。
「おう、いいぜ。おい、荷下ろし終わったみたいだぞ」
「あ、あぁ。これが代金だ。それと、その子の事だが」
「いやぁ、無理言って悪かったな。忘れてくれ。本人の意思を無視して売るなんて、やっぱり良くないな。そうだろ?」
「うぐ……」
「じゃああんた、送ってやるからその辺に座っとけ」
「はい。ありがとうございます」
そう告げながら、優斗はフレイと少女に視線を向ける。
疲れからか、少女はいつの間にかフレイの腕の中で眠っている。フレイは自分の服が汚れる事も気にせず、ぼろぼろの少女を抱き留めており、優斗はその光景に頬を綻ばせる。
船が出港すると、約束通り優斗は漁師から2つの品を買い取る事になった。
小箱の中身は手紙、と言うか書簡の様だった。既に開封されている為、中身を確認したが、文字は未知の物で解読不能だったが、。
ペンダントも鑑定眼を持たない優斗にとって、小箱と同じく価値の判らない物だが、はめ込まれた石に刻まれた紋様は、中々精緻な物だった。
交渉の結果、少女の救助費用と小箱、ペンダントに宿の付近までの移動費を含め、合計銀貨10枚を支払う事になる。既に1枚支払っているので、優斗は船を降りる際に銀貨を9枚手渡すと、漁師は上機嫌に去って行った。
宿に戻ると、女将さんに事情を話して、フレイと2人で少女の身を清め、着替えさせて貰う。海水に濡れた後、着たまま乾いた様子の服も、何日か遭難していたらしい少女自身も、かなりの異臭を放っていたのだが、2人によって清められた事で、かなりましになった。
その間、部屋を追い出されていた優斗は、女将さんに渡すチップを準備しながら、この街で既に使用した金額を数え、浪費しすぎだと反省していた。仕方のない部分は多いが、同じくらい節約出来た部分もあったはずだ。
入室許可が下りて部屋に戻ると、優斗は少女の意識が戻るまでの間にと、ノートパソコンを起動させて英文の作成を開始する。
幸い、辞書機能は無事なので、聞きたい事を予め文章化しておいたり、答えに出てくる可能性の高い単語を予測し、紙に書き込んだ。久しぶりに触れる英語に、こちらの言葉に変換する余裕もなく、アルファベットで書き込んだ事により暗号文化したそれを何枚も生産していると、フレイがお盆を持って部屋に戻ってくる。
「お茶はいりませんか?」
「欲しい」
フレイが手際よくお茶を準備し終えると、机の上に優斗の分がやってくる。フレイはお盆をベッドのサイドテーブルに置き、カップを手に持つと優斗に視線を向けながら隣にある椅子へと腰かける。
優斗が作業を中断し、お茶を口に含む。そして、自分に向けられた視線の意味が判らず、少女の件で何か責められるのだろうかと思い、少し困った顔を作ってフレイを見返す。
「顔に何かついてる?」
「いえ。少々お聞きしたい事があるのですが、かまいませんか?」
「応えられる範囲なら」
優斗は、一体どんな恐ろしい疑問が飛び出すのかと、内心で戦々恐々としながら、自分の行動と言動を振りかえる。
そう言えば、少女に声をかけた理由を説明していない、とか、この子に対して既にかなりのお金がかかっている、とか、約束したのにフレイのリクエストをこなしていない、とか。
「この子は、しゃべっていたんですよね?」
「あー、うん。しゃべってたね」
実際に飛び出した質問に、今度は優斗がフレイを見つめる事になる。
少女が言葉を発し、優斗と会話していた場面をフレイは目撃している。それにも関わらず、その様な質問をすると言う事は、他の意図があるはずだと、優斗は考える。
「あれは、何なのですか?」
「何って、何が?」
「あの子とご主人様がしゃべった言葉です」
「あれは、俺の故郷にある別の国の言葉で、英語って言うモノ」
「英語、ですか?」
不思議そうな顔をするフレイ。
部屋を追い出されている間に、ある事を思い出し、気づいていた優斗は不思議そうな顔で思い出す。
フレイは何度か、いわゆる和製英語や日本語化したカタカナ英語を話していた。だから、優斗の話す言葉の様に、この世界には英語に順ずる言語が存在するはずなのだ。
「初めて聞きました」
「名前は違うだろうけど、少しは知ってると思うけど」
「え?」
「サービス、とか使ってた記憶があるんだけど」
フレイが使っていた横文字で、最初に思い出したのがソレだと言う事に、優斗は少しだけ落ち込む。
フレイはそんな優斗の反応を気にする事なく、合点がいったと言う顔をした。
「王国新語の事ですね」
「王国新語?」
「最近、流行ってる、新しく出来た言葉だそうです。
旅の商人や護衛、奉公していた家に尋ねて来る若い王国貴族様から聞きました」
フレイの言葉を受け、優斗はまたある事に気付く。
国を跨いで活動する機会が多いのは、行商人とその護衛だ。ならば、お金に関する言葉か、女に関する下卑た言葉が伝わりやすいのは通りであり、サービスなどの言葉はその分類に入るだろう、と。
「最近って、ここ数年とか?」
「さすがにそこまでは。すいません」
「謝る事は無いけど、今度調べるから手伝ってくれる?」
「はい」
英語、フレイの言うところの王国新語が発生した理由を、優斗は幾つか思い浮べる。
まず、英語を話す異世界人の出現。次に、海外から異国の進出。
少女の身元と同じく、前者の可能性は限りなく低く、後者の可能性が高い。どちらにしても、少女が目を覚まして確認すれば、事実関係がはっきりする可能性が高い、と優斗は判断し、この件は保留と決める。
「身元を引き取ったからには、この子の知り合いが居る所までは送ろうと思うんだけど、どう?」
「誠実な判断ではないかと思います」
フレイの言葉選びに少し引っかかるところを感じながらも、優斗は苦笑でそれを流す。
お茶を飲み干した後、英語の羅列を作る事に飽きた優斗は、フレイとオセロや将棋をしながら、少女の目覚めを待つ事にした。
英語をしゃべる少女を拾う話でした。
余談ですが、次回からは英語での会話を書く事はしない予定です。
英文では読む方も手間だと思いますので、別の表記方法を取らせて頂きます。