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異世界行商譚  作者: あさ
神座す頂
44/90

知る事の意味

 取り払われたフードの下から現れたのは、美しい女性の顔だった。


「なんで、って顔だね?」

 悪戯を成功させた少年の様な、無邪気な笑みで薬師の女性が笑う。


 それに対して、優斗はただ首を縦に振り続ける事しか出来ない。


「この世界に、純粋な人間はもういないからね」

「人間、って、へ? いますよね?」

 そう言ってから、優斗は自分で考えていた、ある事を思い出す。


 ギフトと言う特殊能力を持つこの世界の住人は、本当の意味で自分と同じ人間と言う種族にカテゴライズされる者なのか、と言う疑問を。


「その辺は追々説明するから、中で一先ず座ろう」

「……わかりました」

 聞きたい事は山ほどあったが、区切られた事で本来の目的を思い出した優斗は、目の前の女性の機嫌を損ねるべきではないと判断し、その言葉に従う。


 小屋の中央は地面がむき出しになっており、そこには火を焚いた後が残っている。

 女性がそこに何かを放り込むと、たちまち火がつき、残っていた薪が燃え始める。


「ギフトですか?」

「そうだね。本来の意味での、本当のギフトだと言えるかな」

 神様からの贈り物。通称ギフト。


 様々な能力を発現するそれは、役に立つかを別にすれば、この世界の住人全てが持っている。


「お茶の準備が出来たら、昔話をしてあげる」

「それはそれで興味深いんですけども、実はお願いがありまして」

「君のお願いなら出来る限り聞いてあげる。

 でも、その前に懐かしい気配のする君と、楽しくお茶したいなぁ」


 これに応じなければ、聞き入れて貰えないのだろう。

 そう判断した優斗は、それを言い訳に、自分の興味を優先させる事を決め、いつの間にか火にくべられていたお湯が沸くのを静かに待つ。


「そうそう、私の事はシャーリーって呼んでね、優斗」

「はい、シャーリーさん」

「呼び捨てでいいよ。通称みたいなものだし」

 これで通称とか、本名はどんだけ長いんだ、と思いながら、優斗は無言で首肯する。


「さて、まずは君の疑問に答えようかな」

「よろしくお願いします」

「うーん、ますますあの子見たいだなぁ」

 流れる様な動作で淹れ終わったお茶を口に含みながら、シャーリーは苦笑する。


 普段であれば聞き返していたであろう、あの子、と言う存在について言及する事を忘れる程、優斗は緊張しながら耳を傾け、その顔をしっかりと見つめる。


「視線があっつーい」

「あっ。すいません」

「いいよいいよ。

 で、君がこの世界の住人じゃないと判った理由だけど、そう確信したのは君がギフトを持っていないからだよ」


 優斗は唇の端がぴくりと動き、それに被せる様にシャーリーが言葉を続ける。


「まず、ギフトについて軽く話そうかな。

 ギフトと言うのは元々、その名の通りこの世界を作った神様から与えられた、世界を調整する能力なんだよ」


 世界を調整すると言う割には、発現する能力は弱い上にまちまちだな、と考えていた優斗に対し、シャーリーは心を読んでいるかの様に苦笑し、それについての説明を加える。


「元々、ギフトは創造神が始祖様、人間の言うところの竜神様に与えたモノだったの」

 シャーリーが再び、お茶に口を付ける。


 優斗はその仕草を見つめながら、その話が本当ならば、ギフトは元々1つだったのだろうと推測する。

 この世界の総人口を知らない優斗だが、ここが星である事、そしてここ以外にも大陸がある事を知っているので、少なくはないと言う事は予想出来る。故に、全てのギフトが単一個体に集約した場合、どの程度の能力が発現するのか、予想は出来なくとも恐ろしい程に巨大であった事は判る。


「それを眷属に少しだけ分け与えた結果、天竜とか、氷竜とか呼ばれる竜が生まれたの。

 で、眷属もろとも始祖様を滅ぼした人間がそれに成り代わったって訳だよ」


 聞いた言葉を咀嚼し、頭に内容をしみ込ませた優斗は、眉を潜めながらも静かにシャーリーの言葉に耳を傾ける。


 竜が実在する。

 異世界なのだから居てもおかしくないと思う反面、この世界があまりにあちらに酷似していた為、優斗はすんなりと納得する事が出来ない。


「む、信じてないね。

 じゃあ、証拠を1つ見せてあげる」


 そう告げると、シャーリーは山ほどの薪を火の中へ放り込む。

 その結果、一度は火が消えかけたのだが、彼女のギフトによってすぐに炎は勢いを増す。


 優斗が、勢いを増した炎が小屋を焼かないか、と心配していると、突然立ち上がったシャーリーが、火の中へ飛び込んだ。


「なっ!?」

「改めて自己紹介。

 私は火竜と呼ばれていたモノの馴れ果て。本当の名前はナイショ」


 にこりと笑うシャーリーの衣服に炎が移る。

 優斗が唖然とする中、火は衣服を焼きつくし、しかし彼女の肌も髪も、一片も焦がす事はない。


「こんな感じ。

 これで信用してくれないとなると、ちょっと困るかな。30年くらいここで生活してくれれば、老いない証明も出来ると思うけど」

「いいです。判りました。信じます。ですから、一先ず服を着て下さい」


 一糸まとわぬ姿で、何故か優斗の方に向かって火から上がって来たシャーリーは、どこか嬉しそうな表情で、優斗から左手にある壁にかけられているローブに手を伸ばす。


 優斗は、下着も付けないままローブに袖を通すその姿を直視しない様にしながらも、視界の隅に納め続けている。

 今まではゆったりとしたローブに隠れていた上、他に気になる事があったので意識していなかった優斗だが、さすがにこの状況でソレが気にならない程、男として枯れてはいない。何より、最近のお預け状態のせいで普段よりも気になってしまい、目が離せない度合いが大きくなっている。


 着替え終わって元の位置に戻ったシャーリーと目が合い、かなり近くから見てしまった豊満な胸と、美しいボディラインの中心にある腰の括れを思い出した優斗の心臓は、ズレたタイミングで大きく鼓動する。


「そんな訳で、この世界には純粋な人間がいないの」

「いや、どんな理由ですか」

「だからぁ、人間が始祖様を殺して、神に成り代わったから、だよ。

 始祖様を竜神と呼ぶのなら、彼らは人神とでも呼べばいいのかな」


 人神。

 自分とこの世界の住人はまったく別の生物である、と解釈した優斗は、何故か少しだけ落ち込んでいる事に気付く。


「一応言っておくと、彼らは基本的には人間の身体だから、交配は出来るよ?

 私とはわかんないけど」

「……心が読めたりしますか?」

「うーうん。読めない」

 優斗の疑わしげな視線に、シャーリーは頬をかいて苦笑する。


「長年の経験ってヤツだよ」

「そうですか」

「じゃあ、そろそろ質問を受け付けようかな」

 その言葉を聞いた優斗の頭に、話の間に出来た大量の疑問が浮かぶ。


 10秒程吟味した後、それを口にしようとした瞬間、優斗はある事を思い出す。


「麓の村に怪我人が居るんですけど、診て貰えませんか?」

「お安い御用だけど、山を降りるのは明日ね。

 で、次は?」


 あっさりと承諾され、拍子抜けすると共に、優斗に新たな疑問が思い浮かぶ。


「何故、先日の女性の依頼を断ったんですか?」

「誰でも診るって評判立つと面倒だしね。

 基本的に人は嫌いなの」

「嫌い、ですか?」

「人間じゃなくて人神の方ね。

 ギフトを持ってるって事は、私達竜を殺した一族の子孫って事なんだって、判ってる?」


 そう告げるシャーリーの眼は、少しだけ冷たい色を帯びている。


「復讐してやろうと思ってた時程には恨んでないけど、好意的にもなれないからね。

 これも大昔の話だけど、捕まって処刑されそうになった事もあるしね」

「処刑、ですか?」

「この身体になってからしばらく、復讐の機会を狙って普通に村で過ごしてたんだけどね。

 年を取らない魔女だって捕まって、火あぶり」


 火あぶりかぁ、と思いながら、優斗はある物語を思い出す。

 ユーシアの屋敷で読んだ、魔女狩りの話を。少なくとも、あれは実話を元に書かれていたと言う事実が判明した。


「この身体になる、って言いましたけど、その前は竜の姿だったんですか?」

「想像通りの姿なのか判らないけど、そうだよ。

 だから優斗をからかう為に裸になっても恥ずかしくないの」


 シャーリーの思わぬ発言に、優斗はがっくりと項垂れる。

 わざとかこの野郎、と心の中で暴言を吐きながら、次の質問を口にする。


「では、私がこの世界に飛ばされた心当たり、ありませんか?」

「あるよー」

 軽い返事に、優斗はまた項垂れる。


 それも数瞬の事で、ここに来て初めて見つかった自分の境遇に関する情報を逃すものかと、優斗は間にある火の中へ顔を突っ込ませそうな勢いで身を乗り出し、質問を重ねる。


「原因は?」

「始祖様と眷属、って言うか竜を狩った時になんかこう、歪んだ景色の中に人が消えたらしいから、その代わりだと思うよ?」

 機械でも自然現象でも、仕組みは判らなくとも、原理が判れば利用できる。


 ならば、と優斗はそれを利用する方法を思いつくが、言って良いモノか悩む。

 悩んだ結果、控えめに、質問と言う形でそれを表明する。


「竜を殺せば戻れる、と言う訳ですか?」

「そうだとしても、竜は絶滅してるから無理かな。

 私はもう竜でも神の使いでもないと思うし」


 言葉の意味を掴みかねた優斗の表情を見て、シャーリーが苦笑いを浮かべながらローブの胸元を引く。少しだけ見えた胸元を気にしない様にしながら、優斗は次の言葉を待つ。


「私を竜狩りから匿って殺されたシャーリー――この子の事ね――を助けようとしたら、こんな風になっちゃって」

「こんな風?」

「私もいっぱい刺されて死にかけてたんだけど、せめてこの子だけは、って思ってシャーリーに命を送り込む感じで頑張ったんだけど、何でかこうなっちゃって。

 身体を乗っ取ったのか、自分の身体を作り変えてこうなったのかは判らなかったんだけど。きっと、後者なんだろうなぁ」


 最後は独り言の様に呟いたシャーリーの言葉を、優斗は、聞き返しておいて申し訳ない、と思いつつも適度に聞き流しながら情報の取捨選択を行う。

 そうして現在の自分に関係しない情報を切り捨て、逆に自分に関係する話を聞き出す為に質問を続ける。


「じゃあ、他に戻る方法ってありますか?」

「あるよー。他、とはちょっと違うけど」

 またもや軽い返事が返ってきて、優斗は脱力しかける。


 狙ってやっているのか、シャーリーはそんな優斗の姿を見て、楽しげだ。


「さっき、竜を殺せばっていったけど、正確にはそうじゃないと思うの」

「何がですか?」

「人が消えた歪みの原因。

 あれはきっと、大きなギフトを持った存在が死んだせいだと、私は思うんだ」


 シャーリーが、ぴっ、と人差し指を立てる。

 優斗がそれに視線を向けると、指先に小さな火が灯り、消える。


「だから、竜並みに大きなギフトを持つ人を作り出して殺せばどうかな?」

「いや、それは」

 人を作り出して殺す、と言う部分に抵抗を感じた優斗は、返事を濁す。


 それに対してシャーリーは、先ほどの竜を殺せばと告げた時との反応の差に気づき、少し意地悪な、しかしどこか楽しそうな笑みを浮かべて説明を続ける。


「ギフトは調整の能力だって言ったよね。

 始祖様が創造神から与えられた使命は、大地に神の恵みが多過ぎず、少な過ぎずの状態を保つ事だったんだ。

 私達はそれを、ギフトを意識的に出し入れする事で調整してたんだけど、人は自分の為にしか使わない

 でも、人は死ぬ時にギフトを落として、生まれる時に拾って量が調整されているみたいだから、大量に人神を殺せば人の数が減って、数が少ない分だけ質で調整する為に、そんな子が生まれるんじゃないかな?」


 息継ぐ暇も無く言い切ったシャーリーの言葉に、優斗は思考が追い付かず、半ば無意識でシャーリーの言葉に返答してしまう。


「1人で人類を滅ぼすのは、無理じゃないですか?」

「確かに1人じゃ、殺すより生まれる方が早そうだね」

「ですよ。他の方法を探す方が現実的だと思います」

「他の方法は思い付かないなぁ」

 やはり戻れないのか、と言うのが優斗の感想だった。


 こちらに来た当初から戻れないと確信していた優斗だが、一度希望を持ってしまったせいもあり、少し落ち込んでしまう。


「他にも同じ境遇の人を探して、手伝って貰うとか。私も復讐がてら手伝うし」

「同じ境遇、って。いるんですか?」

「へ? 君が居るって事は、始祖様・天竜・氷竜の時に消えた人の代わりはいるんじゃない?」

 自分以外にもあちらの人間がいる。


 1人ぼっちだと思っていたこの世界に、仲間が居る。

 その事実に、優斗は自分の心が舞いあがって行くのが判る。


「君は間違いなく、シャーリーの代わりだろうし。気配そっくり」

「その、私の仲間がどこに居るのか、判りませんか?」

「判らないし、知らないよ。

 消えたのがどんな人なのか知らないから、気配から探すのは難しいかな。

 でも、近くでちゃんと見ればギフトの有無で判ると思うよ?」


 レーダーとしては感度が低すぎるな、と思いながら、優斗は他の手を考え始める。

 思考に没頭しようとした瞬間、優斗に向かって何か柔らかい塊が投げつけられ、我に返る。


「私、ちょっと怒ってたんだけど?」

「あ、すいません。

 いや、ごめんなさい。無神経でした」


 優斗が素直に謝ると、シャーリーは、あっさりと許した。


「で、もう質問、終わり?」

「えぇ、っと。

 じゃあ、私がギフトを持つ事は可能ですか?」

「無理」

 きっぱりと告げられ、優斗はまた少しだけショックを受ける。


 優斗も平均的な男の子程度には、不思議な能力への憧れを持っていたので、断言され、可能性すら残して貰えなかった事への落胆は大きい。


「どうやっても?」

「ギフトを贈る、って言うのも変な言い方だけど、それが出来るのは始祖様だけだったし。

 私達眷属は、始祖様から1つずつ役割を与えられただけで、正確には神様でもなんでもないからね」


 その言葉に、優斗に別の疑問が浮かぶ。

 ならば、人神も正確には神ではなく、単なる人が役割を得ただけではないのか、と。


「それは違うよ」

 疑問を率直にぶつけた優斗に対し、シャーリーはそう答える。


「始祖様を殺して竜神と成り代わったのが人神。

 他の竜は、分け与えられていた能力を取り返す為に殺された」


 人の欲望はどこにあっても底知れない。

 そんな感想を抱きながら、これ以上詰め込んでも整理しきれないと判断して、優斗は質問を一旦終える事に決める。

 もちろん、判らない事があればまた教えて欲しいとお願いする事も忘れない。


「じゃあ、次は私の質問に答えてもらおっかな」

「よろこんで」

 その後、シャーリーは優斗の世界について、様々な事を尋ねた。


 まず、優斗自身の事。

 生い立ちから趣味、特技まで、様々な事を尋ね、優斗はそれに対して丁寧に答えた。


 次に、神様について。

 宗教について触れれば、似たような事があったと笑い、日本の八百万の神を語れば、今のこの世界にはもっと居そうだと笑う。


 そして一番熱が入ったのが、食べ物。

 食事には余り重きを置いていないと言っていたシャーリーだが、優斗の話す未知の食事と、何よりも甘味に興味を持った。薬師説得の一手段として持ってきた蜂蜜飴と、村で作った蜂蜜ミルク飴がお気に召したようで、砂糖と言う物にも興味深々だった。


「やっぱり、女性の甘味好きは世界共通なんですね」

「竜は無性だけどね?」

「女性の身体で味わってると言う意味では、同じでは?」

「あー、確かにねー」

 そんな風なやり取りを何度も重ねるうちに、夜が更けていく。


 いつの間にか優斗が小屋に泊まる事が決定して、何事も無く夜が明け、朝食を摂ってから山を降りる。

 山を登って来た優斗も、ひさしぶりに、しかも山ほど人と話したシャーリーも疲れ切ってぐっすり眠ってしまった為、出発の時間は少し遅めになってしまった。


 シャーリーを連れて戻ると、優斗はユーリスは頻りにお礼を言われる事になる。

 それは、ライガットを治療するシャーリーに「煩い」と指摘されるほどで、優斗はかなり辟易していた。


「一月ほど薬を塗りながら、徐々に動かす練習をして」

「はい。ありがとうございます」

「元に戻るにはかなり時間がかかる」

 村に来てから無愛想になったシャーリーの言葉に、優斗は違和感を覚えながらも指摘はしなかった。


 それは、老いないと言う彼女の性質に由来する問題なのか、それとも単純に人が嫌いだからなのかは判別出来なかったが、どちらでも関係ない、と優斗は結論する。




 治療を終えると、もうすぐ暗くなるからと言うユーリスの言葉を振り切り、一月分の薬を作ると呟いたシャーリーが薬草を探しに山へ向かい、優斗はユーリスのお礼攻勢から逃れる為、フレイと共に散歩に出かける。お礼を言う相手、どちらにも逃げられる形になったユーリスは、しかし嬉しそうにライガットのリハビリを手伝っている。


「何かあったんですか?」

「あー、うん。わかる?」

「ご主人様は判りやすいですから」

 フレイに指摘され、優斗はぽりぽりと頬をかく。


 これからの行動指針について、どこまで話すべきか悩んでいると、木の影から男の子が1人、現れる。


「旅人の兄ちゃん!」

 そう言って少年は、両手にぶらさげていた物を、地面に置く。


 まだ10に届いていない様に見える少年には、その荷物は少々重すぎたのだろう。地面に置く、と言うよりも落とす際に、かなり良い音がした。


「これ、買ってくれ!」

 その言葉に答える様に、優斗はそれに視線を向ける。


 置かれていたのは、少々不揃いな紙の束だった。

 優斗は、何故子供が紙を売りに来るのか、と考え、発展途上国などで行われていると言う、子供と言う立場を利用した押し売りに近い商売の事を思い出す。


 優斗の訝しげな表情に、少年は買い取って貰えない可能性を感じ取り、慌てて口を開く。


「俺、シュイっていいます。

 実は、その、贈り物を買いたいから、お金が欲しくて」


 見た目年齢の割にしっかりとしているな、と思いながら、優斗は少年――シュイの許可を取って、紙を確認する。

 厚さも大きさもやや不揃いで、質はイマイチだが、メモを取る事の多い優斗は、安い紙を多めに仕入れる事が多いので、買い取る事自体に問題ない。問題があるとすれば、他の点。


「これ、どうやって手に入れたの?」

「俺が作った!」

 小さな男の子が、紙を作る。


 それはこの世界で普通の事なのか、と言う疑問を視線に乗せ、優斗は隣を見る。すると、優斗と同じ様に紙を確認していたフレイが、その1枚をシュイの前に差し出す。


「これの事を、お父さんとお母さんは知ってるの?」

「おかーさんにはないしょ。おとーさんは、手伝ってくれた」

「そう。お母さんに贈り物をするの?」

「もうすぐお祭りなんだ。だから、おかーさんと、ミシャも!」

 優斗相手と違う、子供らしい、少し弾んだ声色で答えるシュイ。


 一転、会話の外に追いやられた優斗は、説明を求めて話を遮るのも大人げないと、黙って2人のやり取りを見つめる。


「どんな物がいいのかな?」

「よろこんでくれる物!」

「そう。じゃあ、お姉ちゃんがお兄さんに頼んであげるから、待っててね?」

「うん!」

「そんな訳でご主人様、あれ、残ってますよね?」

「いいけど、説明……」

 反射的に不貞腐れた様な声が出てしまった事に、優斗は、はっとして、交差させた掌で口を塞ぐ。


 フレイは呆れ顔で「後で説明します」とすれ違いざまに耳元で囁くと、紙を持ち、シュイを引き連れて荷馬車の止めてある納屋へと向かう。


 納屋に到着すると、フレイは荷馬車から鞄を1つ、取り出す。

 これは優斗が山に登る際に持って行った荷物で、中には薬師、もしくはその身内を懐柔する為の品が詰められている。


 フレイはその中から、初見の人間から贈り物として手渡されても不自然でない程度に安価で、かつ薬師に妻と娘が居た場合にと見繕って来た品を、シュイに手渡す。


「これはどう?」

「これ、何?」

「リボンと髪飾りよ」

 2人のやり取りを見ていた優斗は、ふとミシャと言う名前を思い出す。


 それが族長の家にいた少女である事まで思い出した優斗は、袋からカチューシャタイプの髪飾りを取り出す。


「こっちのがいいんじゃない?」

「地味じゃないですか?」

「確かミシャって子、あんまり髪が長くなかったと思う」

 優斗の指摘に、フレイが目を細める。


 その視線から、なんで村の女の子の事に詳しいんですか、と言っている気がした優斗は、慌ててシュイの方へと視線を向ける。


「だよな?」

「あ、うん。この前切ったって言ってた」

「そう。じゃあ、こうしましょう」

 フレイは、カチューシャに小さな飾りを器用に取り付けると、満足そうにそれをシュイに手渡す。


 最終的に、ミシャ用にカチューシャタイプの、母親用にバレッタタイプの髪飾りを贈る事に決めたシュイは、主にフレイにお礼を言ってから、綺麗に包まれたソレらを嬉しそうに抱えて家路についた。


「フレイ、説明」

「紙はギフトで作るんです」

 半ば予想していた言葉に、続くギフト名等の説明を聞き流しながら、優斗は今まで気にもしていなかったそれに納得する。


 優斗は、よく考えれば、この世界の技術水準では木から作る紙ではなく、羊皮紙であってもおかしくないのだと、今さら気づいたのだ。


 そして、それに現代知識の片鱗を感じた優斗は、その確認の為に製紙技術について調べようと、後でシュイ少年を尋ねる事を決める。


 もしあたりであれば、その発祥を調べ、それが仲間を探す手がかりになるかもしれない、と期待に胸を膨らませながら、優斗はフレイに散歩の再開を提案した。


次への繋ぎを兼ねた説明回でした。

そして優斗くんがようやく、少しだけこの世界の事を知りました。


ただし、シャーリーの主観情報で、ですが。

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