気付けなかった事
翌朝、朝食を終えた優斗は、片付けを終えて戻って来たフレイを伴なってライガットの部屋を訪ねていた。
「そんな訳で、数日内に出発しようかと思っています」
「そうか。だが、なぁ?」
「うん」
ライガットとユーリスが、困った様な表情で顔を見合わせる。
同郷の人間を探しに行くと言う優斗。
彼に借金のある2人からすれば、それは取り立ての言葉に等しい。
「それで、支払いの件なんですけども、基本的には次会った時で構いません」
「……はぁ?」
優斗は行商人で、ライガット達は護衛。
お互いに固定の販路や護衛路を持たない、いわゆる流れの稼業であるが、再び出会う確率はそれなりに高い。式典が行われたハイルの様に、人が集まる場所で偶然知り合いと再会と言うのは、珍しい話ではない。
逆に言えば、それを避ければ出会う確率はぐっと減る。大きな荷馬車を持つ行商人と、その日暮らしで身軽な護衛では、同じ街に居たとしても、取る宿も、立ち寄る場所も違う。例外は、食事と酒の場くらいだろうが、イベントがある様な大きな街では店の数も多くなり、遭遇率は下がる。
「その代りと言ってはなんですが、ちょっとお願いしたい事がありまして」
優斗が笑顔でそう告げた時に、ユーリスがぴくりと反応した事を、彼は見逃さなかった。
その反応がそう言う意味のものかどうか、優斗が確認する事は無いが、もしそうだったら、と考えてしまい、内心少しだけ落ち込む。
実際、ユーリスが反応した理由は、ほぼ優斗の想像通りだ。ただし、間接的な原因は、そう言う反応をされたら嫌だな、と思って無意識に彼女を観察していた優斗の視線からそれを連想してしまったからだ。
「人探しを手伝って欲しいんです」
「あー、なるほど」
溜息に乗せた様な声を吐き出しながら、ユーリスは少しだけ張っていた緊張を解く。
ユーリスの反応をあえて見ないようにしていた優斗は、準備していた紙を取り出し、1枚ずつ2人に手渡す。
受け取った紙に視線を落とした2人は、顔を上げると同じ様な表情で優斗を見る。
「これは?」
「故郷の文字です。読める人を探して欲しいんです」
同郷の人間を探す手段として、優斗が考えた方法の1つ。
日本語で自分の状況と連絡が欲しいと言う旨を、その下に英語で「Please contact」と書いた紙だ。
街に滞在する際、これを数か所に貼って貰ったり、配ったりする事でこちらから呼びかけ、見つけて貰おうと言う作戦だ。
「ここに一生住む、と言うつもりはないですよね?」
「ないな」
「でしたら、少なくとも一度は旅をする事になると思いますので、その道すがら、捜索を手伝って欲しい、と言う訳です。
聞き込みをして欲しいと言う訳ではなく、これを人の多い場所に貼って貰うくらいで結構ですので」
言葉を一旦止め、優斗は2人の顔を見比べる。
すると、優斗の顔を凝視しながら説明を聞いていたライガットが、その隙を待っていたかの様に視線の先を指差し、口を開く。
「同郷の人間と言う事は、肌の色はソレなのか?」
「そうかもしれません。と言うか、そうだったら確定かな?」
「だったら、心当たりがある」
「本当ですか!?」
早くも見つかった手がかりに、優斗は椅子から立ち上がってベッドへ詰め寄る。
詰め寄られたライガットは、目を細め、少し不思議そうな表情をしている。
「俺らが出発したハイルで式典があっただろ?」
「ありましたね」
「あれに出席する代表が、公国の白と帝国の黒の間をとった様な肌の色をした子供だって聞いたぞ。知らんのか?」
「あ、あぁ。あ!」
ライガットの指摘に、優斗は自分が致命的な見落としをしていた事に気付く。
優斗はその道の専門家ではないが、それを常識として知っている。それにも関わらず、ライガットに指摘されるまで気づけなかった。
「商隊でも、お前が関係者じゃないかって噂になってたぞ。お近づきになれば利益になるかしれない、なんて言ってるやつもいたな」
「すいません、ちょっと考えさせて下さい」
部屋に居る3人――ライガット・ユーリス・フレイの順番に視線を向けてから、優斗は記憶を掘り起す。
クシャーナは言った。自分と同じ色の髪と肌を持つ人間に初めて会ったと。
アロウズは言った。彼女たちの母親は、クシャーナが生まれた時に死亡しており、クシャーナは会った事が無いと。
優斗は知っていた。白色人種と黒色人種の間に、黄色人種の子が生まれ事は無いはずだ、と。
すなわち、彼女は公国民と帝国民のハーフではない。
「なるほど」
それを皮切りに、芋づる式に湧き出て来る情報を頭の中で整理し、可能な範囲で可能性を洗って行く
ギフトを持っている事から、クシャーナ自身はこの世界の住人であると判る。ならば、優斗と同じ境遇の人物は、彼女の母親であるユウと言う女性である可能性が高い。根拠としては薄いが、名前も日本風である。
そして、クシャーナから妙に郷愁を感じた原因も、そこに起因する可能性が高い、と優斗は考える。
そして、アロウズの年齢から考えれば、こちらに来た直後に子を成したとしても、少なくとも30年前後は経過している計算になる事に思い当たり、はっとする。
「全員が同じタイミングに来てる訳じゃないのか……」
1人言を呟く優斗に、集まっていた視線が険しいモノになって行く。
探し人が既にいない、もしくはまだいない可能性に思い当たった優斗は、その辺りはシャーリーに尋ね、クシャーナの件は後程ユーシアで確認を取り、出来れば遺品を見せて貰えるように頼もうと決める。
そう言う民族の女性がたまたまユーシアに流れてきた可能性もあるので、期待のし過ぎは禁物だ。それでも優斗は、遺品から証拠になる様な物が出る事を祈ってしまう。
優斗は今すぐユーシアに向かいたいと言う衝動を抑え、フレイと言う道連れが居る以上、危ない橋は避けるべきだと判断し、予定の変更はしない事に決める。
「あーっと、すいません。お待たせしました」
「おう」
「うん」
「おかえりなさい」
三者三様の返事と共に送られてくる説明を求める視線に晒され、優斗は頭をかく。
そして少し考えてから、再び口を開く。
「ユーシアの新当主は、知人なんです」
「あぁ、やっぱりそうなのか」
ライガットの納得は、正確に言えば誤解なのだが、優斗はそれを訂正しない。
「彼女にも協力を依頼する予定ですので、こっちは利子代わりだと思って気楽にやってください」
「ふん。確かに貴族様に頼むなら、1人や2人増えても大差無いな」
「お父さん! もう、そんな事言わないの。
ちゃんとやるから心配しないで?」
はは、と小さく笑いながら、優斗は、わかってる、と返答する。
そうやっていつも通りの他愛のないやり取り交わす2人の傍らで、ライガットとフレイの視線がぶつかり、しばし見詰め合う。
優斗とユーリスがさらに一言ずつ口にした後、今まで黙っていたフレイが、少しだけ口を開いた。
「言うのはタダ、と言う言葉もあります」
フレイの言葉に、ライガットが破顔する。
その表情のまま優斗に向き直ると、突然発言したフレイに向いていた優斗の視線が、ライガットに移る。
「頼みがあります、わか、じゃない。優斗殿」
「急に畏まられても困るのですが」
「そうか。じゃあ、何と呼べばいい?」
「呼び捨てで構いません。口調も今まで通りでお願いします」
「じゃあ、優斗。提案がある」
「何でしょう」
自分の立てたプラン通りに全ての事が進むと思っていないし、それが常に最善であると考えるほど、優斗は傲慢ではない。
だからこそ、彼はライガットの言葉に真摯に耳を傾け、それに合わせてプランを変更、もしくは彼を説得する為に頭を動かす体勢に入る。
「ユーシアの当主に掛け合って、俺とユーリスに仕事を回してくれ。金はそれで返す」
「あー、なるほど」
優斗は、この提案は双方に利益がある、とすぐに気づき、考えていた再会プランを保留とし、思考を巡らせる。
優斗からすれば、お金が返って来る確率が上がり、なおかつ彼らの働き如何では、人手の足りないユーシアに恩を売る事が出来る。
一方、ライガット達は仕事にありつく事が出来るのは当然として、ユーシア関係者のコネを作る事が出来る。
「どんな扱いになるかまでは、保障出来ませんよ?
と言うか、実際に受け入れて貰えるかどうかも判りませんし」
「構わん」
今のユーシアに仕事が無い訳がない、故に大丈夫だと考えるライガット。
それはあくまで護衛、もしくは便利屋として仕事を請け負うと言うスタンスでの話だ。
それに対して、優斗は1つ勘違いをしていた。
優斗が考える、仕事を貰う、は請負でなく雇用。すなわち、2人に職を斡旋すると言う意味だ。
「もちろん、紹介状を書いてくれれば、それを持って自力で向かう」
「うーん」
「受けた恩はきっちり返す。お前さんの名に傷を付けたりはしないと約束するぞ」
「その辺は疑って無いんですが。フレイとユーリスはどう思う?」
話を振られた2人は、お互いに横目で視線を交わす。
一瞬で行われたアイコンタクトの結果は、2人の声がこの上なくきっちりとハモると言うものだった。
「「ぜひ、そうしましょう」」
その後、ユーシア家の家紋入り封筒に紹介状と手紙、その他諸々を入れ、きっちりと封をした物と、ユーシアまでの道のりで配って貰う紙を30枚ほど束にして渡すと共に、ギフトを介さない契約書に借金の額と支払方法を明記してお互いにサインをする。
こうして、支払いに関する話し合いは終了した。
出発を三日後と定めた優斗は、それまでにやるべき事をこなしてしまおうと、次の日から忙しく動き出した。
ユーリス達はしばらくここに滞在し、ライガットがある程度動けるようになったら移動すると聞かされ、優斗は餞別代わりにここの滞在費を二か月分、族長に支払う事を決め、その際に荷馬車のスペースが2人分開いた穴埋めに商品を購入する事を告げ、代わりに滞在費を負けさせたり、シュイから聞いた祭り用にと小物を捌いたりした。
シャーリーには一年後に尋ねて来る事を告げ、その時にまだ見つかっていなければ同行して貰える様に約束を取り付け、追加で幾つかの質問にも答えを貰った。時間のズレについては、彼女も良く判らないが、時系列的には優斗の転移、すなわちシャーリーの死亡が最後だと教えられた。他の人が居る前では相変わらずだが、2人きりになった際は愛想よく親切かつ饒舌で、餞別だと様々な薬草を優斗に手渡した。優斗も薬代に一年後の手付も上乗せする形で代金を支払い、加えてミルク飴全てと蜂蜜飴を多めに渡した。
シュイ少年に紙の製法を尋ねにも行ったが、父親が将来の為にと行商人にお金を払って買ってくれたものだから、と返答を拒否された。これにより、製紙にギフト以外の何かが必要である事を確信した優斗は、一介の行商人が持っている程度の技術情報ならば大きな街で手に入るだろうと考え、それ以上の追及はしなかった。特定のギフトを持っていなければ役に立たない技術情報なので、安価で手に入る事は想像に難くない。
忙しく動く傍ら、キルン宛の手紙と共に、ユーシアへ送るクシャーナ宛の手紙も書いた。
内容を要約すると、元気です、腕の立つ護衛を送り込むから出来れば雇ってあげて下さい、協力して欲しい事があります、約束の期日までにはユーシアに向かいます、と言った感じだ。
出発の朝、優斗は見送りに来てくれたユーリスとフレイが話をしているの見ながら集落へ、そして山へと視線を向ける。
族長には先日、出発日を伝えて挨拶済み。シャーリーは朝一番で山小屋に戻って行く際に挨拶をした。
「優斗さんも元気でね」
「ありがとう。ユーシアに行ったら、クーナ、っいや、当主のクシャーナ様によろしく」
「はは。もちろん」
動き出した荷馬車に向けて大きく手を振るユーリスは、優斗達の姿が見えなくなるまで見送り、フレイも荷台後方のホロを開けてそれに答えた。
集落を出た優斗達は、ひさしぶりの2人旅を少し寂しく感じながらも、順調に街へ向かう。
夜は火の番がある為、優斗とフレイの生活時間帯はズレてしまうが、他に相手がいないので会話する時間はむしろ増え、主に別れた2人の話題で盛り上がった。
「そろそろ街に着く頃ですね」
「だね。
予定通り行けば2泊で出発かな」
街に到着すれば夜番も必要ないので、フレイは眠る事なく御者台に座り、予定通り昼過ぎに目的地に到着する。
荷馬車で軽く昼食を済ませていた優斗とフレイは、そのままシェーン商会へと向かうと道具を返し、約束通り村で仕入れた薬草の一部と、ついでに嵩張る品、日持ちしない品を買い取って貰い、予定ルート上で高く売れる品、途中で立ち寄る予定の小さな村落で重宝される品々を買い揃える。
優斗の買付資金は、ハイル出発直後と比べれば、かなり目減りしている。
具体的には、ハイルで実際に仕入れに使用した金額が公国金貨20数枚、予備の資金が金貨10枚程度であったのに対し、現在の買付資金は20枚程度で、予備資金はほとんどない。
しかし、総資産と言う観点から見た場合、馬が一頭増えている事もあり、そこまで目減りしている訳ではない。馬1頭とその馬具は、それなりに高価な品だ。
用事が終わるとそのまま早い夕食を摂り、昨夜からずっと起きているフレイは就寝、優斗は酒場が本格的に込み合う前に張り紙のお願いに回る。ほとんどの店主は邪魔になったらすぐはがすと言う条件で承諾し、多少しぶる者も見つかったら報奨金を出すと伝えると、張るだけならと承諾を得られた。そんな調子で数件回り終えると、優斗も宿に戻り、旅の疲れを癒す為に眠りについた。
「他に良い捜索方法ないかな?」
「いっその事、背中に張り紙を貼って歩きます?」
翌日、前日のうちに買っておいた朝食を食べながら、優斗はフレイに相談を持ちかけていた。
一面から見ればフレイの提案は広範囲に知らせるには有用ではあるのだが、別方向から見れば問題だらけの意見でもある。
「フレイがやってみる?」
「恥ずかしいです。もちろん、ご命令とあらばやりますが」
「一緒に歩いてる方も恥ずかしいから却下かな。それに、すれ違いざまになんて書いてあるか読めるか怪しいし」
「そう言えば、文字でしたね、これ」
「俺から見ると、こっちの文字の方が変な図柄にしか見えないんだけどね」
優斗は苦笑しながら、フレイの意見で有用な部分を抽出し、検討する。
張り紙は掲げても読めないので却下。
しかし自分、もしくは他の人間を看板にするのは有用。
「一目見て、同郷であると判ればいいのか」
「すると、肌の色でしょうか?」
「それも1つだけど、決め手にはちょっと足りないかな」
それで集まってくるのであれば、ユーシア当主クシャーナの噂で既に動き出しているだろう。
その可能性には既に気づいていた優斗は、街で出したクシャーナ宛の手紙で、訪ねて来たら張り紙とその裏に書いたメッセージを見せて欲しい旨を伝達済みだ。
「目立つ格好をして、注目を集めれば噂になりやすいはずです」
「なるほどね。で、目立つ格好って言うと?」
「そうですね」
視線を上向かせながら思考を始めるフレイに倣って、優斗も頭を回す。
そして思い付いたのが、自分がこの世界に持ち込んだ唯一の衣服であるスウェットだ。
しかし、スウェットは機能性においてこの世界の衣服に勝っても、目立つ服装ではない。
「ご主人様の故郷の服装はどうですか?」
「同じ事考えてた。でも、目立ちそうに無い」
「目立つ種類の服装は無いんですか?」
フレイの指摘に、優斗は自分の思い込みに気付く。
今、重要なのは目立つ事であり、一般的な服装である必要はない。そして無ければそれっぽく作れば良い。
「和服なら目立つかな」
「なんですか、それ」
「民族衣装、みたいなものかな」
フレイの質問に答えながら、優斗は思い付く限りの種類を列挙して行く。
「着物・浴衣・袴に甚平・作務衣。作務衣って甚平と何が違うんだっけ?」
「えっと」
「着物は無理として、浴衣か作務衣ならいけるかな?
袴は構造わかんないけど、道着なら。いや、セットでないと意味ないか」
優斗はぶつぶつと呟きながら、紙におおざっぱな図を書き込んで行く。
絵心は無い優斗だが、理系の人間らしく、製図の心得は多少あるので、見栄えするデザインと言う方面を無視すれば、浴衣や作務衣に見えなくはない絵が完成する。
「こんな感じ」
「ええっと、借りてもいいですか?」
優斗は頷くと、紙をもう1枚取り出し、ペンと共にフレイの前に移動させる。
優斗よりも早く、そして丁寧にこちらの文字が書けるフレイは、代筆をする事が多いのでペンを握る機会は多い。
今回、優斗の前ではほぼ初めて描く絵と言う分野においても、フレイは優斗以上に才能がある事が判明した。
「おぉ。でも、ここはこうかな」
優斗は線が真っ直ぐすぎてかくかくとしている部分を指差し、丸くなぞる。
それを見たフレイは、それがデザインでない事を理解し、身体のラインに順じた線を引いていく。
「こうですか。そうすると、ここにボタンが付くのでしょうか?」
「いや、ボタンは一切使わない」
「へ?」
「こっちのは浴衣って言って、腰に帯って言う長い布を巻くもの。こっちの作務衣は紐で止めるだけ」
「すぐ脱げてきそうですね」
「まぁ、浴衣は動く為の服装じゃないし。そうすると、袴の方がいいかな」
そう答えながら、優斗は思い出す。
クシャーナが来ていた矢絣の袴。あれも彼女の母親が日本人である可能性を補強する証拠であるが、同時にこの世界には既に袴の製法が存在すると言う事でもある。
現在、優斗達はユーシアから遠く離れた場所に居るので、それを知る事は出来ないが、再現する為の手がかりにはなる。
「フレイ」
「はい、なんですか?」
「前にクーナが着てた、紫の矢羽みたいな柄の服、覚えてる?」
「あの、見慣れない服ですか。あ、もしかして」
「そう。あれも俺の故郷の民族衣装。
上が真っ白で下が赤や紺なのもある」
女学生に巫女服、弓道等で用いられる袴姿。
あれならばまだ浴衣よりも動きやすいだろうと考え、優斗はフレイからペンを受け取ると、記憶を掘り起こしながら、構造の想像図を紙に書いていく。
「こんな感じだったと思うけど、あんまり当てにしないで書いて」
「えっと、うーん」
「自分で着た事もないし、見る機会もそうなかったからなぁ」
ペンを受け取ったフレイが、記憶を辿ってその外観図を書き、優斗の書いたものを参考に展開図を書いていく。
後は試して見るしかない、と言うところまで書き終えると、優斗とフレイは連れだって仕立て屋へと向かう。
しかし、街に1件しかない仕立て屋は、忙しいからと優斗達の持ち込んだ仕事を断った。
報酬が少し高額とは言え、一度きりの注文しか期待出来ない流れの行商人と、これまでも仕事を回し続けてくれている街の商会からの依頼では、比べるべくもない、と言う事だった。
「どうしますか?」
「そこそこ大きい街に着くまで保留しつつ、デザイン案を煮詰めるって事で」
その後、張り紙を頼んだ店を巡り、結果を聞いて回るも、1日程度で成果が出る訳も無く、収穫はゼロ。
本格的に捜索するのであれば、最低でも1週間程度滞在し、じっくりと情報を集めるくらいしなければ見落とす可能性の方が高いのだが、優斗はまずは広範囲にビラの噂を流す事を優先すると決めていた。シャーリーの協力を得られるまではこちらから見つけられる可能性は限りなく低く、向こうから見つけて貰う方式に徹する方が効率が良い踏んでの決断だ。
「予定通り、明日出発しようか」
「わかりました」
こうして、1回目の同郷探しは空振りに終わる。
それにも関わらず、妙に上機嫌な優斗の姿を疑問に思ったフレイは、率直にそれを尋ねる。
「んー、なんていうか。目的があるって言うのは良い事だなって」
「そんなものですか?」
「何をすればいいか判らないのは、思っていた以上にシンドイよ」
「そうですね。そうかもしれません」
フレイが思い出していたのは、キャリー商会に売られた後の事だ。
優斗に所有されている間は、彼に好かれる、役立つ行動をし続ける事、ひいては彼のお気に入りになると言う目的があったが、売りに出された後、ただひたすら買い手を待つ時間は、フレイにとって苦痛でしかない時間だった。
「では、私も目的を持って行動する事にします」
「何か怖いけど、良い事だと思うよ」
「酷いです。私は何時でも、ご主人様の事を想っているのに」
軽口を叩きながら、フレイは移動中に聞かされた話を思い出していた。
クシャーナの母親が同郷である可能性が高い事。
優斗がクシャーナに甘かった理由がそれであれば、良い。しかし、優斗がそれに気づいたのはシャーリーの話を聞いてからだと言った。だから、クシャーナ個人を気に入りつつ、同郷の子である事が判明した事になる。ならば、優斗は今まで以上にクシャーナに甘く、優しく接する様になるのではないか、とフレイは考える。
そして、もし同郷の人間が見つかった際、それが優斗と同年代の女性である可能性もある。
フレイは考える。
自分は彼にとって、どんな存在になるべきなのだろうか、と。
ばたばたしつつも行商が再開しました。
相変わらず目の前で観えて、集中している事以外には鈍い優斗くんでした。